落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第5話「『瑠璃神之道理』/『緋裂緋道』」

「イロカネ、色金金属」

 

 唐突にシャーロック・ホームズは語りだした。全身を淡く緋色に発光させながら、だ。

 

「--これこそが僕がこのイ・ウーを統率できた理由だ。僕がただ知っているだけの人外であってもこの力があったからこそなのだよ。この力は君たちとて知っているだろう? そうアリア君がかつて指先から放ったはずの光球、あれもイロカネ、それも緋々色金と呼ばれるモノの力の一端であり、古の倭言葉で『緋天・緋陽門』という。そして蒼一君の『瑠璃神之道理』、瑠璃神モードは瑠璃色金のより発動する現象だ。もっとも、アリア君のと蒼一君のそれはまた異なるのだがそれは置いておこう」

 

 言いながら、シャーロックは銃を抜く。それはアダムズ1872・マークⅢ。かつて大英帝国陸軍が使用していた、45口径ダブルアクション拳銃だ。

 その弾倉から一発だけの弾丸を取り出した。

 

「これが『緋弾』だ」

 

 その弾頭は血のように、薔薇のように、炎のように、赤く、紅く、朱く--緋色だった。

 

「この弾丸が、緋弾なのだ。これが緋々色金であり、僕は瑠璃色金は持ち合わせていないから見せようが無いが、瑠璃色金の場合はコレと同じくらい蒼いのだろう。ああ、いや、形は何でも構わない。君たちに合わせて日本語で言ったが、要は金属だ。峰・理子・リュパン四世が持っていた十字架を覚えているだろう。あれもこの弾と同族異種の金属を極微量を含むイロカネ合金だ。これはね、ありとあらゆる超能力(ステルス)を、異常(アブノーマル)を、過負荷(マイナス)を超越する、言わばありとあらゆる超常の力の結晶だ。『超常世界の核物質』と言ってもいいかもね」

 

 苦笑しながらもシャーロックの緋色の光は消えずに強まっていく。

 

「世界は今新たな戦いの中にある。イロカネの存在、その力が明らかになり……極秘裏にその研究が進められているのだ。僕の、『緋色の研究』のようにね。イロカネを保有するの結社はイ・ウーだけではない。アジア大陸の北方にはレキ君の古巣の『ウルス』、南方には香港の『幇幣』、僕の祖国・イギリスでは世界一有名なあの結社も動いている。イタリアの非公式機関を陰ながらサポート・監視するバチカンのように国家がイロカネの研究を支援・監視するケースも枚挙に暇がないほどだ。アメリカではホワイトハウスが、日本でも宮内庁が君の高校に星伽--いや、これは少々口が滑ったかな。そして、僕のような高純度で質量の大きいイロカネを持つ者たちは、互いのイロカネを狙いつつも--その余りにも甚大な超常の力に、お互い手出しできない状態にある」

 

 緋弾を拳銃に戻しながら、嘆くようにシャーロックは語る。

 

「そして、ここから先は君たちにもっとも直接繋がる話しだ。ただ単にイロカネを保有する者たちではなく、イロカネの後継者とも言える者たちは当然危険が多い。わかるだろう? 保有者と後継者では訳が違う。持っているだけか、受け継いでいるのか。それは天と地の差だ。--だからこそ、イロカネの姫には護り手が存在する。イロカネの後継者を守るための騎士が。それはイロカネの力の一部をその身に宿し、己の姫を守る。一部とは言っても正当な後継者から直接下賜されているから、通常の異能とは比べ物にならないほどの強度を有してね。そして、その護り手とは、姫のことを愛し、姫より愛され互いの心を通じ合わせなければならない。自分の姫の為ならば死んでも構わないと、狂信の域までそう思い、イロカネの力で、ご都合主義とすら言える力で危機を打倒する。それが、イロカネの守護者、護り手、騎士。そうつまり--君たちのことだ。遠山キンジ君、那須蒼一君。だからこそ僕には君たちを推理できない。イロカネは僕の『条理予知(コグニス)』の範囲外なのでね」

 

 そう、緋色に輝く指で。 

 シャーロックは神崎を庇い胸にサバイバルナイフを受けたキンジと、レキを庇いスクラマ・サカスを胸に受けた俺を指指していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……っ、う、あ……」

 

