落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
紅鳴館で働きだしてから一週間がたった。慣れない執事メイド生活というのは意外にも上手くいっていた。骨の随までパシり根性が染み付いたキンジが全体の指示と料理関係を。俺が主に力仕事を。レキが掃除等の単純作業を。神崎が……まあ、(他にやることないので)小夜鳴の相手をしていた。他の三人は知らないが俺は結構楽しかったりする。思ったより仕事が楽なのもあるが、やはりなんと言ってもレキのメイド服が最高だ。
眼福眼福。
「蒼一、アプリで遊ぼうぜ。遊戯室行かないか?」
「ああ? なんで」
アプリで遊ぶ。それはつまり今夜峰との定期連絡をするという暗号なのだが
、それは深夜2時の話しだ。現在午後10時。全然時間が違うし、何より集まってするようなものではない。……それに何故か気分上がらないし。
「いや、まぁ……いいじゃねぇか。どうする? 行くか、行かないか?」
キンジは苦笑を浮かべていた。ついでに意識は窓の外───激しい雷雨に向かっていて、先ほど神崎と電話していたということは。
ああ、なるほど。
「いいよ、めんどくさい。さっさと行ってこ──」
なんかテンション上がらないし、邪魔するのも野暮と思って断ろうとして──電話がなった。
『蒼一さん、遊戯室で遊びませんか?』
「今すぐ行く。──────っておいどうした? さっさと行くぞ………なんだその目は」
●
「なぁ、レキも雷とか苦手だったか?」
人形使っていちゃつきだしたキンジと神崎は放っておいて。遊戯室で俺とレキは並んで外の大粒の雨と雷を眺めていた。いつかのバスジャックの時よりも大分強い雨だ。
「別に苦手ということはありません。ただ──」
「ただ?」
「これだけ強い雨となると半年前のことを思いだすのでいい気分ではないです」
「……ああ」
言われてみれば。
あの理不尽と覚悟のくそったれの2ヶ月間の最後の日。あの日は朝から雨だった。朝は弱かったけど、だんだん強くなっていった。
記憶が戻ってくる。
あの時───体温が消えていくレキを抱きしめていた時はまだそこまで強くなかった。
あの時───俺があの人に、握拳裂にトドメの一撃を叩き込んだ時はもう痛いくらい強くなっていた。
少なくとも、涙をごまかせるぐらいには。
「そうだなぁ、俺もだ」
「ん、そうですか」
「おう」
「………………」
「………………」
どちらともなく、肩を寄せ合って手を絡める。互いの体温が浸透していくことに物凄く安心する。それは普段と違う行為。いつもみたいにいちゃく為じゃなくて、安心するため。だってあの日俺はレキが死んだと思って握拳裂と殺し合いを挑んだし、俺自身死ぬ気だった。
死にに行ったと言ってもいい。いや、死にに行ったのだ。レキが死んだと思ったから俺も死にたくなって。でもレキは死ななくて、俺も生きたいと願って。自分たちの運命なんか知らないと。レキが死んで、俺も死ぬ道理なんて認めないと。
だから─────あの人を殺した。
あの日の事はまだ終わっていない。なんの根拠もないけど胸の十字傷がそう教えてくれる。多分それは、レキの刺し傷も同じで。
だから、たまに不安になる。
恐ろしくて、怖ろしくて、怖くて、震えて、怯えて。でもだからこそ。
互いの体温を感じあう。
「なぁ、レキ」
「……はい」
ぎゅっと強く手を握る。
それにレキも返してくれて、
「………なんでもない」
「そうですか」
甘ったるくて、心地よい安らぎを感じていた。
そして、そのさらに一週間後。
執事メイド生活最終日。
あまりにも呆気なく、順調に、簡単に。
俺たちは峰の十字架を盗み出すことに成功した。