落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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大変長らくおまたせしました落ち拳、過去編ですよー


第零章 落ちこぼれの拳士と無感の姫君
プロローグ「  」


 握拳裂と那須蒼一とレキ、ついでにキンジ。この四人に纏わる話をいい加減そろそろ語らなけばならないだろう。

 これまでダラダラと伸ばしてきて、断片のみだけしか語らなかったけれど潮時なのだと思う。語らなければ、ならないのだろう。『ただ知っているだけの人外』シャーロック・ホームズとの戦いを経て覚悟が決まった、というよりも決めざるを得なかった。

 正直に言えば、赤裸々に語るとすれば、思いだしたくないと言わないし忘れてもいけないことだけど、率先して語りたいことでもない。

 あの頃の那須蒼一は屑だったから。

 どうしようもなくどうしようもなくどうしようもなかった。何も知らなくて、何も解っていなくて、何も知ろうとせず、何も解ろうとしなかった。自分一人で何もできないのに、何もかもできる気になっていた。馬鹿らしい。今考えると恥ずかしくてたまらない。人を殴るしか、壊すしか能が無いのに。そんなくだらないことにしがみついて、自分は強いんだと勘違いしていたんだ。なんて無様、滑稽にもほどがある。

 つまりはガキだったのだ。

 いや、別に今でも大人になったって口が裂けても言えないけれど。それでも、あの頃はもっと酷かったのだ。屑だった。

 戦う意味もなく。

 生きる理由もない。

 ただ動いて、息をして、飯食って、糞して、寝るだけ。そんなことは生きているって言わない。生きるということは生きているって思う事なのだから。自分がどういう存在なのかもまったく考えず、ただあるがままを当り前のように、何の疑問もなく妥協していた。そんな()に自分なんてない。人生だなんて、笑わせる。

 那須蒼一は一人では何もできない。それはかつてから今に至るまでずっとそうだった。

 それなのに勘違いをして、一人でいいと、独りで十分だと粋がっていたのだ。

 だからこれから語る話は単純な回想ではなくて、那須蒼一の恥晒しに他ならない。目も当てられない無様な俺の醜態を晒すことに等しい物語なのだ。

 それでも俺はこの物語を語ろう。

 だって――あの事件は未だに終わっていなかったのだから。

 あの理不尽と覚悟のくそったれの二カ月間。それが終わったと思っていたのは勘違いだったのだ。何も終わっていないし、なにも始まっていなかったのだ。

 ハッピーエンドではない。バッドエンドでもない。終わってすらなくて、始まってすらなかったのだ。

 序曲の終止線(プレリュード・フィナーレ)、そのさらなる序曲。前日譚のさらなる前日譚。

 勿論この物語自体の始まりと終わりは断言できるけれどそれはあくまでも錯覚で、あのたった二カ月間足らずはそれまでの人生の十五、六年よりも濃かったけれど、きっとずっと後になって振り返ってみれば、やっぱり前日譚なのだろうと思う。

 始まりは十一月始め、終わりには十二月終わり。二カ月間。

 秋の夕焼けの中、学校の屋上で彼女にプロポーズされた。それから二カ月間、正確に言えば十二月二十四日までは共にあった。十二月二十四日、クリスマスイブ、遠山キンジの兄、遠山金一ことカナの失踪から始まった。あるいは、歯車が崩れ出したのだろうか。

 もともと誰とも噛みあってなんかいない歯車だったけれど。

 俺も、レキも、握拳裂も、キンジも。誰も噛み合っていない、ズレばかりの関係だった。

 特に、まぁ誇るわけでもないけれど俺とレキは酷かったと思う。

 俺は何も知らなくて、彼女は何も感じなくて。俺は彼女に負けた義務で、彼女は与えられた指令なんかで共にいて、感情なんか関係無かった。元々仲良くもなかったし、というか俺もレキも仲のいい友達なんかいなかった。 文句を言って言われて、嫌って嫌われて、嫌々渋々うんざりしながら一緒にいた。レキは周りに誰がいようとも関係無かったし、どっちにしろ俺は何時も一人だった。

 本当に笑える。そんな二人が噛み合うはずが無い。疎ましさ以外の感情を得るはずがない。共に第一印象を最悪だったのだ。俺はそれを隠そうともしなかったし、レキはそれでも構わなかった。

 なのに、それなのに。どういうわけか――いつの間にか俺たちは恋に落ちていた。

 切っ掛けなんてわからない。愛も知らなかった、恋も知らなかった。そんな感情を互いに持っているとすら認識していなかったのに、気付けば俺は彼女に惚れていた。

 俺は彼女と共にありたいと思った。

 彼女は俺と共に在りたいと思ってくれた。

 抱きしめたい抱きしめてもらいたいと、俺たちは思ったのだ。

 愛は人を変える。

 お金よりも。名誉よりも。他のありとあらゆるなによりも信頼できるのが――愛だ。

 その愛の下に――俺は握拳裂を殺した。 

 握拳裂。

 俺の師匠。俺に戦う術を教えてくれた男。長身にぼさぼさに伸びた黒髪。手入れのされない無精ひげに咥え煙草。くたびれたダークスーツ。リストラされたサラリーマンのような風貌の男

 前『拳士最強』。アジアS・D・Aランクぶっちぎりの第一位、世界的に見ても五指に入る武芸者。

 『拳士最強』以外にも大量の二つ名を持ち各方面に恐れられていたけど、彼自身が俺に名乗ったのは『拳士最強』と――『ただ戦うだけの人外』と、その二つだった。

 俺と殺し合いを始める時も、そう名乗っていた。

 そして俺は殺した。

 結局そういうことなのだ。どれだけ言葉を重ねようと、この物語の結末は俺があの人を殺したということに尽きるのだ。俺は俺の生の為に。レキと共に生きたいからという理由で自分の師匠を、親代わりだった、父親のような人を殺したのだ。

 それだけは避けられない、正面から受け止めなければならない変えられない事実だ。

 俺も、レキも、キンジも、あの人のせいで死ぬような目にあったけれど、死んだのはあの人だ。生きているのは俺たちなのだ。

 その罪を、俺は一生背負っていかなければならない。

 あぁ、前置きが長くなってしまったけれど、やっぱり語るのは心苦しいのだ。これから先、さらなる戦いを迎えるためにも、あの日々の物語をしっかりと抱いていかなければならないとわかっているけれども。恥ずかしいものは恥ずかしいし、苦しいものは苦しいし、辛いものは辛いし――悲しいものは悲しいのだ。

 最後に一つだけ付け加えるのならば。これから語るのは前日譚の前日譚で、俺たちの戦いの始まりにすらなっていないけれど――那須蒼一という人間は、ここから始まったということだけは知っていてほしい。

 さぁ、それでは前置きも限界だろうから、始めよう。

 猫のように気ままに、過去を傾かせて、花のように咲き誇り、囮も嘘もなく、鬼のように辛く悲しい――恋の物語を。

 




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