落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
六年ぶりですね、六年……って、違いますよ。七年ですよ、七年。兄さんもしかして勘違いしてたりしませんか? 大丈夫ですか? 兄さんは昔からそそっかしかったですからね。変わってないですよ? 七年ぶりですけどすぐにわかっちゃいました。変わってません。ああ、でも髪型は変わってますね。もう、どーしたんですか? そんなに短く切って。あ、失恋でもしたんですかー? うふふ、気にしないほうがいいですよ、そんなの忘れて髪延ばしましょうよ。私と同じ感じで。兄弟揃って同じで。ペアルック。いい響きですね、仲良し兄弟で。嫌じゃないですよね? だって私たちその名の通り仲良し兄弟ですしね。七年の歳月とか関係ないでしよね?」
「ーーーー」
そうだなッ、とは返せなかった。呼吸ができない。息を吸って吐くことが恐ろしく難しい。 目を離すことが、できない。身体すらも、動かすことは不可能だ。指先までが凍ってしまったかのように。目の前の事実が受け入れられない。いや、彼女が生きているというのは確かに聞いていた。いつか戦うことになるのだろうと、思っていた。それでも、それでも。
こんなタイミングで会うなんて思っていないーー!
「ちょっと、動かないでよ」
「ッ!?」
白雪がなにかしらのアクションを起こそうとしたらしい。今の俺にはなにをしようとしたかはわからなかった。それでも、俺の妹は。
那須遙歌は反応した。
なにかをしたようには見えず、あえて言うなら指先を僅かに揺らしただけにしか見えなかった。しかし、動こうとした白雪はまったく、俺と同じように指先一つ動けなかった。それは俺みたいな精神的なものではなく、物理的に動けない。
「あ、これね兄さん。私の666のスキルのうちの一つ『
「………666」
ようやく絞りだせたのはそんな益体のない言葉だ。これが七年振りに妹にかけた言葉なんて禄でないにもほどがある。そんな禄でもない言葉を発した俺はさらなる言葉にまたもや絶句するとになる。
「うふふ、666は嘘だよー、兄さん。んー、実際は1000から数えてないから。わかんないです。え? なんでそんなにあるかって? やですよぉ、そんなことも忘れちゃったんですか?」
『
赤い唇がそう、呟いた。忘れる、わけがない。忘れられるわけがない。
「見稽古、って言えばわかりやすいですよね? 一度、或いは二度見た技を使える。いやー、これはイ・ウーでは便利でしたよ。さっきの傀儡兵もパトラさんのスキルの真似ですしねー。うふふ」
パトラが誰かはわからない。イ・ウーの人間だろうと推測できるがそれだけで。
だからこそ、理解してしまう。
あの日、那須遙歌は死ぬことなくイ・ウーにて生き延びていたことを。
未だに俺の動きは凍りついたままで。それに遙歌は首を傾げながらも嘆息した。両立する動きではないけど、なぜだか様になっている。そして、遙歌は初めて俺から視線を外す。
外して、
「----ふうん。あなたが」
レキへと移った。
「ーーーーーッ!!」
全身が落雷に貫かれたように、俺は跳ねる。跳ねるだけでは、終わらない。一瞬で、髪は伸びて瞳と共に蒼く染まる。全身に蒼い模様が浮かび、同時に胸の十字傷も蒼く。全身の気が余すことなく収斂されて浸透していく。
『瑠璃神モード』
一秒もかからずに俺はその姿を変え、音速をもってレキと遙歌の間に割り込む。
割り込み、
「普通にムカつきますね」
音速で動いていた俺より、さらに早く動いて俺の頭を鷲掴みにして床に叩きつけていた。
「ガ、ァーー!?」
「蒼一さん!」
「黙れ」
「……っ!」
反射的に叫んだレキに遙歌が視線のみで黙らせる。そして、叩きつけていた手を緩め、蒼く伸びた髪に指を這わせる。
「うふふ。やっぱり兄さんにはこっちの髪型の方が似合いますよ?」
言いながら指を外し、足で頭を踏みつけに来た。いつの間にか靴を脱いで(靴というか草履)。ムニュ。そんな場違いの効果音がした。
「うふふ、どうですか? 兄さん。妹の素足に踏まれるのはもしかして気持ち良かったりしちゃいます? 大丈夫ですよ。私はそんな兄さんでも大好きですから」
「ふざ……ける、な……」
ようやく、腹から声を絞りだす。
「足、どけ、ろよ」
「はーい」
意外にもあっけなく遙歌は足をどかした。いや、意外でもなんでない。昔から遙歌は俺の言うことだけには逆らわなかったのだから。七年前、或いはそれ以上昔のことを思い返していたから、反応が遅れた。
「うーん、やっぱりムカつきますねぇ」
やっちゃっいましょう。
なんてい遙歌の言葉に反応が完全に遅れた。
「えーー?」
振り返り、見たものとは。
「----あ」
「うふふ」
ぶすり。レキの胸の中央に右腕を突き刺した遙歌の姿だった。
「ーーーーーーーー遙歌ァァッッアアァァッッ!!」
床を砕きながら跳ね上がり、遙歌へと殴りかかろうとするが、しかし跳ね上がったところで動きが止まる『
それでも。
『瑠璃神モード』によって超強化された馬鹿げだけ膂力をもって引きちぎろうとして、
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
謡歌がレキの胸から腕を引き抜き、鮮血が舞った。
「そう、い」
「レ、キ」
フラッシュバックするのは半年前、同じように胸を貫かれたレキの姿だ。今と同じように。ぐらりと、レキから力が抜けていく。
前のめりに倒れて、
「おっと」
遙歌が抱き留めた。レキの方が少し身長が高いから、それなりに負担のはずだが、意に介した様子はない。
そして、俺に背を向けたまま顔だけで僅かに振り返り、
「ムカつきます」
拗ねるように呟いた。
「七年ぶりに会ったのに何にも言ってくれなくて、そのくせ兄さんの意識はこの人にばっかり行ってるし。そんなに大事ですか? この人が。家族よりも。妹よりも。たった一人しかいない家族よりも大事なんですか? 違いますよ。私の兄さんはそんな人じゃなかった。他人なんかに染まらずに孤独の刀だった。私みたいな化物でも、関係なく接してくれる刀だったのに。だから、私は」
兄さんに殺して欲しかったのに。
「……!」
お前も、なのか。お前も、俺に大切な人を、家族を殺せと言うのか。
なんで、なんで、なんで。
「うふふ、この人はとりあえず頂いていきます。大丈夫ですよ。殺したりしませんから、今は。そうですね……パトラを倒したら、私からまた会いにいきますから、あんなエジプトの恥みたいな女に負けちゃだめですよ? 兄さんが負けたら」
この人殺しますので
そして、遙歌はレキを肩に担いで窓まで行って、
「では、斬っても斬れぬ縁の下にまたお会いしましょう」
消えた。俺は這いつくばることも出来ずに。棒立ちのまま、惚れた女を失った。