 口から、喘ぎ声と共に血の塊が零れた。いくらなんでも血を流し過ぎてやばいだろう、これは。シャーロックがなんかいろいろ言っているがほとんど聞こえていない。

 

「蒼一さんっ……!」

 

「キンジ……っ!」

 

 聞こえたのはレキと神崎の声。視線を動かせばキンジも似たような感じだった。胸の中央に突き刺さってるのがサバイバルナイフか、スクラマ・サカスかという違いはあるが。

 とりあえず、簡単にだが自分の身体の状態をチェックする。まず体中に風穴があいていた。『三つ巴投げ(トライアングルアングル)』による位置入れ替えで受けたキンジのナイフと『水滴鉄砲(ウォーターガン)』による水弾でかなりの数の穴があいていて、流れ出た血がヤバい。それに今気付いたが、所どころに凍傷がある。『氷煩い(アイ・スクリーム)』の氷ぶん殴った時だろうか。まぁこの場合は逆に血が凍るから有難い。あとは今さらだが、全身の骨が折れてた。元々遙歌と派手に喧嘩してたのだ。それのダメージがまだ抜けきってない。

 有体に言って--死にかけだった。

 キンジも同じだろう。

 

「蒼一さん、すぐに手当てを……!」

 

「いい」

 

「ですがっ」

 

「まだ終わってねぇよ」

 

 言いつつも、シャーロックを睨みつけ、胸に刺さった剣の刀身を握りしめ、

 

「ぬ、ぐ、ぐ」

 

 血が噴き出し、激痛が走るが、

 

「--がぁあ!」

 

 無理矢理抜いた。ぴゅーとかいう間の抜けた音がして血が噴き出すのが少し笑えてきた。

 未だ激痛はなくならないし、血が足りないのか眩暈ヤバい。病院に連れてかれた即入院の重体だ。

 このレベルの怪我は半年前の殺し合いの時以来だろう。

 だが、それでも、だからこそ。

 

「ここで終わるかよ。なぁキンジ、調子はどうだ?」

 

「……体中痛いし、血流し過ぎて頭ぼーっとするし、感電したせいでなんか感覚変だし、足フラフラして視界がヤバい」

 

 そんな文句を言いながら、それでも口元を釣り上げ、胸に刺さったサバイバルナイフを思いきり引き抜き、

 

「つまり--ベストコンディションだ」

 

「かはは、そいつは傑作だぜ」

 

「お前はどうなんだよ」

 

「あ? 決まってるだろ? 俺だってベストだっつうの」

 

「そうかよ」

 

「おう」

 

 ホントに、馬鹿だ俺たちは。こんな状態にもなってでもこんなこと言えるんだから。傷だらけになって後ろではレキや神崎が目に涙を浮かべてるのに。

 それでも俺たちは止められない。

 ここまでくれば矜持というか意地って言ってもおかしくはない。

 惚れた女を戦わせたくなんかないんだ。少しくらい泣かれるのも勘弁してほしい。あとでちゃんと埋め合わせするから。

 だから、そこで、俺たちの背中を、俺たちが馬鹿やってる姿を見ててくれよ。

  

「く、くくく。君たちは大した快男児だ。こんなに愉快な気分はあの馬鹿と最後に喧嘩して以来だよ。……あれは、半年くらい前だったかな。蒼一君、君に殺されに行く前にここに乗り込んできて上物の酒や飲みほしてくれたよ」

 

 少しだけ楽しげに、でも僅かに寂しそうにシャーロックが笑い、

 

「--これから君たちに向けて『緋天』を撃つ」

 

「!!」

 

 つまりあの緋色の光球。パトラの黄金のピラミッドを吹き飛ばしたアレを撃つとシャーロックは宣言する。

 それは今はヤバいだろう。アレを今出された軽く死ねる。

 俺の気の強化もキンジの異常もまだ作用しているが、それでもオーバーキルだ。

 俺たちの緊張が伝わったのか、シャーロックが苦笑し、

 

「……?」

 

 背後から新たな光が--二つ、生じた。

 ふりかえれば、

 

「アリア……!」

 

「レキ……!」

 

 俺たちの目の前で二つの光が神崎の右の人さし指に、レキの左の人さし指に集まっていく。

 神崎は緋色で。

 レキは瑠璃色だ。

 シャーロックのそれよりは小さくか弱いが、もう一つの太陽のように輝き始める。

 

「な……なに……これ……」

 

