落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第6拳「戦地のほうが楽ではないですか? 私たちは」

「起きてください、蒼一さん」

 

 それは久々の目覚めだった。自分以外の体内時計で眼が覚めるということは最近ではまずなかった。基本的に遠山と俺では俺の方が先に起きるし、たまに遠山の方が先に起きても俺を起こすことは無い。目覚めるのに目覚まし時計とかを使う事もなく、大体身体が勝手に決まった時間が起きるようになっている。休日とかにたまに惰眠をむさぼっていると星伽が乗り込んできて朝から騒いで目覚めることもあるが、精々がそのくらい。

 だから本当に久しぶりの目覚めだった。どうだろう。こんな朝はどれくらいぶりなのだろう。少なくとも修業六年間にそんな目覚めは無かった。馬鹿デカイ声で叫ばれるわけでもなく、蹴飛ばされるでもなく、プロレス技かけ られるでもなく、起きたら周囲が火の海ということも、気付いたら氷山とか火山の頂上とかでもなく。

 ただ、最後に誰かに名前を普通に呼ばれながら朝を迎えるというのは、もしかしたらそれこそ。六年以上前の事なのかもしれない。

 

「……っ」

 

 薄く開いた瞼から差し込む光に思わず顔を顰める。数度瞬きをして視界を取り戻しながら、身体を起こす。

 

「おはようございます」

 

「あ、ああ……おは、よう」

 

 おはよう。

 そんな言葉でさえ本当に久しぶりに思える。朝の挨拶としては当り前のことなのに。そんな当たり前を俺は碌に使っていなかった。遠山にもほとんど言ったことが無い。それは人間としていろいろどうなのだろうと少しだけ反省しつつも、

 

「……っ」

 

「なんでしょうか」

 

 声の主、レキを見る。昨日と変わらずの武偵高の制服で狙撃銃を手にして突っ立っていた。少し視線をずらせば七時少し過ぎ。恐らくレキ自身は七時ちょうどに起床したのだろう。一秒の誤差もなく七時ちょうどに。

 昨日と変わらないような無表情。

 夢じゃあなかった。この女にプロポーズされて、決闘して、負けて、主従関係にさせられたことは。夢だったらよかったのに。まぁ、そんなことはないか。現実を見よう。

 

「いや、なんでもない」

 

「そうですか」

 

 髪を掻きながら立ち上がる。毛布を適当に畳んで退かし脇に置いておく。レキを一瞥だけして、部屋を出て洗面所へ。顔を洗い、歯を磨く。一通り終えて洗面所を出る。リビングには既にレキがいた。いたが、別に話すこともないので、昨日ソファに放り出していた制服をひっつかみ洗面所に戻って着替える。流石にレキと違って、目の前で着替えるようなことはしない。シャツを着て、ズボンをはき、ネクタイを締める。髪は適当にいつも通り縛って、ブレザーは丸めてカバンの中へ。

 多分、そろそろ遠山が起きるか星伽が訪れるくらいの時間だろう。

 

「学校行くぜ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 どうやら昨日の一件は既に周囲に知れ渡っていたらしい。

 数十分程度の登校で、周囲からかなりの視線を浴びていた。いや、というか男子寮から俺とレキが伴って登校しているのだから目立つのも当然だ。昨日のことをなにも知らなくても注目してもおかしくはない。というか、武偵高一年でも友達零の俺たちが一緒にいたらなにかあると思ってもおかしく無い。

 

「……やれやれ」

 

 嘆息するも、なにも変わらない。視線を背後に送る。

 

「……」

 

 昨日からまったく変わらない無表情。周囲の雑音をシャットダウンするようなヘッドフォン。あのヘッドフォンでなにを聞いているのだろうか。聞いて別にいいが、どうせ答えないだろう。興味がないわけではないけど、まぁ気にしない。

 

「そいや、学校ではどうすんだよ」

 

「何時も通りで構いません。任務(クエスト)があるならばなるべく御一緒しますし、当分は私が自由履修で強襲科(アサルト)の方に行きます」

 

狙撃科(スナイプ)はいいのかよ」

 

「学ぶことなどありませんので」

 

「そりゃ凄い」

 

「貴方もでしょう」

 

