落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第1拳「くだらねぇ……」

 目が覚める。

 まず感じるのは冷気。寝起き特有の気だるさを払う、とまではいかないけれど、布団から出るのを躊躇わせる。寒い朝の布団の温もりはどの時代も変わらないだろう。俺自身の精神性がどうあろうともそれは変わらない。十一月が始まり秋に入ったけれど朝は結構寒い。冬のような刺すようなものではないけれど、寒さは寒さだし、眠いものは眠い。できるのならばもうしばらく寝ていたい。

 まぁ起きるんだけど。

 起きなければならない。

 これが大体半年ちょい、大体八カ月くらい後になると、住人が増えて布団の中にレキや遙歌が潜り込んでて温もりを感じながら朝を迎える事になるわけだが、もちろんこの時点ではいない。想像すらしていなかった。あるのは肌寒さだけ。

 二段ベッドの梯子を降りる。降りれば、

 

「……すう……すう……」

 

 ルームメイトである遠山キンジが未だ睡眠中だ。ちらりと時計を見れば、七時ちょうど。バス通学のコイツだとそろそろ起きて、朝食を食べて準備しなければならない時間だろう。

 それでも、

 

「――」

 

 声を掛けない。視界に入れることなく、服掛けにあった制服を手に取る。シャツを着て、ズボンを履いて、ネクタイを締める。ブレザーは着ない。

 ――そして肩まで伸びていた髪を首の後ろで軽く紐で結ぶ。

 この二カ月後には断ち切れて、それからしばらくは瑠璃神モードという切り札の使用に当たって幾度となく長さと色を変えるが、しかし今は普通に切っていないから長い。 

 わずか数分で制服に着替えきって寝室を出る。ブレザーはソファの背もたれに放り投げておく。日光が差し込んでいるから、蛍光灯無しでも明るいリビングを通り過ぎて、洗面所へ。

 歯を磨き、顔を洗う。

 これまた八か月後には、レキ、遙歌、アリアという同居人、それにしょっちゅう転がり込む白雪や理子なんかが自分の日用品やら着替えやらを持ち込むから化粧品や多種多様な歯磨き粉や味付き歯ブラシなんかが並ぶわけだが、勿論今は無い。オシャレの欠片もない、無骨な赤と青の歯ブラシと薬用ハミガキがあるだけだ。

 メーカーすら被っていない。

 口をゆすいで、顔を洗って、リビングへ戻る。ソファに放り投げておいたブレザーと足元に転がっていたカバンを掴み、

 

「……」

 

 無言で玄関へ。別にする事もない。着替えて、歯磨いて、顔洗って、荷物持てば。それで終わりだ。朝飯は途中のコンビニで買うし。

 思って、靴を履いて、扉を開けて、

 

「ひゃっ!?」

 

「……っ」

 

「あ、お、おはよう、那須君(・・・)

 

 扉の向こうに星伽白雪がいた。

 大和撫子を地で行く武偵高きっての才女。脳筋ばかりの武偵高で平均偏差値七十五を取り、次期生徒会長と噂だった彼女。この頃から一年生で在るにもかかわらず色々な部活を掛け持ちしていて、それも重要なポジションについていた――というのをもう少し後に知る。

 なにせ、この時俺が彼女に知っていることは一つだった。

 朝の挨拶を笑顔でしてくれる星伽(・・)を避けつつ、目線は合わせずに、

 

「……遠山(・・)ならまだ寝てるぞ」

 

 遠山に想いを寄せているということだけ。それが当時の白雪に対する知識だった。最も病み属性はまだ気付いてなかったのだけれど。

 そこまでの付き合いは無かった。

 

「そ、そっか。ありがとう」

  

「……あぁ」

 

 返事もそこそこに背を向けて、歩き出す。別に話すこともない。これでも少しは気を使っているのだ。まさか半年後に遠山がロリコニアの王国へと足を踏み出すとは思っていなかったので、あれだけ通い妻をしているんだから星伽と付き合うんじゃないかと思っていた。

 というかまぁ、それほどよくも知らなかったし。

 興味もなかった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 音楽プレイヤーのイヤホンを耳に突っ込み、無言で足を進める。

 始業までは三十分ほどで学校まではそれなりの距離があるが、少し早めに歩けば問題ない。危なくなったら走ればいいだけのことだし。

 幸いスピードの出し過ぎに気遣う友達もいない。

 幸いな事に。というか友達すらいない。

 友達を作らないのは人間強度が下がるから、なんてどこぞの吸血鬼もどきは言っていたらしいが実に至言だ。まったくもってその通り。他人と関わりを持って、自分の強度を下げるなんて馬鹿らしい。

