落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「キンジ、あんたあたしの奴隷になりなさい!」
「…………」
「…………」
「…………」
自分の部屋に帰って、リビングの扉を開けたらルームメイトが特殊なプレイに誘われていた。
どうしよう。
●
ひとまず、空きかけのリビングのドアを閉める。レキと顔を見合わせ、
「おいおいおいおい、キンジの奴授業終わってソッコー帰ったと思ったら何してんだよ。というか神崎もいきなり乗り込むとかアグレッシブすぎるな」
「レキ知ってます。あれどう見てもツンデレです。登場してすぐ主人公に惚れるチョロイン系のツンデレです。というかキンジさん、そこまで特殊な性癖があったんですね――やはり」
「ロリコンでドMか――だと思ったぜ」
バーン、という音と共にドアが蹴り開けられた。
「そこはせめてまさかとでも言えよ、この外道ども……!」
息を荒くしたキンジだ。レキを庇うように前に出る。レキも俺の後ろに隠れる。
「おいおい、興奮すんなよ」
「きゃー怖いですー」
「お前ら……!」
「キンジ、飲み物くらい出しなさいよ!」
リビングの中から神崎の声。
「コーヒー! エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナ!」
呪文かよ。もはやキンジは、もういやだこいつらという顔をしてリビングに戻っていく。
……淹れるんかい。
●
もくもくと湯気を上げるインスタントコーヒー。俺もキンジも缶コーヒー派なので置いてあるだけで実際に使ったのは久しぶりな気がする。ソファに座った神崎はそれを物珍しそうに眺め、
「これホントにコーヒー?」
などとおっしゃった。
「……ヘンな味、ギリシャコーヒーにちょっと似てる……。ん……でもちょっと違う……」
ブツブツとつぶやきながらコーヒーを飲んでいる。
「ギリシャコーヒーって、どこのメーカーだ?」
「普通にギリシャ産ってことじゃないですか?」
ああ、なるほど。なんだそれ飲んだことないよ。俺が飲んだことある高級な飲み物とか抹茶くらいだ。基本的に炭酸とか紅茶も好きじゃない。普通にお茶とか、水のほうが好きなんだ。缶コーヒーはなんかよく解らないけどあのチープさ好き。レキはわりかしなんでも飲むけど。
「味もメーカーも産地もどうでもいい、それよりもだ」
キンジもコーヒー片手にソファに座り、
「今朝助けてくれたことには感謝してる。それにその……お前を怒らすような事を言ってしまったことは謝る」
軽くキンジが頭を下げた。……いつの間にかシリアスに。
「でもだからってなんでここに押しかけてくる?」
「分んないの?」
「分るかよ」
神崎は少し意外そうな顔をし、
「あんたならとっくの昔に分ってると思ったのに。まぁ、いいわそのうち思い当たるでしょ」
「すっげー超理論発揮してるぞこの女……」
「キャラ濃いですねー」
「うるさいぞお前ら」
というか出逢って一日も経っていないの吃驚するほどの信頼だ。
神崎が肘かけにもたれる。
「おなかすいた、なんかないの?」
あ、今キンジがドキッとした。確かに結構扇情的なポーズといえばそうかもしれないけどこの体型でこれはどうなのだろう。ぶっちゃけ星伽とかだって同じようなことは……してないか。あれはキンジの前では大和撫子なのでそういう風にだらけるという姿勢を取らない。それを知っているわけではないはずだろうが、何気にこの女キンジに対するツボを解っていた。
「ね、ねーよ」
「ないわけないでしょ、あんたたち普段何食べてんのよ」
神崎の視線がこちらに向いた。
「カロリーメイトです」
「実は霞が主食なんだよ」
「……いつも下のコンビニだ」
スルーしやがった。人のギャグを笑わないなんて最低だ。
「じゃあ行きましょう。あ、そうだ」
神崎はソファから立ち上がって、キンジの顔を覗き込み、
「そこって『松本屋』のももまんってある? あたし食べたいな」
と、キンジを赤くさせている横で。
「……私たち若干空気なような」
レキが小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
言うなよ。
●
「握拳裂って知ってる?」
それはキンジが神崎の命令によりコンビニにぱしらされ、出て行って突然聞かれた問いだった。
突然の問いに対し、
「俺の師匠だ」
間髪いれずに答えた。
「――――」
ふぅ、俺はため息をついた。
