落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第7拳「お前もウチの生徒やけどなぁ」

「おい、那須」

 

「……?」

 

 午前中の一般履修が終わった後。いつもと変わらず、強襲科(アサルト)の体育館の片隅でサンドバックをぶん殴っていた。いつもと違うのは自由履修で狙撃科(スナイプ)から強襲科(アサルト)に来たレキがいることだ。それでもいるだけで何をするでもなくお決まりのポーズでひっそりと座っている。そんな風にしばらく時間が過ぎた頃だった。

 声をかけられる。殴って吹き飛んだサンドバックを受け止めれて声を主を見る。

 男子が三人いた。トレーニングウェアに脇や腰に銃やナイフのホルスターをオーソドックスに装備した連中だ。二年が二人に一年が一人人。ホルスターから銃が部分的に見えるも俺には判別できない。判別できるのはナイフくらいだが、どれもサイズが統一された模擬戦用のナイフだ。確か硬化ゴムだか強化プラスチックかなにかで作られていたような気がする。普通に当たれば痛いで済むが、当たり所と運が悪かったら死ぬこともあり得る武器だ。よく見れば太ももにも短剣サイズのナイフもあった。

 

「なんすか」

 

 一応、声をかけてきた奴が二年の先輩だったので慣れない敬語を使ってみる。染めたであろう金の短髪の男で中々顔のつくりはいいが、見憶えは無かった。いや、見た記憶もあるような気もしないでもないが、名前は覚えていないし、喋ったこともないはずだ。

 

「ちょっくら、俺らと組手やらねぇか?」

 

 少しだけ、口の端を歪めていた言葉に、

 

「なるほどね……」

 

 予想はできたことだ。これまで負けなしで、三年は教師陣とも互角という風にも見える一年がそこの隅に座っている人形女に負けたという噂が流れて、しかもそれは事実なのだ。

 だったら俺でも勝てるかも、という考えを持つ奴が出てもおかしくないし、実際目の前で現れた。わかりやすい。

 

「別に、いいすっよ」

 

「おっし。じゃあ、一階でやろうぜ。ここだと色々邪魔だ」

 

 つまり一番目立つ所でやろうということか。一階のほうがスペースが広いし、二階はいろいろ器具が多いから模擬戦には向いていないのも確かだが。なるべく衆目の面前で勝って目立ちたいというのが正直だろう。

 

「……」

 

 近くの椅子に置いておいたスポーツドリンクを掴み、端にいたレキに視線を向けるが、

 

「……」

 

 既に立ち上がっていた。相も変わらず動きが感じられない。異常とか関係なくこっちのほうが怖いわ。

 

「おい、那須、行こうぜ」

 

「あぁ、はい」

 

「……」

 

 先輩方三人についていく。いや、一人は同級生か。やっぱり誰か解らない。まぁ、誰かとかはどうでもいいか。下に降りれば、結構なギャラリーがいた。それだけ昨日のことが広まっていると思う少しだけ鬱になる。一年と二年の半分くらいはいるんじゃないだろうか。遠山の顔も見えた。

 

「んじゃ、コレがリングな。これから出るか、降参するか、戦闘不能になったら負けでいいな?」

 

 リングというか大体十メートル四方の四隅にテープで張っただけのリングとも言えない即席リングだ。こんなんで大丈夫か、とか思うが、

 

「おーおー! 那須の模擬戦は久しぶりだなぁ! 張りきって殺し合えよお前らァ!」

 

 背中に斬馬刀背負った蘭豹が爆笑しながらいた。パイプ椅子に足組んで座っていた。

 なにしてんだアンタ。

 微妙に顔が赤いし酔っ払っているようにも見える。というか足元に酒瓶転がっていた。いいのかあんな教師。

 

「んじゃあ、誰から戦る? お前が選んでいいぞ」

  

「は? あぁ……」

 

 三人を順番に見て、

 

「三人とも一斉に来てもいいですよ。その方が早いですし」

 

「……っ、お前」

 

「ははは! ええやんええやん! 見城、村田、赤坂! 三人一斉に行ってやれぇ!」

 

 俺の言葉に、先輩殿が怒ったように見えたが蘭豹が爆笑が遮る。意識したのかは知らないが絶妙のタイミングだった。蘭豹に逆らうというのは強襲科(アサルト)では絶対にしてはならないことだ。三人方も渋々だが頷かざるを得ない。 

 というか、そんな名前だったのか。

 

「ただし! 実弾で行けよォ! 構わんな、那須!」

 

「問題ないっす」

 

「ようし!」

 