「これは……」

 

 神崎とレキの二人が目を丸くしながら自分の人さし指を見る。

 

「アリア君、レキ君。それは『共鳴現象(コンソナ)』だ。質量の多いイロカネ同士は、片方が覚醒すると----共鳴する音叉のように、もう片方も目を覚ます性質がある。神崎君がパトラ君との戦いにおいて君のイロカネの因子が目覚めたようにね。そしてその際にはイロカネを用いた現象も共鳴するのだ。今僕や、君たちの人さし指が光っているようにね」

 

 言いながら、シャーロックは俺たちに、いや、後ろの二人に人さし指で狙いを付けた。

 

「アリア君、レキ君。僕はこの光弾、『緋天』を君たちに撃つ。僕の知る限り、それを止める方法は同じ『緋天』あるいは瑠璃色金による同種のものを衝突させることのみだ。実験したことはないが、日本の古文書には……それによって互いは停止し、その後に『暦鏡』なるものが発生するとある」

 

「曾、おじい、様……?」

 

「さっき君は……『あなたに命じられない限り』、僕を撃たないと言ったね。ならば----ここで命じよう。僕を、撃ちなさい。その光で」

 

「……曾おじい様、を……」

 

「そして、君もだレキ君。君とて進まないだろうからこう言おう。撃たなければ君も蒼一君も死ぬし、仮に万が一生き残っても僕は必ず蒼一君を殺すよ」 

 

「っ……、シャーロック、さん」

 

 神崎とレキの表情がこわばる。そうだろう、いきなりあんなとびっきりの異能で自分を撃てというんだから。二人の緊張が高まっていく。

 

「アリア君は、心を燃やしなさい。緋弾に囚われぬように、派手に激しく、炎のように自分の愛を燃やすのだよ。レキ君は心を鎮めなさい。静かに切なく 風のように自分の愛を奏でるのだ。……キンジ君、蒼一君。君たちは二人を支えてあげてくれ」

 

「お前っ……お前ふざけるなよ! アリアに、お前を、シャーロックを、血のつながった家族を撃たせろだと?  ふざけるなよてめぇ!」

 

「だが、撃たなければ君たちは死ぬよ。例え君が今、緋弾の影響により好戦的になっていても馬鹿になったわけじゃないだろう? それくらいはわかるはずだ」

 

「くっ……」

 

 シャーロックの言葉にキンジは言い返すことはできない。そうだ、現状、今の俺たちはシャーロックの『緋天』を防ぐ術はない。俺が瑠璃神モードになったとしても分が悪いだろう。だからこそ、キンジの葛藤も理解できる。

 自分の曾祖父を撃たせるなんて真似をさせたくはない。

 だが、

 

「……キンジ、私やるわ」

 

「アリア!」

 

「いいのよ。あんたが勝つって信じてるって言ったけど。でも、やっぱり……見てるだけなんていやよ。あんたが傷ついてるのに、ただ見ているだけなんて。だから……撃つわ。私の、パートナーはアンタなんだから」

 

「……っ!」

 

 キンジは悔しそうに唇をかみしめ、強く握りしめた拳からそれまでとは違う新たな血が流れ出した。

 そんなキンジに僅かに微笑み--神崎はシャーロックへと人さし指を向けた。

 でも、その指はどうしようもなく、ぶるぶると震えていて、狙いが定まらなくて、

 

「手伝うよ」

 

「キンジ……」

 

「言っただろう。俺だってお前のパートナーなんだ。どんな時だって俺が支えてやる、これからずっとな。最後まで一緒にいてやるよ」

 

「……うん」

 

 背後からキンジから抱きしめ、震える右手を両手で握ることで安定させた。

 真っ直ぐにシャーロックへと指を向ける。

 そして、同じように。

 

「蒼一さん」

 

「ああ」

 

 俺はレキの腰を左手で抱き寄せて、レキの左手を右手で握る。お互い抱きしめ合うように、シャーロックへと指を向ける。

 言葉はいらない。心は繋がってる。

 だって俺たちは一緒に帰りたいから。俺たちの家に皆で帰りたいから。

 その為にだったら神崎の曾じいさんだろうと撃つ。 

 

 そうして二つの光はどんどん強くなっていく。

 緋色と瑠璃色。

 シャーロックのそれと匹敵するほどのまでだ。

 それを見て、シャーロックは--優しく微笑んだ。父親のように、祖父のように、曾祖父のように。父性をもって、微笑んだ。

 

