落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第3拳 「俺はお前と生きるって決めたんだ。お前の命が明日までなら、俺の命も明日まででいい」

「とりあえず、私に向けて頭を下げなさい」  

 

「え、なんで?」

 

「いいから早くしなさい」

 

 

 

 

 

 

「おーい、レキー。いつまでこうしてりゃいいんだー?」

 

「もうちょっとです」

 

 それ、三十分くらい前にも聞いたんだが。頭をレキに押さえられながら俺はため息をつく。

 7月7日。

 上野公園で七夕祭りがあるからレキと上野駅で待ち合わせしていたのだが、なぜか今こうやって頭を押さえられ、地面を見続けながらもう一時間も歩いている。

 ちゃんと浴衣着てきたのだが。ちなみに、近くにキンジと神崎もいたのだけれど知らない振りをされてしまった。いや、端から見れば美少女とそれ頭を取り押さえられた男なん見たくないだろうけどさ。

 てか、俺とレキの身長差のせいで腰が痛くなってきた。さらにいえば、この年でこの体制は精神的にキツい。いや、相手がレキだからいいけど、結構屈辱的じゃあないか?

 逆らう気もないんだけど。

 

「レキー、いい加減教えてくれよ。どこ行くんだー?」

 

「蒼一さん」

 

「なんだ? ようやくついたのか?」

 

「ーーーー私って無口キャラですよね」

 

「今のお前は電波キャラだ!」

 

 ビックリした! 

 今更、そんなことを言ってくるなんて!

 お前は半年前からずっと電波だよ!

 それに無口キャラだからって一時間も男の頭を押さえて引きずるのはどうかと思う!

 

「…………」

 

 結局無口を貫くのかよ。それにして、いつのまに人の気配が無くなってきた。ホントにどこに行くのかやら。人気がなくなったと思ったら地面が舗装されていない。雑草やらなんやらが、手入れもされずに伸び放題だ。林や森の中だろうか。いや、この東京にあんまり森はないから前者だろう。草や木の根をかき分けながら、さらにしばらく進んで、開けた場所にでた。

 

「蒼一さん、目を瞑ってそこに横になってください」

 

 そこにはビーニルシートがあった。

 

「おう」

 

 ここまで来ればどういう意味が理解できた。でも、同時に理解できない。ここは東京で、少し離れた所から祭りの喧騒も聞こえる。言われた通りに寝転がる。

 そして、

 

「目、開けてもいいですよ」

 

 そして、目を開けて、

 

「失礼します」

 

「……って!」

 

 俺が目を開けると同時にレキが馬乗りで乗ってきた。当然、空なんか見る余裕もない。美少女に、それも自分の嫁に馬乗りされているのだ。そんな余裕もない。

 

「……星見るんじゃなかったのかよ」

 

「こんな街中で見えるものじゃないですよ? 見えても満点の星空にはほど遠いですしね」

 

「だったら、なにがしたいんだよ」

 

「今日は七夕ですからね。織姫と彦星が一年に一度ちゅっちゅっする日です」

 

「間違ってはいないだろうけど、その表現はどうかと思う」

 

 俺の言葉に取り合わず、レキは俺の胸板に手を這わし、

 

「負けないくらいちゅっちゅっしましょうよ」

 

 レキが顔を近づけてくる。

 レキから、というのは珍しい。

 それは嬉しいけど、

 

「----どうした、レキ?」

 

 彼女の頬に手を当てて止めていた。

 

「そう、いちさん」

 

「どうしたんだよ、レキ。なんか最近おかしいぜ? テンションがやたら高いというかおかしいというか……無理に上げてる感じだぜ?」

 

「…………」

 

 頬から伝わる感触は柔らかい。けど、固まっている。表情がない。いつも無表情だけど、それとは違う。

 無理してる、と感じるのだ。

 

「……………蒼一さん」

 

「なんだ?」

 

「私は今、幸せです」

 

「そうだな、俺もだ」

 

「キンジさんがいて、アリアさんも白雪さんも理子さんもくーちゃんもアヤポンもジャンヌさんもあかりちゃんも志乃ちゃんもライカちゃんも陽菜ちゃんも麒麟ちゃんもいて----蒼一さん、アナタもいます」

 

「おう、俺もだ」

 

「ハイジャックや魔剣事件やブラドも乗り越えて、今こうしていられています」

 

「いろいろあったなぁ」

 

「こんな気持ち、私は知りませんでした」

 

「俺もだ」

 

「あなたに出会えて、あなたに恋して、私は人間に、一人の女の子になることができました」

 

「俺もだ」

 

「蒼一さんに出会えなければ私はただの機械でした。ただ意味もなく進む弾丸だった」

 

