ラブコメ終了後の負けヒロインたちの後処理を請け負うことになってしまった 作:スポポポーイ
プロローグ
僕の友人にはギャルゲーの主人公がいる。
こう言うと語弊がありそうだけど、別に僕はゲーム世界に転生した訳でもモブキャラに憑依した訳でもない。正確に言うならばギャルゲー主人公並みにハーレム体質な友人がいるだけだ。
そんな彼の名前は
名は体を表すを地でいく彼は、これまでの半生で様々な美少女相手にフラグを乱立してきた。幼馴染の双子姉妹から始まり、従姉のほんわか美人なお姉さん(諸事情により同級生)、同じクラスのツンデレメガネ委員長、部活のあざとかわいい後輩、謎めいた無口清楚転入生……。
然して、それら積もり積もった一連のフラグはキャパオーバーからのメルトダウンを引き起こし、ついに昨年、彼が高校二年生に進級した際にラブコメ時空の超新星爆発が発生した。
四月に転入生がやってきたのを皮切りに、各ヒロインと学校内外で数々のラブコメイベントを巻き起こす夢王くん。そして、そんな彼と距離を縮めるべくアプローチし、モーションをかけ、青春ラブコメを満喫する美少女ヒロインたち。学校中が『リア充爆発しろ』の怨嗟の声に包まれたのも無理はないと思う。
しかし、そんな夢王くんと愉快なヒロインたちが繰り広げるラブコメ劇にも終わりはやってくるもの。クリスマスに引き起こされた学校中を巻き込んだ告白大騒動の末に、ついに夢王くんは一人の女の子と恋仲になった。
選ばれたのは、謎めいた無口清楚転入生こと
肩口まで伸ばした艶やかな黒髪。シミ一つない病的なまでに白い肌。どこか儚げで大和撫子然とした雰囲気は男子が求める理想の”守ってあげたい女の子”を見事に体現していて、そんな彼女には転入早々に『薄倖の美少女』『佳人薄命』なんて異名がつけれられていた。
そして、そんな彼女と当然のようにフラグを建てる夢王くん。
あっという間に夢王くんのハーレムメンバーの一員になった彼女は最後発組というハンデをものともせずに、数多のライバルたちを出し抜い…蹴落とし……えっと兎にも角にも他ハーレムメンバーたちを退けて、ついに夢王くんのハートを射止めたのだった。
後から聞いた話では、実は夢王くんと彼女は幼少期に運命的な出逢いをしていて、そのときに将来再会したら結婚しようと誓っていたのだという。
残念ながら夢王くんはそのときのことはコロッと忘れていたらしいのだけど、あるとき偶然、夢王くんが幼いころから大事にしていた鍵が涅さんが所持しているやたらと厳つく『座苦沙陰羅武』と彫られたペンダントと対となっている鍵だということが判明。事態は急転した。
そんなこんなですったもんだの末に、彼と彼女は無事に幼い頃の約束を果たすことになったのでした。
めでたしめでたし……というのが、昨年の十二月までに僕の周りで起きた出来事である。
* * *
そして年が明けて三学期。
夢王くんが作り上げたハーレムコミュニティは今日も健在である。
「それじゃ、俺たちは先に帰るから」
「皆さん、お先に失礼しますね」
放課後、いつものように教室に残ってお喋りに興じていた彼らだけれど、夢王くんと恋人である涅さんが仲良く席を立つ。
「おっ、デートか? デートだなぁ?」
「……夢王くん。想惟さんを悲しませるようなマネをしたら承知しませんよ」
「ムー君。ラブラブだねぇ~」
「……二人ともまだ高校生なんだから、節度はしっかり守りなさいよ?」
「涅先輩、もしハレ先輩にイヤらしいことされたらあたしに言ってください! ハレ先輩のアレを射抜いてやりますんで!!」
「ったく、相変わらず夢王は愛されてるねー。コイツらに刺されないように気をつけ……アッハイごめんなさい冗談でスミマ許してエンッッッ」
そんな二人を幼馴染な双子の姉がニヤニヤしながら揶揄い、妹の方が脅しをかけ、従姉のお姉さんが微笑ましそうに見守り、ツンデレ委員長が釘を刺して、あざとい後輩が弓を射るポーズで笑いにし、彼とは幼馴染で親友で悪友である少年がオチをつけて各ヒロインたちから制裁を受けていた。
「やれやれ、勘弁してくれよぉ……」
「ふふふ。皆さん心配してくれてるんですよ」
なんだかんだで昨年から変わらない彼女たちの在り方に、夢王くんは苦笑いを浮かべながらも何処かほっとした様子で、そんな彼を涅さんが可笑しそうに目を細めながら諭している。
少し不貞腐れたような顔をしていた彼だけど、彼女の励ましもあってすぐに立ち直り、くるりとこちらに振り返ったと思ったらニカッと笑って僕に手を振った。
「
僕──
「うん。また明日」