「いいパートナーを見つけたね、アリア君」

 

 愛しい娘を、孫を、曾孫をよく頑張ったと褒めるように、

 

「かつて僕にワトソン君がいたように、ホームズ家に人間には相棒が必要だ。いや、それはホームズ家に限ったことはないね。蒼一君やレキ君のように。人生の最後に……君たちのように互いを支え合う象徴的な姿を前にできて、僕は……」

 

 さらに人さし指を突き出しながら、

 

 

「--幸せだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャーロックが放った緋弾、神崎放った緋弾、そしてレキの放った瑠弾とでも呼ぶべきものが、俺たちの中間で接触し、制止する。

 そして静かに。融け、混じり、合わさっていく。

 

「--僕には自分の死期が推理できていた」

 

 光の向こう側から静かにシャーロックの語る声が聞こえてくる。

 

「いくら僕がただ知っているだけの人外だとしても、どういうわけか僕は2009年の--今日この日までしか保たないと。ただ戦うだけの人外であったアイツよりも僕の寿命はずっと短かった。だからこそ、それまでに緋弾を子孫の誰かへ継承する必要があったのだ。元々、緋弾は『ホームズ家で研究するように』と女王陛下から拝領したものだからね」

 

 強く輝く二つの緋色と一つの瑠璃色は一度強まり--お互いを打ち消し合うように急速に収まっていく。

 

「しかし、その後の研究でわかった事だが……緋弾の継承には難しい条件が三つあた。一つは緋弾を覚醒させられる人格に限りがあること。情熱的で、プライドが高く、僕は自分がそうとは思わないが……どこか、子供っぽい性格をしていなければならないらしい。だから僕は条件に合う子孫が現れるのを待ち続けなければならなかった。そして現れたのが--アリア君、君だ。二つ目の条件は……まぁ、そうだね。この際はっきり言っておくべきだと思うから言うが……誰かを愛さなければならなかった。それも一人の女性として、一人の男を。青臭く、それでいて燃えるような恋が必要だった」

 

 シャーロックの手前、緋色と瑠璃色だったはずの輝きが透明になっていく。

 

「三つ目の条件として--継承者は能力を覚醒させるまで、最低3年の間緋弾と共に在り続ける必要があった。抱卵する鳥のように、片時も肌身離さずに--」

 

 それぞれ透明になり、形を変え--直径2メートルほどの二つのレンズのようなものが出来ていく。

 

「これが簡単のようでもっとも難しくてね。同じように瑠璃色金も似たような条件があるが、それを保有する『ウルス』、そもそも人が少ないモンゴルの草原で遊牧し、幼いころから人格形成させて、色金は乳児期に施術によって埋め込むことによってクリアした。二つ目をクリアするためにレキ君を武偵高へと送ったというわけだ。だがロンドンという都会暮らしのアリア君のほうが当然危険が多い。緋弾は多くの者から狙われていて、その上で覚醒した者でなければ護ることはできない」

 

 だから、と。 

 まるでシャーロックは教師のように前置きし、

 

「だから今日までは覚醒した僕が緋弾を保有し--今日からは覚醒したアリア君が緋弾を保有する。これを成立させるために、僕は今日までこの緋弾を持ち続け、さらには3年前の君に渡さなければならなかったのだ。これは僕にとっても生涯最大の難関の一つだった。だが、その難問を解決してくれたのも----また緋弾だったのだよ」

 

 俺たちの視界の中、光のレンズの中になにかが浮かび上がっていく。映像のようだが、そうではなく、実体をもったなにか。

 二つのレンズの中に浮かび上がる実像。

 

「な、に……!」

 

「なん、で」

 

「なん、だと?」

 

「あれは……」

 

 驚きは俺たち全員から放たれた。絶句、驚愕、仰天。どれだけの言葉で表せない驚きを受けた。それほどのものがレンズの中には存在していたのだ。

 

「これだ……! これが、日本の古文書にある『暦鏡』--時空のレンズだ。実物を前にするのは僕も始めてだよ」

 

 レンズに映っていたいたのは、

 

「アリア……!?」

 

「蒼、一さん!?」

 

