落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「う、あ…………」
波の音と誰かの話声が聞こえて、それで私は目を覚ましました。
「おおっ! 目を覚ましたか、遙歌」
「パト、ラさん………?」
声を上げたのは私の体に光る手を当てているパトラさんでした。まだハッキリとしない頭で周囲を見渡せば、三本に並んだ細長い潜水艇の上で私は横たわっています。一つだけ色の違う赤い潜水艇には兄さんやキンジさん、カナさん、神崎さんたちが此方らから背を向けており、
「どうして兄妹喧嘩で豪華客船が沈むんだ……」
「一応、色々思い入れのある船だったんだけどね……」
「はっはー……………ああ、うん。なんか、つい、な」
「ついで沈ませるな」
「て、ていうかキンジ! いつまで抱きしめてるのよ! いい加減離しなさい!」
「いやだ」
なんか楽しそうに喋っていました。それを気怠げに眺めてから、自分の体へと目を向ける。豪奢な十二単を二重に重ねた服装もボロボロでその下の体もボロボロでした。
「まったく、こんなにまでなって派手にやりおって! お主は自分の命を蔑ろにしすぎじゃっ! もうちょっと考えんか!」
「……………え、と」
パトラさんが目に涙を溜めながら叫んでいました。
……うん?
「なんじゃ、そのキョトンとした顔は! ええい、いつも死にたいみたいなことを言っておったが冗談が過ぎるぞ! ホントに死んだらどうするつもりだったんじゃ!」
いや、今はともかくさっきまではほんとに死にたがってたんですんが。そりゃあ、イ・ウーにいてなんというか……私は陰キャラというか鬱なキャラで通ってましたけど。
「あの、パトラさん……?」
「なんじゃ、ちょっと黙っておらんか。治療が進まんじゃろう」
「いや、なんで治療してくれんですか?」
「はあ!?」
なんかパトラさんが怒りだしました。
「ホントッ………、お主という奴は……!」
プルプル震えだしてます。え、なにこの人。
「アホかお主! いくらなんでも死にかけの仲間放っておくわけがなかろう!」
「なか、ま……?」
「な、なんじゃ。その顔」
「……………あ、いえ。なんでも、ないです」
なんだろうこの人。なんかすごいこと当たり前のように言っています。
私が呆然としていたら、
「な、なんじゃ? 退学されたらもう他人かっ? そ、それは流石にヒドくないかえっ? あれじゃぞ、もうすぐ復学するから待っとれよ!」
「は、はい」
なんだろうこの人、めちゃくちゃかわいい。こんなキャラだったろうか。少し困ってもう一度兄さんたちの方を見れば、
「………………むぅ」
なんか物凄くニヤニヤしてました。
我が兄ながらムカつきます…………って、そういえば、
「あの、パトラさん。兄さんの治療って済んでるんですか?」
「いや、本人がお主の方が重傷だからを優先しろと……」
「いやいやいやいやいや」
絶対兄さんの方が重傷でしょうが。私本気で殴ったり蹴ったりしましたし。私の力でです。ちなみに私の力というのは鉄板に穴あけるどころかダイアモンドも粉々にできます。
いや、勿体無いからしませんけど。
「……私はいいですから、兄さんをお願いします」
「しかしのう……」
「大丈夫です、回復用の異常もありますし…………それにボロボロはボロボロですけど致命傷はないですから」
私は自分のことを化物とか言ってましたけど、兄さんのほうがよっぽど人間離れしている。私とあれだけ死闘を繰り広げがらも、一度も致命傷になる攻撃をしなかった。きっとそれを本人に言えば、妹を殺す兄貴がいるわけがないとか、そんな家族論を持ち出すんでしょうけど。
「だから兄さんをーーーーーーッ!!」
…………これ、は!
海の中。
彼が来る。
「なあっ……!」
パトラさんも顔を青くして喘ぐ。それはカナさんも同じであり、
「キンジ……逃げなさい!」
いえ、それはもう遅いですよ。
あの人からは逃げられない。
だってあの人はなんでも知っている。
まだ少し痛む体を起こして、潜水艇を飛び越える。
「兄さん」
「お、遙歌。怪我は大丈夫か? 大丈夫だったらなにが起きてるのか説明してくれ」
「私は大丈夫よ、私は。ええとですね、一つ言ってなかった事があるんですけど」
「なんか前半に含みがあるがいいだろう。……なんだ? お兄ちゃんに言ってみろ」
「では言います」
水面が持ち上がっていきます。数百メートル先に浮かび上がる三百メートル近い巨大な影。高い波が私たちを揺らします。浮かび上がった影はゆっくり、ゆっくりとターンしていきます。
それは----潜水艇です。
船体に刻まれた『伊』と『U』の文字。そう、私たち秘密結社イ・ウーの本拠地にして正体です。戦略ミサイル搭載型原子力潜水艦ボストーク号。
「ーーーー!?」
「カナ!!」
「え……?」
カナさんが撃たれました。
いくら防弾制服姿の上とはいえ、
「やりすぎでしょう、
その私の叫びに、
「そんなことはないだろう、遙歌君」
答える人はいました。ひょろ長い、痩せた体。鷲鼻に、角張った顎。右手に古風なパイプ、左手にステッキ。きっと武偵ならば絶対に見たことはある顔だ。
私たちのリーダー『
その人は、
「……曾、おじいさま………!?」
そう、神崎さんの曾祖父だ。
彼は私たちを順番に見渡し、
「始めまして、と言おう諸君。私の名前はシャーロック・ホームズ----ただ知っているだけの人外だよ」
紫煙を曇らせながら、
「君たち流に合わせるならば………『
ニッコリと、子供ぽいと言える笑みを浮かべて言った。
その人を指して、私は兄さんに言います。
「レキさんはあの潜水艦の中です。教授《プロフェシオン》に預けてたんですよ。後でお返しするつもりだったので怪我はありませんが…………あの人から取り戻すのは難易度ハードですよ」
「は」
兄さんは私の言葉に笑っていました。
「難易度ハード? アホか、俺のレキへの愛はアルティメットだぜ!」
「それでこそ私の兄さんです」
おっと、私も笑っていましたね。