落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第3拳「貴方は私のものです」

 婚前試合『拳銃比べ(クイック&ブロウ)』。

 行動範囲武偵高内、制限時間十五分。勝利条件、俺の場合は拳で、レキの場合は銃で、先に相手に当てた方が勝ち。

 実に解りやすいシンプルなルールだ。

 勝てると、俺は確信していた。

 僅か数メートルの間隔。屋上を出るための扉は俺の背後で、レキの背後はもうフェンスしかない。つまり空間としてはかなり限られている。

 そしてこの近距離は拳士の間合いだ。ライフルの詳しい銃火器詳細なんか碌に覚えれていないが、それでも数メートルが適正距離なんてことはないだろう。さらに言えば見た感じ、レキの身体はかなり細身で筋肉なんて欠片も無さそうで、近接戦も得意そうじゃない。

 ならば結果は明確だ。

 負けるわけがない。相手は碌に運動もできなさそうな小娘。狙撃科(スナイプ)のお姫様だかなんだか知らんがつまり待ち伏せ専門てことで満足には動けないってことだろう。先ほどの人間離れした、人形染みた動きには驚かされたが、一度見たら次は解るはず。

 これでも『拳士最強』の弟子なわけで、免許皆伝も貰ってるのだ。こんな小娘一人に負けるはずが無い。十五分? そんなに必要ない。十五秒で十分。

 こんな変な女に負けるはず無いのだ。

 

 

 

 

 

 

「へ」

 

 全身に力を入れた俺が駆けだすよりも早く。俺が拳を握るよりも早く。

 レキは動いた。

 背後に。

 背中を押しつけられたフェンスはあっけなく壊れ、そのまま止まらず。

 ――中空へと落ちた。

 

「はああああああああああああ!?」

 

 落ちた。落ちたというか飛び降りた。屋上、飛び降り、自殺。そんな単語がフラッシュバックして、思わず壊れたフェンスに駆け寄って、跪いて首だけ下を覗き込み、

 

「――!」

 

 銃声と共に顔の真横を弾丸が通り過ぎた!

 

「んなっ!」

 

 条件反射で咄嗟に避けたから首が変な音がして痛める事になったが、それでも避けることは避けて、見る。

 

「――私は一発の弾丸」

 

 地面に背を向け、重力に身を任せて落ちながら――その手のライフルを構えるレキを。

 

「銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない――」

 

 その詩には聞き覚えがあった。というよりも、今思い出す。この詩、レキが任務(クエスト)の時に口ずさむものだ。単純なクセなのか自己暗示なのかわからないけれど。

 

「ただ、目的に向かって飛ぶだけ」

 

 レキの腰からワイヤーが伸びていた。武偵高の制服に標準装備のワイヤーベルトだ。壊れたフェンスとは別のものに引っかかっている。飛び下りではなかったらしい。いや、今はそんなことではなく、

 

「――私は一発の銃弾――」

 

 そして二発の銃弾が銃口から吐き出される。真上から首だけを下から覗き込むようにつきだしていた俺の顔面に飛び、

 

「ん、な、ろーー!」

 

 思いきり背中を逸らして避ける。顎に微妙な風を感じたが、それも当たってはいない。ギリギリだったけど、避けたのだ。

 ならば負けではない。

 逸らした背を戻しつつ、足に力を入れる。この体勢なら、このまま飛び下りて下に落ちるレキを直接ぶん殴ればいい。まだ十秒も経っていない。靴のつま先を立てて踏ん張り、

 

 寛高い音が二度響き――背中に衝撃を受けて、空中に放り出された。

 

「――」

 

 そして悟った。

 二度響いた音。まず一度目は俺が回避した二発の弾丸、それが空中でぶつかり跳弾した音。そして二度目は跳弾した銃弾が屋上の扉(・・・・)でさらに(・・・・)跳弾した(・・・・)()だった。それが俺の背中に命中し、前に飛び出そうとしていたから勢いが付き過ぎてそのまま落ちたということ。

 それはつまり――

 

 

 

 

 

 

「ぐ、が、はっ……!」

 

 背中が非常に痛い。武偵高の屋上からつまり大体五階分くらいから思いきり落ちたのだから痛くて当然。というよりも痛いで済んで御の字だろう。気を背中メインに回して防御力を増していなければ背骨が折れていてもおかしくなった。何度か咳き込み、身体に力を入れようとするが、うまくいかない。

