ラブコメ終了後の負けヒロインたちの後処理を請け負うことになってしまった   作:スポポポーイ

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長谷川 翠(1)

 

 不本意ながらラブコメ敗者である負けヒロインたちのフォローを頼まれてしまった。

 

 放課後の廊下を一人でとぼとぼ歩きながら、僕は人目も憚らずに大きく息を吐く。

 

「……やっぱり安請け合いしたかも」

 

 あの場では勢い余って了承してしまったけれど、今更ながら後悔でいっぱいだ。

 年齢イコール彼女いない歴の僕に失恋した女の子のメンタルケアなんてできるはずがない。

 

「でも、まぁ……予防線は張っておいたし」

 

 深入りはしない。それとなく気にかけておくだけ。

 なのでこちらから積極的に声を掛けるなんてことはしない。もし万が一、億が一、向こうから相談されたら応じるくらいでちょうど良いだろう。

 

 ……と言っても、彼女たちが僕を頼るなんてことは無いだろうけど。

 

 彼女たちからしてみれば、僕はあくまで『夢王くんの友人』。知り合い以上友達未満という程度の関係性でしかない筈だ。

 なので、彼女たちが犯罪行為に走ったり、変なのが近づこうとしてきたら友斗くんに通報するくらいの認識でいれば問題ないかと自分を納得させる。

 

「さて、今日もほどほどに頑張ろう」

 

 それに、僕も四六時中彼女たちに構っていられるほど暇という訳ではないのだ。

 

「あ、やっと来た」

「スミマセン。いま開けます」

 

 扉の前で開店待ちをしていた生徒に詫びを入れて、先生から預かっていた図書室の鍵をポケットから取り出す。

 鍵穴へと挿し込んだ鍵を半回転させると、カチリと嚙み合った音色とともに閉ざされていた扉が解放される。

 

「これ返却です」

「ねぇ、近代ヨーロッパ史の本ってドコの棚にあるの?」

「貸出お願いしまーす」

「順番に対応するので少々お待ちください」

 

 慢性的な人手不足の図書委員として、僕は今日も図書委員業務に勤しむのだった。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 図書委員と聞くと、本の貸し出し業務以外はカウンターに座ってボーっとしてるだけなんて印象があるかもしれない。

 しかし、これが存外に忙しかったりするのだ。

 

 書架の整理に傷んだ本の修繕や廃棄、図書室内の清掃、毎月発行される図書だよりの原稿作り、時期によっては推薦図書の展示企画なんてものもあったりする。

 本来であれば役割分担して対応するのだけど、諸事情により現在まじめに活動している図書委員は五名のみ。一年生が二名、三年生が二名、そして、二年生に至っては僕だけ。委員は各クラスから二名ずつ選出されているから、総数としては三十名以上在籍しているはずなんだけど影も形もございません。

 

 三年生の先輩は受験があるので週一程度しか参加できないし、一年生の二人は他に部活をやっているとのことだったので無理強いできない。必然的にほとんど僕一人で図書委員会を運営するというブラック企業も真っ青な労働環境に陥ってしまった。

 ちなみに委員会活動に労働基準監督署は存在しない。なぜなら担当の先生がやる気ないから。完全に放置状態である。終わってるなこの学校。

 

「……そろそろ閉館するか」

 

 貸出カウンターと事務スペースを整理して、照明を落とす。

 掃除は明日でいいや。今日はいつも立ち読みしている週刊少年誌の発売日なので早く帰りたいのだ。

 

 カチリと図書室のドアを施錠して、鍵を職員室に返したら今日のお仕事はお仕舞。

 今日も一日よく頑張りましたと自分を適当に褒め称えながら、僕は自転車に跨って学校を後にする。

 

 さて、さっさと帰りますか。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 さっさと帰ると言ったな、あれは嘘だ。

 

 続きは気になるけど単行本を買うほどハマってはいないという複雑な少年心を持つ僕は、駅前のコンビニで某少年漫画雑誌を立ち読みし、何も買わずにコンビニを後にする。普通に迷惑客であった。コンビニオーナーさん、ごめんなさい。反省も後悔もしないけれど、罪悪感から心の中で謝罪だけはしておく。お手軽セルフメンタルケア万歳。

 そんなこんなで今日も続きが読めて満足した僕はいい気分のまま家路につこうとして、駅前のアーケード街にあるゲームセンターの前でふと足を止めてしまった。

 

「……なんてこったい」

 

 僕は呻くように呟きながら、思わず右手を額に当てて天を仰いでしまう。

 もしかしたら見間違いかもしれない。そんな淡い希望に縋って、僕はもう一度視線を戻した。夢見るお年頃な僕としてはワンチャンスに掛けてみたのだ。

 

「じぃーーー」

「ワンチャンなかったかぁ」

 

 僕の視線の先には、紛うことなき不審者がいた。

 それだけだったら警察に通報して終わりなんだけど、誠に遺憾ながらその不審者は顔見知りだった。

 

