落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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お久しぶりです。


第9曲「――――――――――いいわけ、ないだろ」

 ――――全ての感情を一度押し殺した。

 

 言いたいこと、知りたいこと、叫びたいこと、泣きたいことはいくらでもある。

 那須蒼一。

 レキ。

 ハビ。

 閻。

 遠く離れた東京で、とっくに過ぎ去ったこと。俺が欧州でヘマをしている間に友達や仲間たちがどうなったのか。今この欧州、竜の巣において遠山キンジができることも、知ることもできない。

 

「……っ!」

 

 噛みしめた奥歯が砕けそうになる。

 握った拳が白くなり、脳髄が爆発しかける。

 駆け降りる竜の巣内部、各所に仕掛けられた罠がいくつもあった。だが、抑えたはずの激情と色金が反応し、あふれ出す緋色がその全てを粉砕していた。

 地上から最下層へ降りるまでの数分間。

 それだけの時間を有して、感情を制御する。

 長い―――長い、数分間だった。

 まるで何年も経過したかのように、思考は止まらなかった。

 不安、悲しみ、怒り。渦巻く感情が胸中をえぐり、認めたくない、認められるはずもない、そして認めなくてはいけない現実が付きつけられる。

 

「―――――」

 

 何も、言えない。

 言ってしまえばきっと止まらないから。

 きっと、蹲って泣きじゃくって、叫んでしまう。

 まだ戦いは終わっていないのに、戦うことができなくなる。

 それはダメだ。それはしてはならない。この両肩に掛かった想いがそれをさせてくれない。いいや、何よりも自分がここで足を止めることを許さないのだ。

 零れそうな涙は零さない。

 溢れる感情は、溢れさせない。

 ただ今、やるべきことを見据え、己の真を胸に示す。

 燃える緋色の瞳だけが、色を増していく。

 

 そして―――――――

 

 

 

 

 

「―――」

 

 そして、竜の巣最深部練兵場。

 俺が目撃したのは―――――赤い鎖にて雁字搦めにされたカツェ・グラッセと右手で彼女の胸を貫いているイヴィリタ・イステルの姿だった。

 欧州に来てから何度も絡めとられた術式による鎖、色は違うが最早見飽きたもの。それが何十本も虚空から出現し、練兵場の中央にて中空に愛すべき戦友が貼り付けにされている。

 

「か、はっ……!」

 

 隻眼が見開かれる。

 信じられない物を見たかのように、事実彼女は目の前の現実を受け入れることができていない。

 

「――くすくす」

 

 けれど、イヴィリタはそんなカツェの様を眺めながらも笑みを浮かべていた。

 真紅のルージュが引かれた唇が弧を描く。

 カツェの胸からは血は出ていない。ただ、鮮血のような赤い光が零れているだけ。だがそれは、命とは別の何か。

 カツェにとって――――魔女にとって、何か致命的なものに触れている。

 イヴィリタがカツェの胸から腕を引き抜いた。

 その手にあるのは、やはり鮮血の光球。

 それを抜かれたカツェは鎖に縛られたまま、力なくうなだれている。

 うっとりと引き抜いた光球を眺め、

 

「あら、遠山卿」

 

 そこで初めて、練兵場に足を踏み入れた俺に気づいていた。

 

「失礼、少々野暮用で。もう少しだけ待ってほしいわ。ほら、貴方も見てみなさい、美しいでしょう?」

 

「………………なんだ、それは」

 

「カツェ・グラッセの術式核」

 

 笑みと共に彼女は言い切った。

 

「術式核と言って解るのかしら? 要は魔女としての術式の心臓部。己が生み出した術式はこの術式核に刻まれ、これがある限り魔女は己の術式を失わない。初歩から奥義まで。単なる魔術から協力強制まで、全ての魔女はこれを有している。……まぁ、勇者殿に解りやすく言えば魂、といえばいいのかしらね」

 

 魔女の心臓。

 魂。

 それを手中に収め、彼女は嗤う。

 カツェ・グラッセの魂を手にしながら。

 

「――――私は、生まれつき魔導を使えなかった」

 

 イヴィリタは言う。

 

