よつばと侍   作:天狗

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&恋愛相談

 「相談があります。」

 しまうーの発言だ。彼女と風香、よつばの三人で作ったケーキを、綾瀬家の面々と食べた後の事である。

 三人で作った不格好なケーキは、てっぺんに添えられた生卵を残して綺麗に完食された。その間、帰ってきたあさぎに爆笑されつつ携帯電話で写真を撮られる等の屈辱的な騒動はあったが、味の感想は概ね好評であった。

 その後、よつばと恵那は外へ遊びに行き、風香としまうーは彼女の部屋へと移動した。

 「相談?」

 「相談です。」

 風香は「ははーん。」と呟き、にやりと微笑んだ。

 「さすがしまうー。『相談です。』と『そうなんです。』をかけるとは。やるなお主。」

 「ち、違う!風香じゃないんだから!」

 あらぬ誤解をされ、しまうーはきっぱりと否定した。

 「で、どうしたの?突然。」

 「いやー、あのね、突然って事でもないんだけどさ。その…伊藤さんの事で…。」

 「パス。」

 頬に手を当て、真っ赤になっているしまうーに対し、全くの無表情で食い気味に風香は言い放った。

 「え?」

 「私にはまだ、他人の恋愛に興味を持てるほど余裕がないので。パス。」

 「待ってよぉ。風香しか相談できる人がいないんだよぉ。」

 途端にしまうーは涙目になり、風香に手を伸ばした。彼女はため息をつくと、その手をとる。

 「仕方ない。我が友しまうーの願いに、寛大な慈悲の心でもって応えようではないか。」

 「ありがとうごぜぇます!ありがとうごぜぇます!」

 ふざけたやり取りではある。奇跡的にお互いのノリやテンションが合うからこそ、彼女たちは親友と呼べる仲なのであろう。

 「それで、相談って何?」

 仕切り直した風香に、しまうーは決意を込めた瞳を向けた。

 「うん、文化祭の時に伊藤さんに告白するんだけど。」

 「はぁ!?え?もう?」

 真剣な表情で飛び出したしまうーの爆弾発言に、風香は驚愕した。

 「え?だってまだそんなにシゲ兄と会った事ないでしょ?今の段階で告白はちょっと早すぎるんじゃないかなぁ。」

 「そんな事ないよ。伊藤さんの年齢に合わせて女子大生向けの雑誌で勉強したところ…。」

 しまうーはカバンから雑誌を取り出し、ページを捲った。角を折り曲げてあるそのページには恋愛相談のコーナーが載っている。その中の一つを指さし、風香に見せた。

 「初対面の男は過剰なボディタッチの後に終電を逃したと伝えれば落ちる、と書いてあります。」

 「いや、しまうー自転車通学じゃん。」

 「問題はそこじゃないの!つまり、会った事がある私が同じようにすれば、もっと可能性が高いって事よ!終電の代わりに『帰りたくない』とか、『泊めて』…と、か。」

 話している途中で彼女は見る見るうちに勢いを失い、顔を俯けてしまった。風香はしまうー両肩に手を置き、言った。

 「しまうー、あんたにゃ無理だ。」

 彼女はただコクリと一度頷いた。

 「相談内容が変わりました。私は一体どうすればいいのか教えてください。」

 「っていうか、元々の相談内容はなんだったの?」

 「今言うと恥ずかしいんだけど。…ボディタッチの頻度とか触る場所とか。」

 それを聞いて風香は心底安心したように、ほっと息を吐いた。

 「危なかった。もう少しで私の友達が痴女になるところだった。」

 「そんな、へへ変なところは触らないよ!」

 「まぁそれはいいんだけど。文化祭で一緒に回れるんだから、そこでどうするか考えなきゃね。」

 あっ、としまうーは声を出した。

 「どうしたの?」

 「あのね、伊藤さんは文化祭に来てくれる約束をしてくれたんだけど、私と一緒に回るかどうかは言ってなかったな。」

 「いやぁ、普通文化祭に誘われたら『一緒に回ろう』って事なんだから、さすがのシゲ兄もそのつもりでしょ。…だよね?」

 話している途中で風香は自信がなくなってきた。当然、茂はしまうーが好意を持っている事に気づいているだろう。それは図書館での会話で明らかだ。しかし、今のところ彼はしまうーと付き合うつもりが無いのも事実である。あさぎや虎子を偽装彼女に仕立て、しまうーがデートするチャンスを潰す可能性がある。文化祭の誘いを受けた手前、そんな卑怯な手段を選ばれたくはない。それだけではなく、天然で分かっていない可能性もある。

