落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第2曲「さぁ――反撃開始だ」

 

 

「欧州楽しいな、この前のバカンス以外心が休まる瞬間が全くねぇ。最高だ」

 

 魔女共から逃れたと思えば、すぎに襲われるとは全く欧州は地獄だぜ。

 警察なんだがよく解らない武装集団を撃退した俺たちはパトラ義姉さんのセーフハウスへと避難していた。ヨーロッパによくあるタイプのアパルトマンで港から小一時間離れた場所にあるそこには敵の手は伸びていないらしく服を変えて、怪我の治療をする時間は十分に取れた。その後セーフハウスに来る途中でリサが買って来た食材で食事を作りつつ、

 

「あぁ最高でしょうね。何人の女の子の心を奪ったのかしら?」

 

「……リサさーん、ご飯まだですかー?」

 

「くすくす、もうできますよ。なるべく簡単に食べられるものです」

 

 大皿に乗せられたのは色とりどりのサンドイッチだ。卵とかツナとかローストビーフとか見慣れたものがあり、それに加えて豆のスープにサラダ。サラダはどうやったのかは知らないが日本でよく見るゴマや醤油風のドレッシングを再現していた。こっちでよく見るバルサミコ酢を使ったものはあまり口に会わなかったのでありがたいことだ。

 本当にリサのスキルは助かっている。

 彼女一人いるだけでコンディションに対する影響が全く違う。

 ローストビーフのサンドイッチを咥えつつ、

 

「それで、あれ警察だったよな? それとも警察のコスプレした傭兵軍団か?」

 

「恐らくどっちもじゃろう」

 

 豆スープを掬いながらパトラ義姉さんが口を開く。息を吹きかけて少し冷ましながら、

 

「シスター・ローレッタが裏切ったんじゃろう?」

 

「あぁ、そりゃもう悪びれずに裏切ったこと証言してくれたぜ? バチカンは一番戦いの道を少ない道を選びますとかなんとかかんとか」

 

「それはきっと真実であろう。バチカンはそういうものだ。ローレッタは賢い。狡賢い、と言ってもいい。これまでの争いでもバチカンはスパイをしていたのじゃろうな。全体的に見て、最も闘争が少なくなる道を選び、背後から操っていた」

 

「そして仲間も裏切っていた」

 

 サラダを摘みながら夾竹桃がつまらなさそうに言う。

 

「うむ。だが奴も焦っていたのじゃろう」

 

 なぜならば、

 

「宣戦会議より始まる戦は雑兵の使用は禁止じゃ。仲間を裏切ることはルール違反ではないが代表戦士以外の戦闘は認められておらん。あんな程度の低いごろつきを雇ったのがその証拠じゃろうな。練度不足を補うために破衝代償符まで付けてな。高いものじゃが、そこまで希少ではない」

 

「でも、何故彼女は我々があの港に来ることを気づけたのでしょうか?」

 

「ローレッタがアーネンエルベと組んでいるということはいくらでも方法はあろう。術式を使えばいくらでもやり方はあるであろうし、なんなら軍事衛星でも使ったのかもの。警察のような表の組織にも顔が効くじゃろうし難しいことはない」

 

「俺があのロケット括り付けから脱出できると思って準備してたってことか?」

 

「で、あろうの。正直全然驚くことなじゃないしな」

 

「うむ」

 

「そうね」

 

「さすがですご主人様!」

 

「釈然としねぇ」

 

 まぁ愛する親友カツェ・グラッセも同じように思っていたようだが。あの魔女俺が飛び出すと解っていて罠も張っていたのだ。ローレッタも予見くらいはしていたはずだ。

 

「ローレッタのことはともかく、メーヤやロンが心配だ。あいつは二人も使い捨てのように扱っていやがった。何かあって捨てられてもおかしくない。後まぁおまけでカイザーもな。ほら、昔の仲間が裏切られて死んでたとかエルが悲しむし」

 

「キンジの感情はともかくメーヤもエルもカイザーも師団には必要だ。ローレッタが争いを少ない道に戦を操作しようとしても我々師団が敗北するのは避けなければならん」

 

 だから、

 

「作戦は立てねばならん」

 

「作戦ならある」

 

 それは、

 

「闘う」

 

 

 

 

 

 

 

 

「言うと思った」

 

「馬鹿だもの、しょうがないわ」

 

「ご主人様らしい言葉ですね!」

 

 ジャンヌが肩を竦め、桃ちゃんが息を吐き、リサが笑顔を浮かべる。

 そしてパトラ義姉さんもまた苦笑し、

 

「作聞こうか? リーダーはお主じゃ」

 

「俺は正面から竜の港に行く。ナイフと錵と銃取り貸さなきゃいけないし、イヴィリタにも落とし前付ける必要がある。まずはそれだ。他の皆はサポートを頼む。ほら、ヒルダ。お前も手伝えよ」

