落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第五章 蒼緋の戦友と悪平等な腐れ縁
プロローグ「行くぞぉぉッッ」


 握拳裂は俺の家族だけど、しかし俺が彼について知っていることは実はあまりない。

 確かに十歳から十五歳までの六年間共に過ごした。その六年間は世界を放浪したり、一か所に留まったりと、多分その時の彼の気分だったろうがどこにいてもやることは同じだった。

 俺、那須蒼一が殴りにいって、それを拳裂が守り、防ぎ、反撃する。つまり言ってみればひたすら模擬戦だ。

 当然、幼い頃はあしらわれるだけで、気を覚えて、ある程度の我流の体術を覚え、模擬戦といえるものになったのは五年目くらいからだった。

 ひたすら、模擬戦。

 逆に言えばそれしかしてこなかった。

 漫画とかゲーム、そういうサブカルチャーは拳裂自身が好きだったから触れることはできた。

 巨乳命とかほざく拳裂と殴り合いながら討論したこともあった(結局どっちもいいということで終わったが)。

 常にロングコートを羽織り、色はその時の気分でコロコロ変わる。中はくたびれたシャツにズボン。中途半端に伸びた茶髪に無精髭。

 見た目としては渋いオッサン、あるいはくたびれたオッサンだろうか。無論、肉体そのものはかなり鍛え抜かれていたが。

 いつも煙草を咥えていて、酒好きで、金にもいい加減。

 

 まぁ、そんなオッサンだ。それが前『拳士最強』握拳裂だ。

 

 そんなことしか俺は、あの人のことを説明できない。そんな、表面的なことしか知らないのだ。

 一通りの合格を貰い、十五歳になって武偵高に入学してからは離れ、そして----半年前に俺が殺した。

 

 何かを知る前に俺が殺したのだ。

 あの理不尽と覚悟のくそったれな二カ月間において、俺は自らの手で、師匠を、家族を殺したのだ。

 

 そこらへんの話はもうそろそろ語る事になるだろうけど、今は置いておこう。

 

 ただ、一つ。今からの展開について深く関係することがあった。それは最終局面において、俺と拳裂が互いに名乗りあった時のことだ。

 

 俺は、落ちこぼれと名乗り。

 

 そして、握拳裂は------悪平等《ノットイコール》と。

 

 ただ戦うだけの人外だと、そう名乗ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

 トン、とその男は軽い音と共に海面に降り立った。そう、音が鳴ったのだ。彼が海面に降り立つ直前に直下の海面が凍っていたのだ。

 そしてそれはどんどん広がっていき、数秒掛らずに俺たちの乗っていた潜水艦へと迫り周囲一体の海面を完全に凍結していく。

 周囲が冷気に包まれ、吐き出す息は白い。

 ひょろ長い、痩せた体。鷲鼻に、角張った顎。右手に古風なパイプ、左手にステッキ。

 いくら俺だって、教科書で見たことがある。

 俺たち武偵の始祖。世界と時空を股にかける男。そして同時に神崎の先祖。

 

 つまり----シャーロック・ホームズ郷。

 

 シャーロックは十数メートル離れた海面にて立ち止まり。

 

「もう一度、名乗らせてもらおう。ただ知っているだけの人外『悪平等《ノットイコール》』シャーロック・ホームズだ」

 

 『悪平等《ノットイコール》』。その言葉を聞いて、胸の内がざわつく。それは握拳裂と同じではないか。

 カナは倒れ、パトラはカナにかけより、神崎に至っては完全の硬直している。遙歌は静かにシャーロックを見据えていた。キンジha

なんとか、という動きでアリアの前に出る。

 場所的には俺とキンジが前に出て、その後ろに神崎、遙歌、さらに背後にカナとパトラがいる。

 俺たちが動揺しながらもシャーロックの言葉は止まらない。

 

「いや、それにしても推理通り君たちと出逢えてよかったよ。僕の推理、あるいは予知、それを僕は『条理予知《コグニス》』と呼んでいるが……正直、キンジくん、蒼一くん。君たち二人に関しては逢えるかどうか不安だった。カナくん、遠山金一くんの胸の内の、遙歌くんの結末も僕には推理出来ていたが、君たち二人だけは推理しきれなくてね。いやはや、ホントに出逢えてよかったよ」

 

