落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第9拳「……なんか……わるい」

 

 リーフパイが案外うまくいったので続けてみたいと思う。

 始めとした食事を与えて刺激を与えるという餌付作戦だ。邪道な作戦Xではない正攻法ではあるが、レキにもまともな味覚があったようのでこれで行ってみる。他にやることもなく、時間はやたらある。

 というわけでリーフパイを買いに行った翌日の昼に食堂に来てみた。

 武偵高の食堂は中々質が高い。味はそこらへんのレストランに退けはとらないし、値段も基本的には安い。一部、任務(クエスト)で荒稼ぎしているような生徒用に高めのものもあるが、基本はリーズナブルだ。基本は五百円以下でどうにかなる。最近、少しずつ寒くなって来たので屋上も行きにくかったからレキの刺激ともタイミングがよかった。

 

「さて、なににするか……」

 

「……」

 

 食券販売機の前で横並びになる。どういうわけか、というよりも予想通り珍しく俺たちが食堂に来たからかなり遠巻きに観察されている。会話こそはそれぞれ普通にしているが、視線がぶしつけだ。モロに見ているやつも、チラ見も、ばれていないと勘違いしている奴もいろいろだが、とりあえず視線が鬱陶しい。

 その分他人を気にせずにメニューを選べるが。

 

「ま、俺は日替わり定食でいいか」

 

 今日はからあげメインの定食らしい。からあげが嫌いな人間はこの世にいないと思う。菜食主義でもない限りは。値段もちょうど五百円。高校の学食としては高めな気もするが許容範囲内だ。

 

「お前、何にするんだ」

 

「……なんでもかまいません」

 

「さよけ」

 

 まぁ、今更答えなんて期待していなかったが。

 それにしても昨日と同じで若干眉をひそめている。食堂で金を出して普通の食事を取るのが不可解なのだろう。それだったら止めるように命令すればいいのにとも思うが、そんな基本的な選択肢はなさそうだ。命令権があっても選択肢がないのでは意味が無い。

 

「ふむ……嫌いなモノないんだよな」

 

「はい」

 

「……」

 

 ならばコレだ。硬貨を放り込んで自分の分の日替わり定食とレキ用のソレを入れる。またもや奢りなわけだが、今回は気にしない。

 はははは。 

 内心爆笑しながら、指でボタンを押す。

 と、同時に背後に気配。二人だ。相手をする気も無かったから無視していたら声をかけられた。

 

「チャレンジャーだね、那須君」

 

「あ……?」

 

 振り返って見る。一人は遠山だった。ただ声をかけてきた方ではない。

 にこやかに微笑む灰色の髪のかなりの美形の男だ。なんとなく見憶えがあった。

 

「お前は……確か」

 

「あれ、名前覚えていてくれたんだ? 嬉しいなぁ」

 

 嬉しがるようなことでもないだろう。ともあれ覚えはある。といっても、会話をした記憶はほとんどないが、変わった名前だったのを覚えている。

 

「不知火――両袖だったか」

 

「おしい、不知火亮だよ。那須蒼一君」

 

 違った。

 

 

 

 

 

 

「それで、何の用だよ」

 

「いやぁ、ちょっと世間話でどうかと思ってね」

 

 食事を受け取り席に着くが、何故か遠山と不知火も付いてきた。俺とレキが隣同士で遠山と不知火が向かい合うように食堂の席に座っていた。言うまでもなく右のレキは無言で、遠山も居心地悪そうに自分のカレーライスを食べ進めている。不知火の付き合いらしいが、コイツはお人よしすぎる。

 世間話ね。まぁ大体予想は付く。

 

「那須君とレキさんの関係について聞きたくてね」

 

「野次馬か」

 

「否定はしないかな」

 

 イケメンだと苦笑でもやたら絵になる。だが、嫌みは感じさせない所はただのイケメンではないようだ。

 いや、適当だけど。

 