 

 がんがん(・・・・)と床の影を蹴りつけたら、影から強めの静電気が走った。普段は慣れ合うつもりがないらしいがこういう時に反応があれば有事の際には力を貸してくれるはずだ。

 

「うん、これで準備完了だ」

 

「すっごく疑問なんだけどこいつ学校で軍略とか作戦とかの授業取ってたわよね? 成績どうなの?」

 

「最悪だぞ」

 

 余計なお世話だ。

 けどまぁ、仕方ないのでもう少し続ける。

 

「向こうにはカツェがいる。あれは俺がどうにかする、アイツも俺のとこ来るだろ。それとイヴィリタもな。あいつは戦闘力ないらしいし実質アーネンエルベの最大戦力は愛すべき戦友だろ。それにあの傭兵三人組にセーラ」

 

 それに、

 

「――閻」

 

 あの鬼。

 

「ありゃ一体なんだ?」

 

「解らん。詳しい話はあまり知られていない。ただどこかに連中の島があり、そこで暮らしているが一部の者は外に出て暗躍しているらしい。閻もそうだ。極めて強靭な生命力を持つ以外はよく解らんな。イ・ウーでは教授が取引を何度かしていたらしいが」

 

「何にしても肝心なのはアイツも敵ってことだろ。向こうの代表戦士は五人ってことか。俺、ジャンヌ、パトラ義姉さんで三人として」

 

「私は勘定にいれないでよ」

 

 と、桃ちゃんが口を挟み、

 

「……と、言いたい所だけどね。今回だけは手伝ってあげましょう」

 

 煙管に火をつけながら続ける。

 

「……どういう風の吹き回しだ? てっきり私は絶対行かないからアンタ一人で全員倒しなさいよ勇者様なんでしょかっこわらい、くらい言われると思ったんだが」

 

「じゃあ行かないからアンタ一人で全員倒しなさいよ勇者様なんでしょかっこわらい」

 

「貴様ァ!」

 

「くすくす」

 

 桃ちゃんは子供みたいな笑みを浮かべて、

 

「イヴィリタには借りがあるわ。勇者様が何に怒ってるかしらないけど、私をロケットに閉じ込めるように指揮したのはあの女でしょう。私、見かけよりも執念深い女なの」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……何か言いなさいよ」

 

「あー……こほん。それで……」

 

「リサも行きます!」

 

 微妙な空気の中に、場違いな声が轟き慌てて外を見る。

 

「……雷か!?」

 

 普通に晴れていた。

 なんてこった、晴れなのに雷とは。

 

「これも魔女の策略……!」

 

「リサも行きます!」

 

「現実を見ろ」

 

 現実を見た結果雷でも魔女の策略でもなくてメイドの叫びだった。

 頭を抱えそうになりつつ、

 

「……何を言ってるんだ。そりゃあリサ、さっき船で俺たちを庇ってくれたことは感謝してる。だけど、だからって俺はお前に戦いを強要させるつもりなんか……」

 

「強要されているつもりはありません。私は、私の意思でご主人様達と戦いたいと思います」

 

 銀髪のメイドは胸に手を当てて、

 

「私は傷つくのも戦うのも確かに怖いです。その思いはまだ変わっていません。……正直いうと、自分で言って不安もあります」

 

 けれど、

 

「その不安や恐怖よりもご主人様たちが傷つくことの方が嫌です。私が戦うことでご主人様達の傷が少しでも減らせるのならば……私は戦いたいです。それに」

 

 彼女ははにかみ、

 

「あの姿も、好きになれそうです。だってご主人様が綺麗だって言ってくれたんですから」

 

「…………」

 

 何も、言えなかった。

 ジェヴォーダンの姿も綺麗だったが、しかしまたこんな綺麗な笑顔を見せられては返す言葉もない。ちょっと前までか弱いだけの少女だったリサがここまで強くなるとは本当に女とは恐ろしい。頭を抱えつつジャンヌを見れば、

 

「なんだ、キスでもしてほしいのか?」

 

「解った、解ったよ。俺の負けだ? 負け? とにかくこの六人で行こう。人数的には同じか。向こうにアーネンエルベの魔女とかがいるかもしれんがまぁこんなもんだろ。細かい策は……」

 

「私が考えよう、策士キャラだということを忘れてもらっては困るな」

 

「……え? ジャンヌ様策士だったんですか?」

 

「なんちゃってよなんちゃって。そのなんちゃってすら皆忘れてると思うけどね――ちなみに私も今思いだしたわっ」

 

「貴様ァ!」

 

「相っっっ変わらず口の減らん女じゃのぅ」

 

「……あぁ、そいやそうだったけ。元イ・ウーなんだから良く知ってるか」

 

「うむ、正直妾は関わりとうない」

 

