落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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感動系BGM推奨
ヴァルハラ聞いてました。怒りの日の


エピローグ「愛してるぜ」

 空は青かった。

 海もやっぱり青い。ついでに雲は白くて、太陽は光がまぶしくて直視はできないが、白っぽいなぁとか思う。眼下に広がる町並みも雑多な色に塗れている。道路を歩く人たちの服や車、看板、道路。

 ただなんとなく呆けて病院の屋上から風景を眺めているだけだけど、それだけでもよく見れば世界に色は多い。なぜ気付かなかったのかのか不思議なくらいに。

 世界はこんなにも色づいている。

 それが解るということはつまり、

 

「……生きてるなぁ」

 

 そういうことだ。

 あの戦いから一週間と少し。俺は病院の屋上で、ベンチに座りながらぼんやりと空を眺めていた。

 あの戦いの後。握拳裂を殺して意識を失った俺は気づいたら病院に搬送されていた。言うまでもなく瀕死の重体で、ほとんど絶望的な状態だったがそれでも今こうして生きていた。

 

「生きてるんだよなぁ」

 

 もう一度噛みしめるように呟く。たった絶望的な状態から回復したとはいえ、ダメージは残っている。病室から屋上まで来るのだけでも結構辛かった。寝間着用に着流しは脂汗を吸って、屋上に出れば寒くて仕方ない。冷気が全身の傷に染み渡る。吹き付ける風も苦痛だ。先日の戦いで髪は随分と短くなって、フラフラ揺れて視界を邪魔することはなからましといえばましだけど。

 ともあれ、

 

「生きてる」

 

 痛みを覚えながら拳を握りしめながら、確信をもって言い切る。

 寒さも痛みも辛さも生の証だ。

 だから悪くない。

 

「ん」

 

 背後に足音。ゆっくりとした足取りだ。階段を一歩一歩踏みしめるようだが、一歩進むだけでも一苦労ということだろう。

 足音が聞こえ始めてからたっぷり数分かけて上がってきて、屋上に現れる。迷いなく足を進めて、缶コーヒーを差し出しながら、

 

「飲むか?」

 

「あぁ、悪い」

 

 遠山キンジが俺の隣に腰かける。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 二人で肩を並べて缶コーヒーをのどに流し込む。のどや腹に温かさが冷えた体に染み渡っていく。

 遠山が赤い寝間着の上からジャージを羽織っているが、着流しだけの俺には随分とありがたい熱だ。

 

「なぁ、結局どうなったんだよ。いろいろ」

 

「星伽とかから聞いていないのか?」

 

「聞いているけど、やっぱり本人から聞きたいんだよ」

 

「そうか」

 

 視線は動かさず、空や町並みを眺めたままに、

 

「とりあえず、武偵ランクの降格と必要単位の追加に先輩方への土下座ってことで話はついた」

 

 先日の一件で、ぶっちゃければ俺は即お縄についてもおかしくなかった。

 公務執行妨害やら器物破損、傷害罪。さらに武偵憲章の離反。

 視線をずらして学園のほうを視界に入れば、校舎や土台部分が崩壊している。クレーンやらトラックが出入りしているのが見える。浮き島にも結構な亀裂が入っているらしいし。修復には数か月はいるだろう。あれの被害総額とか聞いたけど思い出したくない。この年で借金まみれの人生とか嫌すぎる。

 

「相手があの人だった、ていうのが効いたんだろうなぁ」

 

 相手が相手だった。

 『拳士最強』握拳裂。拳士の最高峰(ハイエンド)たる彼の強度故に、罪とならなかったというのがあるのだ。例外というのはどこにでも存在する。生か死か(デッド・オア・アライヴ)。国際武偵連盟で例外的に武偵憲章を適応されない相手が存在し、それの一人が握拳裂だったという話。そんなんだから武偵ランクの降格に特別単位追加という処置。

 あとは、

 

「まぁ、うん。土下座は仕方ないよな」

 

「ははは」

 

「なに笑ってんだよ」

 

 今回の一件で悪かったといのは他でもない俺だ。暴走して、勝手して、無茶したのはまさしく俺なのだ。メイン部隊の教師陣にバックアップの選抜生徒も全員まとめてぶん殴ったわけで、

 

「退院したら土下座ツアーだぜ」

 

「天香先輩に弟子入りでもすればいいんじゃないか?」

 

「……一概に否定できない」

 

 ため息を吐いて、缶コーヒーを傾ける。俺も遠山も一緒に。言葉はない。

 

