落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
浦賀沖海難事故。
そんな言葉がこの二日間、早くもニュースやネットで出回っていた。
二日前、十二月二十四日。浦賀沖にて事件は起きた。アンべリール号だとかいう大層な豪華客船が沈没した。そして武偵が一人行方不明だった。乗客は全員無事であり、その武偵が身を呈して全員を救出したのだ。しかしそのせいで武偵自身が逃げ遅れた。
故にその武偵が賞賛された――わけではない。
むしろ武偵という存在であるが故に乗客の訴訟を恐れたクルージング会社からの格好の標的になった。元々武偵という存在は、近年の犯罪率の上昇により急遽導入された制度であるが、当然ながら社会的に批判がないわけではない。十代の少年少女に刀剣やらナイフを持たせるのだ、当然ながら武偵制度が普及した今でも随所で反対勢力は存在した。
それからしたら、今回の事件はまさしくそういう連中からしたら都合がよかったのだ。
だからクルージング会社はその武偵に全ての責任をなすりつけた。迅速とまで言える処理だったであろう。
一般人。
彼らは一般人であるがから。
俺たちのような武偵や武芸者や化外や化生やそういう普通から外れた世界にしかれている暗黙の了解を知らず、無慈悲に、無関係に、無差別に、なにもかもを蹂躙する。この世でもっとも恐ろしい人種。
それが一般人。この世で最も多い人種であり、数の暴力には逆らえない――逆らえなかった。
武偵の活躍を賞賛する声も少ないではなかったが、より多くの非難の声が全てを洗い流した。
武偵の名は遠山金一。
そして彼の功績を洗い流し、穢し蹂躙した濁流は。
そのまま――弟の遠山キンジへと至っていた。
●
「よくもまぁ……こんな寒空に来るもんだなぁおい」
眼下、学校の屋上から遠く、気で強化せねば肉眼でははっきりと見えないほど距離。遠い。当然だ、武偵高がある人工浮遊島の外だ。高校校舎が浮島のほぼ中央にあるから浮島と本土の接続地点からは大体一キロ程度はある。望遠カメラでも使わなければ明確に人間の判別とかできないだろう。多分。いや、カメラとかの範囲とか知らないけど。
集まっていたのは報道陣だ。
言うまでもない。二日前、クリスマス・イブの浦賀沖において失踪した遠山金一の血縁である遠山キンジへの取材という名の尋問だ。校門の前にかなりの人数がいるが、それを飛び越えてちらほらといる報道陣を数えつつ、耳にあてた携帯電話の中空知の声に耳を傾ける。
『現在校門前に二十人はいます、封鎖されているので強硬する様子はないですが、立ち去る気もないようです。また、少し距離を空けたところにまだかなりの人数がいるかと』
「ひふみよいむなや……大体三十五。ここから見える範囲じゃこれくらいしか確認できん」
『……レキさんからも報告ありました。三十七人だそうです。大体その程度でしょう』
「あぁ、アレが言ったのならそっちのほうが正確だろうよ」
『わかりました。引き続き監視をお願いします」
「ああ」
電話切る。
「……」
眼下に広がるグラウンドではわずか二日前では、正気失った馬鹿共に追いかけられて遠山と二人で逃げていたが、しかし最早見る影もない。転校ですら先日は澄んだ冬の空だったが、今日はかなりの曇天であり、気温も低い。近日中には雨か雪が降るとも予報もされている。
まるで今の武偵高の雰囲気だ。
空気が悪いというか重い。
急転直下の事件発覚であの『聖戦祭《ディエス・イレ》』とかいう馬鹿騒ぎは中断になった。すぐに遠山は警察へと出向き事情聴取や情報確認へと出向いた。その場でクリスマス・イベントもお流れだ。そしてそれで終わるわけが無かった。武偵高の教師陣としても何もしないわけが無かった。即座に情報収集。規制のほうは残念ながら一般人の波に流されてできなかったが、収集の方は上手くいっていた。
だから今の状況も予測できていた。
二十四日には既に学生寮に報道陣が集まっていた。翌日には報道陣を追い出して浮遊島と本土を封鎖した。ここらへんは流石と言える手際だっただろう。
それでも自体は沈静しない。
テレビを付ければ、ネットに接続すれば、いくらでも海難事故の記事が見れるだろう。それも武偵や遠山金一を袋叩きにしてだ。
「……」
漏れる息はなんだろうか。重いのは確かだけど。俺はどういう想いで息を漏らしたのか解らない。