「レキ会えなきゃ俺はただの刀だったよ。意味もなく誰かを斬る刃だった」

 

「だから、私は今が愛しい」

 

「そうだな」

 

 

 

「----嫌な、風が吹いています」

 

 

 

 風。

 その言葉をレキの口からは久しぶりに聞いた。半年前に彼女が決別した束縛。ここ半年はほとんど口にしなかった言葉。

 

「それに飲み込まれたらもう抜け出せないような大きなうねりが近づいていて、そしてきっと逃げられない。私たちの日常が崩れいくような大きくて嫌な風です」

 

 ねぇ、蒼一さん。

 一筋、彼女の右目から透明の雫が零れ落ちる。

 

「私は怖いです。今が壊れて、もしかしたら蒼一さんと離れ離れになるのかもしれないのが」

 

「……レキ」

 

「自分の血を放り投げたバチでもくるのでしょうか。怖いですよ。織姫と彦星は二人で日常に溺れていたから一年に一度だなんて罰を受けました。私は……そんなの耐えられません」

 

 零れ落ちる雫は止まらない。

 

「逃げられないのは、分かってます。これは私だけじゃなくて、キンジさんやアリアさんも同じですから。逃げられない……でもっ、だから私は----」

 

「なあ、レキ」

 

 俺は、堪らなくなってレキの言葉を遮っていた。聞きたくなかった、そんな話。そして、許せなかった。そんなことを思わせる自分が。

 

「大丈夫だ」

 

「……蒼一さん」

 

 俺は言い切った。レキみたいにハッキリとした予測があるわけではない。でも、俺は言い切る。

 

「大丈夫だって、レキ」

 

 嫌な風とか大きなうねりはわからない。

 だけど、だって、

 

「俺がいて、お前がいるんだ。だから大丈夫だ。レキの敵の悉くを俺が叩き潰そう。レキの障害の総てを俺が斬り伏せよう。お前はただ、俺のそばにいてくれればいい。絶対守るから。なにに変えても、この世界の総てを敵に回してでも俺はお前を守るよ」

 

 なあ、レキ。

 キンジは掛け替えないのない親友で。神崎は弄るのが楽しくて。白雪は見ていて面白いし。理子はなんだかんだいって似た者同しだと思う。

 だけれど。

 

 

 

 

 

「俺はお前と生きるって決めたんだ。お前の命が明日までなら、俺の命も明日まででいい」

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 レキの涙を拭い、引き寄せて抱きしめる。

 

「大丈夫だよ、『拳士最強』は伊達じゃない。俺は負けない。負けない。レキがいてくれるなら、俺は絶対に負けない。絶体絶命でも危機一髪でも万死一生でも必死危急でも、惚れた女のためなら俺は負けない」

 

 抱きしめたレキの体から力が抜けていいって、それが安心してくれているということならいいと思う。彼女の肩越しから見える空には星なんか禄に見えなくて、気で視力を上げてようやく天の川が見えた。

 そのことに苦笑しながら、

 

「それに、もし織姫と彦星みたいに離れ離れになってもさそんなの関係ない。たかだか川程度に止められるかよ。炎だろうと毒だろうと氷だろうとなんの川だろうと、悠久も永間も永劫も総て駆け抜けて、俺はレキのいる場所に帰るよ」

 

 約束したのだ。決めたのだ。俺はもうどこにも行かない。

 俺はレキのいる場所に帰るだけだ。

 だから、

 

「そんな顔するな、泣かれると弱い」

 

 レキの柔らかい髪を弄りながら、言う。流れる涙を舌で掬う。悲しみの味。でもそれは生きている証だ。人間である証だ。

 

「…………ほんと、蒼一さんは」

 

「なんだよ」

 

「カッコよすぎますよ」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

 耳元でクスリと笑う音がした。

 そして、レキは顔を上げて、俺と見つめ合い、蒼と琥珀の距離が近づいて、

 

「そんなことを好きな人に言われたら、女の子は惚れ直しちゃうじゃないですか」

 

 零になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、俺達の平穏は終わりを告げる。彼女の言うとおり大きな、避けようよないうねりに飲み込まれたから。その中で俺は過去に、自分が犯した罪と向き合うことになるのだ。そして、それもただの始まりに過ぎないのだと、俺は知ることになる。そんなことは知らなかったし、わからなかった。

 でも、そう。

 その瞬間のことだけは分かっていたかもしれない。無いはずだけれども、もしその時はそうなると理解していて、事実それはその通りになる。

 

  これより、約一ヶ月弱の後。

 俺、那須蒼一は魔弾の姫君レキを失い、妹である那須家最高傑作である那須遙歌。

 

 

 ----彼女と殺し合うことになるのだ。

 

 

 

 

 


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