 蘭豹が拳銃を取り出す。馬鹿デカイ。それを天井向けて引き金に指を掛ける。それに見城先輩とやらたちが慌てて腰のナイフや脇の銃に手を掛ける。それを小さく呟く。

 

「……おっせぇなぁ」

 

 俺は無手のまま、ぶらりと両手を下ろしたまま。

 

「んじゃあ――始め!」

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 基本的に一対多の状況において、自分が一の時のセオリーは強い奴から潰すというものだ。大体一番強い奴はその場の頭であり、頭を潰せばそれに従う連中の統制が崩れて隙が出来る。その隙をついて数を減らしていく。それが基本だ。強襲科(アサルト)の教科書にも載っているし、蘭豹もたまに叫んでいる。だからそれは間違っていない。むしろ正しいだろう。

 だが、それは相手達と自分の戦闘力が拮抗あるいは、自分が劣勢で在る場合だ。

 例え、一対多であろうと。絶対的な戦闘力の差があればそういうセオリーは関係ないのだ。

 

「フッ……」

 

 息を吐きながら前に出る。気を使うまでもない。彼我の距離は一番手前の見城某先輩で五メートルほど。背後の二人はもう一メートルくらいある。そして、見るからに隙が大きく、動きが遅いのは左側の奴だ。多分コイツが一年だろう。村田か赤坂は知らんが。どっちでもいい。大事なのはそいつが腰と脇のホルスターから同時に取り出そうとして意識が分散しているということだ。だから動きが甘い。視線も両手をキョロキョロと彷徨っていて落ちついていない。蘭豹の発砲に動揺したのもあるのだろう。

 つまりは甘い。経験不足の実力不足。

 

「シッ!」

 

 まず右足で踏み込む。踏み込みの足の膝のばねを使って左足を射出させて速度を生み、腰と連動させることで加速する。空いている両手でバランスを取る。十分に速度のった左の蹴り足で狙うのは左脇のホルスターの銃へと手を伸ばしていた右手だ。跳ね上げた蹴撃は某一年の反応をさせずに狙うどおりに銃を持った手に命中し、

 

「あっ――ガッ!?」

 

 そのまま顎までカチ上げる。顎が跳ねあげられたことによって某一年の背筋が伸び、

 

「ウボォ!?」

 

 蹴り足をそのまま踏み込むように、押しつぶすように胸へと叩き込む! 押し潰された蛙みたいな悲鳴を上げて一年某が後ろのぶっ飛ぶ。シューズの足裏から嫌な感触があったから最低でもアバラに罅くらいは入っているだろうが強襲科(アサルト)ではよくあることだから悪いとは思わない。

 これで気での強化をしていたのなら、そのまま震脚や声帯砲により周囲へのけん制や攻撃もしていただろうが、今は気による強化をしていない。だから、震脚は無しで蹴撃のままで足を下ろす。

 ついでに足を地面につかずに後ろに送って前転する。

 

「っと」

 

「チッ!」 

 

 直後、先ほどまで俺がいた場所にナイフが叩きこまれた。見城某先輩だ。さすが二年だろう。即座に一年が脱落しても動揺することなく攻撃に来る。もう一人の先輩も銃を構えていた。見城某先輩の攻撃を回避した後を狙う役割なのだろう。俺が前転し終わったら発砲するつもりなのだろう。狙いは悪くない。だが、解りやすい。

 だから前転し終わって――間髪入れずに跳躍する。

 前転で曲げた両膝を爆発させるかのような大跳躍。

 

「!?」

 

 引き金を引くが、遅い。既に俺はいなかった。なまじ動きを予測していたから俺を見失い、動きが止まる。

 

「何処に……」

 

「上だ!」

 

「遅い」

 

 跳躍していた俺が宙空で身体を捻って姿勢を整え、

 

「フッ!」

 

 右の踵落としを二年某先輩の肩へと叩き込む! 確実に肩を砕いた。左足でリングの外へ蹴り飛ばす。

 

「くそっ!」

 

 背後に焦ったような見城某先輩の声と共に、拳銃をホルスターから抜く音。大体背後二、三メートル。さすがにその距離の真後ろの相手を攻撃するのは面倒だ。身体が振り返るよりも見城某先輩が引き金を引く方が早い。

 それでも動く。振り返って、視線だけを見城某先輩へ。視線が銃口に至り、銃口が吐き出される。

 そして、

 

「!」

 

 避けた。

 

「な……!?」

 

 体勢を崩すように、地面を這うように前に出して、見きった弾丸を回避する。弾丸避けに見城某先輩の動きが止まり、再び動き出すことには遅い。

 

「王手、っすよ」

 

