落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
京都午前十一時。
日本でも有数の観光地である古の都。いくつもの世界遺産や国宝などを多く有した日本が世界に誇る街だ。数百年前までは国中心地、今では首都を東京と移したがその重要性は健在だ。行ったことがない国民はいても、まさか京都を知らないという国民はいないだろう。
だから本来ならば日付が変わる直前であろうとも十分ににぎわっているはずだ。若者の数は少ないしても、仕事帰りのサラリーマンや観光にきた外国人やお忍びの要人。
けれど今宵だけは古の都に人の気配はない。
示し合わせたように全ての住民は屋内に閉じこもり、息をひそめていた。普通に考えれば在りえるはずがない現象。けれどそんなことが罷り通ってしまうのが今夜の魔都だった。
二条城。
かつて徳川家康が将軍宣下を行いその子孫の徳川慶喜が大政奉還を行ったと江戸の時代の始まりと終わりを担った場所。言うまでもなく世界遺産。平城であるこの二条城は非常に広い。それはもう広い。東西五百メートル。南北四百メートルと端から端まで観光しようと思えば大変なことになる。
そんな城のとある一室にて――曹操、ココは片膝を立て、ひざ掛けを置き、瓢箪に入った酒を傾けていた。とある一室というか白書院と呼ばれる将軍の寝室だった場所なのだが勿論彼女はそんなことに構っていない。部屋の中には僅かな蝋燭の光と月明かり、それに場内各地に大量の配置された松明の炎だけ。電気の類は一つもない。
この日本の城で曹操は我が物顔のようにふんぞり返り、それを咎める者は、
「いい御身分だな」
いた。
誰かなどこの期に及んで言うまでもない。
制服姿の遠山キンジ。
「来たか、キンチ」
「キンジだ。間違えるなよココ」
「きひっ、解ったヨキンチ」
明らかにわざとだった。そんな彼女にため息を吐きつつ、曹操の前まで行く。ただでさえ小柄な曹操が座っているので完全に見下ろす形だ。勿論、彼女を前にして座るわけがない。酒を飲んでいる姿に嘆息しながらキンジは言う。
「ほろ酔い気分か。戦う気ないのかよ。俺としてはそっちのほうがいいけどな」
「そんなわけがないネ。ただちょっとした余興ヨ。急がば回れとこの国では言うだろう? そういうことネ」
「あ、そう」
キンジとしてかなり真面目に非戦を期待したのだがそうはいかなかった。行くわけもないのだが。今のキンジは完全武装――とはいい難い。武装面ではほぼ十全だが、しかしキンジの戦装束『桜傾奇』は流石にこの京都までは持ってくることはなかった。制服も防弾処理されているとはいえあまり意味がないのが現実だろう。
「きひっ。まぁそう落ち込むでないネ。テンションあげるヨ」
「一体どこにテンション上がる要素があるんだ」
「この戦は世界放送ネ。世に名を上げるチャンスよ」
「最悪だ……」
「まぁイ・ウーでの戦いで既に世界に知れ渡っているわけだけどネ」
「最悪だぁー!」
頭を抱えるキンジをカラカラと笑って曹操は瓢箪を傾ける。
「私たちは大将戦ヨ。ある程度ふんぞり返って、他の連中より始める時間を遅らせた方が見栄えがいいというものヨ。こういう様式美というのも重要ヨ。ちなみに私は中国人ぽくしゃべっているけれどこういう風に普通にしゃべることもできるのよ? 語尾をアルにするか迷ったけど普通過ぎてやめたわ」
「びっくりしたー! いきなり普通に喋るなよ!」
「きひきひ」
二度笑って。
「そういうことネ。当分はこうやって楽しくおしゃべりするヨ。――既に他の場所でも相対し始めているころだろうヨ」
●
所変わって清水寺である。同じく世界遺産。坂のお土産道や音羽の滝、鉄の錫杖と高下駄などが有名である。けれど最も有名と言えば清水の舞台だろう。清水の本堂から崖の上に作られた檜舞台。
