落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第3拳「『宣戦会議《バンディーレ》』は近い」

 そして――それは唐突に。ある意味ではひどく順当に飛来した。

 

 弾丸である。部屋の中で肩を預け合ってただ時間を過ごしていた俺とレキへと。超長遠距離からの狙撃であろう弾丸が来た。

 五発。

 俺たちに当たるような軌道ではなく、周囲にあった高価な西陣織へと着弾していた。威嚇射撃だ。タスペトリーのように掛かっていた反物は音を立てて地に落ちる。ガラスが砕け、襖にも被害が。次いでもう二発。充電していた俺とレキの携帯。正確にそれらは粉砕させ、

 

 それきり沈黙。

 

「……ふむ。レキ?」

 

「山岳方面から、距離は二千百八十。レミントンM700ですね」

 

 狙撃銃の種類はまぁ知らないが。ともあれ狙撃だ。俺たちから外れているのは外れたわけではなくわざと外したのだろう。昼に会った張遼は一騎打ちこそが誉だと言っていた。ならばそれはつまり、

 

「宣戦布告……それも私にでしょうね」

 

「だろうなぁ」

 

 狙撃。狙撃。――狙撃(スナイピング)。それこそは魔弾の姫君レキの真骨頂。俺の知る限り、こと狙撃という分野においてはレキ以上の強度を誇る存在を見たことも聞いたこともない。

 なのに、

 

「二千百八十ね、レキの異常よりも広いな」

 

 絶対半径(キリングレンジ)というものがある。狙撃主にとって絶対に外すことのない射程範囲を指した言葉で、それはレキの場合二千五十一。『魔弾姫君(スナイプリンセス)』という異常を用いられたそれは銃の性能を無視させることもできるが。

 この狙撃主はそのレキの絶対半径(キリングレンジ)よりも尚広い。正直そんなことができる存在がいるとは驚愕だ。

 

「どうする?」

 

「行きましょう」

 

 レキは迷わず立ち上がる。

 

「売られた喧嘩は買いますよ。それに最近はどうもキンジさん蒼一さんのコンビというイメージが先行していまし、なにやら別のどっかのだれかが貴方の隣にいるとう変な電波がありますがこのお話の真ヒロインは私です。ここで一発、思い知らせてあげましょう」

 

 ともあれ最低限の装備を持って部屋を出る。途中で遭遇した女将さんには武偵証を見せて警察への連絡は遠慮してもらった。あの一味が相手ならば余計な被害を出すだけだろう。明日まで一番安全そうな部屋に隠れて過ごしてもらうことにする。我ながら酷い扱いだとは思うがあまり余裕はない。別室で犬専用の扱いを受けていたハイマキと合流する。

 旅館を出て、駐車場を横切って林の中に。さらに進んで森の中へ。

 湿度の高いジメジメとした森だ。土や葉は濡れて独特の匂いを立ち込めて、地面の凹凸も激しい。それでも俺もレキもハイマキもそれらを苦とせずに進んでいく。

 会話はない。

 今のところ向こうからは反応がないが、レキと同等以上の狙撃主というならば少し気を抜いて音を立てたらズドンということがあり得る。だから口は開かない。足音も最小限にし、呼吸音も控え目に。元よりその程度で意思疎通に支障があるわけでもない。

 森の中を進むにつれて視界は悪化していく。それでも目に関しても俺もレキも困らないので問題なしだ。

 一時間ほど進んだ所で大きなクスノキらしき巨大な樹があった。樹齢千年とか言われても驚かない。川に面しているその樹の根本でレキは立ち止まって、

 

「ここで迎撃しましょう」

 

 狙撃銃を組み立てる。

 

「どうするんだ?」

 

「ここで待機と索敵を、まぁ大まかな位置は解っていますが。なにか光るものは持っていませんね?」

 

「あぁ、全部おいてきた」

 