 

「おいおい、人が降って来たぞ!」

 

「大丈夫!? 誰か救護科(アンビュラス)の人いないの!?」

 

「って、コイツ一年の那須じゃあ……」

 

 周囲で野次馬がガヤガヤ言っていてうるさい。夕方だというのに、結構残っている。だが、碌に声も出せずに息を吐くだけしかできない。

 

「――退いてください」

 

『!』

 

 そしてレキが現れる。野次馬を静かな、しかしよく通る声で退かしながら大の字でぶっ倒れている俺の頭上まで来て、

 

「私の勝ちで、いいですね?」

 

 またもや顔面に銃口を突き付けながら言ってくる。

 

「おま、え……」

 

 明らかにおかしい。

 弾丸を空中でぶつけて跳弾させて、それをさらに見えもしない壁に当ててもう一度跳弾? 馬鹿なあり得ない。そんな軌道を描く銃なんてこの世にあるわけがない。 

 ありえないのはありえないのだ。

 物理学だか人間力学だかなんだか知らないけどどうしたってそんなことは出来ない。出来るはずの無いことをできるのは偉業ではなく――異常だ。

 異常。

 異常(アブノーマル)

 

「っ……!」

 

「ええ、そういうことです。そして私の勝ちで構いませんね?」

 

「……ああ、いいよ」 

 

 ようやく息が整い、身体が動けるようになってきた。それでも、咄嗟に気を背中に回したから特有の脱力感と認めたくない現実の前に、動きたくない。

 

「俺の負けだ」

 

 敗北。 

 その言葉にさらに野次馬が色めくが、しかし構ってられるか。負けた。武偵高に入学してから初めての敗北。『拳士最強』の弟子だからと血気盛んな武偵高の生徒から幾度となく授業や校外で決闘を申し込まれたが負けたことはこれまで一度もなかった。同級生や二年の先輩では相手にならない。たまに三年にそこそこの奴がいたけれど単純な格闘技能では負けたことは無かった。

 

「――それでは蒼一さん。今から、貴方は(・・・)私の(・・)ものです(・・・・)。契りの詔は、私が現代の日本語に翻訳したので……ぎこちないかもしれませんが、赦してください」

 

 レキはヘッドフォンを外し俺へと跪く。だが、それは服従の動作ではなく、俺に視線を合わせ、見下ろすための動きだった。黄昏の中、夕日に包まれた彼女は非常に絵になる。俺が大の字でぶっ倒れていなければ、周囲に野次馬が大量にいなければだが。

 

「これから貴方は私のものです。貴方の武力は私の武力であり、貴方の拳は私の拳です。貴方の身体は私のものであり、私が使わせてもらいます」

 

「な……に」

 

「従僕は主の言うことに従わなければならない。花婿は妻の言うことに従わなければならない。主人に仇なすものをには一振りの刀となり、必ず滅びを与えることを誓いなさい」

 

 こいつ、は。先ほどまでに人を殺しかけて、勝手に結婚しろとか言ってオマケに自分のものになれ?

 なんだその理不尽は。

 

「ウルスは一にして全、全にして一。これからは私たちウルスの47女、いつでも、いつまでも、私たちの力になりなさい」

 

 契約なんかじゃない一方通告。

 愛も絆もなにもない、偽りの外装すらない伽藍堂の誓約。あるのは強制だけ、意志なんてものは微塵もありはしない。

 レキの瞳はなにも言わない。目も口もものを言わない。

 

「――」

 

 絶句する。なんだこれは。俺だけでなく、周囲の野次馬もまた同じだ。いきなり人が降ってきて、そしたらよくわからない結婚だか主従だとか、混乱しない方が無理だ。というか引いてるだろう。

 俺も引いてる。

 なんだこれ、どうしてこうなった。

 朝は、いつもと変わらなかった。いつも通りに目が覚めて、いつも通りに学校に来て、いつも通りに授業を受けて、いつも通りに自主練だったはずなのに。

 たった一敗で変わってしまった。それこそ十五秒で。

 

「起きてください、行きますよ」

 

「……どこに」

 

「どこでも、貴方の好きにして構いません。どこにでもついていきますが」

 