「……」

 

「……」

 

 言うことはこれくらい。

 いや、言うべきことはほかにもあって、

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

「その、よ」

 

「おう」

 

「あの時さ」

 

 そう、あの時。俺がこっち戻ってきた直後のこと。あの人と戦って満身創痍で命すらも危ない状況で、その時の怪我は今もまだ遠山に残っているほどの状態で

 

「俺を行かせてくれてさ……」

 

 きっとあそこで彼女の下に行かなければ。今この瞬間はなかっただろうから。今俺が生きているのもある意味ではこいつのおかげとも言えるから、

 

「ありがとう、な」

 

 その言葉だけは言っておかなければならないし、言いたかった。正直言えば、すごい照れくさくて、恥ずかしくて、今更どの面下げて言っているんだと言われてもおかしくないけれど。

 それでも。

 それでもこいつは、

 

「気にすんなよ、あんだけ殴り合ったんだ。もう他人じゃないさ。なぁ兄弟?」

 

 笑って、そんなことを言ってくれたのだ。

 思わず苦笑せずにはいられない。やっぱりこいつはいい奴だ。主人公って感じ。これまで意地を張っていたのが馬鹿らしくなって、

 

「……あぁ、これからもよろしく頼むぜ。兄弟」

 

 俺も笑って。

 掲げた拳をキンジを共にぶつけ合った。

 コツンと軽い音を鳴らしてから、立ち上がる。

 

「じゃ、俺行くわ」

 

「あぁ。あいつにもよろしく言っといてくれ」

 

「自分で言えよ」

 

「邪魔になるだろ」

 

「……」

 

 屋上でキンジと別れて病室へと戻る。と言っても、自分自身の部屋ではない。途中の自動販売機にあったごみ箱に空になったコーヒー缶を捨てて、少し迷って新しいのを二つ買う。甘目のカフェオレとブラックだ。それらを手にして、ある病室の前に。

 ノック。

 こんこん、という音が響いて。

 

「……どうぞ」

 

 中から声が聞こえて、扉を開ける。

 そこにいたのは。

 ベッドの上で上半身を起き上がろうとしている少女。澄んだ翡翠の髪。抱きしめたくなるような矮躯。触れれば、壊れそうな儚い雰囲気を纏う少女。トレードマークのヘッドホンはないけれど。

 

「……よう、レキ」

 

「こんにちは、蒼一さん」

 

 間違いなくレキだ。俺が惚れた、好きになった女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 あの日、俺が彼女の今の間際に流し込んだ気は気休め程度だった。当然だ。他人に気を流し込んで、治癒なんて経験はない俺が土壇場でいきなり絶妙な塩梅の気を流し込んで九死に一生を得るなんて奇跡があるわけがない。過剰供給で彼女の体が弾けなかっただけましである。

 病院に運び込まれ緊急手術を行われた彼女はやはり回復は絶望的だった。胸にあいた風穴は伊達ではない。大量の出血と胸をほぼ貫通しかけた切創。どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。 

 それでも奇跡は起きた。

 手術に参加した医者の全員が見たわけではない。それでも確かに数人の医者と看護師が目撃したらしい。 

 彼女の傷からあふれる瑠璃色の光を。

 一瞬だけ、小さく、淡く、しかし確実に。レキの胸の傷口が発光したらしい。映像なんかには残っていなかったけれど、発光からレキの容体が持ち直し始めたという話。

 狐につままれたようなバカみたいな話だけれど、多分それは本当だったと俺は思う。

 俺があの人と戦っていた時に、見た瑠璃色の光。発動した肉体変生と聞こえた声。きっと無関係ではない。俺が生きようと願ったように、彼女も生きようと願ったから、それは起きたのだと信じている。

 俺も頑張って、レキも頑張ったという話だ。

 

「あ、おい。起きなくていい。まだ辛いだろ」

 

「……すいません。お言葉に甘えます」

 

 起き上がろうとしていたレキを制止して、横にさせる。奇跡的に助かったとはいえ重傷には変わりない。俺は気を使って全身ボロボロでも動けるがレキはそうもいかない。まだ普通に歩くのもなるべく禁止されているのだ。

 

「あ、これ、どっちか飲むか?」

 

「あ、ありがとうございます……では、カフェオレのほうを」

 

「おう」

 

 カフェオレのプルタブを開けて、レキに手渡す。

 

「ほら」

 

「ありがとうございます」

 