「イステル家、戰嵐の系譜に生まれながら私は何の魔導の適正も示さなかった。初歩の『青の鎖』でさえ作り出せない。如何な神算鬼謀に長けようともそれはこの欧州において、魔女連隊において致命的だった。少将の地位に就くまで、えぇ、随分と汚い手を使ったわ。同時に言えば、人生の全てを捧げても少将の地位が限界だった」

 

 そう、つまり、

 

「私は、落ちこぼれだったのよ」

 

 落ちこぼれ。

 その一言に心が軋む。

 ひび割れていた心に、閉じていたはずの胸を貫く。

 

「くすくす―――――けれど、その落ちこぼれも今日で終わりよ」

 

「…………なに?」

 

「感謝を、遠山卿。貴方と戦うことでカツェの術式はさらに研ぎ澄まされた。大魔女、元老院を除けば、彼女の魔女としての完成度は欧州随一でしょう」

 

 くすくす。

 くすくすと、イヴィリタは嗤う。

 魔女でない魔女と呼ばれていた彼女は、かつて見た誰よりも魔女らしく。

 

「―――――カツェ・グラッセの術式核を、私に移植するわ」

 

 碧眼を細め、魔女は口ずさむ。

 

「そのための極東戦役だった。結果を出せば、私はやっと魔女になれる。その為に大魔女たちに何度も交渉し、搾取術式を得た。あぁ……あぁ、あぁ! やっと! やっと私は本当の魔女になれるの!」

 

 両腕を広げ、イヴィリタはついに声を張り上げる。

 口は裂けるように弧を描き、瞳は爛々と歓喜に輝く。

 そして、イヴィリタが姿を変えた。それまでのSS軍服から―――灰色のゴシックロリータに。

 けれど服装の変貌なんて大した問題じゃなかった。

 問題なのはその気配――魂だ。

 

『進め、進め、戦士! 死こそは汝の本性である故に!』

 

 見た目は少女なのににじみ出る気配は紛れもなく魔性のもの。纏う魔力は尋常のものではなく、これまで見た魔女たちとはケタが違う。猴や曹操――そして大魔女連中に近しい気配。

 世の理から外れた存在。

 そして、纏わりつく様な粘ついた水銀の因子。

 故に彼女はもはやイヴィリタ・イステルではなく。

 戰嵐の魔女――――ヴライツィン・ヴュルテンベルク。

 

「くすくす―――げらげら!」 

 

 口元を歪に曲げて――くすくす――げらげら!

 令嬢染みた笑みから、下品な哄笑へ。

 口を大きく開け、世界を、人間を、世の全てを嘲笑うと共に、戰嵐の魔女の夢が顕象する。

 

魔女の宴(Walpurgisnacht)――古錫片脚鉄血連隊(Den standhaftige Tinsoldat)

 

 夢の宣言と共に、ヴライツィンを中心に暴風が吹き荒れた。

 戰嵐。 

 戦場の鉄風雷火。

 それは大魔女を核として展開された大嵐。鎌鼬を内包し、練兵場の内壁や床に鋭利な斬撃痕を刻む。

 ある程度距離が離れていた俺にも、僅かだが、風刃が届き、頬や服を切り裂く。それだけではなく単純な風量としても尋常ではなかった。常人ならばそれだけでも立っていられないほどの突風が叩きつけられる。

 それでも――微動だにできなかった。

 

「――――カツェ」

 

「……っぅぅ」

 

 戰嵐の展開と共にすぐ近くにいたカツェもまた、吹き飛ばされたからだ。鎌鼬には犯されていないが魂を凌辱され、腕の中の少女に力はない。

 ただ――――目の前の現実が信じられないと目は虚空を泳いでいる。

 そんなカツェを前にして、ヴライツィンは、かつてイヴィリタ・イステルだった魔女は口端を釣り上げる。

 

「あぁ。あぁ、カツェ。カツェ・グラッセ。貴女には本当に感謝しているわ。ずっと困っていたのよ。他人から術式核を奪うにしても十把一絡げの雑兵では意味がない。その点貴女は素晴らしかったわ。秘めた才能も、築き上げた努力も、何もかも私が奪うに相応しい光だった。あぁ、本当に――――」