 切実な義姉の言葉だった。

 何にしても細かい策はジャンヌに任せるとして。

 重要なことは、

 

「――中空知のことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『震警衰寂(ナーバスサイレン)』」

 

 桃ちゃんが静かにその名前を呟く。脈絡ない唐突なそれが何なのかは理解ができた。

 

「それが中空知美咲の持つ能力――過負荷(マイナス)よ」

 

 彼女はリサが淹れてくれた紅茶に砂糖を放り込み、そのままコップの淵をティスプーンで軽く叩く。高い音と共に水面に波紋が浮かび、

 

「物質にはそれぞれに固有の振動パターンがあり、それと同じものをぶつければ物体は破壊される……なんて話聞いたことない? あの子の声はそれぞオートで引き出せるの。そういう能力だと思えばいい」

 

 ただし、

 

「その適応範囲が無制限なの」

 

「……はぁ? どういうことだそれ。振動波数がどうこうっていうのならそんな無制限なんてことあるのか?」

 

「別にそのままじゃないわよ。私たちは過負荷よ? 類似する物理現象はあるかもしれないけれど、そのまま当てはめることなんてできないわよ。ただ――あの子が口を開けばその声が届く全ては微塵と砕けてしまう、生物も動物も人も物も、何もかも全てが等しく。それこそが――中空知美咲の過負荷の源泉なの」

 

「……んだよ、それ」

 

 桃ちゃんの言葉はすぐには理解ができなかった。

 言われたことをそのまま呑み込んで、少し想像すれば思い至った。中空知美咲がどれだけ過酷な生を過ごして来たのかを。

 

「……それではあのちんみょうな喋り方は」

 

「文法は滅茶苦茶、声も震えてて聞き取れない。それは上がり症だからじゃなくて、そうしないと喋る度に誰かを傷つけてしまうから。あの子なりの防衛術だったのよ。自分を守って、他人を守っていた。……ま、上がり症自体も別になかったわけじゃないでしょうけどね」

 

「……ジャンヌは知ってたのか?」

 

「なんとなくはな。はっきりと聞いたわけじゃないが、隠してることがあるのは気づいていた……無理に聞き明かしたいとも思わなかったしな」

 

「…………ふぅー……」

 

 息を吐く。紅茶を口に含み、心を落ち着かせる。

 中空知がどんな人間だったか、それは俺の想像を超えていた。あの上がり症の通信訳がそんな過負荷を抱えていたなんて。

 いいや、でもそれは別に構わない。 

 それもまた彼女なのだから。

 問題は、

 

「問題は……なんであいつが大魔女になったかってことだ。誰か、何か解ることはないのか?」

 

 答えは全員分の沈黙だった。

 結局彼女がかつてどんな存在であったとしても、先のような化物に変わり果ててしまったことが意味が解らない。

 ただ、解っていることを口にするのなら、

 

「――元老院議長『永劫の魔女』ベアトリーチェ・メルクリウス・カスティリオーニ」

 

 解っているのは、その名前くらい。

 そして、

 

「こいつが黒幕だ」

 

 それだけははっきりしている。

 

「リサを勝手に狼に変えたのもコイツだし、中空知を変えたのコイツだろ。大魔女共の元老院の奴の親玉もそうらしいし、他にもなんかやってるはずだ。……一度エコールの古城で会った」

 

「…………はぁ!? なんだそれは聞いてないぞ!? いつの間にだ!?」

 

「ジャンヌが気絶してた時……いや、多分あれもなんか術式使われてたんだろうな。なんでか忘れてたし、その時も変な夢見た程度だったしな」

 

「……何が狙いじゃ?」

 

「全く解らない。だけど、今重要なのはさっきと変わらない。何時何をしてくるのが何もわからないんだから対策のしようもない。いつか絶対落とし前は付けさせるけど今は目の前のことに集中しよう。ジャンヌ、作戦はどれくらいでできる?」

 

「ま、この人数に人員だ。それほど複雑なことはできん。じっくり考えて一晩あれば十分過ぎる」

 

「じゃあリサ、一晩の間に補給を頼む。食糧武器あればあるほどいい」

 

「解りました!」

 

「金に関しては……悪いけどパトラ義姉さん」

 

「工面しよう。幸い妾は金に困ったことがないからの。使うのがリサというのなら猶更安心じゃ」

 

「日本帰ったら絶対返すよ。桃ちゃんは」

 

「あら、何かしら?」

 

「………………寝坊はするなよ?」

 

「貴様ァ!」

 

 桃ちゃんが声を上げて、皆が一斉に噴き出した。

 桃ちゃんもすぐに苦笑し、俺も声に出して笑って、

 

「さぁ――反撃開始だ」

 

 

 

 

 

 




かなり多めのバトル多めの章になるかも。
ていうかもうそろそろ本編合計文字数が100万文字という。

まぁ番外編入れればとっくに超えてるんですけども!!

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