「……そっちの遠山に聞けばいいだろう。大体の事情はコイツだって知ってる。それにいろいろ噂も流れているしな」

 

「そうだけど、やっぱ本人から聞いた方がいいと思ってね。そして噂はいろいろ尾鰭がついてるから」

 

 尾鰭ね。どうせいいものじゃないだろうから聞きたくない。レキは意外と一部の奴に人気あるらしいし。そう考えると、最近喧嘩売ってくる連中のなかにはレキのファンも混じっていたのかもしれない。それこそ漫画みたいなファンクラブとかいるらしい。こんなののどこがいいのかまったく理解できないが。

 

「……ま、いいけどよ。隠す程でも無いし。あの日も結構見られたからな」

 

「じゃあどうぞ」

 

「プロポーズされて拒否ったら決闘申し込まれて受けたらコイツが屋上から飛び降りてビビったら跳弾で背中撃たれて屋上から背中から落っこちてパシリにされた」

 

「……よく生きていたね」

 

「まぁな……」

 

 俺じゃなかったら死んでいる。最初に背中撃たれて死ぬし、屋上から落ちて死ねる。結婚申し込むのに殺しに行くとか意味分らない。まぁ、もう過ぎた事だからとやかく言うつもりはない。こうやって世間話とやらにも使えるのだ。

 

「要約すればそんなんで、それからコイツにつきまとわれているってわけだよ。これでいいか?」

 

「うん、ありがとう。いやぁ、結構色々酷いねつ造があったからね。那須君がレキさんを無理矢理引きずりまわしているとか、那須君が酷いMでレキさんにそういうプレイを強要しているとか」

 

「……」

 

 あり得ない。

 俺は変態か。

 いくら見てくれがいいといって、女に行動やら強要されて喜ぶわけがないだろう。

 そんなの一回死んだってありえないだろ。うん。絶対ない。

 絶対にあり得ないこと心の中で宣言していたら、制服の袖を引かれた。見れば、白く細い指。言うまでもなく隣のレキ右手だ。

 

「……蒼一さん」

 

「……なんだ?」

 

「コレは、なんでしょうか」

 

 つまんだ指はそのままで、逆の左の指で刺したのは――赤だった。

 赤い。紅い。朱い。真紅の深紅。鮮血の紅蓮の地獄の溶岩。赤という概念をひたすらに凝縮したのではないかと思うほどの赤だ。無論色だけの問題ではない。匂いもまた過酷だった。意図して無視していたが強烈な刺激臭。

馬鹿げた香辛料、中でも唐辛子がやばい。直接匂いを嗅げば大変な事になりそうだ。

 

「麻婆豆腐だ」

 

 麻婆豆腐である。

 ただし激辛の麻婆豆腐だ。ただ辛いだけではない。激辛だ。どれくらい辛いかというと完食できるのが年に二、三人というレベルの辛さ。興味本位で食べた奴が火を吹いて倒れたという噂が在るほどの曰くつきの食べ物だ。噂とかに疎い俺が知っているのだから酷さがうかがえる。

 

「嫌いなモノないんだろ? 食べてみろって」

 

 いや別に。

 意味不明な理由でプロポーズされて断ったら断ったで決闘申し込まれて背中撃たれて屋上から落とされて一週間もつきまとわれたことへの腹いせなんかじゃないんだ。さっきも言ったがもう過去の事だし。世間話で流せるレベルだし。うん、ホントに。恨んでないよ。

 これは普通に実験なのだ。

 昨日、味覚、それも甘味に関しては通常であるということは確認した。缶コーヒーも何気にブラックを渡して普通に飲んでいたらから苦味も問題ないだろう。ならば辛味はどうだ。そして、思いついたのが学食の激辛麻婆豆腐だ。 

