ラブコメ終了後の負けヒロインたちの後処理を請け負うことになってしまった   作:スポポポーイ

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長谷川 翠(2)

 

 夢王くんのハーレムコミュニティに属するメンバーは加入時期によって大きく三つのタイプに分類できる。

 

 幼少期から傍にいる『最古参組』

 小学校時代からの付き合いである『中途参入組』

 中学・高校から加入した『後発組』

 

 最古参組は言わずと知れた幼馴染である双子姉妹と友斗くん。

 双子姉妹と夢王くんは例によって家が隣同士で家族ぐるみの付き合いらしく、生まれた頃からの付き合いとのこと。正にそれなんてエロゲな設定であった。

 

 一方、友斗くんは幼稚園で仲良くなったパターン。多分、仲良くなるまでの過程でひと悶着あった系だと思われる。漫画やアニメでそういうシチュエーションがよくあるし。きっと子供ながらに重大な喧嘩とか事件があってなんやかんやで親友という間柄に落ち着いたんだろうなと勝手に妄想している。

 残念ながら、そこら辺の過去エピソードを打ち明けてもらうには彼らとの友好レベルが足りていないので詳細は知りません。悪しからず。

 

 じゃあ、僕は何なんだというと中途参入組に当る。

 小学校三年生のときのありふれたあれやこれやで夢王くんと友人になり、それ以来、付かず離れずの関係で夢王くんたちとはやってきた。重要なイベントには顔を出さないけれど、忘れた頃に日常パートで夢王くんたちをフォローする。そんなモブ友達ポジションが僕の役割であり、現に今日までそうして生きてきた。

 

 そして、もう一人の中途参入組。それこそが長谷川さんだ。

 

 彼女が夢王くんのハーレムコミュニティに参加したのは小学校四年生のとき。

 小学校四年生なんてやんちゃで多感で過敏なお年頃だ。些細なことで苛立って、ちょっとしたことで塞ぎ込んで、取るに足らないことで傷つけ合う。ある意味、この時期の子供たちは境界線上で生きていると言っていい。いつだって自分が世界の中心であり続けた夢幻の世界と、自分の存在なんて大したことないんだというリアルの世界。

 

 現実を受け止められるほど、大人ではない。

 夢幻を受け入れ続けるほど、子供でもない。

 

 そんな情緒不安定でゆらゆらフラフラとした感情のままに生きているのが小学校中学年という難しい世代である(偏見)。

 

 善悪の区別はつくけれど、自制できるほどの理性は育ち切っていない。

 自己弁護するだけの知恵がつき始めて、理論武装するだけの知識を身に付け始めて、あれやこれやと理由と大義を求めて自己完結し始める。

 

 だから、先生に反発する。

 だから、ルールに従わない。

 だから、気に食わなければイジメもやる。

 

 そんな世界で自分にも他人にも厳しい性格の彼女は、当然のように疎まれた。

 

 キッカケなんて下らないことだったように思う。

 

 『鉛筆じゃなくてシャーペンを使ってる人がいます』

 『授業中に手紙を回し読みしている人たちがいます』

 『休み時間に教室の後ろで暴れている男子がいます』

 

 どこの学校にでもある問題だ。

 担任の先生ですら積極的に注意しようとしない些細な出来事。

 

 それなのに、彼女は毅然とした態度で注意した。

 注意されても改善されなければ、容赦なく先生に報告した。

 

 彼女は正論しか言っていない。

 公序良俗に照らし合わせれば正しいのは彼女だ。

 だから、正義と大義は彼女にある。

 

 しかし、そんな理屈が通用するほど現実は甘くない。

 

 長谷川さんはクラスの女子グループの中心だった女の子と敵対した。

 この年頃の女子という生きものは、男子と違って心も身体も早熟だ。いつも目先の面白いことにしか興味が無いアホな男子と違って、彼女たちはそれはそれは陰湿な女子社会を形成してのける(事実)。

 

