落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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エピローグ「魔女の宴――」

 

「それでどーするのよ」

 

「どうしよう」

 

「あわわ」

 

 桃ちゃんは言い、俺は答え、リサは狼狽える。

 満月の光に照らされ、二人を抱きしめながら落ちていくわけだがマジでどうしよう。

 かなりの高度から落下したが、しかし星狼との戦いでもかなり落下している。眼下の大海に落下するまでは数十秒。当然このまま海に落ちたら大変なことになる。

 その大変なことになるは非常に勘弁してほしいわけだが、じゃあ実際どうしようという話になる。

 

「リサ、あの最善化もう一度できるか?」

 

「え、えっとその……あれは無我夢中だったので……」

 

「そっかぁ。桃ちゃんは?」

 

「あれ死ぬほど疲れるんだけど」

 

「よっし行けるな」

 

 地味に痛い肘撃ちを喰らうが考えるが、諧謔曲を再び用いて落下の速度や衝撃を爛れさせて海に落ちるというのが最善手だろうが、しかしそれでどこまで拡散できるのかが解らない。俺だけならば多分それで大丈夫だろうが、桃ちゃんとリサは大丈夫じゃない。

 言うまでもないが俺だけ助かって二人だけ助けられなかったなんてのは絶対ダメだ。落下時の衝撃を先に俺が受けて逆ベクトル桜花の減衰防御である橘花を使って拡散しまくれば或は大丈夫だろうか。

 

「ちょっとアンタ犠牲とか止めなさいよ。この先クロメーテルちゃんが見れないでしょ」

 

「理由は置いていおいて心を読むな」

 

「顔見ればわかるのよこの阿呆」

 

 また小突かれた。というか桃ちゃんは忘れているかもしれないけど俺は星狼に結構体食いちぎられててそこそこ満身創痍だからね。

 まぁ確かに今の身体で二人を庇う橘花なんてしたら今度は俺が駄目になるかもしれない。

 

「……あー、どうしようかなぁ」

 

 呟き――衝撃が全身を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっーー!?」

 

 それは砂と氷(・・・)だった。

 海水ではない。予想していたよりもずっと早く砂と氷に激突する。しかし同時に想定していた衝撃よりもずっと軽い。

 空中に薄い板状に伸びた氷と砂が交互に何十にも展開されていたのだ。一つ一つは極めて薄く、強度も低い。だから激突しても俺たちにダメージが帰ってくることはないが――それら二つが衝撃を拡散させていく。

 

「――っづ、おおおおお!」

 

 砂が吸収し、氷が拡散させることで落下の速度は緩和される。そして当然それを見逃さない。橘花で二人を庇う場合に問題だったのは衝撃の逃がし場所だ。触れている状態だと俺の身体で止めるしかなく、そんなことをすれば俺の身体が持たない可能性が高い。

 しかし、今は違う。

 氷砂の多重膜を落ちていく故に周囲には逃がす場所なんていくらでもある。故に橘花を連続を発動させることで氷の破片や砂粒を媒介として用い衝撃を拡散させる。

 そして――

 

「どわっ!?」

 

「ちょっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 三人揃って海面に直撃する、が衝撃は想像よりもはるかに小さかった。

 というか、海面というより泥だ。大量の砂と海水が混じり合わせて作り出された氷砂多重膜よりもさらに衝撃吸収性能に優れた天然のクッション。服や口の中に泥が入って来て、傷だらけの身体には色々最近とか心配だが――この人(・・・)に限っては心配ないだろう。

 実際泥に突っ込んでからもそこそこの深い辺りまで落ちたにも関わらず呼吸は可能だったし、傷口には泥が付着しているが寧ろ痛みが和らいでいく。

 さらに泥自体が流れを生み沈んでいた俺たちを浮かび上がらして、

 

「――久しいのう、調子はどうじゃ?」

 

「……滅茶苦茶疲れたけど、うん、懐かしいこと思い出す」

 

 原潜イ・ウーから脱出した時もこの人、いやさ、このお方のおかげで俺たちはあののっぴきならない状況から生き延びてきたのだ。

 海面に頭を出して視界に入ったのはやたら装飾が凝った金のかかっているクルーザー。その先端部分に腰かける黒髪褐色肌の美人。

 

「助かったぜ義姉さん」

 

「ほほほ、義弟の為なら妾とて幾らでも助力を惜しまぬぞ!」

 

 砂礫の魔女――遠山パトラ。

 我が敬愛すべき義姉様は高らかにそう笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「しかしどーやって俺たちの場所に都合よくスタンバってたんだ? パトラさんもジャンヌも」