「なにやってるし、長谷川さん」

 

 ──長谷川(はせがわ)(みどり)

 

 ツンデレメガネ委員長な負けヒロインが、そこにいた。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 長谷川さんがどんな娘かと聞かれたとき、ギャルゲーに登場するお堅い委員長キャラだよと言えば六割くらいの人にはイメージが伝わってくれるんじゃないかと期待している。

 腰あたりまで伸ばした黒髪、前髪を上げてオデコを露出させるヘアバンド、鋭い目つきを強調する細い銀縁フレームのメガネ、そこにあれこれ口うるさいツンデレ委員長キャラを添えれば完成だ。オマケで貧乳属性も付けちゃうぞ。異論は許さない。

 

 そんなテンプレ委員長キャラな長谷川さんが不審者ムーブをかましているのは、ゲームセンターの一階。アーケード街のメインストリートに面したプライズコーナーの一角であった。

 彼女はクレーンゲーム機の筐体に身を潜めつつ、透明なアクリル板越しからプライズコーナーの奥を覗き込んでいる。多分、店舗奥の方からは気付かれ難いのかもしれないけれど、彼女の背後である解放されている入口側からは丸見えだ。正に頭隠して尻隠さずを地でいくスタイル。僕でなくても見逃さないね。よく通報されなかったなと思わず安堵の息を吐いてしまう。

 

 なぜ彼女はこんなことを────

 

 

「……だよね」

 

 

 その疑問は、長谷川さんの視線の先を追いかけて氷解した。

 

 プライズコーナーの奥。

 デフォルメされた動物のぬいぐるみキーホルダーが取れる小さな筐体。

 仲睦まじく肩を寄せ合いながら笑う男女。

 

 大して広くもない店内だから、二人と彼女の距離はきっと一〇メートルも離れていない。

 それなのに、その僅かな距離は果てしなく遠いもののように感じられた。

 

 近いはずなのに、遠い。

 遠いはずなのに、近い。

 

 そんな矛盾するような心理と物理の距離感の狭間で、長谷川さんはひとりぼっちで小さく震えていた。

 

 店内に流れるBGMにかき消されて、二人の会話は僕には聞き取れない。

 しかし、いま巷で流行りだという話題の青春ソングに乗せて聴こえてくる微かな笑い声。

 

 小さなクレーンのアームが動く度に、その動きに一喜一憂するように、涅さんが笑う。

 幼子のようにはしゃぐ彼女の様子に苦笑して、思い通りに動かないアームの操作に苦戦して、やっぱり夢王くんも笑う。

 

 そんな二人を陰ながら見つめる長谷川さんの声なき声は、あの二人には届いてくれない。

 

 

「────あっ」

 

 

 だというのに、どうして僕の耳は彼女が漏らした小さな小さな悲鳴を拾ってしまうのだろう。

 

 それは、とてもショックを受けたような声音だった。

 それは、今にも泣きだしてしまいそうな声音だった。

 それは、ひどく物悲しい想いを滲ませた声音だった。

 

 僕と彼女の視線の先。

 

 プライズコーナーの奥。

 デフォルメされた動物のぬいぐるみキーホルダーが取れる小さな筐体。

 三度目の挑戦でようやく取れた景品を手に喜び合う男女。

 

 

 夢王くんが涅さんへ、小さな犬のぬいぐるみキーホルダーを手渡した。

 

 長谷川さんの右手が、小さな猫のぬいぐるみキーホルダーを握りしめた。

 

 

 彼女の生真面目さを体現するような、飾り気のない、味気のない、校則通りな学校指定のスクールバッグ。

 そこに唯一花を添えて、彼女を年相応の女の子たらしめていた小さな猫のぬいぐるみキーホルダー。

 

「あー……」

 

 察してしまった。

 彼女がいつからそのぬいぐるみキーホルダーを持っていたのかは知らない。

 

 けれど────

 

 長谷川さんが、何処でそれを手に入れたのかを、僕は察した。

 長谷川さんが、誰からそれを手渡されたのかを、僕は察した。

 

 くしゃりと握られて、ぐにゃりと歪められて、彼女の手の中で押し潰されるように形を変えるその小さくファンシーな猫は何を思うのだろう。

 

 されど────

 

 穏やかではないだろう長谷川さんの胸中まで、僕は推し量れない。

 荒れ狂っているだろう長谷川さんの心中まで、僕は推し量れない。

 

 報われない想いは苦しくて、置いてけぼりにされた想い出は苦いのだろうか。

 伝わらなかった気持ちは、届かなかった言葉は、叶わなかった願いは、望んでいなかった未来(いま)は、彼女を何処に導こうとしているのだろう。

 

 

 小さく縮こまり、弱々しく震える長谷川さんの背中を観察しながら、僕はふとそんなことを思った。

 

 


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