 自分のことは自分でやればいいんだ。他人の為に誰かが何をするなんてできるわけがない。

 自分は自分、他人は他人。俺は俺、それ以外はそれ以外だ。

 武偵やっているせいで他人の為の利益になる行動をするけれど、結局は任務(クエスト)でしかない。単位目当てで、自分の為だ。他人に頼るのも、頼られるもの好きじゃあないんだ。武偵に向いていないなぁ、としみじみ思う。やめてもいいなぁとも思った。

 思っただけだけど。

 そういう風に生きてきたし、これからもそういう風に生きていくんだと、この時の俺は思っていた。そんな考えは無意味どころか、塵屑未満の畜生の考え方でしかないのだけれど。そんな程度のことにも気付かずにこの頃の俺は本気でそういう風に考えていた。

 友達がいないのも――当たり前といえば当たり前だ。こんな屑に友達ができるわけもない。できるわけもないし、別に要らない。必要ないのだ。そう思いこんで、自分は寂しくないし、可哀そうじゃないと思い込んでいたのだ。

 なんて、寂しくて、可哀そうなんだったんだろう。

 とまぁ、かつての寂しくて、可哀そうで、哀れで、しょうもなくて、救いようのない、塵で、屑な自分の考察はここら辺にしておいて。

 この頃の俺は星伽の飯の美味しさを碌に知らず、毎朝毎朝コンビニでパンを買って済ましていた。

 この日も例によって、いつもと変わらずにパンを買った。歩きながら食べやすい添加物たっぷりの総菜パンホットドッグ。なにがいいのか全く分からないが、妙に美味いそれを口に運びながら歩く。

 

「……」

 

 今日も今日とて、登校中は会話零だった。周囲の喧騒はイヤホンで遮断されていて、他人に意識をやることもない。ある程度は周囲を警戒(・・)しながら歩くが、それはあくまでも他人を気付かったものでもなくて、立場上(・・・)いつ奇襲されても対応できるようにしていただけ。敵意には即座に反応できるようにしておいただけだった。

 だからなのだろう。

 背後、敵意も悪意も意志も感情もなにもかもない――彼女に気付けなかったのは。

 

 

 

 

 

 

 基本的にこの武偵高というものはかなり自由度が高い。

 一般教科いわゆる英国理数社といった科目があることはあるが、最低限宿題や定期テストでの一定点数や出席率さえ満たしていればいいし、任務(クエスト)関連で欠席してもある程度は融通がきく。元々武偵というのは頭の回転が早くても成績がよくないというのは多いので一般教化はそれほど重要視されていない。

 だから、俺たち武偵高の生徒が何よりも重視するのが各専攻科目だ。

 強襲学部(アサルト)強襲科(アサルト)狙撃科(スナイプ)

 諜報学部(レザド)諜報科(レザド)尋問科(ダキュラ)

 探偵学部(インケスタ)探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)

 兵站学部(ロジ)装備科(アムド)車輌科(ロジ)

 通信学部(コネクト)通信科(コネクト)情報科(インフォルマ)

 衛生学部(メディカ)衛生科(メディカ)救護科(アンビュラス)

 研究学部(リサーチ)超能力捜査研究科(SSR)特殊捜査研究科(CSV)

 七学部十四科こそが東京武偵高校の真価といえるだろう。

 究極的には、あくまで俺個人の意見だが一般教科なんてのはおまけで本質はこれらだと俺は思っていた。実際大部分の生徒たちがそう思っていただろう。だから一般教科が終われば皆、特に血の気の多い強襲科(アサルト)の連中は我先にと強襲科(アサルト)の体育館へと駆けだす。

 強襲科(アサルト)の訓練は最低限のトレーニングのノルマを終わらせれれば後は自由だ。

 武偵は基本的に自立を促され、何をするべきかは自分で考えなければならない。近接格闘が得意な者は近接格闘を、銃撃戦が得意な者は銃撃戦を。自分にとって何が必要かを自分で考えて自らの強度を上げる必要がある。

 自分で考えて、自分で動く。当り前のこと過ぎる。大体の連中は四、五人でチームを作っているが、まぁ当然ながら友達の要らない俺は独りだ。

 

「……」

 

 サンドバッグを殴る。振りかぶった拳を打ち出して、鈍い音を響かせながら砂の詰まった袋を打撃する。その結果としてサンドバックが後ろへ弾かれ、戻ってきたところを再び殴る。

