落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第3拳「ではこれより授業を始める」

 ICBM.

 どこからでも撃てて、どこにでも届く大陸間弾道ミサイル。それが八本。

 レキに元気を分けた後、どうにか仲直りしたキンジと神崎と共に奥に進んだ俺たちが目にしたものがそれだった。

 そんなものがまるで神殿の柱のごとくそびえたっていた。ぶっちゃけさすがに寒気が止まらない。

 あんなの流石に瑠璃神モードでもヤバい。

 その物騒な柱を囲むのはやたら近未来的な、SFにも出てきそうな内装だ。途中にはラジオハザードなんかもあった。

 俺もキンジも、ICBM見て口元引きつっていたら、

 

「これは……」

 

「なんでなの……」

 

 俺たちの横で別の驚愕を上げていたのがレキと神崎だ。二人は周囲をキョロキョロとし室内全体を見渡す。神崎はともかく、レキでさえ珍しく、わかりやすく狼狽している。

 

「……あたし、この部屋を見たことがある……!」

 

「私も……なんとなくですが、見憶えがあります」

 

 神崎とレキが同じことを言う。既知感、あるいは既視感。そんな感覚だろうか、確信めいた声が二人からこぼれる。 

 

「おいキンジ、お前神崎になに吹き込んだんだよ。見ろよ、こんなに可哀そうにも錯乱しちゃって。レキにも感染してるぞ」

 

「お前こそレキになにしたんだ、電波受信領域が広くなったんじゃないか? アリアにまで巻き込むな」

 

「ああん?」

 

「ああ?」

 

「やめなさい」

 

 沈静、というか反省。二人で黙る。

 

「あんたもなの、レキ?」

 

「ええ、ここには見憶えがあります。何時……と言われると困るんですが、確かに見おぼえがあります」

 

「私もよ……それに、キンジ私アンタに会ってる」

 

「俺はこんな所に来た憶えはないんだが……」

 

 キンジも軽く困惑し、俺自身も周囲を見回してみる。

 近未来風の廊下。神殿めいたICBMの柱。そんな普通ならば見ない光景に、

 

「…………あれ、なんか俺もあるかも」

 

「はぁ!?」

 

 どういうことだ。たしかにこんな所に来た事は無い。

 

 だがしかし見憶えがある。

 

 気持ち悪い。既視感。来てもいない場所になぜか見憶えがある。そんなことあり得ないのに。微かに、幽かに、滓かに、薄く、薄く、儚くだけど確かに見憶えがあって----何故か、胸の十字傷が疼く。

 そして、手を十字傷に当てたのと同時に、雑音が聞こえてくる。

 いや、雑音ではなく音楽だ。どこかのスピーカーから奏でられる旋律。どこかで聞いたことのあるそれは、

 

「モーツァルトの『魔笛』……」

 

 そして、その調べと共に、

 

「音楽の世界には、和やかな調和と甘美な陶酔がある」

 

 穏やかな声と共にICBMの柱の影からシャーロックが現れた。

 

「だが、僕らの闘争はそれとは無縁の混沌であり――これから先は、この戦いにおいて僕の『条理予知(コグニス)』でも読めない。おめでとう、キンジくん、蒼一くん。色金の護り手たち。今現在、全世界において君たちだけは僕の推理から逸脱する存在となった。誇るといい。そんな存在は歴史的に見てもそうはいないよ」

 

 スピーカーではなく蓄音器を足元に置き、足音を立てながらシャーロックが歩み寄ってくる。

 なにやら意味深なことを言いながら、両腕を広げ、

 

「だからこそこれから先を奏でるの僕たち自身だ。そう、『序曲の終止線(プレリュード・フィナーレ)』。いいかね、聞きたまえよ、那須蒼一君、遠山キンジ君、神崎・H・アリア君、レキ君。今ここが世界の中心であり、ここが全ての始まりだ。今から起きるなにもかもが――序曲にすぎない」

 

「序曲……?」

 

「そうだ、この戦いはこれから君たちが奏でる協奏曲の序曲だ。終曲には遥か遠い。僕のこの発言の意味はその内わかるだろうね。さて所で」

 

 話題を変えるようにパイプを咥えて、マッチで火を付ける。

 

同士討ち(フォーリングアウト)--カナ君がイ・ウーにしかけようとした罠の味はどうだったかな?」

 