 ベッドの脇の椅子に腰かけて残ったブラックの缶コーヒーを開ける。先ほども一本飲んだばかりだから一口含むだけ。見れば、レキも少しずつ傾けている。

 

「……」

 

「……」

 

 部屋に沈黙が下りる。

 我ながらぎこちないなぁと思う。

 全身の気をフルに治癒に回して、動けるようになったのが三日前。それから毎日こうして缶コーヒーやらジュースやらお茶やらを差し入れに来ているが、碌に喋れていない。

 あんなことがあった後だから、といえば容易いけど、それで済ましていい話でもないだろう。

 俺の心は、もう決まっているのだから。

 

「なぁ」

 

「あの」

 

 声をかけたら被った。

 互いに少しだけ目を見張って、

 

「ど、どうぞ」

 

「いえ、蒼一さんの方から」

 

 ベタなやり取りを数度繰り返して、埒が明かないと気づいて、俺から口を開く。

 

「レキ。今回の一件は……俺のせいだ。俺の人間関係に巻き込まれて、お前を傷つけた。ごめんなさいって、言葉で済む話じゃないけど言わせてほしい。ごめん、ごめんなさい」

 

 椅子に座りながらで頭を下げる。本当なら土下座をしたいが、してらベッドの上で横たわったレキからは角度的にかなり見づらいことになるだろう。だから、できる限りに頭を深く下げる。

 

「……顔を上げてください」

 

 たっぷり数秒後、そういってくれたから顔を上げる。

 レキの顔を見れば、なぜか申し訳なさそうで、

 

「違います。蒼一さんが一人悪いなんてことはありません。謝る理由はないんです」

 

「ちがっ」

 

「違いません。私自身にも……あの方との因縁がありました。だから蒼一さんのせいだなんてことはありません」

 

 そういえばあの人も、そんなようなことを言っていた。どういう関係であるのかを聞くことはできなかったけれど。

 

「いや、でも」

 

「でも、ではありません。……この話はやめましょう。終わらないですから」

 

 そう言われたら返す言葉がない。俺は自分が悪いと思っているし、レキも傷を受ける理由があったと言う。平行線だ。

 だから次に。

 ここからが本番。

 汗がにじんだ手のひらを握りしめる。心臓は早鐘のように脈打っていて動揺しているのが自分でもわかる。

 

「……なぁ、レキ」

 

「はい?」

 

「……」

 

 レキが冷静なのが逆に焦る。それでも、言うべきことは言わなきゃならない。唾を飲んで、展開を十数通りシュミレーションして、うまくいくって自己暗示。おそらくは人生で最も緊張していると自覚しながら、口を開こうとして、

 

「私は、蒼一さんのことが好きです」

 

 先に言われた。

 

「あの時、貴方に伝えた言葉は今もまだこの胸にあります。いえ、きっと強くなってる。先生方に聞きました。私の為に命を懸けてくれたって。ありがとう、ございます」

 

 淡く、仄かに。きっと誰にも解らないくらいに小さく微笑む。でもそれは、俺だけにははっきりとわかる笑顔で。

 

「あの時、私は死にました。かつての私は、人形だった私は死にました。でも、私は今こうして生きている。きっと、それは貴方に恋をしているからだと、思います」

 

 ――人間になって、貴方に恋をしたいです。

 

 そう言った彼女は。心から笑って、恋をしているという。

 

「貴方が謝ることなんて、なにもありませんよ。むしろ私が貴方にお礼を言わなきゃダメなんです。戦ってくれてありがとう。生きていてありがとう。恋をさせてくれてありがとう。――ありがとうございます」

 

 あの時とは違って。

 すいませんではなく。

 ありがとうございますと、彼女は言う。

 そんな笑顔を見て。俺はもう、笑うしかない。

 

「……は、はは。なんだよ、それ。ちょっと離れている間に、随分強くなったなぁ」

 

「蒼一さんが渡してくれた本に書いてありましたよ。恋をする女の子は無敵だって」

 

「そうかい」

 

 それは――勝てない。

 いや、そもそも。

 俺が彼女に勝てるわけがないのだ。

 恋する女の子は無敵というのはよく言うし。

 惚れた弱みも――よく聞く言葉だ。

 

「……俺も、お前が好きだ」

 

 噛みしめるように、はっきりと言う。彼女の目をまっすぐに見て。

 

「俺も言わせてくれ、ありがとうって。俺も一度死んで、でもお前がいたから、新しく生きることができ。俺は戦えた。諦めなかった。負けなかった。勝てた。お前がいたから。――ありがとうな、レキ」

 