 ピンクブロンドではなく金色のような亜麻色。赤紫でない紺碧の瞳。僅かに顔立ちの幼いが--確かに、神崎・H・アリアだ。

 そして、もう一つ。

 土砂降りの雨の中、まるで戦争にでもあったのかと言うほどに崩壊した建造物の中で仰向けに倒れている少年。黒の長髪に隠されて目元は見えず、蒼い着流しと袴をはき、ボロボロになったヘッドフォン。そして、比べ物にならないくらいのボロボロになった体。今の俺よりもあるいは酷いかもしれない程の負傷したのは--間違いなく、俺だ。那須蒼一だ。

 

「ほう、蒼一くんが浮かび上がるとは予想外だったが……、まぁなにかしらの意味があるのだろう。アリア君。君は13際の時--母親の誕生日パーティーで銃撃されたとこがあるね」

 

 シャーロックの言葉もほとんど耳に入らない。

 わかる。

 あの中の神崎も俺も--過去の那須蒼一と神崎・H・アリア!

 

「撃たれ、ました。何者かに……」

 

「撃ったのは僕だ」

 

「!!」

 

 神崎とそしてキンジに衝撃が走り、全身を強張らせる。

 

「いや、これから撃つのだ。これはどちらも表現が正しい」

 

 言って、シャーロックは左手の拳銃の撃鉄を起こした。 

 

「緋弾の力をもってすれば、過去への扉を開く事が出来る。僕は3年前の君に、今から、緋弾を継承する」

 

 シャーロックが『時空を股に掛ける男』が、銃をレンズの中の神崎へ向けた。

 その事に、神崎の身体はビクッと震え、

 

「やめろ……」

 

 キンジは震えた声を漏らしながら、

 

「やめろッ! シャーロック・ホームズ!」

 

 怒りのままに、激情のままに駆けだした。シャーロックを止めるためにだ。

 だが、しかしどうしても遅い。絶望的なまでにとどかない。

 

「なに、心配には及ばないよ。僕は銃の名手でもあるんだ」

 

 言って、笑い、引き金を引いた。

 

「避けろッ! アリアァーーッ!!」

 

 叫びは届くがしかし間に合わない。声だけは届き、レンズの中の神崎がこちらを、キンジの方を向いた。

 きょとん、と無邪気な仕草で眼を丸くし、そのむき出しの背中をシャーロックの緋弾が撃ち抜いた。

 伸ばした手は届かず、床に無様に転がり、

 

「あああああああああああああああああ!!」

 

 キンジが絶叫する。

 それと同時に、レンズが薄れていく。神崎の映ったのだけでなく、俺のもだ。

 これまでの間、倒れた俺には動きはない。ただ、雨のなかで血を流しているだけで、動く気配がない。

 そう、覚えている。握拳裂の一撃をモロにくらい、校舎をぶっ壊しながら、ぶっ倒れていたのだ。

 掛け値なしの致命傷であり、あの一瞬俺は、もう生きるのを諦めたんだ。元より死ぬために行って、死にかけて。

 それでいいと思って動かなくなった。

 だったら、どうして、俺は今ここにいるのだろう。

 どうして俺は生きているのだろう。

 あの状況からどうやってあの人を殺し得たと言うのか。

 それは、その答えは--

 

 

 

「--蒼一さん!!」

 

 

 

 消え往くレンズに向かって、レキが叫んだ。それが聞こえたのだろうか。レンズの中の指が、ピクリと動いた。

 微かにだけど、かつての俺は動いた。

 

 

 

「----生きてっ! 生きて、帰ってきてくださいッッ!!」

 

 

 

 その叫びが確かに俺に届いてた。

 髪に隠れながら、閉じていた俺の目が、ゆっくりと開く。

 腕の中のレキとレンズの中の俺の目が合い--------その瞳が、瑠璃色に染まった瞬間。

 ----レンズが消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 レンズが消え去り、一瞬の静寂に包まれる。

 その上でさらにシャーロックは説明を続けた。

 

「アリア君、二つ、ことわっておこう。緋弾の副作用についてだ。緋弾には延命の作用があり、共に在る者の肉体的な成長を遅らせる。あれから君は体格があまり変わらなくなっただろう。それと文献によれば成長期の人体にイロカネを埋め込むと体の色が変わるらしいのだ。皮膚の色までは変わらないようだが、髪と、瞳が、美しい緋色に近づいていく。今の--君のようにね。レキ君はまた違うようだが。君もまた美しい翡翠と琥珀だよ」