 

 貴女は、都合のいい駒だった。

 

「っっ……!」

 

 ヴライツィンの言葉にカツェの体が大きく震えた。

 カツェ・グラッセにとってイヴィリタ・イステルは眩い宝石だった。

 カツェ・グラッセはイヴィリタ・イステルを裏切れない。

 彼女は魔女にすらなれなかった自分に生きる意味と戦う理由をくれた。厄水の魔女は彼女の為に戦うのだから、他ならぬイヴィリタからの命に刃向うことはできないのだ。

 カツェ・グラッセにとって遠山キンジとの戦場の絆よりも。

 イヴィリタ・イステルとの服従の絆の方が重い。

 彼女にとって絶対の理であり何があろうとも揺らぐことはない誓いだ。

 遠山キンジが神崎・H・アリアを裏切らない、那須蒼一がレキを裏切らない。それと同等の意思を秘めた絶対不変の真だ。

  

 だけど―――イヴィリタにとって、カツェはただの駒に過ぎなかった。

 

 その事実に、腕の中のカツェの体から力が抜けていく。瞳に光が消え、絶望に覆われているのが目に見える。欧州に来てから何度も何度もぶつかり合った愛しき戦友。その彼女が、戦場での快活さは欠片も見せず、諦観と絶望に沈んでいる。

 

「―――――――んだ、よ」

 

 その様を見て。

 変わってしまったイヴィリタ・イステルを見て。

 哄笑を上げるヴライツィン・ヴュルテンベルクを見て。

 力なくうなだれるカツェ・グラッセを見て。

 

「なんだよ……っ!」

 

 俺は。

 

「なんで、お前たちは…………!」

 

 俺は、もう。

 

「っっ―――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」

 

 我慢ができなかった。

 それまで溜めていたものが、堰を斬って激情があふれ出す。

 

「ざっけんな! どいつも、こいつも! みんなして好き勝手しやがって! 大魔女どもも……閻も……ハビも……!」

 

 お前は、お前たちは、

 

「当たり前のように、他人を踏みにじりやがって―――――――っ!」

 

 他人の絶望をお茶菓子のようにする大魔女たちも。

 己以外の何もかもを塵と断ずる大欲天の鬼たちも。

 自分を慕ってくれていた魔女を駒と嘲笑うヴライツィンも。

 どいつもこいつも、己の都合の為に他者を踏みにじる。

 それは、あってはならないことだ。それは許してはならないことだ。

 人の営みにとって当たり前の倫理、だけではなく。

 遠山キンジという一人の人間の義として。

 それは、認めてはならない。

 認められないのだ。

 

「――――カツェ!」

 

 腕の中の戦友へと吼える。

 

「お前は、これでいいのかよ!?」

 

「っ」

 

 小さく、彼女の体が震えた。

 

「騙されたままで! 裏切られたままで! 駒なんて言われたままで! イヴィリタ・イステルにとってカツェ・グラッセは、そんなことでいいのか!?」

 

「――っ」

 

 震えは小さく。

 しかし確かに。

 俯かれた隻眼が。

 輝きは小さく。

 しかし確かに。

 見開かれた赤目が―――――緋色の瞳と交わる。

 

「――――――――――いいわけ、ないだろ」

 

 

 

 

 

 

『私の口づけが貴方の命を奪うのならば、共に私もみな底にて永遠に眠りましょう』

 

 袖を通すのは黒緑の独軍SS制服。肩に棚引くのはルーンが刻まれたストール。

 片目には逆十字が刻まれた眼帯であり、肩まで伸びた緋色の髪は一房だけ深緑に染まる。

 右手には鎖付きの杭、左手にはドイツ製らしき拳銃。周囲、極彩色の怪しい液泡が漂う。

 

緋想詩篇(スカーレット)行進曲(マーチ)

 

 戰嵐の中、水底にて魔性の加護を受けた勇者が立ち向かう。

 

『――――鉄血真十字水精沈下(Das Donauweibchen)

 

 戦場の絆が―――鉄血の真を顕象させる。

 

 

 

 

 




二年ぶりくらいの更新。
まだ待ってていて、読んでくれた方がいれば幸いです。

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