俺は遠山金一、そしてカナに対しての想いは特にない。彼、或いは彼女に対しての想いもない。そんな俺が、どういう想いを漏らせばいいのだ。解らない。
あぁ、こういうのは久しぶりだ。
ここ一カ月間は慌ただしくて、不理解に悩む事もなかった。騒がしくも激しい日常は時に思考を停止させる。その時その時を対応するだけでは何も変わらない。それが解っていても、何もできない。何もしていなかった。別にそれをいいとか悪いとか思っていなかった。
どうでもいいと、くだらないと思い続けてきた。
「……」
頭を振って、思考を振り払う。
そんな思考こそどうでもいい。くだらない。俺がこんな所でこんな思考をしていてもなにもないのだ。
自分のことは自分でやるしかない。
だから俺がどう思ったってなにもなりはしないんだ。今こうしているのも
どうでもいいか。
「……ん」
ふと気配。屋上の扉の向こう。二か月前にレキが風穴空けてたのはとうの昔に修復されている。そんな飛田の向こうから気配がある。ゆっくりと階段を上がってくる。
「……」
「……あ」
遠山キンジだ。
●
「……」
「……」
二人で意味無く屋上のフェンスにもたれて無言で過ごす。
遠山は腕を乗せて俯き、俺は背中を預けて曇天を仰いで。
「……」
「……」
言葉はない。当然ながら俺から掛ける声なんてない。そういえばここ二日間はまったく喋っていなかった。寮の部屋でも塞ぎこんでいたし、下手に外出すれば報道陣どもの餌食だ。実家らしき所に何度か連絡していたのを見たがそれだけ。家族の間でどうなっているのかは勿論俺は知らない。
「……なぁ」
「あん?」
遠山が声をかけてきた。だが、最初の一言だけで中々口を開かない。
というかなんでこんな所来たんだろうなコイツ。大方教務科への相談とかして、一人になりたいとかそういう理由だろうが。まぁ、なんでもいい。
「なんで、さ」
「あぁ」
「なんで……こんなことになったんだ……」
出てきたのはそんな漠然とした問いだった。なにが、なんて言うまでもない。遠山金一のことだ。
「兄さんは……兄さんは沈没する船で、身を呈して乗客を救ったんだぜ……? きっと兄さんは自分が犠牲なることもわかってて、助けたはずだ」
なのに、
「なんで、兄さんが責められなきゃならないんだよ……! おかしいだろ、おかしいじゃねぇか。なんで、なんでっ、なんで兄さんが。なんで非難されまくって、無能とか言われなきゃならないんだ、ふざけんなよ、そんなのっ……!」
鈍い慟哭は空へと。
その嘆きは遠山自身でさえ応えを求めていたわけじゃあないはずだ。だって、誰にでも解るだろう。解りやすすぎるほどに明確だ。こんな俺にだって解る。
なにが問題だったなんて――
「こんなのが武偵なのかよッ……?」
「あ?」
「え?」
齟齬が生じた。見えない歯車が軋んでいくのを聞いた。小さな、これまで小さすぎて気付くことのできなっかった互いの隔絶が現れていく。
「お前、なに勘違いしてんだよ」
「え、なにが……だよ」
「お前の兄貴が武偵で、だからこんな風になってる? おいおい遠山、そりゃあ違うぜ」
身体の向きを変える。右腕はフェンスに乗せたまま遠山に向き直る。困惑気味な遠山へと言う。
「武偵だったから、じゃあねぇよ。武偵だぜ? 武装した探偵だ。武装しようと探偵だ。探偵のするべきことは何だ? 豪華客船から人を救うことか? 違ぇよ。勘違いすんなよ。武偵がやることは犯人を暴きだす事だ。美化しすぎだよお前は」
「な、に……」
「探偵なんて格好よく言っても所詮は知的蹂躙者だぜ。蓋をしとけばいいものを好奇心で空けて暴いて晒していく。腹引き裂いて腸曝け出して中身味わって楽しんでるんだぜ?」
探偵というのはそういうものだ。
だから理解できない。どうして俺が武偵高にいたのか。俺みたいな人を殴るしか能が無い人間がなぜこんな所にいるのか。そしてまた、探偵なんて趣味が悪い人種にこれだけの人間がなりたがるのか。
「勘違いするなよ遠山、お前の兄貴がなんでこんな目にあってるかなんて言うまでもない。一人で乗客助ける? そりゃあすげぇよ。でもな、それで自分が帰ってこれなきゃ本末転倒だろうが。こんな目にあってるのは――お前の兄貴が余分な事をしたからだ」
「――おい」