 その言葉に、俺とレキ、キンジと神崎が目を合わせる。どうやらさっきのあれはシャーロックがそそのかしたらしい。まぁそんな感じだったが。

 目的はいまいちわからない。さっき確認したが弾丸そのものにはかなり余裕がある。レキは軍服のいたるところに仕込んでいたし、キンジはさっきの神崎戦ではほとんど使ってないらしい。神崎もまだマガジンのストックがあった。素手の俺は言わずもがな。

 それにキンジは武偵弾という切り札もある。

 

「曾おじい様……」

 

 神崎が勇気を振り絞るように前に出る。

 一歩だけ。恐る恐る。

 しかし確実に、シャーロックへと踏み出した。

 

「あ、あたしは……私は、曾おじい様を尊敬しています。だから、この銃を向けることはできません。――あなたに、命じられでもしない限り」

 

 丁寧に、慇懃に。しかし確固たる意志を以って。

 

「私はあなたの思惑通り……あなたに立ち向かおうとするパートナーを、この銃で追い返そうとしました。でも……できなかった」

 

 胸に手を当て、なにかに誓うように、

 

「彼は私がやっと見つけ出した、世界にたった一人のパートナーなんです。曾おじい様、どうかお許しください。私は彼に協力しようと思います。それは……あなたに敵対する行動を取るという意味なんです。どうかお許しください」

 

 それは確かに、神崎・H・アリアの宣誓でありシャーロック・ホームズという存在からの解脱だった。

 その解脱に対し、

 

「いいんだよ、アリアくん」

 

 シャーロックは満足気な笑みを浮かべていた。

 

「--君は今、僕という存在から解脱したのだ。唯一無二の男を理由とし、僕にすら敵対する。隣にいる者を僕ではなくキンジ君を選択した。親愛と敬愛ではなく恋慕と愛欲を選んだのだ。蒼一くんとレキ君のようにね」

 

 シャーロックは俺たちを順番に見直し、

 

「君たちは子供であるが、男と女だ。女心は僕にとっては知っても理解できないことなのだが……あえて語るなら一度想いを寄せてしまえば女は男のことをとことん憎み切れるものじゃない。たとえそれが拳銃やライフルだとしてもね。『雨降って地固まる』という諺の通り--対立とはイコール決別ではなく、より深い共存へと繋がるのだ」

 

 とりあえず。

 こいつが何を言いたいのかまったくわからない。

 目的は見えないし、意図も読めない。同士討ちを本気で狙った訳ではないだろう。

 だが、まぁ、わかったことは一つだけある。

 

「--つまり、なにもかも自分の推理通り事が進んでいるって言いたいのか。シャーロック」

 

「いいや? それは否と答えよう」

 

 キンジが赤面し固まった神崎を庇うように前に出てて問うが、それにシャーロックは否定する。

 

「言っただろう。君たち四人は最早僕の推理の外だ。確かに予測はしたし、誘導はしたが今この場に君たちがいるのは君たち自身の選択によるものだよ。それは、誇るべきだよ」

 

「そーかよ」

 

 やたら嬉しそうなシャーロックに対し、俺もレキを庇うように前に出た。

 

「んで? だからなんだって話しなんだよなぁ、コレが。俺たちがそんなどうでもいい話しをチンタラ聞いてると思うか?」

 

「ふむ、聞いてくれないのかね?」

 

「聞くかよ。アリアはもうアンタから解脱したっていうなら、もう我慢する必要はないよな。--さっきからお前をぶん殴りたくてたまらないんだ」

 

「ああ、そういうことだよなぁ。人の女たぶらかして、のん気に喋れるわけないだろ」

 

 キンジは激しく、俺は静かに。全身を戦闘用の意識に切り替えていく。

 さっき、レキや神崎との戦いの時は俺は捌いて避けるだけだったし、キンジも変わらないだろう。まさか自分の女と本気で戦うわけがない。

 だからこそ、この艦内に足を踏み入れて始めて相手を倒すために意識を切り替えるのだ。

 

「くくく」

 

 そんな俺たちに対しシャーロックは音を立てて笑う。

 

「これも若さ、ということか。いいのかね? 僕はアイツと----前『拳士最強』握拳裂とは喧嘩友達でさえあったのだよ? そんな僕に君たち二人で挑むと?」

 

「だからどうした、『拳士最強』ならこっちにもいる」

 