 風香は携帯電話を取り出した。

 「聞いてみる。」

 「ちょ、ちょっと待って!誰に?伊藤さんに?」

 「そりゃそうでしょ。あ、しまうーが電話する?」

 首を横にぶんぶんと振った彼女は、既に茂の電話番号を知っている。初めて会った日の帰りに風香から教えてもらったのだが、電話で話す勇気がなく、未だに一度も話した事がない。ちなみに彼はしまうーが連絡先を知っている事を知らない。今までに二度ほど登録されていない番号から着信履歴が残っていたのだが、どちらも一秒ほどで切れていた。知らない電話番号にかけ直す事ができるのなら、彼は人見知りではないだろう。

 「あ、もしもしシゲ兄?」

 どうやら茂は電話に出たようだ。しまうーはそっと耳をそばだてるが、彼の声は聞こえない。

 「今度うちの文化祭来るでしょ?…うん。だから、一人で来るよね。って言うか一人で来いよ。…あ、そうだ。しまうーはシゲ兄に彼女がいないの知ってるから。そういう事で。」

 彼女は電話を切ると、しまうーに笑顔を向けた。

 「これでオーケー。」

 「ででで、でで、でん。」

 「落ち着けしまうー。」

 しまうーは深呼吸すると、風香と目を合わせて頷いた。

 「デートは確実ってわけですね。」

 「そうね。あとはデートコースか。」

 二人は腕を組み、うぅんと唸る。彼女たちは全く恋愛経験がない。デートをした事がないどころか、告白すらした事がないのだ。

 「とりあえず、普通に遊ぶだけじゃダメなのは確実だね。シゲ兄は友達がほとんどいないから、一緒に遊ぶ人はあさぎ姉ちゃんと虎子さんぐらいなんだ。つまり、女の子と遊ぶのに慣れてる。」

 それを聞いたしまうーはごくりと唾を飲み込んだ。

 「相手は百戦錬磨って事だね。」

 「いや、私の知っている範囲ではシゲ兄も大した恋愛経験がない。それなのに、あさぎ姉ちゃん達とよく一緒にいるせいか、基本的に女の子に優しいし慣れてる。だから大事なのは、シゲ兄に優しくされた時に、しまうーが勘違いしない事だね。」

 「な、なるほど…。難しいな。舞い上がっちゃいそうだ。」

 「しかし!今回のデートでしまうーはシゲ兄を惚れさせなきゃいけないんだよ!」

 力強く握った拳を眼前に掲げた。

 「おお!そのためにはどうすればいいの?」

 「…あさぎ姉ちゃんに聞いて来よう。」

 

 二人は早速あさぎの部屋に突入し、事の次第を説明した。雑誌を読んでいたあさぎは迷惑そうにしていたが、次第に困ったような表情に変わった。

 「ねぇ、本当にシゲでいいの?」

 「もちろんです!」

 「…風香。沖縄の時のシゲの動画、ちゃんとしまうーに見せたの?」

 「見せたよ。そしたら『伊藤さんの新しい面が見れて嬉しい。』だって。」

 しまうーは赤く染めた頬を抑えながら、風香の肩をバンバン叩いた。

 「んー、私はあんまりお勧めできないけどなぁ。」

 「…あの、本当に伊藤さんとあさぎさんって付き合ってないんですか?」

 不安そうにしまうーが訊ねると、あさぎは大笑いした。彼女の中ではあり得ない勘違いだったようだ。

 「ないない。心配しなくても大丈夫だよ。」

 「ほら、何度もそう言ってるじゃん。」

 風香からは聞いていたが、しまうーは今一信じきれなかったようだ。それもそうだろう。大学生の男女が頻繁に遊んでいたら、付き合っていると恋愛経験のない高校生に勘違いされても仕方がない。