 

 海から引き揚げられて、クルーザーのデッキで身体や服を乾かしながら思う。

 へばり付いていた砂とか泥はパトラさんの操作であっさりと除外されたけれど、冬の海に落ちたせいで体温が随分と落ちている。三人で毛布に包まりながら、スープやら鳩肉の丸焼きや豆のサラダ――伝統的なエジプト料理でパトラさんが船内で作ってくれたらしい――を食べて体力を取り戻す。そういえば前にエコールが脱出した時もこうして毛布に包まりながらスープを啜っていた。

 

「妾の占星術、それをメーヤの幸運強化で占ったからのぅ。最もそれだけじゃないが」

 

「カイザーから魔女連隊の基地があるであろう候補地を幾つか聞いてたからな。それらに的を絞っていたというのも大きい。候補地から幸運強化を掛けて占って、どう動けばいいかを判断したわけだな」

 

「…………アイツかぁ」

 

 今回は間接的にアイツの命を救ったわけだが、同時に俺たちも救われていたらしい。どうにもいいイメージがないから微妙な気分になるが、事実は事実として受け入れよう。幸運強化があったとしても、ピンポイントで俺たちの回収に回るのは難しかっただろうし。

 

「んでもメーヤは……」

 

「ん? 随分とお前のことを心配してたぞ。一回くらい意識飛ばしてたしな。幸運強化をパトラに譲渡するのにかなり消耗したから今はパリで寝込んでいるが……」

 

「……なるほど」

 

 どうやらバチカンの裏切りにはまだジャンヌたちは気づいていないらしい。あのシスター・ローレッタは大概の腹黒でメーヤやロンたちを騙しているのだ。俺が脱出したことで自分の裏切りがバレることも予想しているだろうし、動き方も考えているだろう。

 困った話だ。

 どうしようなぁ。

 

「ま、おいおい考えるか。一先ず疲れたわ、まじで。飯は食ったから風呂入って布団にダイブしたい」

 

「肝が太いのぅ、お主は」

 

「そうしないと終わった気がしないからなぁ」

 

 消耗や損傷の話の続きをするのならば、精神的なそれらの場合はそういう日常を挟まないと休まらない。そっちはそっちで肉体的なダメージとはまた違ったやり方が必要で、逆に言えばある程度身体のダメージが残っていても、精神だけを休むこともできるわけだが。

 

「桃ちゃんとリサはどうだ」

 

「大体同意ね。お風呂入ってネーム切って、マッサージ受けてアロマ効いた部屋で十五時間くらい寝たいわ」

 

 注文が多い。

 

「解りました! お風呂とネームの準備をして、お香と精油を用意してマッサージもさせていただきます! 眠りについてから十五時間で起こせばいいですか? 子守唄も歌わせていただきますよ!」

 

 多すぎる注文を超えなくていいから。

 

「おい、桃ちゃん少しは遠慮しろや」

 

「え、なんで? 貴方がもう全身エロッエロなマッサージから言葉にできないムフフなことまで全部させて横に侍らせて寝るんでしょう? それに比べたら私なんて大したことないわよ。横で見てて全部ネーム切って次の祭典で売りに出すから。『天然オオカミエロメイドの完全ご奉仕』――売れるわねかっこかくしんかっことじる」

 

「そ、そんな――買います!!!!」

 

「いや、そんな力いっぱい頷かなくていいから。そしていい加減にしろよ桃ちゃん」

 

「……やれやれ、相変わらずのようだな勇者様?」

 

 呆れたように嘆息しながらジャンヌが苦笑する。

 

「これで何人目だ?」

 

「……………………こほん。これからどーするんだ? パトラさん?」

 

「雑にすり替えるのぅ……そのことなんじゃんが、疲れた所に一つ伝えておかなければならん」

 

「?」

 

 眉をひそめがら言うパトラさんはどういうわけか言いにくそうだった。パトラさんだけじゃなくて、ジャンヌも彼女が切り出したと同時に顔色を曇らせる。

 

「――東京と連絡が取れなくなった」

 

「――あ?」

 

 なんだって?