 キンジから伝わる気配は激しさを増していく。派手な強さともいえる強さがあふれ出てくる。

 どうにもカッカしてるようで、俺にとっては中々聞き捨てならないことを言ったが、まぁ悪平等とか名乗った時点で繋がりがあるのは見えていたからそれほど驚くことはない。

 だから、

 

「そういうことだな。俺は、その握拳裂を倒してここにいるんだぜ。なら、負ける道理なんてないよな」

 

 苦笑交じりに啖呵を切る。

 だが、その言葉に始めてシャーロックは不愉快そうに眉をひそめ、

 

「ん? なにを勘違いしてるんだい? アイツよりも僕の方が強いに決まってるだろう。アイツは拳士では最強だったが、言わば僕は探偵最強であり、その上で僕の方が強かったんだから」

 

 それは。世界を股に掛ける男らしくもなく負けん気と子供っぽさに満ちた言葉だった。

 

「ああいいぜ。なら決めるとしようか。『拳士最強』と『探偵最強』のどっちが強いのか」

 

「ついでに武偵と探偵のどっちが強いのかもな」

 

「ふむ……悪くないね」 

  

 俺も、キンジも、そしてシャーロックでさえも口元に笑みを浮かべた。

 俺は蒼い光を灯した拳を構え。

 キンジはベレッタと緋色のサバイバルナイフを構え。

 そして、シャーロックもまたステッキを構える。

 

「止めたりはしない。僕のほうが強いというのは揺るぎない事実だが、強い者が勝つという簡単な話しでもないしね。だから勿論僕も本気で、全力でやらせてもらう。まぁ弾丸は使わないが、それは後に取っておくだけだから気にしないでくれ」

 

「さよけ」

 

 中々、こいつは負けず嫌いのようだ。さすがは神崎の先祖ということだろうか。

 

「アリア、手出すなよ! 男同士の喧嘩だ」

 

「レキもだぜ。こういう時は信じて待っててくれよな」

 

 そんな自分勝手と言ってもいい、俺たちの言葉に、

 

「ええ、わかってます」

 

 レキは当り前のように頷く。叫びかけた神崎を制しながら。

 

「ジークハイル、とでも言いましょうか? 自分で言うのもなんですが、私はいい女なので背中を押しましょう。殿方の勝利に必要なのは何時だって勝利の女神の祝福です。そしてここには二人もいます」

 

 レキは一人下がる。一歩ずつゆっくりと。そして、

 

「蒼一さん、あなたの勝利を信じていますよ。だから勝ってくださいね」

 

 そんな、瑠璃色の勝利の女神の祝福を受け、

 

 

「--極めて諒解」

 

 

 抑えきれぬ笑みのまま、シャーロックを見据えた。

 そして、

 

「…………キンジ」

 

「なんだよ」

 

「……勝ちなさいよ、でないと……」

 

「風穴か?」

 

 冗談めいたキンジの言葉に、神崎は言いかえそうとし、だが、

 

「ううん」

 

 首を振り否定した。

 

「あんたが負けたら、勝てなかったら……私は嫌よ。勝てなかったら泣くわ。だから勝って。不条理なんか壊してくれるのよね? 私はあんたを信じる。曾おじい様の勝利じゃなくてあんたの、キンジの勝利を信じるわ」

 

 ぽつぽつと語りながら下がる。デレ期大突入だった。

 

「勝って。私のパートナーはあんただけなんだから」 

   

 そんな、緋色の勝利の女神の祝福を受け、

 

 

「--まかせろ!」

 

 

抑えきれぬ笑みを浮かべたまま、シャーロックを見据えた。

 

 そして。

 

「くくく……」

 

 シャーロックもまた、堪え切れぬというように笑みを漏らす。

 

「ああ、素晴らしい。素晴らしいとも。キンジ君、蒼一君。君たち二人は僕の人生で会った者の中でも一、二を争う益荒男だ。見ていて気持ちいいくらいだよ。----ああ、君たちで本当によかった」

 

 感嘆の声を上げながらも、目つきが鋭くなり、シャーロックも意識を戦闘の為に切り替えたのがわかる。

 だが、それはこちらも同じだ。

 

「はっ! 悪いが今の俺に敬老精神なんか期待するなよ!」

 

「時代遅れの爺にはご退場願うぜ」

 

 俺たちの啖呵にすらシャーロックは笑み浮かべ、そして。

 

 

 

 

 

 

「--ではこれより授業を始める」

 

 

 

 

 

 

 

  


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