 長谷川さんは、あっという間にクラスの女子連中からハブられた。

 こういう女子同士の問題に男子は基本ノータッチである。本能的に触らぬ神に祟りなしという言葉を理解しているのかもしれない。しかも、相手が普段口うるさい学級委員長となれば距離も取ろうというもの。

 

 そして、この事態に我らがクラスの担任教師は気付かぬフリをした。

 表面上だけ見れば、クラスの運営に実害はないから。狡辛いことに、女子のイジメというのは男子とは違う。暴力を振るったり、持ち物を隠したり壊すなんてことはよっぽど短絡的な奴でなければ実行しない。そんな足がつくようなバカなマネを選んだりはしないのだ。

 

 ただ、()()させればいい。

 このとき重要なのは、集団から”排除”するのではなく、あくまで”孤立”させること。

 

 例えるなら、みんなで手をつないだ輪の中心にターゲット一人だけを放置するようなもの。

 

 誰も長谷川さんには話しかけない。彼女から話しかけられても誰もが無視する。誰も彼女に関わろうとはしない。しかし、彼女をひとりぼっちにすることもしなかった。

 長谷川さんの周囲には常に女子の集団が形成されていて、もし実情を知らない人が外から見れば、彼女もその女子グループの一員に見えたかもしれない。事実、教室内の人間関係に疎い一部の男子は長谷川さんが孤立していることにまったく気付かなかったほどだ。

 

 まるで真綿で首を絞めるように、彼女の精神は徐々に疲弊して追い詰められていった。

 もし長谷川さんが、”孤立”しても”孤高”を貫けるほどに強ければ問題はなかったかもしれない。しかし、普段の態度とは裏腹に、彼女は集団の中で”孤独”に生きられるほど強い人間ではなかった。

 

 教室という狭い世界は、この年頃の少年少女にとっては唯一の世界に等しい。

 

 クラスの女子は、すべて敵だった。

 クラスの男子は、なんの役にも立たない。

 クラスの担任は、ただ見て見ぬフリをするだけ。

 

 そんな追い詰められた状況の長谷川さんを救ったのが、夢王くんだった。

 

 彼は、男子の中で特別目立つような存在ではなかった。

 駆けっこが速い訳でもなければ、テストで一〇〇点をとるほど頭が良い訳でもない。容姿は平凡だし、運動神経もそこそこだ。サッカーや野球が得意ということもなければ、体育のドッチボールでヒーローになることもない。

 

 どんなクラスにも一人はいるような、何処にでもいる内気な少年だった。

 普段は内向的で、ちょっとどこか抜けていて、いつも教室の隅っこの方でニコニコしているような、そんな人畜無害な存在が夢王くんだった。

 

 そんな地味な彼がどうして特別な存在から好かれるのか。

 それは彼が底抜けにお人好しで、他の誰かへ救いの手を差し伸べることになんの躊躇もしないからだ。

 

 そういう勇気を、優しさを、当たり前のように彼は持っている。

 

 最初、夢王くんは長谷川さんが置かれた立場に気がついていなかった。

 けれど、ひょんなことから察した彼は戸惑いなく放課後の帰りの会で勢いよく手を挙げて、そして声高らかにこう言った。

 

 

 『長谷川さんは、何もまちがってなんかない』

 

 

 それは、彼女を苦しめる小さく狭い世界が一変した瞬間だったのかもしれない。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 どうして今日に限ってこんな場面に遭遇してしまうのだろう。

 きっと昨日までなら見て見ぬふりをしてさっさと立ち去ってしまえたのに。

 

 

「……はぁ」

 

 

 やっぱり友斗くんとあんな約束なんてするんじゃなかったと、改めて後悔した。

 傍観して、当たり障りのないときだけ夢王くんをフォローして、それで問題ないはずだったのに。

 

 入口横の立て看板に身を寄せながら、僕は憂鬱気に独り言ちる。

 

「このままだと絶対にバレるよね。長谷川さん」

 