 回避の動きのまま身体を前に飛ばし、五指を揃えた手刀を見城某先輩の胸へと射出し、

 

「それまでや!」

 

 蘭豹の叫びで止まる。

 

「……」

 

「う、あ……」

 

 手刀は見城某先輩の胸と紙一重。あと刹那でも制止が遅かったら胸に風穴が開いていただろう。

 

「手、下ろせや。那須」

 

「……おっす」

 

 言われた通りに手を下ろす。

 

「那須の勝ちや。文句はないな、見城」

 

「……はい」

 

「ようし! これで模擬戦終了や! ホレ! 外野は自分の訓練戻れ!」

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

「別に疲れてない」

 

 蘭豹が強引に場を解散させて二階に戻る。一階はまだ人が多いので嫌だったし、ぶっ飛ばした二人が痛みに呻ていたり、一人無事だった見城某先輩から恨みの籠った視線で見られるので居心地も悪かった。

 今の言葉も聞かれていたら結構睨まれるだろう。

 まぁ、実際それほど疲れていない。動いたのは実際十秒程度。こちらの被害は零で、特に疲労もない。

 

「くっだらねぇ」

 

 やはりあの程度だ。一年と二年では。つまらない。相手にもならない。弱い。

 それでも見せしめにはなっただろう。レキに負けて、ああいうのが増えるのは解っていた。だから舜殺して、派手な怪我をお見舞いしたのだ。負けたからといって、俺自身の強度が下がったと思われては困る。

 

「すいません」

 

「あ?」

 

「私との決闘のせいでしょう、今回の模擬戦は」

 

 なんだわかってるのか。そしてそれで謝ることができたのか。

 

「ハッ、あぁそうだな。俺がアンタに負けたから、身の程知らずに構われたんだよ。でも」

 

「?」

 

「アンタが謝ることじゃあないだろ、アンタが謝ってああいう連中が減るわけでも消えるわけでもない」

 

「……それは、そうです」

 

「だったらアンタは謝らなくていいだろ。というか勝ったんだが胸を張れよ。勝ったのに謝るとかおかしいぜ」

 

「そういう、ものでしょうか」

 

「そういうもんなんだよ」

 

 アンタには理解できないだろうな。そんな言葉が出かかって直前で飲み込んだ。こんなのはそれこそ負け犬の遠吠えだ。俺だってレキに説教垂れることができるほどの大層な人間じゃない。

 とか考えていた背後に気配。さっきまでの先輩方ではなく、もっと強い派手な気配だ。まず間違いなく、

 

「おい、那須」

 

「なんすか」

 

 蘭豹だ。

 

「はっはっは! さっきの模擬戦は見事やったなぁ、見城てAランクの武偵やで? よぉ、舜殺できたわ」

 

 Aランクだったのか。そういえば俺がCランクだったから、無効としては屈辱だろう。まぁ、俺の場合は銃火器が全く使えないからの低ランクだが。俺としてはどうでもいいんだけど。

 

「だがなぁ、聞いときたいんやけどなぁ」

 

 蘭豹が口の端を歪め、

 

「お前……見城殺す気やったやろ?」

 

 目は笑っていなかった。

 その問いに、

 

「まさか。武偵は人殺しNGじゃないすか。殺そうなんて考えてませんよ」

 

 なるべく笑みを浮かべて、返したが、

 

「そうやな、訂正しよか。さっきの、死んでも死ななくてもどっちでもいいくらいの気持ちやったやろ」

 

「……」

 

「気をつけとけよ、那須。お前もウチの生徒やけどなぁ」

 

 それでも、

 

「――ウチの生徒殺したら承知せんで?」

 

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。空気がざわめくほどの覇気。俺だけをねらっただろうが、僅かに漏れてレキも思わず身構えていた。

 だが。

 

「おっす。大丈夫っすよ」

 

 それくらい(・・・・・)慣れている。だから、笑みを消さずに返す。蘭豹は僅かに眉をひそめていたが、

 

「……ま、ええか。んじゃあな、那須。お前もたまには集団戦出ろや。せっかく狙撃科(スナイプ)のお姫様も来とるんやから」

 

「考えておきます」

 

 それまでの覇気を消して、どこからか取りだした酒瓶を煽って去っていき、すぐに怒鳴り声が聞こえた。

 まったく面倒な教師だ。

 

「……一回くらいガチでバトりたいけど」

 

 その呟きは結局叶わない。二カ月後に尋問科(ダキュラ)とか他の教師と同時に戦闘になるがそれでも、彼女たちはまったく本気を出すことはなかった。

 ――あんな反面教師のようで、根っこは教師であるのが一番性質が悪いと後々俺は思い知るのだった。

 




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