落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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大分終わりが見えてきましたねぇ


第15拳「俺は武偵で――」

 

「なにやってんだろうなぁ俺は」 

 

 山奥で一人俺は呟いていた。

 東京から電車やら徒歩やらで進んで数時間。群馬県山中に俺は今いた。日の光は薄く、曇天だ。気温は大分低く制服の上からコートを着込んでいても寒い。

 

「なぁ遙歌(・・)。……俺はどうすりゃあいいんだ」

 

 そこは山奥だった。山奥の中の空き地だった。周囲は枯れ枝に囲まれた森で、その中にぽっかりとした空白がある。七年前――那須家本家が存在し、そして燃え尽きた場所だ。碌に顔も覚えていない爺や婆、伯父やら叔母やら。とりあえず親戚が死んだ。そして何より、妹を守らなければならなかった蒼一が、妹である遙歌を拒絶した場所。そして、また。那須蒼一が握拳裂に拾われた場所だ。

 

「もう、七年だよ。七年経ったのに俺は何も変わってねぇ」

 

 語りかけるのは雑草だらけの空き地の中央に作られた小さな墓だ。墓と言っても土を適当に集めてその上に木片ぶっさして石ころで補強しただけの粗末なモノだ。遙歌本人た見たら激怒しそうというか実際遙歌が帰ってきて見せてたら激怒して辺り一帯吹き飛ぶほどに異常を炸裂してくれた。

 ともあれ現時点では、形式だけとはいえ妹の墓だ。形見も何も残らず全てが炎によって燃やし尽くされた。死体も残っていない。

 それでも、形だけでも墓と言うのは必要だった。形だけでも区切りをつけなければならない。

 

「っ……」

 

 身体が痛む。

 遠山と殴り合ったのはつい昨日のことだ。全身骨折やら内臓損傷やらの大けがだが気で無理矢理損傷を回復させてどうにか動いているのが正直なところ。制服の下は包帯やガーゼばかりだ。自分の身体を考えれば普通に動くのがやっと。昨日殴り合い、互いの一撃で意識朦朧とした状態で病院に運び込まれた。

 だが、元々回復力が高い俺は昨日の深夜には目覚めて病院を抜け出していた。

 理由は言うまでもなく。ここに来るためだ。今日来なければならなかった。

 

「七年前の今日だもんなぁ」

 

 十二月二十七日。

 この日は俺にとって一年で最も大事な日だ。色々あって、色々ありすぎて、これからもいろいろある。那須蒼一のターニングポイントたる一日だ。

 毎年ここにきてなにもない妹の墓に語りかけるのが毎年恒例のことだった。

 語るといっても碌な事はないけれど。どうでもいい、役体の無いことをポツリポツリと言うだけだった。

 でも、今年は、

 

「兄ちゃんさぁ……変な女につきまとわれててさぁ」

 

 今年は、いやこの二カ月間の話は結構ネタが合った。

 そういやレキどうしてるんだろうなぁ。夜中に抜け出して、置いてあった制服に着替えたが多分これはレキが用意してくれたのだろう。少しだけ有難いと思う。携帯も時計残念ながら壊れていた。携帯は別に使わないが時計は少し困る。

 

「ま、今日は話すこと色々あるぜ」

 

 未だ昼前のはずだ。武偵高には夕方くらいには帰るとしてもまだ時間が在る。雑草が生い茂る大地に胡坐をかく。

 

 ――東京でなにが起きているかも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

「お前が今代の遠山侍か」

 

 午後三時。遠山キンジの病室にその男は突然現れた。

 昨日の蒼一との殺し合い染みた喧嘩から一夜明けて。昨日互いに半死半生状態で病院に運び込まれた――のだが蒼一はキンジが意識を取り戻す前に着替えだけして姿を消していた。行方不明。お互い歩くのもやっとというレベルの状態だったのにどこに行ったのやら。携帯は故障したまま棄て置かれていた。

 それが判明したのは今朝の事でそれを知ったレキのほんのわずかだけ呆けたように見えた気がしたのは印象的だった。だが、すぐその後に蘭豹と綴、高天原さんによるトリプル説教。朝から昼までひたすら怒られていた。あの三人というか、蘭豹と綴はヤバい。昼食時には解放されて見舞いラッシュだった。白雪や武藤、不知火といった友人や風魔のような中等部の後輩といえば格好が付くが実際はその四人だ。レキは蒼一の関係者としてノーカン。その四人は差し入れでお菓子やら花やら雑誌やらを持って来てくれた。一人部屋だからある程度騒いでも問題ないといえばなかったけど。ただまぁ武藤のエロ本の類は要らなかった。社会的にも自分の異常的にも。