「いや、凄いぜ? それは俺も認めよう。自分犠牲にしてたくさんの人を救うなんて滅私奉公の極みだろうなぁ。俺たちが馬鹿騒ぎしてる頃にお前の兄貴は偉大な功績とやらを打ち出してくれたんだよ。武偵なのに。武装する探偵なのに。何か起きなきゃ何もできない探偵なのに。……あぁそうかお前」
「――、ま、れ」
「お前ら――自分たちが正義の味方とか思ってんのか?」
「黙れぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!!」
●
この時、あの時の俺ですら自分でも言いすぎだというのを気付いていた。いくらなんでも言い過ぎだ。
同族嫌悪だった。
遠山の姿がかつての自分に被ったのだ。勿論状況としてはそれほど似ているわけではないだろう。兄妹を失ったということ以外に相似点はない。でも、それでもどうしても遠山の姿が被ってしまった。かつて何もできずに燃え尽きた家の前で膝をついて呆然としていた自分に。肉親の喪失に対し何もできないという事実が。
どうしようもなく被ってしまっていたのだ。
だから言葉を止めることはできなかった。碌でもない言葉は刃となって遠山の心を抉り、抉られた遠山が黙ってているわけもなかった。
「お前がッ、兄さんを語るなぁッ!」
「うるせぇブラコンがぁ!」
気付けばお互いの胸倉に掴みかかって拳を振りかぶっていた。
「兄貴失踪したからってメソメソしてんじゃねぇぞ! 出来ることやりやがれ!」
「ふざけんな! 話聞いてなかったのかお前! 海の真ん中だぞ、奇跡的に生きていなんて奇跡信じられるかぁ!」
「てめぇが諦めてんじゃねぇよ!」
拳撃というのは案外めんどくさい。慣れれば、肉体が完全に動作を記憶すればいいのだが、そうでなければ細かい要素がいくつもある。視線の動き、身体の捻り、拳の握り方、踏み込みの足、精神面、イメージ。上げればきりがない。当然ながらそれら全てをあらゆる状況で整えるが拳士だ。その場に応じて、最適最大の威力を拳に内抱する必要がある。足場がどうとか、束縛がどうだとか、そういった外界からの干渉に適応しきってこその拳士だ。
だから今の俺は拳士には値しなかった。
「ウザいんだよお前! 泣いてりゃどうにかなるとか思ってんのか? 時間経てば忘れられるのか? 時間経てばいつか帰ってくれるとかどっかで思ってんのか? 馬鹿かてめぇは! 夢見てんじゃねぇよ!」
「ん、だとっ……?」
「忘れられねェよ……! 帰ってこねえよ……! お前が、ここで何もできずへタレていたっていう事実は一生残るんだよ!」
だって俺がそうだったから。かつて、妹を拒絶した俺は、あの日何もできず何もしなかったことを忘れられない。例え実は妹が生きていて死闘の果てに仲直りなんて結果になったとしても。忘れてはいけないんだ。
「っ……、余計な、お世話だ!」
遠山の拳が俺の鳩尾に突き刺さる。跳ねあげた俺の膝が遠山の脇腹に叩きまれる。
「グッ、ガ……!」
「ガハッ……!」
共に口から血混じりの息を吐き出しつつ、
「ぐおおおおおおおお!」
「があああああああああ!」
叫び拳を叩きつけ合う。
「大体お前は、むかつくんだよ最初っからなぁ! あっちやらこっちやら、八方美人みてーにいろんな方向にいい顔しやがって、ハーレム主人公かてめぇは!」
「知るかそんなもん! それに、むかつくとかこっちのセリフだ! 何だよお前、何時も一人ぼっち仏頂面しやがって、お前あれか? 笑わない自分が格好いいとか思ってんのか? 痛々しいんだよこの中二病野郎が!」
半年前、入学式。そして寮で相部屋なったその日から。交わらず、隣り合わず、対岸の火事のようにお互いを見ていた。
遠山キンジという存在を。
那須蒼一という存在を。
最初から気付いていたのだ。そしてこれから先も知ることになる。
俺たちは対極だ、正逆で、反対で、逆さまで、逆しまで、互いが互いの鏡映し。鏡に映った自分。
道理と不条理。瑠璃と緋緋。蒼と紅。蒼穹への疾走と咲き乱れる桜吹雪。
相反する性質は一度接触すれば、どういう風に反応するかは俺も遠山も解っていた。だから俺たちは距離を取りつつ、しかし相反するが故目を離すことが出来ず、どれだけ下らないと関係ないと言って思っても。心の奥底では互いの存在を意識し続けていた。
だから、それら全てが、ほんの些細なことをきっかけで、こんな子供染みた言い合いを発端にして互いの想いは爆発した。
