落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第十二章 厄水の戦友と戰嵐の魔将
プロローグ「……どうなってんだよ」


 始まりが何だったのか、誰もそれを覚えていない。

 何かがあったはずだし、何かを考えていたはずだし、何か夢があったはずだし、何かを祈ってい たはずなのだ。家族や友人、恋人、隣人、好きな人も嫌いな人も当たり前のような人間関係を気づき、当たり前のような日常を過ごしていた。勿論生きていく上 で何も問題がなかったというわけではなかった。自分自身の抱える異端や欠落はあったし、幼い時分はそれに憤ることや他人に迷惑をかけることがあった。

 けれど時を重ねるのと共に折り合いを付けていった。

 異常も過負荷も、そう思うからそうであるだけで受け入れてしまえばプラスにもマイナスにもなりえない。ただの等身大の自分だ。

 きっと誰しもがそうやって大人になっていく。

  日常を過ごしながら、たまに未知が起きて、けれどそれは自分や友人の助けを借りて解決して、未知は既知となり、また日常に変える。人生とはそれの繰り返 し。人によってその配分は差があるだろうがこれは変わらない。人の一生は未知を既知に変える作業だ。勿論この広い世界で、人の寿命高々百年足らずで未知を 味わい尽くし、既知に飽くことなど不可能。故に多くのものは世界の多くを知らずに命を落とす。それは悪いことではない。例え多くのものを知らなくなって、 自分にとって大事なことを幾つか解っていればそれで十分なのだから。

 命はただそこにあるだけで美しい。 

 生きていくだけならば特別でなくても、異常でなくても、過負荷でなくてもいい。勿論零である必要もない。当たり前の普通に生まれて、当たり前の普通に生きて、当たり前の普通に死ねばいいのだ。

 彼女もそれでよかった。

 なのに、誰も何も覚えていない。

 原初の記憶は気づいた時には消え去っていたし、失ってしまったことすら覚えていない。脳髄は阿片に侵されたかのように朦朧とし喪失の痛みすら快感に変わってしまった。

 真実も虚構もごちゃまぜになって。

 何が真実で何が虚構かなんて解らないし、覚えていないし、どうでもいい。

 そこにはただ――水銀に穢された魂があるだけ。

 けれど穢れたことすら気づかず、彼女は笑うのだ。

 くすくす――げらげらと。

 

 

 

 

 

 

 歪んだ笑みと共に夢を顕彰させた中空知の姿はもはや俺が知っているものではなかった。存在そのものが別物に――かつて見た大魔女連中に等しいものに変わってしまっている。服装や仕草以上に、魂が別の物。

 頭を支配したのは疑問だ。当然だろう。なぜ中空知がこんなゴスロリ着込んで立ちふさがっているのだ。

 それもまた、水銀の気配が答え。

 全身が破裂したように入った裂傷から血を流しながら中空知――ヒメルクライジェン・ラインヘッセンを見据える。

 

「なんだ――っ、なんでだ!?」

 

  二度目の問いかけは色金の気による回復の結果によるものだ。発生した裂傷は決して軽くないレベルのもの。常人ならば動くことのできないだろう。俺ならば行 動に問題はないが、けれど無視しておきたいものではない。だから全身に色金の気を回すことで応急処置を行おうとしたが――治癒は適応されない。

 色金という最上位の力を阻害無効化するというのは魔剱が記憶に新しいが、しかしまた何か違うものを感じる。

 その何か――今まで相対してきたものとはまた違う何か。

 体感では術式(コード)のようであり、しかし何かが違う。

 

「くすくす――」

 

  焦りを隠せない俺に、しかしヒメルクライジェンは嘲笑を浮かべながら体に手を這わせる。濃紺のゴスロリは彼女の豊満な体が協調されたもので、それ故に彼女 の仕草は恐ろしいほどに艶めかしい。性的なアピールなんて無意識意識ともかく理子や白雪、最近だとリサからシャレにならないレベルで受けているし、こんな 状況にも関わらず視線が移ってしまう。

 いや、見てる場合じゃない。

 そう思いつつも何故か、どうしても目が離せず――

 

「全く、遠山さんも男の子ですね? あれだけ女性を囲っていながらまだ満足できないんですか?」

 

「がはーー!?」

 

 裂傷が深刻化した。

 ヒメルクライジェンの登場と共に受けた傷が、さらに深く刻まれ、血が噴き出す。噴出した血は霧のように飛沫き、霧となって海へ散っていく。

 何かされたようには感じなかった。 

 ヒメルクライジェンはただ喋っていただけで、しかしそれにより裂傷が広がったということは、

 

