落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「……訳が分からん」
船上での一連の出来事を聞いたジャンヌの感想は不理解の言葉だった。
気持ちはよく解る。俺だって現状を全く把握できていない。船内で俺たちの前にヒメルクライジェンに倒されたらしく全身傷だらけ――俺と大体同じくらいの損傷だった――であり、ヒルダ義姉さんとリサの治療により各所に包帯を巻きながら頭を抱える。
「一体いつから私のチームメイトは無駄にエロいゴスロリ着て頭悪い笑い声をあげて私に喧嘩を売るようになった? あれはまともに会話もできないような超あがり症だったんだぞ?」
「俺らを迎えに来るときはどうだったんだよ」
「ごく普通に、いつもの美咲だった」
「正面に向き合っても碌に会話できず文脈滅茶苦茶で普通に心配になったがそれで普通じゃったのか」
「いつもの中空知だな」
「その普通があれか、えらいキャラチェンジじゃのぅ」
「キャラチェンなら昔糞痛々しい中二ボッチが嫁命の馬鹿になったことがあったが、もしかしたらソレにも勝るかもなぁ……いや、それはないか。うん」
「私それ見たことないから詳しく話てよ――ネタにできそう」
「み、皆さん余裕ありますね……」
余裕は、ない。
余裕はないがしかしだからって塞ぎこむのは駄目だし、ジョークでも言わなきゃやっていられない。
「どんな時でも余裕と芸風とネタを忘れちゃいけない……ってのはロンに言ったことか。あぁくそロンってかバチカンといえばそっちの問題もあったな。シスター・ローレッタの裏切りもどうにかしねぇといかんし身体も痛いし――おっといかんいかん、言った傍から余裕を忘れてたぜ。小粋なジョークを飛ばそう。こっち来る前にサードのおすすめのヒーロー映画見まくって英語覚えたんだ。ハリウッド風の面白ジョークなら沢山言えるぞ?」
「それリアルで言ったら寒いだけよ」
「だからここぞというときに言えばカッコいいんだろ」
「つまり今言うと格好良くないということじゃな、一先ず落ち着け我が義弟よ。お主は数時間前まで眷属に捕縛拷問されていたんじゃぞ? 一度陸に上がって体を休めるがよいぞ」
「そいやそうだな。調子自体はリサのおかげで悪くないけど……確かにそうだな。中空知のこともシスター・ローレッタのことも、それに……」
それに――水銀のことも。
あれに一発かますのは決定事項にしても解らないことばかりだ。欧州に来て後手に回ってばかりいたが、いい加減そろそろ落ち着いてこちらか出向きたい所だ。作戦も立てたい所だが、今は止めておこう。ヒルダ義姉さんの言う通り一度体を休めてからの方がいい。
「ほれ、港が見えてきたぞ」
「ん、そいやセーフハウスみたいのは?」」
「無論あるとも。妾は結構な金持ちなんじゃぞ? 欧州各地に点在しておる。ま、眷属の範囲内のは流石にそう簡単には使えんが……」
考えてみればこんな普通にクルーザー出すことができるんだから金だって持っているだろう。考えると俺の身内は金持ちばかりだ。アリアは貴族だし白雪も実家は有名だし理子は泥棒だしエルも貴族だ。ちょっと前にベレッタ社がスポンサーになってくれたからそこそこ金に余裕はあるが、しかし自由に使えるわけではない。貧乏人の知り合いといえば蒼一だがあれはそもそもレキの紐だし金を使わない男でもある。
バスカービルからキリコに頼んだら専用の船とか作ってくれないだろうか。
しかしそれより酷使した緋影の修理の方が先か。てかあれ今どうなてるんだろ。
そんなことを思いながらヒルダ義姉さんのクルーザーが港に停泊する。そういえばどこの国のどの都市か聞いていなかったが、まぁ後でいい。
それよりも休息だ。
慣れない土地だが、リサがいるのだ。どんな場所でも実家の如く寛げるはずだ。
前に寝たのは何時だっけなどと思いだすと、カツェに拷問されながら意識を落としたことだったと気づいて肩を落とす。やはり寝るのならふかふかのベッドか布団だ。