 どれだけ小さな光でも異常やそれに機械を使えばどうにでもなる。だから俺もレキもそういうのは持ってこなかったのだ。

 狙撃銃を組み立てた終わったレキは巨木の根本にソレを抱えながら座り込む。

 

「狙撃主同士の戦いです」

 

「長期戦ってか? ま、俺はそんな距離空いてると何もできないからなぁ」

 

 少なくともこの距離に於いて俺は無力だ。走ってもどこにいるかも解らない二キロ前後は広すぎる。たとえ光速で動いたとしてもただの的だろう。俺にできることは何もない。故にここはレキの判断に従うべきで――

 

「いえ、短期決戦です」

 

 言葉と共にレキが握りしめた銃弾から淡い瑠璃色の光が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 那須蒼一とレキがいる地点から約二キロの地点。同じく森の中に彼女たちはいた。

 

「どうネ、妙才。瑠璃の主従は」

 

「今大きな樹の所に座り込んで待機し始めたところですねぇ」

 

 応えたのは栗色の髪を腰まで伸ばした少女。隣にいる曹操よりも頭一つ分は背が高く、似たような中華風の白の衣装を来ていた。手には狙撃銃。黒塗りのそれ一つを肩で抱えて狙撃姿勢を取っている。周囲に特別な機材は一つもなく、レキと同じくその身一つで超長距離を狙っているのだ。

 彼女が夏侯淵妙才だ。

 そしてその隣にもう二人。曹操や夏侯淵と同じような意匠の服で色は白と黒。白は昼間に蒼一と会って来た張遼。右手には布で巻かれた長い棒のようなものが。

 黒いのは張遼よりいくらか下、夏侯淵と同年代くらいの少年だ。黒髪黒目で、釣り目がちな夏侯淵と対照的に若干タレ目。腰には長剣が一振り。

 

「でもこれ後どれくらいかかるのかなぁ」

 

「だまりなさい元譲、気を逸らせたらアンタから頭ぶち抜くわよ」

 

「……」

 

 タレ目に加えて死んだ魚のような目になっていた。過激な夏侯淵の発言だがよくあることなのか曹操も張遼も構わないどころか苦笑気味だ。

 

「しかし、実際どれくらいかかるネ?」

 

「狙撃での決闘ですからね。数時間はかかりますよ。私もお姫様もお互いの位置を把握しているのでその分動きにくいはず――」

 

 言葉の途中だった。

 曹操の質問に答えている間も夏侯淵は狙撃銃のスコープから目を離していなかった。特別な機材があるわけではなかったが、それでも彼女の能力ならば問題ない。いつでも、異変があれば引き金を引けるようにスタンバイしていた。

 視界の中で淡い光があった。瑠璃色の光だ。弱いそれだが、それでもこの暗い森では目立ち、他の三人でさえそれに気付いていた。

 その時点では動きはなかった。どうするべきか夏侯淵は迷い。

 

「――!」

 

 スコープ越しにレキの姿を見た。立ち膝で狙撃銃を構えた今の夏侯淵と同じような姿勢。

 そして――銃口には瑠璃色の輝きが。

 それを認識し、僅か行動が遅れ、

 

 その場を瑠璃色の極光がぶち抜いた。

 

 

 

 

 

 

「――無茶するぜ」

 

 森の中、俺は彼女を背負い駆け抜けていた。

 『魔弾姫君』――ではない。レキの瑠璃色金を用いた砲撃だ。俺の『瑠璃神之道理』に近いそれは射程距離を無視した砲撃である。しかも俺のと同じように当たれば異能を破壊する効果もあって凶悪極まりない。無論物理的な破壊力は言うまでもなく二キロ分の人一人が走れるような空間を作り出していた。

 ただ、代償として、

 

「大丈夫か?」

 

「……なん、とか」

 

 精神力と体力の消耗が激しい。どちらともほぼ満タン状態でも碌にあるけなくなるぐらいに疲弊してしまうのだ。短期決戦にしたのはそういうことだろう。長時間の待機はレキにとって苦ではないが、消耗がないわけではない。だからこそ最大の一撃を放つために初弾決着を狙ったのだ。