 店内に設置された筐体の配置を見るに、入り口から建物最奥まで一直線に通り道が設けられていて、その両サイドに各種クレーンゲーム機がドミノのように並べられていた。

 そして、長谷川さんが潜んでいるのが入り口からほど近い位置にある大き目のクレーンゲーム機。夢王くんたちが遊んでいるのが建物中間地点に近い場所の筐体。

 

 つまり、二人が帰るために外へ出ようとすると、必然的に長谷川さんが覗き見している横を通り過ぎることになるのだ。

 

 彼女に声を掛けるべきだろうか。

 けれど、僕なんかが話しかけて素直に従うとは到底思えない。

 

 だから、僕は躊躇してしまった。

 面倒事に巻き込まれるのが嫌だったし、変に関わって要らぬ誤解を招くのも勘弁して欲しかった。

 

 きっと、夢王くんなら迷わずに手を差し伸べて救ったに違いない。

 きっと、友斗くんなら何気なく手を貸して助けられたに違いない。

 

「あっ」

 

 僕が思わず間の抜けたような声を漏らしたときにはもう遅かった。

 

 もし、もっと早くに長谷川さんがゲームセンターから立ち去っていれば気づかれなかったかもしれない。

 もし、もっと早くに長谷川さんが正気を取り戻して筐体の陰に隠れるなりしていればバレなかったかもしれない。

 もし、もっと早くに僕が決断していれば、彼女が二人に見つかることはなかったかもしれない。

 

 

「あれ、もしかして長谷川さん?」

 

 

 けれど、目の前の光景に愕然として、ただただ打ち震えていることしかできなかった彼女は呆気なく見つかってしまう。

 

 普段は鈍感系主人公をやっているのに、どうしてこういう時だけ無駄に観察眼が鋭いんだ夢王くん。そこは気付かず素通りするか、気付いてもスルーしてあげて欲しかった。

 いや、夢王くんに悪気はないだろうし、悪意もないのは分かってるんだけども。どうしてくれよう、このやり場のないもどかしさ。今日は厄日かもしれない。

 

「む、夢王君……」

「長谷川さんもここに来てたんだ? 偶然だね」

「……」

 

 夢王くんは何の疑いもせずにキョトンとした様子で首を傾げているけれど、彼の隣で穏やかに微笑んでいた涅さんの目がすっと細められたのを僕は見逃さなかった。

 ヤバい。ヤバいよね、これ。涅さんは間違いなく長谷川さんがデートを尾行して覗き見していたのを察してる。修羅場とまでは言わないけれど、涅さんが追及するようなら長谷川さんの立場が悪くなるのは間違いない。

 

「っ……」

 

 何とか自力でこの場を切り抜けてほしいところなんだけど、涅さんのカバンに付けられた真新しい犬のぬいぐるみキーホルダーを見て息を詰まらせ俯いてしまった長谷川さんにそれを求めるのは酷というものだろう。

 

「……仕方ない」

 

 やれやれ。やれやれだ。やれやれだよ、まったくもー。

 一昔前のラノベ主人公よろしく心の中で盛大に愚痴ってみるけれど、暗澹とした気分はまったくもって晴れないし優れない。本気で気が重い。もうやだ帰りたい。

 

 これが実は長谷川さんを助けることが内心(やぶさ)かでもなくて、これで美少女とフラグが建つぞヤッターとか思える思考回路をしていれば僕もやれやれ系主人公の仲間入りを果たすことができたのかもしれない。

 けれど、現実は面倒事と厄介事に首を突っ込むことに辟易としてウンザリしていた。

 

 友斗くんとの約束を破るのは気が引ける。

 夢王くんに気まずい思いをさせる訳にはいかない。

 

 そう自分に言い聞かせて、僕は開け放たれている入口に進み出て沈黙する彼女の背中に声を掛けた。

 

 

「ゴメン、長谷川さん。コンビニのトイレ混んでて遅くなっちゃったよ」

 

 

 本当にやれやれだよ。お願いだから空気を読んで話を合わせて欲しい。

 

 そうでなきゃ僕は道化にすらなれやしないのだから。

 


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