 

 その言葉を、俺も、蒼一も、アリアも、レキも。

 誰もなにも言わずに固まっていた。

 

「以上で、僕の『緋色の研究』に関する講義はこれで終わりだ。緋弾について僕が解明できたことは……これで全てだよ」

 

 そうして、シャーロックは肩の荷を下ろしたように、嘆息し。

 いきなり何歳か年をとったように見えた。

 それでも、まだ、誰もなにも言わなかった。今目の間で起きたことを理解しきれなかった。

 

「アリア君、キンジ君。『緋色の研究』は……君たちに引き継ぐ。アイツが、蒼一くんやレキくんに引き継いだように。イロカネの保有者同士の戦いは、まだお互いを牽制しあう段階にある。だが戦いはこれから本格的し、君たちはそれに巻き込まれていくだろう。その時はどうか。悪意あるものからイロカネを護り続けてくれたまえ--『世界』の為に」

 

 その言葉に、『世界』という単語を強調された物言いに、

 

「……なん、だと」

 

 ピクリと、俺は反応した。

 ゆっくりと、まるで凪いだ水面のように立ち上がる。

 

「む……」

 

「キン、ジ……?」

 

 シャーロックが僅かに眉を寄せ、神崎も驚きの声を上げる。蒼一とレキは絶句したようになに何も言わなかった。

 

 ああ、くそ。熱い、熱い。脳みそが沸騰しそうだ。

 

 立ち上がりながら、もう35程度、教科書に乗ってるくらいの年齢になったシャーロックへ向けて、俺は叫んだ。

 

「ふざけるな……!」

 

 視界が真っ赤に染まる。比喩でもなんでもなく髪が紅く見えるのだ。

 髪が緋色に染まっている。だが、そんなことが気にならなくなるくらい俺はぶちギレていた。

 

「ふざけるな、ふざっけんじゃねぇ。自分の曾孫撃っといて、その癖『世界』の為に護れだと!? ふざけんなよ!」

 

 熱い熱い熱い熱すぎる。体の中が燃えているようだ。特に右の肩が焼けるようで、着流しから腕を引きぬく。

 着流しは泳がせて、露出された右肩。そこには見憶えの無い刺青があった。

 まるで、桜のような、緋色の文様。

 枯れた枝の『桜傾奇』を彩る桜吹雪。

 いつだったか見た蒼一のそれよりも荒々しくも激しい、緋色の刺青が右肩から手の先にまで刻まれていく。

 

「……君にはまだわからないだろう。世界には彼女が必要なんだ。1世紀前には僕が必要だったように、現代では彼女が必要なんだよ」

 

「うるさい知るかそんなもん!」

 

 ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!

 怒りのあまりに頭がおかしくなる。

 

「お前は、なにもわかっちゃいねぇ!」

 

 こいつは、確かに凄い武偵だ。こんなちっちゃいなりでSランクの武偵で、双銃双剣操って、二つ名も持ってて、失敗した事ない超絶エリート武偵だ。そんなやつが緋弾なんてもの身体にいれちまったわけだ。

 はは、凄いよな。

 

「だけど! ……こいつの大事なところは、そこじゃあないだろ!」

 

 コイツはただの高校生の女の子なんだ。

 クレーンゲームに夢中になって、ももまん喰い散らかして、テレビ見て馬鹿笑いして、すぐ赤面して、勘違いしてる、唯の女の子で。

 そして、なにより。

 ああ、これが一番大事な事だからよく聞けよ糞爺。

 

 

「--コイツは俺の女だ!」

 

 

「--!」

 

 後ろでアリアが変な声を上げてた。どうせ顔真っ赤にしてるだろうけど構わない。

 

「その俺の女を撃ったんだよてめぇは!」

 

「……認めたくない気持ちはわからなくない。君が彼女を愛しているのならね。だが、キンジくん。この世に悪魔はいなくても悪魔のような存在は存外いくらでもいる。この世界には、君の想像の及ばぬような悪意を持つものがイロカネを--」

 

「俺は、そんなものに興味はねぇ! 善意も悪意も知るかよ! 俺は唯、自分の女傷つけられたのが許せないんだよ!」

 

 ああ、らしくない。こんなことを叫ぶなんて俺のキャラじゃない。

 でも叫ばずにはいられない。

 

「--それが世界の選択……いいや違うかな? なるほど、お前もこんな気持ちだったのかな?」

 