 やることはそれだけだ。

 基本的にできるだけ任務(クエスト)を受けて普段の授業も欠席しているが、生憎今日はいい任務(クエスト)がなかった。任務(クエスト)がない以上は授業をさぼるわけにもいかない。

 だからサンドバッグを殴る。

 そして思う。

 

「くだらねぇ……」

 

 こんな砂の塊を殴って何になるのか。拳の握り方とかフォームとかの確認はできるかもしれないけれど、それだけだ。戦闘経験なんてものは戦闘の中でしか積む事の出来ないものだ。こんな体育館で友達同士お喋りしながら喧嘩もどきしたって何にもならない。少なくとも、今この体育館内にいる一年や二年で知っている(・・・・・)のはほとんどいない。任務(クエスト)ばかりでほとんど顔を出さなくなる三年は別だけど。 

 それでも、いやだからこそ独りでサンドバッグを殴り続ける。

 たまに教師の蘭豹辺りに模擬戦に駆り出されるが、最近は結構減って来た。自分の武を他人の見世物にされるのは面白くないし、観客そのものも邪魔くさいからむしろ有難い。そんなくだらないことはしたくない。

 こうして砂の塊を殴るのもくだらないけど。

 他にやることが無いのだから仕方が無い。

 それに、普通にこれも面倒なのだ。ちゃんと力加減をしないとサンドバッグそのものが壊れてしまうし。たまに怒られる。ここの教師を怒らせるのは面倒くさいのだ。

 だから加減をしながら、半ば機械的に拳を射出する。身体を動かす。

 物を壊さないように、人を壊す技術を振う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 メールを受信しました。

 携帯の液晶にそう表示されていた。

 二時間ほど身体を動かし続け、そろそろ一度教室に戻ってLHの時間だ。着ていたトレーニングウェアを脱いで汗を絞り、スポーツドリンクを喉に流し込んだ時に見た。

 

 

「……あぁ?」

 

 少しだけ戸惑う。

 基本的に俺は携帯という物を使わない。正確に言えば、ネット以外は使わない。ネットだとニュースやゲーム情報なんかをよく見たりするがそれでも頻繁というわけではない。寮の自室にはパソコンもちゃんとあるし。だから放課中や任務(クエスト)の暇な時見るくらいだ。

 ちなみにアドレス帳は零だ。

 武偵高に入学する時に師匠に買って貰ったわけだが、あの人は携帯なんか持っていなかったから登録していない。そうなると天涯孤独な身なので家族枠は無く、友達は要らないから入っていない。

 別に、寂しくない。

 むしろこれが当たり前だった。

 アドレス零だぜ、とか自慢したくなる年頃なのだ。

 自慢する友達なんかいないけど。

 だから、どうせ教務課(マスターズ)からの任務かメルマガかなにかだと思い、携帯を操作してメールの中身を表示させる。

 

「は?」

 

 この時、俺はかなり間抜けな声を出していた。周囲には誰もいなくてというか大分距離を空けられていたのが幸いだっただろう。

 

 放課後、屋上へ来てください。

 

 そんな文字が並んでいた。

 

「……」

 

 一度目を押さえて、見直してみるが変わらない。 

 どういうことなのだろうかこれは。

 差し出し人の名前もなければ、屋上というだけで正確な場所はない。

 意味がわからない。

 悪戯だろうか。

 そうでないとしたらどういうことだろうか。

 告白――はないだろう。そんな一昔前のギャルゲーやらラノベでしか見ないような現象が、この友人友達仲間戦友零の那須蒼一にあるわけがない。

 決闘、かなにかだろうか。私闘は基本的に禁止されているが、血の気の多いここの連中はルールを無視して行っている連中がいる。周囲に被害を出さなければ厳罰されることもない。

 

「ふむ」

 

 そういうことならば迷いはない。

 例え那須家きっての落ちこぼれでも、『拳士最強』の弟子である以上は敵前逃亡なんてものは赦されないし、するつもりもない。そんな恥晒しになるつもりはない。

 

「は」

 

 私闘上等、決闘結構。

 相手が誰であろうと俺が負けるわけがない。三年生でもあれば少し手こずるかもしれないが、負けは無い。

 相手が誰であろうと――真っ向から打倒してみせよう。

 

 まぁ結局告白だったし、負けるんだけど。

 

 




ぼっち……! 圧倒的ボッチ……!

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