そうして、夢王くんと涅さんは二人寄り添って仲睦まじく教室を後にした。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
──で、残されたのがこのお通夜めいた沈黙である。
既に他のクラスメイトたちはおらず……というか、こうなることを見越して早々に教室から退避しているので、教室には夢王くんのハーレムコミュニティしか残っていない。
彼女たちは先ほどまでのドタバタ騒ぎが噓のように静まり返っていて、もしかしたら僕は白昼夢でも見ていたんだろうかと自分の目を疑ったのも一度や二度じゃない。もはや日常の一幕と化している。こんな男子高校生の日常は嫌だ。
空気が…重い。死んでいると言っても過言じゃない。
もし僕が自虐大好き埼玉県民だったなら『重い、重すぎる。十万石最中』とか渋い声でナレーションしていたかもしれない。あれって実際にサービスエリアとかのお土産コーナーで売ってるところ見たことないんだけど、本当に実在するんだろうか。
「……んじゃ、オレも先に帰るから」
ラブコメの負けヒロインたちが、死んだ魚のような目で二人が出て行った教室の出口を延々と眺めている空間に耐えかねたのか、夢王くんの親友である
彼は双子姉妹と同じく夢王くんの幼馴染。そして、親友でもある。
お調子者で明るくクラスのムードメーカーで、誰とでもすぐに仲良くなれるからコミュニケーション力も高くて情報通、勉強こそ苦手そうだけれどスポーツ万能で喧嘩も強い、そんなギャルゲー主人公を助けてくれる親友ポジションなご都合主義の
友斗くんは一見チャラそうに見える風貌をしているけれど、顔立ちはよく整っている。
つまり、総合的にみればかなりハイスペックなイケメンな彼は当然モテるのだ。なんなら夢王くんよりモテると言ってもいい。けれど、彼はひたすら夢王くんの道化であり続けた。
「……っ」
夢王くんのときとは違い、帰る宣言をしても何の反応も示さない負けヒロインたち。
そんな彼女たちを一瞥し、友斗くんは呆れたように溜息を吐くと、僕に片手をあげて別れの挨拶を告げた。
「じゃな、紅大」
「うん。また明日」
僕も苦笑しながらそれに答えたのだけれど、どうしてか彼は困ったように押し黙って頭をガシガシとかく。
やがて、友斗くんは苦笑いを浮かべるようにしながらぽつりと呟いた。
「……あのさ、オレも彼女ができたんだわ」
僕は知っている。
彼が、幼馴染な双子姉妹の妹の方をずっと想い続けていたことを──。
彼女がいつも視線で夢王くんを追いかけていたのと同じように、そんな彼女の姿を友斗くんはいつも目で追っていたから。
自分の想い人が、自分以外の誰かをずっと想い続けていて、その誰かが自分の親友で、だから彼はいつも道化だった。いつだってピエロであり続けた。
好きな子の恋愛相談に乗っていたことを見たことがある。
好きな子の恋愛が成就するようにアドバイスしているところを聞いたことがある。
好きな子の恋が実るように、昨年のクリスマスには告白のお膳立てまでしてあげていたことを僕は知っている。
彼は最初っから最後まで道化ではあったけれど、彼の想いはいつだって誠実であり続けた。
嘘を教えることもなく、振られるように誘導するでもなく、真剣に相談に付き合って、いつだって彼女のことを励まして、応援して、そして終ぞ、彼は自分の想いを彼女に告げることは無かった。
そんな彼が、十数年の想いに区切りをつけて前に進んだのだ。
友斗くんが恋した彼女は夢王くんには選ばれなかった。
恋に破れたのだ。彼女の恋は実らなかった。それは、決して友斗くんの落ち度じゃない。彼に責任なんてあるはずがない。
だから、傷心の彼女を慰めても誰も文句なんて言わないのに……。
だから、失恋した彼女の恋心に付け入っても問題ないはずなのに……。
友斗くんはその千載一遇のチャンスを利用することはなかった。
それどころか、叶わなかった想いを、彼女に伝えることすらできなかった恋心をすべて呑み込んで、次に進もうとしている。
「……そっか」
だから、僕は彼を祝福する。
「おめでとう」
「おう」
僕と友斗くんはそこまで親しい間柄ではない。
所詮は夢王くんを中心にしたコミュニティを通しての友好関係。だから、彼にとって僕という人間は『親友の友達』程度の存在でしかないはずだ。
「夢王くんには?」
「アイツにはもう伝えてある。『相変わらず、友斗は女の子にモテて羨ましいなぁ』とか抜かしやがったから飛びつき腕ひしぎ逆十字固めを喰らわせてやったぜ」
「ははっ、なんかその光景が容易に目に浮かぶかも。……夢王くんらしいね」
数は少なくとも誰もが見惚れるような特別な女の子にばかり好かれる夢王くんと、数は多くても何処にでもいる普通な女の子にばかり好かれる友斗くん。