そこにて蒼一と張遼は向き合っていた。
蒼一も制服姿。蒼の戦闘装束はなく、手にバンテージを巻き、ブレザーなしの捲り袖。張遼は昨夜の森で遭遇した時の白い中華衣装。手には既に布が取り除かれた偃月刀。
向き合って――即座に拳と偃月刀を激突させていた。
「カハハ! 戦闘前の雅なお話はなしかぁ!?」
「君も、僕もそんなことを愉しむような性質じゃないだろう? 語るならば口ではなく、自身の得物で」
「違いない!」
交わされる拳と偃月刀はそこまでの速度や激しさが出ているわけではない。所詮は序の口、開戦直後の小手調べ。昨夜に於いては蒼一が後れを取ったがあんなものは所詮不意打ち。例え王の選んだ戦法だとしても張遼の本懐から外れることは確か。
「けど、もうそんなことは気にしなくていい……!」
彼の王は言った。加減は無用だと。全霊を以て相対せし敵を打倒せよと。
一騎打ち、相対こそが武人の誉だ。さらに言えばこの戦いの為に各戦場での人払いは十全。全力で戦っても人的被害を気にする必要はない。
「フンッ……!」
一際強く振られた偃月刀が檜舞台を両断して蒼一へと迫る。。斬撃が飛んだことに、しかし蒼一は何の疑問を持たず、
「セイッ!」
横合いから蹴り飛ばした。斬撃は軌道を変えて中空へと飛んだ。破砕した木々が舞い散る中、二人の益荒男は互いが保有する武威に笑みを歪め、
「バスカービル、那須蒼一」
「曹魏、張遼文遠」
相対の始まりとして所属と名を高らかに叫び、
「行くぞォォッッーー!」
●
再び所変わって京都大学。
東京大学に次いで全国第二位の国立大学。その吉田キャンパス。これまた有名な京都大学の楠木の前でレキと夏侯淵妙才は向き合っていた。制服姿のレキと白の中華衣装の夏侯淵。どちらもそれぞれ背には狙撃銃を背負っている。
言うまでもなく――本来ならばこの距離は二人にとっては状況がいいとは言えない。狙撃主であるレキは勿論、それに近い戦闘スタイルである夏侯淵も同じ。昨夜のような超長距離間こそが二人の戦場だ。
けれど今回に限っては相対戦、それも各方面に向けてのデモンストレーション。性質的にどうしても地味になる狙撃戦よりもある程度近距離のほうがふさわしいという判断だったのだ。
「……」
「……」
会話はない。
おそらくというか間違いなく消え去った設定ではあるもの本来レキは無口だ。今現在では電波とかキチガイとか色ボケとかヒロインとして有るまじき設定を追加されたにしても根本的に無口なキャラなのだ一応。
なのでほぼ初対面の夏侯淵に対しては特に口を開くことなく、もっと言えば昨夜の雪辱を晴らすために無表情で目力だけ全開にして夏侯淵を睨んでいた。
「……」
困るのは夏侯淵である。黙っていれば人形のような容姿のレキから無言で睨まれていれば、怖いとは思わないにしても気持ちのいいものではない。
だからではないが、なんとなく口を開き、
「ね、ねぇ――」
「なんですか」
喰い気味で反応された。
ぶっちゃけると怖い。
「……」
那須蒼一とレキの関係は知っているけれど、コレとどうやったら付き合えるのか彼女には激しく謎だった。夏侯淵もそれほど饒舌ではない。兄である夏候惇や仲間や主である張遼や曹操はともかく数度しかあっていない人間にベラベラと喋るのは苦手だった。所謂内弁慶的な少女だったのである。
そんな彼女を見てレキはどう思ったのか周囲を見回してポツリと口を開く。
「まさか、ここに足を踏み入れるとは思っていませんでした」
「……? どいうこと? ここってかなり有名な大学じゃなかったかしら? ウチの国の人間だって知ってるでしょう」
「だから、です。世界に知れ渡った日本有数の国立大学に私が――武偵高の人間が立ち入るとは。知らないかもしれませんが……武偵高の平均偏差値は三十七です」
「あぁ……」