 『条理予知《コグニス》』。

 それがやつの異能《スキル》ということか。でも理解できない。どうして俺とキンジはその『条理予知《コグニス》』の例外になるのだ? キンジも俺も眉をひそめるが、それでも奴はスラスラと言葉を紡ぐ。

 

「アリアくん」

 

 小さく、しかしよく通る声でシャーロックは自分の子孫の名を呼ぶ。

 呼ばれ、神崎が小さく、しかし確かに反応した。

 

「時代は移る、世代は変わる、世界は回っていく。だが君は変わらない。その髪形を、ホームズ家の淑女の髪形を守っていてくれているのだね、素晴らしい。僕は君を誇りに思うよ」

 

 語りかけながら水面を歩いてくる。俺は拳を握りしめ、キンジは銃口を上げ、

 

 

 

 

 

「ーーーー僕は君を後継者として迎えに来たんだよ」

 

 

 

 

「!?」

 

 目を離したつもりも、意識を逸らしたつもりもなかった。

 なのに---ー背後を取られていた。いやシャーロックとしても背後を取ったとかではなく、ただ神崎に近づいただけだ。 シャーロックは神崎も両肩に手を置いた。

 

「さぁ、おいでアリアくん。そうすれば----君の母親は助かるよ」

 

 その言葉に、神崎が息をのみ、目を見開く。今までの驚愕に彩られただけの表情ではない。

 その場の誰もがさとった。神崎の感情が確かにシャーロックへと傾いていたことを。

 

 その様子に愉快げにシャーロックは笑みを浮かべ、神崎を抱き寄せ、

 

「あまり時間もない」

 

「あっ……!」

 

 膝を掬いあげ、お姫様だっこ。

 驚きの声を上げた。だが----低抗はしなかった。

 

 その行為に誰よりも早く反応したのは、

 

 

「アリアァァァ!!」

 

 

 キンジだ。

 叫んだ。反転しながら、殴った。拳をシャーロックの後頭部へとぶち込み、

 

「やれやれ、危ないね」

 

 またもや、シャーロックに位置は一瞬で変わっていた。拳を宙に突き出したキンジのさらに背後。凍結した海面の上で苦笑していた。

 

「だがしかし君のその行動は『条理予知《コグニス》』がなくてもわかーー」

 

「やかましい、嫁返せよ」

 

 言葉の途中で俺がシャーロックに蹴りを放っていた。狙い目はキンジと同じ頭。体に当てると神崎にも被害が出るからダメだ。

 しかし、

 

「返してほしければ迎えに行けばいいのではないかね?」

 

 蹴りは空振りだった。

 そして声は後ろから。ここまでくれば大体どういうことか理解できた。

 それはつまり、

 

「背後を取る能力《スキル》か!」  

 

「うむ『背後移動《バックブリング》』という。単純で簡単だが有用なスキルだよ、神出鬼没感が出ていいだろう?」

 

 知るか。

 振り返るが、またそのスキルを使われて、後ろ、つまり、俺たちの正面に現れる。だが、しかし、もう俺たちには見向きもせずに。

 

「行こう、アリア君。君のイ・ウーだ」

 

 一歩、脚を踏み出し、

 

「!」

 

 その一歩で二十メートル近く進んでいた。多分、なにかしらのスキル、のはずだ。あいつも遙歌と同じ多重能力保有者。思わず舌打ちし、凍った海面に跳び下りようとして、思わず動きが止まった。

 

 

 

 

 

「アリアァァッッーーーーー!!!!」

 

 

 

 

 大気が軋み、海面がひび割れる。

 それほどの痛みを含んだ絶叫。

 そこまでの怒りを込めた慟哭。

 

 俺も、遙歌も、カナも、パトラも、神崎も、シャーロックでさえも動きを止めた。

 

 そうせざるを得なかった。込められていたのは特大の怒気だ。

 らしくない、と思わず感じてしまうほどの叫びだ。

 

「----」

 

 その叫びを受け、神崎はその瞳を揺らし、しかし、シャーロックは、

 

「……ふっ」

 

 笑みを浮かべて、また大きく跳躍した。それを見て、キンジは肩を震わして怒りを露わにしている。

 

 おいおい、どうしたんだよキンジ。いくらなんでも、キャラ変わりすぎだ。

 俺が戸惑っているが、キンジはそれでも飛び出しかけ、

 

 