 そして五時前、冬故に日も傾いてきてその男は現れた。

 

「握拳裂だ。『拳士最強』などと呼ばれている」

 

 初めて視る男だった。

 二メートル程度の長身に無造作に背中辺りまで伸ばされた黒髪。くたびれたダークスーツ、その上に同色のロングコート。年のころは大体三十代か四十代くらい。

 全体的に黒い男だった。

 

「な、あ、え」

 

 『拳士最強』握拳裂。

 知らぬわけがない。半年前からその弟子と共同生活だし、つい昨日はそいつと殺し合いにまで発展しかけたのだ。だが、その弟子がいないのにキンジの前に現れるというのは不可解だった。

 

「那須ならここには」

 

「あぁ、違う。アレは今頃実家に帰っている。実家と言っても土重ねただけの墓しかない空き地だが……今日はお前に礼を言いに来たのだ遠山侍よ」

 

「なに、を」

 

 握拳裂が遠山キンジに礼? 弟子と馬鹿やったからお礼参り?  それは逆恨みだろうし、それならもっと行く人がいるはず。心当たりなどない。

 

「礼を言われることなんて……」

 

「あるのだ。他でもないお前にな」

 

 拳裂は笑みを浮かべ、

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。―――――――――――――――――。――――――――――――――――――――――」

 

「――え?」

 

 拳裂の言葉を聞き、思考が止まった。

 

「え、は……あ?」

 

 呆けたような、事実呆然とした意味の無い音の羅列がキンジの口から洩れる。告げられた拳裂の言葉が理解できず、単なる音の羅列として脳へと伝わり、それが言葉として認識するのには数舜を必要とした。

 そして告げられた事柄を咀嚼し、

 

「なんだよ、それ……」

 

 何一つ理解できなかった。

 

「言葉通りの意味だ、遠山侍。お前には結果としてアレの完了の要因となった。それゆえの礼だ。いやはや今代の遠山侍は随分と出来が言いようだ」

 

 拳裂はキンジの戸惑いを気付かぬように、実際そんなことに気付いていない。

 

「そんなことの、為にアイツは……!」

 

「私にとっては、文字通り死活問題だ」

 

「……っ」

 

 言葉に詰まる。息が苦しい。握拳裂の登場はどうしようもなく唐突で、キンジの頭では許容しようもなかった。

 

「ではな、これにて失礼する。先ほど言った通り、まだ行くところがあるからな」

 

「……!」

 

 拳裂がキンジに背を向ける。本当に先の礼の言葉だけのつもりだったようで、もう話は無いと言外に言っていた。

 そして――さっきキンジに言ったことを実行するのだろう。

 

「……ぁ」

 

 嫌な汗が流れた。どうすればいいのか解らなかった。止めるべきなのだろう。普段のキンジならば、三日前までのキンジならば止めていた。だが、三日前と今では状況が違う。昨日の蒼一の言葉が蘇る。金一のことはともかく、それ以外は間違いではなかった。確かに探偵というのは蒼一の言う通りの存在だ。感情的になって否定はしても、自分のことでなければ、他人事だったら蒼一と同じことが言えただろう。

 しかし今は無理だ。

 そして自分なんかが『拳士最強』を止められるのか。そんな勘定すら考えていた。

 拳裂の手がドアに掛り。

 どうしようもない葛藤がキンジの頭の中を占めて、泳いだ視線が四方八方に、拳裂の背中に、黄昏に染まる窓の外に、駆け巡って、白雪たちが置いていってくれた土産やキンジ自身の私物が置かれたデスクに目が止まり――、

 

「――待て」

 

 土産にあった武藤のエロ本を事もあろうに『拳士最強』の背に投げつけていた。

 

「――ほう」

 

 僅かに開いていたドアがパタンと音を立てて閉じる。拳裂が自分の背中に投げつけられたエロ本を拾いあげた。

 

「ふむ……今時の若者は別れの手向けに春本投げつけるのが流行りなのか?」

 

「そんなわけ、ねぇだろ」

 

 言葉も、そして身体も震えていた。今の自分は満身創痍であり、普通に街のチンピラにだって勝てるか怪しい。冷静になれば、ここは拳裂を黙って見送って、教師陣なり蒼一に連絡すればいいのだ。それでも、キンジは止めた。

 そういえば遠山キンジは冷静になれるようなキャラじゃなかった。

 

「理由なんて簡単だ」

 

 どうしようもなく身の程知らず。目の前の男は『拳士最強』で、一目見ればそれが飾りではないのは解る。外見だけならばくたびれたサラリーマンのようだが秘めたる気配というのか、本能的な部分が警鐘を鳴らしている。でも、それでもだ。