 これを食べてレキがどんな反応するのか見てみたい。

 あの鉄仮面がはたしてどうなるのか。普通なら膨大な汗をかいて顔真っ赤にして唇を腫らすわけだが、果たして無口無表情無感情のレキが食べたらどうなるのか。どうせなら表情を崩してほしいが。

 

「……」

 

「はは、レキさん? 無理ならやめといた方がいいと思うよ」

 

「あぁ、レキ。やめとけ。大変な事になるぞ」

 

 おいこら遠山、こういうときだけ口出すな。コイツが表情崩すところ見てみたい。

 

「……蒼一さん」

 

「な、なんだ」

 

「……これも、おいしいのですか?」

 

「え」

 

「?」 

 

「あ、いや」

 

 琥珀の瞳が、ガラス細工のような眼が真っ直ぐに見詰めてくる。

 う、あ、あ。

 うわ、なにこれ罪悪感。

 

「……お、おいしいんじゃない、かな? あ、でも……」

 

「では、頂きます」

 

 レキがレンゲを握った。

 

「……」

 

「……」

 

「……いや、でも」

 

 不知火と遠山が複雑そうな目で見てきた。その視線に思わずたじろいでいたら、

 

「……」

 

「あ」 

 

 レキが食べた。パクリと。レンゲ一杯分、多くもなく少なくもなく、過不足無く、精密機械かなにかのように。

 食べた。もぐもぐと咀嚼した。飲み込んだ。

 

「……」

 

「れ、レキ……?」

 

 俺も遠山も不知火も固唾をのんで見守っていた。いや、俺たちだけじゃないだろう。さっきから俺たちの事を盗み見ている野次馬根性丸出しの他の机の連中もだ。食堂の誰もがレキの様子を見守り、

 

「……蒼一さん」

 

「お、おう」

 

 レキが名前を呼んで来た。思わずびくりと反応してしまった。それまで麻婆豆腐に向かっていた瞳が俺へと向く。見る限り、表情に変化は無い。

 

「――おいしいです」

 

「……!」

 

「?」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

「そうですか」

 

 ほんの数ミリ頷き、視線を麻婆豆腐に戻して食べだす。ひょい、ぱく。ひょい、ぱく。ひょい、ぱく。

 よどみなく一定のペースを崩さずに食べ進めていく。量そのものはそれほど多くない、といよりかは普通の量なので食べきるのに時間はそれほど掛らない。数分も掛らずに食べ終わった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 皿は空だ。あれだけ赤かったのに、さらの白が見えている。俺は初めて視る光景だった。普段からそれほど食堂を使用しない俺だけでなく、いつも使っている他の面子からしても驚きだったらしい。

 

「お前……辛くなかったか?」

 

「問題ありません。それに……美味しかったです」

 

 マジですか。

 顔とか見つめてみるが、嘘を言っているようには見えない。というかコイツが嘘を言うのは考えにくい。膨大な汗をかかず顔真っ赤にせず唇を腫らしていない。俺から見る限りいつもと変わらない。どころか若干力が抜けていて上機嫌なようにさえ見える。

 

「……なんか……わるい」

 

 思わず謝っていた。

 

「?」

 

 また僅か数ミリ程度不思議そうに首を傾げるが、その視線が痛かった。とてつもなく空しい気がしてならない。

 辛味にも強いというか、本人も言っていただろう。嫌いなモノはないって。ならばその通り、激辛麻婆豆腐も嫌いには入らないらしい。

 

「なぁ……レキ」

 

「はい」

 

「今度、普通になにか美味いもの食べに行こうぜ……」

 

「蒼一さんが行くなら構いませんが」

 

「あぁ……普通に美味いものな」

 

 罪悪感と敗北感に潰されそうになり予定にない約束をしてしまった。だがまぁ、それくらいはいいんではないかと思った。

 

 




なんというか主人公ひどいですね!
もうちょっとしたら男前になるはずですyが!
当分はこんな感じでまったりフラグとか立てていきますよい。

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