「待て……キンジ……!」

 

 

 カナが、いや金一が服を脱ぎ捨て漆黒のアンダーウェア姿で立ちあがった。

 それと同時に、

 

「兄さん、ちょっと来てください」

 

「遙歌?」

 

 遙歌に呼ばれる。海面から潜水艇に飛び乗り、遙歌の横に。立ち上がろうとしていたが、まだふらついているので軽く抱きとめる。

 

 

「大丈夫か?」

 

「ええ。それよりも、兄さんのほうが体ボロボロでしょう。よくそんな体で動けますね」

 

 半ばあきれた声で言われる。まぁ、確かに今の俺は満身創痍だ。血とかはある程度ふき取ったし、分りやすい軽傷は気でむりやり直したとはいえ、遙歌との喧嘩でのダメージは大きすぎる。骨とかかなり折れてるだろうし、内臓とかも損傷しているだろう。

 まぁ、でも。それでも、だ。

 

 

「男の矜持ってやつだよ。兄貴の意地はさっき使ったからな。こっからが本番だぜ」

 

 

 まぁ、さっきも使ってなかったわけじゃないけど、心構え的に。遙歌には悪いけど、やっぱり違うものがあるんだよ。

 そう嘯く俺に、遙歌はため息を吐き、

 

「ちゅう」

 

 頬にキスされた。

 

「ぺろり」

 

 ついでに舐められた。

 

「…………悪いが実妹ルートはちょっとな」

 

「ち、違いますっ! 傷の治癒と、回復能力を上げる異常《アブノーマル》を使っただけですよ!」

 

「なぬ」

 

 言われてみれば、なんとなく体の痛みが引いていく。なるほど確かに回復用の異常《アブノーマル》を使ってくれたらしい。

 だがキスする必要はあったのだろうか。

 

「こ、こほん。とにかく! 気を付けてくださいね。私でも教授《プロフェシオン》は底知れないというか、理解できません。なんというか……見ている場所が違います。それに多分私よりも多くのスキルを持っているはずです」

 

 まじかよ。確か、遙歌は千以上はあるとか言っていた。それよりも多いのかよ。

 まぁ瑠璃神モードならばあまり関係ない。

 

「ま、なんとかするさ。見とけよ。お前のお兄ちゃんは落ちこぼれだけど、世界一カッコいいお兄ちゃんだぜ」

 

「……もう」

 

 しかたなさそうに苦笑して、

 

「知ってますよ、そんなこと。ちゃんとレキさんと帰ってきてくださいね。まだ話したいことがたくさんあるんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、大丈夫なのかよ、金一よ」

 

「無論だ」

 

 言いきったのは、致命傷を負いながらも目を鋭くさせた金一だ。その鋭く激しい雰囲気はどうやらすでに異常《アブノーマル》を発動しているらしい。カナになってないからどうやら普段とは違うようだが。

 

「『騎士戒性《エンドナイト》』。『性々働々《ヒステリアス》』の派生系だ。別名死に際《ダイニング》ヒステリア。死に際に子孫を残そうとする本能から生み出される異常だ。通常の『性々働々《ヒステリア》』とは訳が違うぞ」

 

「そりゃすごい。んで? あれは、どうなってるんだ?」

 

「…………」

 

 俺が指さし、そして金一が黙して、見つめる先には----キンジだ。後ろ姿でも分るほどの怒気を背負っている。

 キンジに対して金一は何かを測りかねているのか、何も言わない。だから、俺はキンジの隣に並び立つ。

 視線の先、もう神崎とシャーロックの姿は遠く、さらにはダイヤモンドダストで覆われている。

 だが、

 

「取り返す……! 奪われたままでいてたまるかよ……! そんなの、許せるか!」

 

「ああ、そうだ。自分の女奪われて、なにもできない情けない男になるなんて、そんな道理は認めない」

 

 キンジは激しく、俺は静かに。

 俺の髪と瞳は僅かに蒼く、そして-------キンジの瞳と髪が仄かに緋色になっている。それがどういう事なのか、新たな異常なのかは俺にはわからない。ただ、キンジにも男の矜持があるということだ。

 そして、金一も僅かに遅れて並び、

 

 

 

 

「行くぞぉぉッッ!!」

 

 

 

 

 己の愛の為に、己の義の為に、己の魂の為に、己の矜持の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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