遠い目で言うレキを哀れむように夏侯淵は見た。当然ながら、そんな成績では碌な大学に入れるわけもない。レキはそれほど成績が悪いわけではないが、あまり一般教科に関心のないレキは精々が中の上だ。狙撃科の成績は抜群なので全く問題ないが。武偵高でまともな国立大学に入れるのは白雪くらいだろう。
「将来、将来ねぇ……。私は生涯王に付き従うと決めたわけだけど、貴方はどうなのかしらウルスの姫?」
「武偵大学かプロの武偵か……。まぁ彼の場合世界に武者修行するとか言い出してもおかしくないでしょうねぇ。どっちにしろ蒼一さんと同じ道を行くのは変わらないでしょうが」
「……そう」
短く頷く。正直ウルスの姫君としてそれはいいのかなとか夏侯淵は少し思ったが口には出さなかった。これで仲間の一人もいれば激しく突っ込んだ、或は誰かの突っ込みにさらに突っ込みを発動させるのだろうがこの場にはレキと夏侯淵しかいない。
残念ながら会話が続く組み合わせではなかった。
だから。
「始めましょうか」
「えぇ。昨夜の雪辱、晴らさせてもらいます」
●
そしてまたまた所変わって鴨川公園。一級河川鴨川流域に広がる自然公園。芝生や運動場、ジョギングロードなどもあって体を動かすことには事欠かないし、休日には家族連れがにぎわっている。しかし当然今のこの街には人の気配などは微かなものだ。
たった二人しかない。
鴨川にかかる橋の一つの欄干に背を預ける少年。黒の戦装束、黒髪黒タレ目。腰には一振りの長剣。やる気のなさそうな気だるげ気配を持つ夏候惇だ。そこらへんの自動販売機で買った缶コーヒーを傾けていた。これから一騎打ちだというにも関わらず戦に臨む気配は全くない。軍師をして廃人系将軍と呼ばれるのは伊達ではない。これが曹操の命だったからこうして相対に参加しているが、もし仮に曹操以外からの命だったならば適当に理由を付けてすっぽかし、忘れられたころに妹に蹴飛ばされてから顔を出していただろう。
そしてもう一人。
夏候惇より遅れること数分。
彼女は現れた。
彼女を見て夏候惇は少し目を見開く。
「……アンタか」
「はい、遅れました」
候惇とは正反対の白と赤の巫女装束。流れるような黒髪に白の紐飾り。腰には朱塗りの鞘の一刀。和服でも隠せない起伏に富んだ高校生離れした肉体。
「バスカービル、星伽巫女、星伽白雪。参上しました」
「……驚いたな。お前が来るとは」
手にしていた缶を握りつぶして欄干に置きながら本当に意外そうに言う。
「そうでしょうか?」
「……あぁ、てっきり緋弾が来ると思っていた」
緋弾、つまりは神崎・H・アリア。当然彼女も相対者として立候補した。けれど、
「この街も星伽の領域です。巫女である私が出るのも当然だと思いますが」
「……あ、そう」
堅苦しい白雪の言葉にも夏候惇の気だるさは変わらない。彼としても緋弾が相手をするとは思っていたけれど別に特別な対抗策を用意してきたわけではない。誰が相手もでも構わないのが正直な所だった。
「私としてもこんな街中で一騎打ちなんて不本意ですし、星伽の分社がある以上介入しないわけにもいきません」
「王様の気まぐれを恨んでよ。俺が選んだわけじゃないし。文句言ったら王様と妙才に俺が殺される」
「まぁ私としてはそれでも構わないですけど」
「何気に酷いこと言うね君」
嘆息しながら――剣を抜く。
夏候惇が握るのは装飾の少ない無骨な長剣。これと言った特徴はないが業物であるのは見るだけで解る。それに対して白雪は刀を抜かない。左手を鞘に添え、右手で柄を緩く握る。左足は下げて右足は前に出す。
抜刀の構えだ。
「それじゃあまぁ、やりますか」
「はい」
息を吸い、
「――ここでいいところを見せてあの
夏候惇「星伽云々どこいった……!」
つーわけで京都
実質プロローグでしたねー。
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