 ちゃんと戻って休ませなければならない。

 視界が悪く走りにくい森だからそれほど速度は出せないが、それでも森の外へと走る。

 

「ま、狙撃の勝負に関してはお前の勝ちだろうさ」

 

 

「いや、それを決めるのは早計ではないかな」

 

 

 唐突に、突然に、前触れなく、伏線なく――俺の真横に張遼が平行して現れた。昼間見た洋服ではなく中華風の白い衣装。その手には長槍、いや偃月刀が握られていて、

 

「フン……!」

 

 振られた。

 

「……ッ!」

 

 真横からの一閃。突然の張遼の出現に対応が遅れた俺は躱すことができずに直撃。振られた拍子に生まれた衝撃波が木々を薙ぎ払い、俺とレキがぶっ飛ぶ。

 

「ガハッ!」

 

 胸から肋骨が砕けた音。斬撃ではなく半ば打撃のような攻撃だったから体が切断させるようなことはなかったがそれでもダメージは大きい。

 それでも、

 

「レキ……!」

 

「そういち、さんっ」

 

 彼女だけは絶対に離さない。一撃を喰らった衝撃に一度別たれたが根性で引き寄せて抱きしめる。胸の中にすっぽりと覆うように抱き、

 

「ぐ、がッ……!」

 

 一本の木に激突して、それを折りながら地面に落ちる。びちゃりと音を立てのはぬかるんだ土かそれとも吐きだした血か。無様に倒れたが、それでもなんとか上体だけは起こして、

 

「下手に動かない方がいい」

 

「……」

 

 眼前には張遼がいた。

 いや、彼だけではない。栗色の髪の少女と黒髪の少年。そっちの二人は俺やレキとそれほど変わらない年代だろう。三人とも同じような衣装で色違い。栗色のほうは手に狙撃銃を持っているから、彼女がレキに挑んだ相手か。

 

「きひっ」

 

 そして、ゆっくりと俺たちを眺めながら曹操が現れる。

 

「やってくれたネ、姫。まさかあそこで砲撃(・・)とは。妙才がいなかったら直撃だったヨ」

 

「とんでもない。王だけでもどうにかなったでしょう」

 

「きひきひ。否定はしないでおくヨ」

 

 栗色の髪の少女――妙才、すなわち夏侯淵。彼女がそうならば、

 

「あ、俺が夏候惇ね。好きに呼んでくれ」

 

「元譲ォ、もっとましな言い方はないのかしら?」

 

「いいじゃんこれでさ」

 

 随分とやる気がないというか死んだ魚のような目をした男が夏候惇元譲。よく見れば腰に長剣を下げている。

 曹操、張遼、夏候惇、夏侯淵。

 これで四人。かつて三国の乱世を駆け抜けた英雄たちの子孫が今俺とレキの前存在していた。

 碌に動かない俺たちの前で。

 先ほどの一撃は俺の内臓までに達していた。肋骨の何本かが砕けて肺にでも突き刺さっているのか喉からは断続的に血が上ってくるし、非常に息苦しい。臓器もいくつか破裂していもおかしくない。

 それでも、これくらいなら慣れている

 よくあることで、『瑠璃神之道理』を使えば即座に修復される。

 

「瑠璃神モードとやらは使わせないネ」

 

「……っ」

 

 それも、できればの話だ。

 

「瑠璃神モード、瑠璃神之道理。当然私たちも知っているネ。異能無効に超膂力、見切りに傷の修復、挙句の果てには光速にまで至る光速移動。いやはや、私ですら賞賛せずにはいられないネ。その状態のお前とならば私でも手古摺るだろう。ならば使わせなけれなばいい」

 

 カチャリと音が鳴った。それは夏侯淵の狙撃銃の音。

 

「使ってみなさいよ、ソレ。でも少しでも素振りを見せれば、お姫様を撃つわ。アンタは光速で動けるらしいけど、お姫様を抱えてできるかしら?」

 