 

「俺は武偵で」

 

 武偵憲章第一条。仲間を信じ、仲間を助けよ。

 

「――那須蒼一は俺の仲間だ!」

 

 たったそれだけの理由で。

 満身創痍傷だらけ遠山キンジは。

 戦友未満友達未満那須蒼一のために。

 『拳士最強』握拳裂へ挑んだ。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 風が吹いていた。

 冷たい風だ。学生寮の屋上は学校の校舎の屋上よりも大きく、高い。それ故に吹き付ける風は冷たい。当然だ。十二月の終わりで三時少し過ぎというにも関わらず日も落ちてきた。あと一時間もしなければ日が落ちて暗くなるだろう。呼気は白く、天気は曇天で、いまにも雪が降りそうな空気だそれなのに制服の冬服だけでは寒くて当然のはずだ。おまけに寒さをただ受けるだけで、いつも通り狙撃銃を抱えたまま棒立ちなのだ。

 なのに、レキにはどうしようもなく不可解な寒さを感じた。

 

「……」

 

 寒さ、というのだろうか。胸の中のどこかにぽっかりと穴が開いたような間隔。レキ自身言葉にすることはできないし、なんなのかも自分でも解っていなかった。

 

「……」

 

 耳をすませる。あるのは風の音と都市の騒音であり――それだけだ。

 レキの寄り代である“風”は囁きかけてくれない。今日に始まったことではなかった。一か月と少し前から少しずつ“風”の声は小さくなり、聞こえる頻度も減っていた。ここ数日はほとんど聞こえない。完全に感じないわけではないのだ。“風”が今まで通り身近にあるのは感じている。まるで本当にただ傍にいるだけのように口を閉ざしていた。

 だから、これがなんなのか解らなかった。

 今自分が感じているのがなんなのか皆目見当がつかなかった。

 

「それは愛と、心ある人は言うんですよ」

 

「――貴方は」

 

 男が立っていた。屋上に出る扉の前に。二か月前に彼を出迎えた時と同じように立っていた。全体的に黒い男だった。レキは始めて見たはずだった。しかしその男に――どうしようもなくレキの胸の中の何かが反応した。

 

「お初に、或いはお久しぶりです――源義経様」

 

「……なぜ、貴方が」

 

 その名を。レキにとって真名とも言える名を知っているというのか。

 

「それは私が私であるから、としか言いようが無いんですが。あぁ、申し遅れました、私、現在(・・)握拳裂などと呼ばれております」

 

「蒼一さん、の」

 

「えぇ、アレは私の弟子です」

 

 つまりは『拳士最強』。レキの従僕たる那須蒼一を含め遍く拳士の最高峰(ハイエンド)。それなりに裏世界に通じているレキは当然知っているし、裏世界に通じていなくても少しネットで調べれば出てくるほどの人物。

 そんな英雄ともいえる人物が目の前にいて、さしものレキですら驚く。

 

「なぜ、貴方が」

 

 今度は、どうしてここにいるのか、という問いだった。

 そしてその問いに、

 

「――ふ」

 

 にやりと、口の恥を歪めた。

 

 

 

 

 

 

「……っ、あー」

 

 お台場の駅のホームに降り立ち、身体を伸ばす。駅の時計を見れば三時前だ。帰ってくるのに思ったより時間が掛った。

 

「寒ぃ」

 

 ポケットから小銭を取り出してホットの缶コーヒーを買う。未だ全身の節々は痛いが、甘さが全身に染み渡る。

 

「っはぁ」

 

 白い息を吐く。

 これからどーするかなぁとか考えてみる。このまま普通に帰ったら面倒な事になるのは間違いが無い。教師陣に怒られるだろうなぁ。というか怒られる程度で済めばいいのだが。

 

「……ええぃ、ままよ」

 

 考えても仕方ない。思考を停止させて、憂鬱になりながらも駅を出る。浮島の入り口に行けば報道陣は未だに大量にたむろっていているが、なるべく気配を消して、くぐり抜ける。声をかけられそうになったらとりあえず睨み倒し。なんとか入って、

 

「――」

 

 ぞわり(・・・)と、背筋が凍った。

 懐かしい、しかしソレを感じた瞬間に即座に記憶がフラッシュバックする。

 

「……なんで、アンタが」

 

 目の前に居ないのは承知の事だし、言っても意味無いと解っていても言わずにはいられなかった。

 間違いなく――あの人(・・・)だ。

 あの人なのは間違いないが、しかしどうして来ているのかが解らない。半年前に人をここに放り込んで雲隠れしやがって、それからは音沙汰なしだったのにどうして。

 