そんなことを思いながら港の事務員らしき人と話しているカツェ義姉さんに視線を移す。そうしたら背後から警官らしき男性が現れた。
「――」
一人二人ではなかった。
普通に話しかけてきたのが三人。
不審に思って周りを見渡せば港の各所に違和感がある。鉛色気味の曇り空の下、無骨なコンテナや魚を捌くであろう作業場。港としてはそれほど大きくないし、夕方前だからか人の気配は少なく些か密閉された空気がある。
人の気配が少ない、というより。カツェ義姉さんと話している奴以外漁師らしき人間が誰もいない。
いるのは妙な重装備で固めて物陰やらに潜んでいる怪しい奴ら。
額に、汗が流れる。
「…………ジャンヌ、桃ちゃん、リサ」
「なんだ?」
「何よ、速く降りなさい」
「なんでしょうか、ご主人様」
「合図をしたら――」
言葉の途中で動きがあった。
パトラさんに話しかけた警官が銃を抜き、周囲に潜んでいた怪しい連中もまた武器を構えていた。
だから言うべき台詞は途中で変わり、
「――走れ、今すぐにだ――ッッ!」
両眼を見開いた。
「……!?」
同時視界の中、パトラ義姉さんに話しかけていた三人や周囲の武装者が体勢を崩す。
視線に気合いや覇気を乗せて気絶させる『
代わりには彼らの服の内部からお札らしきものが弾けた。
「破衝代償符だとぉ!?」
「あぁ? なんだそれ!?」
「自分の受けたどんな衝撃や攻撃を符が請け負う身代わりアイテムだよ! 激レアの一枚1万ユーロだぞ! こんなチンピラ共が持っていいものではないぞ!」
「一万――ユーロォ!?」
つまり100万円である。ふらつきながらも飛び出して来た武装者はパッと見十人超えている。高ランク武偵的にはそこまでの大金ではない。実際レキやアリアのPADの総製作費など考えるのも馬鹿らしいし、武偵弾一つはそれよりも高い。しかし日々貧乏な俺からすればそんなもの使えるなんて愕然する他ない。
舌打ちをしつつ、クルーザーの縁を飛び越えて波止場を走る。
「えぇいなんじゃこいつら、いくら妾が美しくて素敵で魅力的なナイスバディなお姉さんだとしても警察の人間が襲うのはれっきとした犯罪じゃ! そもそも妾は――人妻じゃぞ!」
「それを言ったら逆に燃え上がる奴もいるよ!」
若干テンパっていたパトラさんの下に全員で辿り着く。
俺、パトラ義姉さん、ジャンヌ、桃ちゃん、リサが一塊になっている間に武装者は完全に体勢を立て直し、短機関銃を連射してくる。それはパトラ義姉とジャンヌが砂と氷で壁を作り防いだ。
「なによこの状況は! てかどーするのよ! キンジ、さっきの視線ビームもう一度やりなさい!」
「あれ実は滅茶苦茶疲れるんだよ!」
雑魚を大量に倒すのには便利なのだがものすごく疲れるのだ。コンスタントに使えたら楽なのだがかなりの気力を必要とする。その上ヒメルクライジェンのせいで身体へのダメージは残ったままだ。使えないこともないけれど、今のコンディションではもう一回使えば力尽きそうで使えない。
「じゃあ他になんか考えなさい!」
「ちょっと待て今考え――」
言葉の途中で氷砂の壁を超えて手のひらサイズの緑のパイナップルが転がり込んできた。
緑のパイナップルというか。
手榴弾だ。
それも、四個ほど。
「――ジャンヌ、パトラ義姉さん!」
手榴弾の処理は二人に任せる。二人の砂と氷だったら爆発そのものを包み込んで処理することくらい余裕だろう。問題はそれで氷砂の壁が砕けて弾丸が抜けること。桃ちゃんの直接的な戦闘力は低いし、リサの獣化も使わせたいものではない。
だから銃弾の雨は俺が対処すればいい。
愛銃やナイフ、緋刀は全て魔女連中に没収されたから今の俺は丸腰だ。けれど、それで動かないわけがない。色金の気を指先に集中させ、五指を超強化させる。久しぶりに通常の『
その上で体を弾丸へ晒す。
身を投げ出すのと同時に足元の石ころを蹴り上げた。
ただ蹴り飛ばすわけではない。つま先で桜花を発生させ、桜花を纏わせた石ころを射出するのだ。まずはそれで頭に命中するルートだった弾丸を弾き、さらにその弾丸で心臓へ当たるルートの銃弾の軌道を変える。それ以外の身体に当たる奴は命中の瞬間、身体を桜花と共に揺らしながら弾丸を逸らし、