 当然無理だ。

 瑠璃神之道理で超強化された肉体だからこその光速移動は可能であって、素の状態では俺だって光速で動けば肉体が滅茶苦茶になる。だから狙撃銃の超音速以上の速度は出せない。音速だろうとどうしたってレキの体に負担を掛けてしまう。

 

「そうい、ちさん」

 

 腕の中から声が漏れる。それは申し訳なさそうな声だ。先の自分の選択が間違っていたと自らを責め、憤るように。彼女の選択は間違っていなかった。ただ連中がこちらの想像を上回っていただけのこと。

 

「……どうやって、お前らアレを」

 

 完全に不意打ちだったはずだ。あのタイミングでは回避は不可能だったはず。なのに、四人もいて四人とも無傷。あまりにも不自然だ。

 

「きひっ。甘えるな、教えないネ。私の可愛い部下の能力をそう簡単に知ることができると思ったら大間違いね。有利になったら敵がペラペラしゃべりだすと思っていたカ?」

 

「……けちけちすんなよ王様」

 

「きひっ、お前が諦めたら話してやってもいいネ」

 

「……そりゃあ、無理だ」

 

 きひっ、きひっ。俺の言葉に曹操は笑う。黙している張遼も薄い笑みを浮かべ、夏侯淵も上等、というように、夏候惇だけは面倒くさそうにため息を吐いていた。

 確かにまずい状況だ。

 戦えないということはないが、戦わせてもらえない。無理に動けばレキが傷つく。そのレキも今は先頭不能状態。

 

「一騎打ちが誉じゃなかったのか?」

 

「時と場合によるよ。誉であってもそれしかしないわけじゃない。必要があれば暗殺も謀略もやるさ」

 

「いい武人(オトコ)だろう? 頭が固いのがたまに傷ネ」

 

 まぁそうだろう。曹操自体乱世の姦雄なんて呼ばれていたくらいなんだし不意打ちに否を唱えるわけがないし、それが曹操の言ったことならばなおさらだ。しかし会話に付き合うつもりはあるようなので気づかれないように全身の気を治癒に回す。イロカネの性質を自覚してからは強化だけでなく治癒に関しても強度は上がった。瑠璃神之道理ほどでもないしろそれなりの回復力は誇る。

 まぁ今の状況だとそれなりで完全に気休めというレベルなのだけど。

 

「おい」

 

「なにかネ?」

 

「何が狙いだ」

 

「試験ネ。お前とキンチの」

 

 試験。今月頭に曹操が現れた時は我らがバスカービルの面々を採点していたが俺とキンジだけはなかった。それをここでやるというのか。この古都京都で。

 

「『宣戦会議(バンディーレ)』は近い。バスカービルと敵対することは決めてるが、それでも見定める必要があるネ。お前たちが私たちと戦えるだけの力があるのかを」

 

 なにやら知らない単語が出てきたが、今はスルー。あとで聞けばいい。

 しかし面倒な話だ。つまりは俺とキンジの力量を見るために京都まで来て襲撃したわけか。

 

「これは公式な前哨戦ネ。この前ちょっかいかけたのは訳が違うヨ。これの結果次第ではどちら(・・・)に付くかも左右するだろう」

 

「あっそ」

 

 腕の中でレキが意識を失っていた。張遼の一撃を俺越しに受けたせいといよりもあの砲撃からの疲労だろう。夏侯淵によって回避されたが、当たれば俺でもキンジでも遙歌でも耐えられないほどの威力だ。それだけの代償くらいは仕方ない。

 

「まったく……」

 

 息を吐きだす。曹操たちから視線を外して木々の隙間から見える夜空を見上げて、

 

「おととい来やがれ――兄弟」

 

 遥か後方から飛来した緋色の弾丸が曹操の肩を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「何してんだ兄弟――助けに来たぜ!」

 

 

 




原作かい離が始まったような始まっていないような。
若干ブレる


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