「喋ることで傷が――!?」

 

「――くすくす――!」

 

 予測の叫びに、しかしヒメルクライジェンは答えない。

 代わりに、

 

「げ らげら――げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげ らげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげ らげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげ らげらげらげらげらげらげら!!!!」

 

口角を吊り上げ、表情を歪ませて、これ以上なく下品に哄笑をあげるだけ。いったい何が面白いのかまるで理解できないがしかし彼女は狂ったように笑っている。

狂気――時として俺たちは自身のあり方を狂気と認識する。狂っていなければ乗り越えられない状況ばかりであるし、愛こそが狂気なのだから。

だけど、この狂気は俺たちとは違う。

 違っていて、違いが大きすぎて、まるで理解ができない。

 負の感情をどろどろに煮込んで濃縮して、それをそのまま口から掃き出しながら俺を馬鹿にしている。

 そう、彼女は嘲っているのだ。

 或は憐れみさえ哄笑の中に潜ませていた。

 くすくす――げらげら――糸にも気づかず踊り狂っているだけの哀れな人形。何も知らないでいっそ可愛らしいくて、馬鹿馬鹿しくて――反吐が出る。

  箱の中の人形劇を傍観者気取りに嘲笑っている、絶対強者が弱者を見下して馬鹿にしている、そういうものだ。絵に描かれた餅は所詮ただの絵であり、味わうこ とはできない。餅を食べたければ実際に餅を食べればいい話だ。けれど絵に描かれた餅がどういう味なのか、どういう過程で作られたのかは楽しむことはできる し、それを自分の好きなように絵を書き換えることもできる。

 今の彼女はそういう存在だ。

 そもそも立っている次元が違いすぎて相互理解が及ばない。

 こちらからすれば不理解の塊だし、あちらからすれば哀れな駒に過ぎない。

 それを、理解してしまう。中空知美咲はどういう訳か魂のそこから水銀に染められ、ヒメルクライジェン・ラインヘッセンという魔女へと落ち切ってしまった。

 信じたくないという思いと同時に俺の戦士としての冷静な部分、そして覇道者としての部分が魂の堕天を悟ってしまったのだ。

 

「中空知……!」

 

 半ば縋るような声に、しかし彼女は揺らがない。それどころかいつまでその名を呼んでいるのだと言わんばかりに下碑た笑い声を強くするだけ。

 目を叛けたいと率直に思いつつ、しかしどういうわけか視線を逸らすことができない。

 変わりきってしまった少女はそのまま続けて口を開こうとして、

 

「――やかましいわ小娘、色香を振りまくことしかできんのか」

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 砂金だ。

  金色が塊となってヒメルクライジェンへと襲い掛かる。大の大人と同じくらいの体積を持つ金の塊は砂礫の魔女により自在に操られ、鷹や鷲、犬、蛇といった動 物の形を作り群れとなって大魔女へ迫る。対しヒメルクライジェンは飛び退き、その先に白金の影がまた強襲し、彼女の肩を切り裂いた。

 

「ホホホ、我が義弟に手を出すとはの。何ぞ知らんがそのまま帰れるとは思わん方がいいぞえ?」

 

「ご主人様たちには、手を出させません……!」」

 

 立ち塞がったのは砂金を自在に操る砂礫の魔女パトラ義姉さん。そして四肢に金の狼毛を纏い、爪と牙を鋭く伸ばしたリサだ。

 

「ぐるぅぅ……!」

 

  その姿はジェヴォーダンの気配を残し、けれど大部分はリサのもの。部分的な人狼化は――自惚れのようだが俺との絆によるものだ。これまでリサは星狼の姿を 忌避していたし、それ故に傷つくことも戦うことも遠ざけていた。けれど彼女は傷ついても尚俺のことを想い願ってくれた。そしてその俺もまた星狼の姿を美し いと賞賛し受け入れた。

 だから、リサはジェヴォーダンの獣を許容する。

 その二人を前にしてヒメルクライジェンは疎ましげに眼を細める。ため息をつき――口を開いた。

 夾竹桃を瀕死に追い込み、数瞬前俺に深手を負わせたその言葉で。

 

「……煩わしい塵共ですね、貴女たちには興味はないのですけれど」

 

「――!」

 

 やはり、鮮血が舞った。

 けれど、

 

「興味がないのは――」

 

「私たちも同じです!」

 