「……っ」

 

 唇を思わず噛む。いや、これもさっきと同じだ。ここで大したことが無い頭を使っても意味が無い。あの人の方から出てこようと思わなければ、こちらからコンタクト取るのは無理なのだから。

 

 どうしようもない。そんな思考はどうしようもなく間違いだった。

 

 ――爆音。

 

「!?」

 

 爆音というよりは爆砕音。何かが莫大な衝撃を受けて破砕したような音。遠いだろうが、しかしはっきりと聞こえてきた音だった。火薬によるようなものではない。

 

「っ……!」

 

 即座に走りだした。

 先ほどあの人の気配を感じての直後だ。関係がないなんてことはまずない。

 身体が痛む。いくら気で肉体を補強しても、自分の身体のことを考えればもっと控えるべきだが、しかし放ってはおけない。十数分走った所で、どこからの音か判明した。野次馬の集まりですぐ解る。

 

「病院……!」

 

 それも俺が昨日抜けだし、遠山がまだいたはずの病院だ。その白い建造物に風穴が開いていた。まるで内部から馬鹿げた力で無理矢理殴ったように。こんなことができる人は限られている。

 間違いなくあの人に違いない。

 集まって来た野次馬をかき分けながら病院の前に。けが人が何人か出ているらしく、治療中の医者や衛生科や救護科の生徒も何人もいた。

 そしてその中でもっと慌ただしく、医者が多かったのはある生徒の治療をしているところだった。

 ある生徒は、遠山だった。

 病院の向かいの建物にめり込むように背を預け瞳の意識は薄く全身の力はない。昨日俺と殴り合った時以上に満身創痍の血まみれで、見るからに重体だった。

 目が合った。

 

「――那須!」

 

「な……っ」

 

 

 遠山の身体に力が戻り、目に力が宿る。明らかに死に体の身体で起き上がってくる。

 

「お、おい、遠山っ」

 

 周囲の医者が制止しようとするが、しかし動きは止まらない。歩みを進めるたびに遠山の口から血が零れている。止められても、掴まれた腕や肩を無理矢理振り払う。

 

「那須……!」

 

 掠れた声で名を呼ばれる。今にも倒れそうで、思わず支えようと駆け寄ったら逆に胸倉を掴まれた。

 燃え盛るような真っ赤な瞳が。緋色に染まる瞳が俺へと真っ直ぐ向けられる。それは錯覚に見えたけど、やはり錯覚ではないのだろう。

 

「今すぐ、寮に戻れ!」

 

「は……? な、なにを」

 

 要領が掴めず、戸惑う。だが、

 

「蒼一!」

 

「っ――」

 

 名前を呼ばれる。それはこの半年で初めてのことで、今にも死にそうなのに俺の名前を呼ぶということがどれだけのことなのか俺には測り知ることが出来ず。

 

「――――!」

 

 遠山の言葉を聞いた瞬間、何もかも置き去りにしてその場から駆け出した。思考は始まる前だった。感情は生まれる前だった。驚愕も生じる前だった。ただひたすらに、遠山から言われたことを、疑いもせず、事実だと認識して走る。 人が邪魔なら跳躍して建物の屋根や側面を蹴ることで加速して駆け抜ける。痛んだ全身には消耗が激しく、こんな動きをすべきではないと考えながらも止められなかった。

 それでも。

 間に合わない。

 男子寮に辿りつき。

 部屋の無人を確認し。

 屋上の尋常ならざる気配に気付き。

 壁伝いに駆けあがった時には――全てが遅かった。

 

「――」

 

「――」

 

「――」

 

 三者三様。

 俺はその場面に対して手を伸ばしていた。

 レキは呆然と、しかし微かに目を見開いていた。

 そして握拳裂は――その手刀を、その尋常ならざる手刀でレキの胸を貫いていた。

 

「――あ」

 

 レキの口からひと固まりの血と息が零れる。

 

「――ふ」

 

 拳裂が手刀を彼女から引き抜き、嗤う。

 

「――レキ」

 

 そして俺は。

 戯けた事に、胸からも大量に血を流しながら崩れ落ちるレキの名を呼ぶ事しか出来なかった。

 

「さぁ、蒼一」

 

 間に合わなかった俺に、あの人が言う。遂に降り始めた雪を背にして。レキの血で濡れた手を振いながら。

 

「これでお前は――完了してくれるのだろう?」

 

 




多分あと2か3話で終わります。多分。

数話前のモノローグであったとおり、もう止められないという感じ。
結構急展開かもしれないですが。

アンケは引き続き継続中ですが、次話更新で締めたいと思います。
次話更新から数時間後みたいな感じで。

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