群がってくる女の子の数だけで言えば、圧倒的に友斗くんの方がモテていると言っていい。
夢王くんは、そんな彼を見てよく愚痴っていた。漫画みたいなモテモテ男で羨ましい、と。
けれど────
夢王くんが羨んだ”特別”を、友斗くんは欲していない。
友斗くんが求めた”特別”を、夢王くんは欲しなかった。
本当に人生ってやつは、ままならないものだと思う。
「月並みなことしか言えないけど、さ」
「どうした?」
だから、僕は祝福しようと思う。
彼が長年想い続けた彼女が、この一年近く共に夢王くんと一緒にバカ騒ぎをして友情を育んでいたはずの彼女たちが、誰一人として彼に一切の関心を寄せずにいたとしても、僕だけは彼を祝福してあげたいと思うから。
「お幸せに」
「……ああ。ありがとな、紅大」
友斗くんは一瞬だけ虚を突かれたような顔をしたけど、照れくさそうにはにかんで頷いてくれた。
「なあ、紅大」
「なに?」
彼はちらりと横目でどんより沈む彼女たちを見遣りながら、声のトーンを落として僕に頼み込む。
「オレがこんなこと言えた義理じゃないってのは重々承知してんだけど」
「……友斗くん?」
「アイツらのこと、頼むわ」
申し訳なさそうに、友斗くんは語を続ける。
「深入りしなくていい。ただ、それとなく気にかけてやってくれないか」
「……」
まさか、友斗くんからそんなことを頼まれるとは思いもしなかった。
正直なところを言えば、勘弁してほしいというのが僕の本音である。僕たちは確かに同じコミュニティに属していたけど、僕はあくまで夢王くんの友人ということで末席に名を連ねていただけに過ぎない。それは彼も承知しているはずだ。
「あのまま放っておいて変に拗らせても後味悪いしさ。夢王の奴もそんなこと望んでないだろうし」
疲れたように視線を落とす彼の苦労を僕は知っている。
彼女たちが夢王くんに好意を寄せていたのは学校中で周知の事実であり、そんな彼女たちが振られて傷心中であるのもまた公然の事実となっている。そして、そんな彼女たちを狙って群がってくる有象無象を蹴散らし、今日まで守っていたのが彼なのだ。
「もし厄介そうな馬鹿がいたら、今まで通りオレんところに回してもらって構わない」
しかし、いつまでも彼に甘えている訳にはいかない。
友斗くんはもう、新しい自分の道を歩き始めたのだから。
そしてそれは、夢王くんにも言えることだ。
彼もまた、涅さんとともに幸せの階段を上り始めたばかり。
もう、彼らを頼ることはできない。
「……わかった。任せてって胸を張って言うことはできないけど、なるべく気にかけておくことにする」
「ああ、それでいい。充分だ。ワリぃな、こんなこと頼んじまって」
「いいよ。気にしないで」
心底申し訳なさそうに眉尻を下げる友斗くん。
僕はゆるゆると小さく首を振って、苦笑いを浮かべながら了承した。
「じゃ、またな。頼んだぞ」
「うん。またね」
肩の荷が下りたという感じで教室から出ていく友斗くんを見送って、その背中が廊下に消えて見えなくなって、僕は憂鬱気に小さく小さく溜息を吐いた。
「……はぁ」
本当なら、このまま自然とフェードアウトして夢王くんのハーレムコミュニティからは距離を取る予定だった。
僕がこのグループに混ざっていたのは、あくまで夢王くんの昔ながらの友人だから。所謂、モブ友達というのが僕のポジションだったのだ。
だから、ハーレムの中心たる夢王くんが抜けた以上、もはや僕がこのコミュニティに留まる理由もない。
「……」
未だに項垂れて意気消沈している負けヒロインたちを睥睨して、思う。
ぶっちゃけ、僕は彼女たちにそこまで興味がない。
このまま彼女たちが失恋を拗らせて病もうが、ストーカーやヤンデレにジョブチェンジしようが、あるいはクズ男に唆されて薄い本みたいな展開になろうが知ったこっちゃないのである。
それが、僕の偽らざる本音だ。
けれど、夢王くんは彼女たちのそんな未来を望んでいない。
だから、僕は友斗くんからのお願いを了承した。
夢王くんには返しきれないほどの恩があるから。
僕が彼女たちを気にかけることで多少なりとも夢王くんに恩返しできるというのなら、それもいいかと思ったからだ。
「それじゃ」
なので、彼女たち負けヒロインが立ち直るキッカケ作り────は無理だとしても、その後押しくらいはしてやろうと思う。
「お疲れさまでしたー」
とはいえ、深入りもするつもりはないので僕から積極的に声を掛けることは無いのだが。
友斗くんもそれで良いって言ってたし、問題ないね。
こうして僕は、ラブコメ終了後の負けヒロインたちの後処理を請け負ったのだった。