 愛の為に。恋の為に。何よりレキの為に。今の俺はここにいるのだ。

 

「愛してる。離れたくない。ずっと一緒にいよう。俺の隣にいてくれ。……言っておくけどな。婚約破棄なんて、俺は認めてないからな。もう、嫌って言っても俺はお前と一緒にいるよ」

 

「嫌だなんて、言いません」

 

 横たわったままのレキの手が動く。伸ばされて、それと俺の手が重なる。

 温かい。あの時感じた冷たさはもうなくて、俺にも彼女の温もりが感じていた。

 

「蒼一さん」

 

「ん?」

 

「ちゃんとした婚約と言ってはなんですけど、約束しませんか?」

 

「なにを?」

 

「まず一つ目。これから、私を守ってください。さすがに、こんな目に会うのは勘弁ですし。それに蒼一さんかっこいいところ見てみたいですから」

 

「是非もない。極めて諒解だ。当たり前だよ。お前は俺の主で、俺はお前の刀で盾だ、守って当然だし、守りたいよ。かっこいいところも、頑張って見せてやるさ」

 

「では、二つ目を。敵も守ってください。殺さないでください。誰かを殺す貴方を見たくないです。大切な人が死んだら悲しいですから」

 

「……あぁ、極めて諒解だ」

 

「三つめ、貴方自身を守ってください。貴方自身の体を。これは貴方を慮っているわけではなくて、貴方肉体面での話です。拳士ですからね、貴方は」

 

「それも、諒解だよ。極めてな」

 

「では最後です。貴方自身を守ってください。貴方を慮っての言葉です。貴方が貴方である為に。蒼一さんは蒼一のあり方の下に戦ってください」

 

「任せろ。極めて諒解だ」

 

「簡単ですよね?」

 

「あぁ余裕だね」

 

 だって、

 

「俺はもう、ただの拳士じゃない。『拳士最強』だ。認めて、くれたからな。あの人も」

 

 大きくなったなって言ってくれた。最後の瞬間には誇らしげに笑ってくれた。

 だからその称号を俺はこれから名乗っていく。もしかしたら、それらは全部俺の錯覚で、あの人はそんなことを思っていないのかもしれないけど、俺はそうやって解釈する、そうやって信じる。

 かつてたった二人だった家族のうち一人を。

 二人とも死んでしまったけど。妹も。そして――父親も。血はつながってなくてもあの人は間違いなく俺の父親だった。父さんって呼べなかったのは心残りかもしれない。

 それでも。残った心はあるけれど、俺は前に進む。そのためには俺は父親を殺したんだ。前に進んで、未来を生きていく義務があるのだ。

 この契約を最後に。この物語は終わりだ。俺たちの始まり。理不尽と覚悟のくそったれな二か月間。

 落ちこぼれの拳士と無感の姫君の終わり。

 落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君の始まり。

 那須蒼一とレキの始まり。

 色金の守護者と巫女。恋人にして主従。愛と恋の絆で結ばれた永遠の二人(エンケージリンク)。惚れた少年と惚れられた少女。惚れた少女と惚れられ少年。戦う意味を見出した二人。少年の死ぬ日は少女の死ぬ日で、少女の死ぬ日は少年の死ぬ日。

 俺やキンジやレキやアリアや他の人を含めた物語は始まってすらいないけど。

 俺とレキの物語は確かにこの日々から始まったのだ。

 ここから俺たちは進んでいく。

 果てしなく広がる蒼穹の下で一緒に駆け抜けていこう。

 一日の終わりに包んでくれる黄昏の中でお互いを抱きしめ合おう。

 先も見えない無明の暗闇では少しずつ、確かめ合いながら進んでいこう。

 始まりの夜明けには朝日に向かって歩いて行こう。

 これからずっと。これまでよりもっと。

 お互いを好きなって、愛し合って――生きていこう。

 彼女こそが俺の生きる理由で、戦う意味なのだから。

 

「愛してるぜ、ハニー」

 

「私もですよ、ダーリン」

 

 

 

 




ぬおおおおおおおおおお。
ついに終わりました過去編。
なかなか感慨深い。ここまで来るの長かったなぁとか思ったり。まぁこれからもいろいろあるわけですが、とりあえず一区切り。

ともあれこの後はなのは×怒りの日メインで書くのでスローペースにマジ恋クロスですね。

これからも落拳よろしくおねがいします
ついでに感想評価もお願いしますね
というかこれで全然一つもないように触れる感想が来なかったらさすがに心が折れる (

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