隣で僅かにレキが身を固くしたが、それには構わず、
「つーか、自己紹介まだだったよな。那須蒼一だ」
「……レキです」
「神崎・H・アリアよ……それよりも、師匠?」
「ああ、九歳の時から十五歳まで、武偵高に入学する前までだったけどな。それがどうかしたか?」
神崎は眉を細めて、
「……あんた、『拳士最強』とか名乗ってるらしいわね」
「ああ、きちんと前任者から襲名したぜ」
「なら、握拳裂からあんたは『拳士最強』を引き継いだってこと……?」
「それがどうかしたのか?」
「……私はロンドンで『拳士最強』は握拳裂っていう日本人って聞いた。でもこの武偵高に来てからはそれはあんたで、ついでに気になる噂もロンドンで聞いたわ」
「へぇ、どんな」
レキは何も言わず目を伏している。
「『日本で握拳裂は武偵高の生徒と戦って死んだ』。つまりこれって……」
「ああ、そうだ」
俺は一度区切り、無表情で言った。
「握拳裂は俺が殺した」
「――!」
神崎の目が見開かれる。
レキは無言で俺のシャツの裾を取り、その手を俺は握りしめる。言葉はないが、なんとなく言いたいことは解るのだ。
「勿論、簡単に殺したわけじゃないぜ」
そういって俺はネクタイを緩めた。
シャツのボタンを外し、下シャツも脱ぐ。神崎は一瞬顔を赤くしたが下シャツの下にあったモノを見て、またも目を見開いた。黒髪に蒼みが掛った目、顔つきもそれなりな俺の見た目。限界まで鍛え上げた筋肉質の身体にそれはあった。
左肩から腰まである縦の傷跡。それに交叉する、左の脇腹から右肩に走る斜めの傷跡。心臓のあたりを中心とした十字の傷跡だ。
「ほかの痕は消せたけど、コイツは深すぎて消せなかった……消す気がなかったというのが本当
だけど。まぁ、一生残るわな」
そして、もちろんそれだけではない。レキも今は無言で隣にいるだけだが、彼女自身も胸の中央に何かが刺さったような傷跡がある。無論、それは俺は言わない。俺が言うべきことではないし、女の子なら傷の話しなんかしたくないだろう。
「ついでに言えば、俺が今Eランクなのもそのせいだ」
「――――」
「武偵法第九条、それも守れないような奴はEがお似合いだよな」
もっとも、それ以前から俺のランクはCランクだったのだが。例え近接戦闘に関して他の追随を許さなくても、武偵ランクは総合的な分野で決まる。例え特化技能を保有していてもそれ以外にも最低限のラインは存在し、俺はその最低限を満たすことができなかった。実際、殴り合い意外に関しては俺は一年のEランクにも劣る。
「なぁ、神崎」
言葉をった神崎に俺は声を掛ける。
「俺はお前が
「――――!」
音を立てて勢いよく立ちあがった。
「ああ、勘違いすんなよ、お前の素姓とかは知らん。でも何のためにキンジに近付いたかは分る」
「…………あたしには、時間が、ない、のよ」
絞り出したような声だった。
泣いている子供のように。自分は悪くないって泣き喚いて、どうにかしたいのにどうにもできないジレンマを抱えているような、そんな無垢過ぎて他人と関われない子供のようだった。
「そうか、別に俺は何も言わない」
実を言えば半年以上前、レキに惚れる前の俺も似たようなモノだった。生きる意味を探していた頃。戦う理由を求めていた頃。けれどそんなものがあるはずがないって何もかもを否定していた。そんな時に俺に比べれば神崎は自分から手を伸ばしている分まっとうだ。
「きっと、お前の探してるのはキンジだろうさ」
神崎も自分にとってのナニカをさがしているのだろう。そのナニカは大体予想はつく。
だが。
「別にアレとどうい関係築こうがそれは俺には関係ない。お前とアイツの話だからな。お前の事情にだってあのお人よしは馬鹿みたいに付き合ってくれるだろ。でも、もしお前が好き勝手やってあの馬鹿の想いを裏切ったとしたら」
朝、彼女自身が言った決め台詞をそのまま返すように、
「――その頃にはお前に風穴が空いてるぜ」
言い放つ。
「……あんた、やけにアイツのこと庇うのね」
「ああ? 当然だろ」
俺は誇らしげに胸を張る。
一番大事な人が誰かと言われればレキだと即答できる。今の俺はレキを中心にしていて、生も死もレキ在りきだ。これから先変わることはないし、変える気もない。
でももしレキを抜いた人間関係を考えるのならば、キンジがそうだ。
なぜならアイツは、
「――俺の親友だからな」
本人の前では言う気はない。場合によるが。
あ、帰ってきた。
加筆済み