「第一お前いきなりレキ部屋に連れ込んで、こっちが迷惑でないとか思ってのかお前! 当り前のように二人でずっと部屋こもりやがって!」
「俺だって、好きでやってんじゃないんだよ! いきなり喧嘩吹っかけられてパシリ契約させられる気持ちわかるか!? 一回味わって見やがれ!」
「そんなおもしろ体験あるわけねぇだろうがぁーー!」
拳が飛び交い、互いの身体を打撃する。
「く、ハッ、あ!!」
「ぬぐ、っが!」
身体のどこかの骨が砕けた音が合った。叩き込んだ拳から骨を砕いた感触があった。そしてなにより、胸の中のどこかよくわからない場所へとどうしようもなく響いた。
「っ、は、はは、なんだよ、しょっぱい拳だなぁおい。そんなもんかよ正義の味方さんよッ!」
「カッ、お前に……言われなく、ないんだよッ、『拳士最強』の弟子様がその様かァ!」
拳が切れ、口の中は血混じりで、身体の骨は砕けて、互いの制服は血に塗れて。交わした拳が二桁を超えて三桁に。それでも動きは止めない。止まらない。こんな下らない理由で殴り合ってる場合じゃないんて俺も遠山も解っている。こうやってまた殴り合って問題起こしてる場合じゃないのだ。それでも俺たちは止められない。たとえそれが自滅へと至る道だとしても。
あぁ、そうだ。俺たちはこうなるのが解っていた。
自分が振り抜いた拳を見る。
あぁなんて無様な拳だ。
拳撃という理からとんでもなく外れ、見るに堪えない。震脚もなく、腰のひねりもなければ体重も乗っていないチンピラの拳と変わらない。
「あぁ、クソっ、さっさと寝とけよ……!」
「うるせぇお前が寝とけ!」
最早口汚い言葉しか出ない。意識は朦朧とし始めていく。普段ならば気によりある程度の回復もできるが、激情に駆られた今そんな都合のいい性質は使えなかった。
頭を殴られたせいで目に血が入って視界が点滅し、赤く染まる。あぁ糞駄目だ。碌に視界がはっきりしない。遠山の髪やら目やらが緋色に染まってみるほど。しっかりしろと思い、さらに拳を振う。
振りかぶった拳は遠山の鳩尾へ。
「ガァーーッ」
血の塊が吐き出され、互いの頬に飛び散る。骨はあらかた砕け内臓にすらダメージがあったはずだった。それでもういいだろうと思いつつ、
「うおおおおおおおおおお!!」
こうして反撃の一撃が来るのを予期していた。
「がはっ」
既知感。デジャブった吐血は僅か数舜前の遠山だった。
息は荒く呼吸は苦しく血に染まっていないところはどこもない。一歩間違えれば死んでもおかしくないほどの状態だろう。傍から見れば狂気の沙汰だ。武偵の存在意義が問われている中で武偵の俺たちが殺し合い紛いの殴り合いをしているのだ。
それでも止めようとは思えなかった。
心のどこかでこうなるのをわかっていたし。
心のどこかでこうなるべきだと思っていた。
このぶつかり合いは断崖へと至るとしても、いつかそこから飛翔するためにはこれが必要だと。どこかで理化していた。
「く……はぁ……はぁ……っ」
「ごふっ……っ、はぁ……はぁ……」
拳を握る。固く硬く堅く。逆の手は相手を逃がさぬようにと。振りかぶる。テレフォンパンチのように後先考えない隙だらけだが、しかしだからこそ威力は絶大で必殺になりうる。
共に限界まで引き絞られた拳。
それらは放たれ、
「遠山キンジぃぃぃいいいいいいいいいいッッ!!」
「那須蒼一いいいいいいいいいいいいいッッ!!」
そして――
●
「見事だ我が弟子。よくぞここまで至った。師として鼻が高い。誇れ、この魂の決闘を機にお前は人間に至る切符を人外に挑む権利を手に入れた。あぁ待っていたぞ長い、永い間。機は熟した。時は近い。お前が完了するその時は――」
ここアンケートです
過去編はおそらくあと三話程度なのでそのあとの番外クロスについて。
1、マジ恋S
2、SAO
のどっちかで。
マジ恋だと川神トーナメントに那須兄弟ぶち込もうかなとか。本編ではなかなか出番がない遥歌ちゃんに活躍してもらうよ!
SAOだとSAO最終決戦とかインフレして書こうかなとか。まぁ、SAOはきまってない。SAOという人はこれみたいとかあるとうれしいです。ヒロイン枠はシノンとなるでしょうが。前話のと関係あるかもなぞ。
1でも2でもこの前のシノン殺し愛はもう少し書きますけどね。
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