「つりはいらないぜ!」
反射させ、短機関銃の銃口へと『
「ぐあぁ!」
野太い悲鳴を聞きながら、同時に前に出る。
踏み出しながら、今度は普通に地面の石ころを蹴り上げてキャッチする。それを桜花を掛けた指で射出する。いつだったかレキが五百円玉を弾いて弾丸にしていたことがあったがそれと同じだ。レキほどの滅茶苦茶な精度と連射性はないが、手にした三つの石礫程度ならば問題はない。飛び出した石弾はまずパトラ義姉さんに絡んでいた警官三人の額にそれぞれ命中させて意識を奪う。
そのまま崩れ落ちる警官の中に飛び込んで、その身を盾としながら突き進む。
背後で氷と砂の中で手榴弾が爆発した音を聞きつつ、
「ッチ――」
舌打ちをしながら武装者がナイフや剣、打撃鞭のような近接武装を手にして迫って来る。流石にフレンドファイアを構わないような非道連中ではなかったらしい。出てきたのは十人程だが――その方がやりやすい。
真っ先に突っ込んできたナイフ使いだ。突き出されたナイフを『
「橘花――絶牢」
エネルギーを反射して回し蹴りを叩き込む。
「がっ――」
「ぐお!?」
吹き飛んだナイフ使いが背後の二人を巻きこんで転倒する。直後に襲ってきたのは長剣を持った男だ。振りかぶり、振り下ろす一刀には明らかな殺意が籠っている。当然、受けない。
「――っと」
再びの『
「えっ」
挟んだ二指で内側に桜花を発生させて刀身を叩き折る。
「驚くことか?」
「ぐえっ」
折れた剣を呆けたように眺めた男の顔面に桜花を叩き込んで意識を奪う。
倒れる途中で手を蹴り飛ばして折れた剣をキャッチ。
逆手で握り締め、
「後ろは止めてくれ」
頭の後ろに運び、叩き込まれたハンマーを受け止める。
背後からの奇襲に対して戸惑うことなどない。寧ろ、着弾の瞬間に再び絶牢を発動。上からの衝撃を沈みながら伝達加速させ右足を背後に蹴り上げ、逆サマーソルトでハンマー持ちの顎を砕く。落としたハンマーも同じようにキャッチし、折れた剣と共に少し離れていた所で銃を構えていた武装者へ桜花と共に投げつける。一応加減と柄の方で投げつけたので死ぬことはないだろうが。潰れた蛙のような悲鳴は聞こえてきた。
まぁ生きてるだろう。
だから次に行こうとして、
【ポッと出のポッと連中が邪魔するんじゃないわよモブはお呼びじゃないのそこら辺で座り込んでなさい!】
「ぐわーっ!!」
桃ちゃんの毒舌が響いた。
残っていた連中全員が身体に痣を浮かび、泡を吹きながら崩れ落ちる。
後には静寂が残り、後続の襲撃者はいないようだ。
「……次は最初からそれやってくれよ」
「実は滅茶苦茶付かれるのよ」
「貴様……」
「てかアンタ普通に戦っても強いので。スーパーパワーでどかーんするしか能がないと思ってたわ」
「貴様ァ!」
「そ、そんなことないですよ! ご主人様はスーパーテクニシャンです!」
「うん、リサ。その発言は誤解を呼び込むから止めよう」
「ほほう、これは帰ったら……」
「ジャンヌうううううううううううう!!」
「おいやめろそれは違うジャンヌだ」
「お主らコントはそこまでにしておくがよい」
「はーい」
パトラ義姉さんの言葉に全員が頷く。
リサが意外にノリがいいというか適応力が高い。
「また次の連中が来ても敵わん。色々疑問はあるが、一先ずここを離れようぞ」
「そうね、さっさとバカンスに行きましょう」
「お前ほんとブレねぇなぁ……」
「私のままでいいんでしょう?」
「うむ、言っていたなぁ」
「言葉もテクニシャンですね!」
「助けて義姉様!」
「自業自得じゃ」
謎の襲撃団。
まぁ今更後れを取るキンちゃん様ではないですよい。
GO始めたらブーディカおねーちゃんが愛おしすぎて辛い。
つい先日四つ目の推薦を頂きました、極めて感謝。
当方感想、推薦いつでも歓迎ですよ!!!!
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