 確かに。コイツの異常は言うまでもなく、俺だって今更学ぶことなんてない。『拳士最強』に免許皆伝を受けて、これ以上学校で教えられる事なんかない。教師陣のような達人クラスや一部の三年の準達人クラスたち模擬戦すれば成果はあるだろうが、そんな機会はほとんどない。教師とか蘭豹と一度だけ、それも数分だけの遊びだった。これから三年間あってもそうそうないだろう。だから専科授業には価値を見出せない。勿論一般履修もだけど。

 

「お前さぁ……なんで武偵高来たんだ?」

 

「風に言われたからです。あなたは?」

 

「俺は……そいや俺も師匠に言われたからだな」

 

「そうですか」

 

 風とかも師匠も。なんで俺たちを武偵高なんかに入れたのだろう。ずっと不思議だ。武偵高じゃなくても、もっとほかの場所があるだろう。この国には異能者やら異常者やら武芸者やらをまとめ集めた学校がいくつかある。確かにこの学校にも異常はいる。多分、俺が知らないだけで過負荷もいるだろうし、それこそ超能力者なんてのは専門まである。それでもこの武偵高はそういう学校と比べればおとなしめと言っていもいい。実際に修行期間中にそれらの類の学校に足を踏み入れたこともあるから間違いない。

 なのにどうしてなのだろう。落ちこぼれの俺や人形でしかないレキは何故この武偵高にいるのか。

 今でこそ、それは『ただ知っているだけの人外』シャーロック・ホームズの曾孫であり、緋緋色金の継承者であり巫女でもある神崎・H・アリアの存在と関係しているであろう事は想像するに固くは無い。あの二人の人外たちは俺たちを繋げることもまた目的の一つだったのだろうし。

 ともあれこの頃神崎はイギリスでホームズ家にいじめられてるくらいだろうし、俺たちに関わるのは来年の四月以降だ。この二カ月間での関わりは一切ない。まぁ、この時期にあの風穴女と関わっていたらもっと面倒なことになっていてもおかしくないから別によかったのだけれど。

 ともあれ、この時はなにも知らなかった。それこそ、きのうの時点で俺たちの血筋を聞いていればまた違ったのかもしれないが。今の俺たちでは解らなかった。

 愛がなければ見えない。愛がないから、

 

「くだらねぇ……」

 

 そんなことしか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 教室に入れば質問攻め。

 なんてことは当然ながらなかった。教室に入ると同時にかなりの視線を集めたのは確かだがそれだけだ。こういうのは誰か一人がとっかかりを作って質問を始めれば質問責めになるのだろうが、俺にはそのとっかかりを作ってくれるような友人はいない。だから視線を集めても、大体いつも通りの始業前時間だった。授業中はいうまでもなく。問題は昼放課だった。午前中の授業が終わってすぐのことだった。

 

「蒼一さん」

 

「……早いな」

 

 クラスが違うんだから俺の所に来るとしてそれなりの時間があるはずだった。そう、思っていたから油断があったのかもしれない。できることならば、この間に逃げ出して一人になりたかったのだがそうもいかないらしかった。といか、なぜ授業が終わってチャイムが鳴ってすぐに現れる。行動が早すぎだろう。

 

「それで、なんの用だよ」

 

「どこにでもついていく、というのをお忘れですか」

 

 周囲がざわついた。思わず頬が引きつるのを自覚した。確かに言っていたけど。こんな所でそんなことでは言わなくていい。周囲がどういう風に反応するかは目に見えている。最悪な事に受けるであろう印象は誤解でもなんでもなく間違わないでろうということ。昨日の契約の噂も回っているだろうし、クラスには遠山もいるのだから。今はまだ噂だろうが真実というにはお粗末な事実が浸透するは時間の問題だろう。

 

「覚えてるよ、困ったことにな……屋上でいいか」

 

「はい」

 

 登校時に買った昼食はコンビニで買った弁当だった。

 本当ならば食堂がいいが、人目が多い。普段の敵意と警戒の視線は慣れているが、好機の視線に触れたいとは思わない。十月に入って少し寒いが、問題ない程度だろう。たまに一人で食べたりするし。なるべくすぐに行けば陣取って後から来る連中へのけん制もできる。我ながら子供ぽいけど、カップルとか近くにいるとうっとおしい。だから、視線の的になりながらさっさと教室を出る。結構速足だったが、レキは普通についてきた。狙撃のスキル持ちだが、運動神経は悪くないらしい。歩いている間も視線が集まるが無視。