 損傷は、あまりにも軽微だ。致命傷やその一歩手前の俺とは全く違う。パトラさんは全身に広がっているが薄皮一枚程度であり、リサに至っては切り傷が数本生じている程度だけ。俺や夾竹桃とはあまりにも損害が違いすぎる。こう言っては何だが。存在強度だけの話ならば今の二人よりも俺の方が強いはずなのだが――、

 

「……っ!?」

 

 結果に驚いたのはヒメルクライジェンも同じだ。喉へ視線を落とし、そして軽傷の二人、俺と夾竹桃へと移り変わり、

 

「――■■■■■……!」

 

「な、中空知ッ!?」

 

 喉を掻き毟る。

 それは尋常ではない様子だ。先ほど哄笑を上げる姿から埒外の狂気を感じたが、しかしそれとも全く違う。普段俺たちが痒いから掻くなんてレベルではない。爪を突き立て、肉を引き裂くもの。腕力的には大したことがないのか、それで即座に命を落とすようなことはないらしい。

 けれど、だからこそあまりにも痛々しい。

 先ほどは妖艶な魔女のようでありながら、今は欲しい物が手に入らないから自棄になって叫んでいるだけの子供だ。

 どれだけの想いがあればそこまで自らの身体を痛めつけられるのか。自殺しかねない程の絶叫を共にして喉を掻き毟り、

 

「興味はないと言ったじゃろう」

 

 黄金の魔女には抱擁の魔女を省みるわけがない。

「黄色の砂如きが……!」

 

 動いたヒルダにヒメルクライジェンが吐き捨てる。それによりまたもヒルダの褐色の肌が浅く裂けるがしかしやはりその程度。手の平に集めた砂金が大きな砂時計の形を得る。それは何の変哲もない砂時計のように見える。全て砂金で構成されているとしたら、莫大な金額になるだろう。俺の目からもただ魔力で形を作っただけの造形物に過ぎない。

 異常や過負荷ではないし、術式でもない。超能力としても極めてグレードの低いもの。

 故に砂礫の一手はそのどれでもなく、

 

【何を言うか。知らんのか? 時は金なり(Time is money)――金があれば何でも買えるんじゃぞ?】

 

 刹那――展開が数段飛ばされた。

 

「!?」

 

 驚愕は俺もリサもヒメルクライジェンも。

 いつの間にかヒメルクライジェンの全身を拘束するように砂金の塊が纏わりつき、

 

【ま、金の切れ目が縁の切れ目とも言う。扱いには十分注意せねばならんな】

 

 言葉と同時に消滅する。

 そして消え去ったのは砂金だけではなく、

 

「――おっ!?」

 

 俺の視界の自由が戻った。数瞬前までヒメルクライジェンの姿以外見ることが赦されなかった。けれど今は好きに動かせることができる。

 

「っ……桃ちゃん!」

 

「大丈夫です! 絶対死なせません!」

 

 先ほど致命傷を与えられた桃ちゃんを見れば、既にリサが駆けよっていた。傷には砂金が当てられ、その上からリサが包帯を巻き応急処置をしていく。二人を庇うように俺と義姉さんが立ち塞がった。

 

「……っ」

 

 その様をヒメルクライジェンは見据え、これ以上なく顔を歪ませる。

 より正確には――恐らく、桃ちゃんを睨みつけていた。

 

「……て」

 

 睨みつけたまま何かを呟き――その姿が黄金の蝶と共に消失した。

 

「……消えた?」

 

「……の、ようじゃな。妾の結界にも反応はない――それはそれで考えると恐ろしいが今は置いておこう。今は夾竹桃じゃ。ジャンヌも出てこないし、同じ目にあっているやもしれぬ。見てこよう、リサ処置を続けろ。キンジは……まぁ、好きに動くがよい」

 

「……あぁ」

 

 頷き、パトラとリサがそれぞれ動いていくのを見ながら船の縁にもたれ掛る。船内にパトラ義姉さんがいるのだから船上のリサたちを守るべきだから、動くべきでもない。

 動くべきでもないし――動く気にならなかった。

 仲間は信じているし、信じ続ける。

 そして中空知美咲も仲間だ。

 だけど、あんな様なんて。

 桃ちゃんは気を失っていて、見ているのはリサくらい。そしてリサの前ならば、少しくらいの弱音は吐ける。

 空を仰ぎながら、手で顔を覆って、

 

「……どうなってんだよ」

 

 




再開しますよー。
章タイトルは予定変更で。
第十二章 厄水の戦友と戰嵐の魔将

更新再開していきますよーん

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