 だれかの名前を呟き、自嘲めいた笑みを浮かべて、

 

「ならばいいだろう。キンジ君。僕はここで君の壁として立ちふさがろう。ああ、こうなることくらいわかっていたよ。『条理予知(コグニス)』など関係ない。一人の男として君がそう選択すると信じていたさ。 --君も、来るだろう蒼一君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当り前だろ」

 

 キンジに並び立ちながら蒼の着流しから両腕を引きぬき、上半身を、胸の十字傷を露出する。

 黒かった髪は蒼く染まり、肩まで伸びていく。露出した上半身には幾何学的な蒼い模様がはしり、胸の十字傷も蒼く染まる。

 瞳はさらに爛々と輝く蒼に。全身に蒼の力を浸透させていく。いつもなら全身、あるいは局部に纏う気は全て消え去る。

 否、消え去るのではなく見えなくなったのだ。全身の細胞一片一片にまで染み込ませていく。欠片の無駄もない。

 そんな道理外のことはしない、認めない。

 そして感じるのは今この瑠璃神モードはかつてないレベルで俺の強度を高めてくれていた。

 隣には兄弟がいて、目の前には師匠の同類で。

 なにより、背後にはレキが、俺の女がいる。

 俺に、かつての俺に生きろと言ってくれたレキがいる。

 そして、俺自身も彼女と生きたい思う。その思いがより高位の強化を得ていた。

 準備は整った。

 瑠璃神モードになるにあたって全身の傷はある程度治癒されて、これはキンジも同じだろう。

 その姿を変生させた俺たちは互いに対極的な変化をしていた。

 俺の瑠璃神モードは静かさと道理を極めた姿であり、全身の気を残らず浸透させる。

 それに対して、キンジは派手さと不条理を極めている。

 キンジからは理不尽なまでの圧力を感じるた。

 

「--『緋裂緋道(スカーレット・アリア)』ってとこだな」

 

「そして『瑠璃神之道理』ってな。カッコいいな、俺の瑠璃神モードには負けるけど。ああ、そう睨むなって、そうだシャーロック。一つだけ言いたいことがあったんだ」

 

「なにかね?」

 

「お前さぁ、さっき俺たちのことイロカネの護り手とか読んでたよな。……その時、俺たちがご都合主義とか言ってったけどよ。それは違うぜ」

 

「ほう?」

 

「週刊少年ジャンプの世界じゃないんだ。ヤバい時に隠された能力発動して形勢逆転! なんてことはないんだよ。俺たちは現実に生きてるんだ。そんな都合のいい展開はありはしない。俺たちのコレはな、そんな大そうなもんじゃない」

 

「では、なんだと?」

 

「青臭くて、泥臭くて、カッコ悪くて、情けなくて、頭おかしくなるけど、だからこそ綺麗で、尊くて、切なくて、激しくて、かけがえのない、なによりも大事な--愛、なんだよ」

 

 『瑠璃神之道理』も『緋裂緋道』もイロカネなんてわけのわかんない力の結果なんかじゃ決してないんだ。

 俺たちが、今まで迷ったり、苦しんだり、怒ったり、悲しんだり、喜んだり、喧嘩したりしながら--一緒に築き上げてきたんだ。

 簡単だろう? 

 

「……僕にもそれはどうしても理解できなくてね。どうやらイロカネの護り手とか関係なく君たちは僕の推理を超える存在だったらしい」

 

「知るかよ。俺はただの落ちこぼれだぜ。ちょっと『拳士最強』だけどな」

 

「俺はただの武偵だ。まぁ、俺も落ちこぼれ気味だけどな」

 

「なんだ、自覚あったのかよ兄弟」

 

「うるせ兄弟」

 

 そんな馬鹿なことをこの期に及んでまで言い合う俺たちを、シャーロックはまるで懐かしいものを、まぶしいものを見るように目を細め、一度ど俯いてから、

 

「来たまえよ、遠山キンジ君! 那須蒼一君! 落ちこぼれという君たちの力を見せてくれ!」

 

 咆える。空気がビリビリと震え、背後のレキと神崎が身をすくましたのがわかるが、

 

「その落ちこぼれに負けて、お前は超落ちこぼれになるんだよォ!」

 

「この桜吹雪、散らせるものなら、散らせてみやがれッ!」

 

 

 

 

 


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