 そして、屋上へ辿りつく。

 予想よりも少し寒い。十月初めといえど気温が低いこともあるだろう。もう一カ月もあれば秋すぎて冬だし。そうなるとこの屋上も来にくくなる。十二月にもなって、雪が降りだしたら完全に来ることもなくなるだろう。さすが一人で寒空を見上げても楽しいことは無い。レキが一緒だろうが同じだ。むしろコイツと一緒に空見上げるとかそれこそ寒すぎる。

 

「よっと」

 

 適当にフェンスの前で胡坐腰掛ける。昨日レキが細工したらし壊れたフェンスはそのままだ。あまりいい思い出ではないのでなるべく視界から外して、近づかないようにする。思い出すと背中が痛くなりそうだ。ホントに俺じゃなかったら死んでる。防弾製服でも狙撃銃の弾丸を防いではくれない。普段ブレザーを着ない俺なら尚更だ。そろそろ寒くなるので、カバンに仕舞わずに着た方が良さそうだ。まぁ、寒いのなら気の応用で在る程度緩和できるのだけど、上着を着た方が早いのは確かだ。

 

「……」

 

「……」

 

 俺が座った所から少し後ろ右にレキも座る。寝るときと同じように肩膝を立てて、狙撃銃を抱えるように座る。そして昨日と変わらずポケットからカロリーメイトだ。

 

「お前、それしか喰わないのか」

 

 コンビニ弁当ばっかの俺が言えた義理でもないが、それは果たして身体にいいのだろうか。

 

「昨夜も言いましたが栄養補給には十分です」

 

「そういうのじゃなくて、味は」

 

 コンビニ弁当でも美味いのはあるのだ。たまに。期間限定とかいうのはちょっと美味しい。コンビニパスタも何気にいけたりするし。カロリーメイトとかよりは大分マシだろう。

 

「食べれれば十分です。また狙撃時の栄養補給にも最適ですし」

 

「ここは平和で安穏とした学校だぜ? そんなの気にしてられるかよ」

 

 少しだけ皮肉を込めた俺の言葉だったが、

 

「戦地のほうが楽ではないですか? 私たちは」

 

「……ハッ、違いない」

 

 なるほど。

 案外コイツも解っている。自分のことも、俺とコイツが似ているというのも。こんなよくわからない他人だらけの退屈したよりも、戦地に突っ込んで人ぶん殴ったり、銃ぶっ放したほうが楽だろう。考それなら考えなくてすむのだから。ただ瞬間瞬間を生きるだけで、他の面倒なことを考えずに生きるというのは楽だろう。学校なんてのは面倒で仕方が無い。宿題とかはともかく人間関係が。どれだけ遠ざけても関わりを切ることはほとんど不可能なのだ。俺みたいなのでも、ルームメイトの遠山と全くの無関係というのは出来ない。クラスメイトだって教師だって完全に切るのは無理だ。

 めんどくさい。

 コイツも同じだ。

 虫唾が走る。

 同族嫌悪といえば簡単だし、その通りだろう。

 結局俺もコイツも社会不適合者の異常者なのだ。ここにいるべきではない。

 淡水の魚が海に出て、どういうわけか死なずに生き延びてしまったようなものだ。いるべきでないのにも関わらずに存在している。淡水の魚が塩水を飲んだら死ぬしかないのに。間違って命を繋いでしまっている。生きているわけでも、死んでいるわけでもない。

 なるほど風とやらも中々の人選だ。生き場を間違えた者同士ということなら俺とレキはお似合いといえばお似合いだろう。

 互いがどういう風に思い合うかは別としても。

  

 ――無論言うまでもなく。こんなのはただの俺の妄想だ。

 勝手に捻くれて、それっぽいことを言って現実から目を背けていただけだ。まったくもって恥ずかしい。言った通り、この物語を那須蒼一の恥晒しだと言ったのはこういうことなのだ。こんな思春期の子供染みた、もっと言えば単なる中二病だと笑われても文句も言えないようなことを真剣に考えていた。なにも知らなかったレキよりも尚悪いだろう。知ったかぶりをして、知っているような気でいたのだから。なんて、無様。

 

「……くっだらねぇ」

 

 自分が一番下らない物ということに未だ気付かない。

 

 

 

 




いやぁヒネてますね主人公。

感想評価おねがいしますよう!
もうちょっとでレキが嫁レキになった過程が……!

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