 「でも、じゃあ、伊藤さんがあさぎさんに片思いしてるとか。…その逆とかは。」

 「それもないって。しまうーは私がシゲの事好きって言ったら諦めるの?」

 それを聞いて彼女は考え込んでしまった。仮にあさぎが茂の事を好きだとしたら、自分にはまず勝ち目がない。あさぎはモデルとして雑誌に出てきてもおかしくない程の美女だ。さらに茂とは幼馴染で、彼の事をよく知っているし、茂も彼女の事をよく知っているだろう。さらに、初対面の時に彼はしまうーに、恋愛するつもりがない、とはっきり言っている。果たして自分にはあさぎに勝てる要素が何かあるだろうか、と考えると、何も思いつかなかった。

 「しまうー?」

 風香が問いかけても、彼女は顔を俯けたまま返事をしなかった。あさぎが顔を覗き込むと、目に涙を溜めている。

 「ちょ、ちょっと!大丈夫だから!私はシゲの事なんとも思ってないから!」

 しまうーは俯いたまま頷くと、涙を拭って顔を上げた。

 「…わかってます。ちょっと自分に自信がなくなっちゃって。あさぎさんや虎子さんと普段一緒にいる伊藤さんが私の事好きになってくれる、なんて事あるのかなって。」

 「あー、その辺は大丈夫だよ。しまうー可愛いし。シゲは人の事顔で判断するって事ないから。相性が合えばナメクジと恋愛できる男だと、私は思うな。」

 ぷっと吹き出したしまうーはようやく笑顔を見せた。

 「頑張れば、私でも付き合えますかね?」

 「もちろんよ。」

 「じゃあそろそろ、文化祭でのシゲ兄攻略法を考えようか。」

 風香が空気を換えるように言った。

 「そうね。私は普段、自分のやりたい事にシゲを付き合わせてるの。あいつの希望をほとんど受け入れる事がないから、シゲは私の事恋愛の対象として見れないんじゃないかな。」

 「つまり、あさぎ姉ちゃんたちと逆の事をやればいいんだね。」

 「伊藤さんのやりたい事に私が合わせるって事?」

 「多分だけどね。それだけで結構あいつに意識させる事はできると思うよ。」

 風香は腕を組んでうーんと唸った。

 「なるほどなー。慣れてない人たちにとって恋愛って非日常の出来事だもんね。普段と違う事が起こればそれだけで意識させられるのか。勉強になるな。」

 「伊藤さんってどんな事が好きなんでしょう?」

 「聞いたことないから知らない。」

 あさぎが普段、茂をおもちゃとしてしか見ていない事がよくわかる。

 「うーん、私もあさぎ姉ちゃんに振り回されてるところ以外だと、トレーニングしてるところしか見てないな。」

 「相手の情報なんて知らない方がいいわよ。その方が楽しく会話できるでしょ。」

 「つまり、ぶっつけ本番で回るところも本人と相談して決めた方がいい、と。」

 しまうーは少々不安そうだが、その方針に同意しているようだ。

 「わ、わかりました。私、やってみます!うぅ、緊張してきた。」

 「でもこれで付き合えるってわけじゃないからね。シゲがそもそも年上好みかもしれないし。」

 あさぎの適当な助言に簡単に乗ってしまった。もちろん、彼女だってきちんと相手に合わせた助言をしてあげたいのだ。しかし、茂はしまうーと付き合う気がないのを彼女は知ってしまっている。高校生の少女の恋を応援したい気持ちもあるが、彼女が自分の友人のせいで傷ついてしまうのも可哀想だ。

 「まぁ、もしフラれたら間違いなくシゲはホモなんだと思うよ。」

 結果、全ての罪を茂に被せる方向へ持っていく事にした。

 

 「もしもし、どうした?」

 「あのさー、さっき風香としまうーに文化祭の事相談されたんだけどさ。」

 「あぁ、風香から電話あったよ。絶対に一人で来いって。」

 「多分、しまうーの初デートだからね。」

 「デートって言われると、何かアレだな…。」

 「ま、本当に付き合うつもりがないなら、きちんと振ってあげなさいよ。それはあんたの責任よ。」

 「はぁ…。わかってるよ。」

 


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