「……アンタさ」

 

「はい」

 

「自分の意思とか、ないわけ? ウルスだとか、風とか言ってるけど……アンタ自身の意思は」

 

「ありません、必要ないですから」

 

 そんなことを即答する。

 そして、

 

「貴方にはそんなものがあるのですか?」

 

 ある、なんて口が裂けても言えなかった。

 

 ともあれ――これがこの物語における最初の敗北だった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 痛みの残る身体を引きずりながら、学校を出る。背後には五メートルほどの間隔を開けてレキ。どこにでもついていくという言葉の通りにどこに向かっているか告げないが、何も言わずに付いてくる。鬱陶しいことこの上ない。新手のストーカーのようだ。

 

「おい」

 

「はい」

 

「それで、どうするつもりなんだよ」

 

「?」

 

「だから人の事を公衆の面前でパシリ宣言して、オマケに訳のわからん契約までさせて、なにがしたいんだって話だよ」

 

「わかりません」

 

「あそ」

 

 そんなことだろうと思った。顔合わしてしてから未だ三十分くらいしか経ってないけれど解ることはある。というより解らないことが解った。レキには意志も感情もない。人形みたいなものだ。風とかウルスなんてのは知らないけれど、それらの人形でしかないのだろうコレ(・・)は。ロボットレキなんて渾名があった気がしたけれど納得だ。

 反吐がでる。

 同族嫌悪だろうけど。

 

「寮に帰る」

 

「はい」

 

「……そこまで来るのか」

 

「どこにも、と言いました」

 

 舌打ち。寮といえば男子寮なわけで少しは躊躇すると思ったが、この人形女は羞恥心も危機感も無いらしい。

 

「俺、男だぞ。ルームメイトも一応いる」

 

「構いません」

 

「俺男で、アンタ一応女だぜ。いいのかよ、そこらへん」

 

「私は女で、貴方が男なのは当たり前です、結婚したのですから。それに」

 

「あ?」

 

「それに、私にはよくわかりませんが年若い男女が一つ屋根の下いれば自然と子供もできるだろうと」

 

「……それも風が言ってんのか」

 

「はい」

 

 それまた随分俗な。いや、この場合は格式高いのだろうか。

 それこそ数百年前までは俺たちくらいの歳で元服、つまり成人なわけで、女ならば子供を産んでいてもおかしくない。現代だって地域によっては若年妊娠やらなんやらも珍しくなにのだろう。案外日本だってやるとこじゃやってるのだろう。だから敢えて言おう。

 なんだその時代錯誤。

 

「くだらねぇ」

 

「そうですか」

 

 風とやらの言う事も、それを真に受けて実行するレキも、それに負けて言いなりにならざるを得ない俺も。なにもかも。振りほどいてやろうかと思うが、意志も微塵も感じさせないくせに無機質なカメラかなにかのような視線だけはある。実に不愉快。どうしたらこれ振りきれるんだろうか。

 風とやらが離れろとか言ってくれないだろうか。

 無理か。

 てか、マジで風ってなんだ。脳みそに変な風だか花だか沸いてるじゃないのか。電波系なんてのが面白いのは仮空の世界だけで実際に対応してみれば面倒極まりない。見てくれだけはいいんだから、もっと主人公性質もってるやつが相手をすればいいものを。遠山とかいるだろう。ああいう女たらしっぽい、ハーレムルート邁進しそうなやつがやればいいのだ。

 くそう仕事しろよ主人公。

 ハーレムも崩壊しろ。

 ロリコンにでもなって社会的に死ねばいい。

 とまぁ、実際の半年くらい後に実現する呪いはともかく。

 

「その主人公様になんて言うかね……」

 

 友達でも親友でも戦友でもなんでもない、ただ偶然部屋が同じになっただけの同級生になんて言うのかが問題だった。

 

 

 

 




500文字くらいかけて負けフラグを立てる主人公(笑)

ちなみに最近、自分『地雷に転生しました』という超絶地雷作品を書きましたっ。
それに蒼一や遥歌の先祖、つまり那須与一さんが出てたりします。瑠璃神モードの詠唱ぽいのもあったり。
よかったらそっちも見て感想書いてくれるとうれしいですよ!(

もちろんこっちでも感想評価お願いします

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