 

「つい数日前じゃ、国際電話や例のチャットアプリでも、東京にいる師団の者とのコンタクトが取れなくなった」

 

「……原因は?」

 

「不明じゃ。一切解らん」

 

「…………………………なにかあったってことなんだろうなぁ」

 

「問題は、その何かが何であるかということなのだがな。通常秘匿総ての回線が完全不通だ。地球の反対側のことなんぞ流石に解りようもない」

 

「ほーうほーうほーう」

 

「……なによ、その変な声。もうちょっと心配そうな声だしたら?」

 

「心配してる。心配してるよ」

 

 だけど、今俺たちにはできることがない。

 

「……なんだ、もっと心配してオロオロするかと思ったわ」

 

「しねーよ。俺がオロオロしてなんか変わるか? 蒼一が後で爆笑するくらいだろ」

 

「それがいいんじゃない……!」

 

「貴様ァ!」

 

「お、おおおお落ち着いてください!」

 

 なんにしても、できることはないのだ。

 向こう状況は解らないし、残して来た連中も心配には違いない。

 でも、

 

「信じるしかないだろ――俺の大好きな仲間たちを」

 

 それが遠山キンジの(イノリ)なのだから。

 

「そりゃまぁあいつらだってなんか俺の知らない所で派手に負けてるかもしれない。なんか俺の知らない連中に思いっきり嵌められて見るも無残に大敗を記してることもあるだろうさ。いや実際俺らがストレートに勝ったことなんてないしな。負けた数、嵌められた数なんて数えきれない」

 

 だけど、

 

「俺たちは負け犬のままじゃ終わらない」

 

 負けても、嵌められても、そこから這い上がって諦めないのが俺たちなのだ。

 武偵憲章にもある。

 諦めるな、決して諦めるな。

 だから、信じる。

 俺たちの絆にとって、それはなによりの力になるのだから。

 

「ま、大丈夫大丈夫。どいつもこいつも一筋縄じゃいかねーのばっかだから。寧ろ派手に負けてたら帰って笑ってやろうぜ」

 

「……その理屈でいうとお前もかなり笑われると思うぞ?」

 

「……おぉ」

 

 確かに欧州来て何回負けて嵌められたのか。

 これは蒼一にめちゃ煽られそう。

 

「煽られた分煽り返しまくるからいいや。……そいや、パトラさんとジャンヌが此処にいて、ロンとカイザーはアムステルダムだろ? メーヤはパリで……中空知はどうした?」

 

「あぁそれならぶっ倒れたメーヤと残すのも危ないと思ったから連れてきた。けど船酔いして体調を崩してな。寝込んでたんだが……どれ、様子を見て来よう」

 

 ジャンヌが立ち上がり船内へと消えていく。外見だけじゃなくて、中身も大分豪華なのだろう。全員分の個室とかシャワー室もありそうだ。

 

「……ねぇ、キンジ」

 

「あぁ? なんだよ、改まって」

 

「……美咲のことなのだけれど」

 

 彼女にしては珍しく言い淀んでいた。だからその様子を怪訝に思い、桃ちゃんに向き合う。

 

「…………」

 

 しばらくの間、桃ちゃんは何も言わなかった。加えた煙管に火を付けて、しばらくの間紫煙を曇らせて、

 

「キンジ」

 

「おう」

 

「中空知美咲を救ってほしい」

 

「――」

 

「あの子は……あの子は、私と同じなのよ。私と同じで、自分が救われてはならないと思ってて、変わっちゃいけないって思ってる。だから人と深く関わろうとしなくて、でも本当は寂しくて離れることができない。それでいいって諦めてる。けど、ねぇ、それでも貴方なら――」

 

「余計なことを言わないでください夾竹桃さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぇ?」

 

 それは一瞬だった。

 誰かの声が響いた途端に――夾竹桃の全身の肌が破裂して鮮血が舞った。

 瞬く間に彼女は真っ赤に染まり、糸が切れたように力を失い、

 

「桃ちゃんッ!」

 

 抱き留める。

 

「っ……ぁ……ぁ……」

 

 息はある。けれど全身破裂による痛みとショックで痙攣を起こしていた。

 

「敵襲か――!?」

 

「夾竹桃様!」

 

 すぐにパトラさんが砂を纏いながら立ち上がり、リサが駆けよってくる。

 誰かの声――誰か。

 誰かなんて、すぐに解った。

 

「――中空知?」

 

「はい、私です遠山さん」

 

 前髪で目元を隠した少女。

 中空知美咲が俺たちの前にいて、

 

「……がっ!?」

 

「キンジ!?」

 

「ご主人様!」

 

 桃ちゃんと同じように俺の肌も弾けた。いや、彼女ほどに酷くはない。けど、決して軽くはない。パトラさんによって塞がれていたはずの傷が開き、大量の血が舞う。

 なにをされた? 

 何かの、スキルが発生した気配なんて一切感じなかったのに。

 いやそれよりも。

 そんなことよりも、

 

「お、お前……正面から、喋って――」

 

 上がり症の通信役(オペレーター)

 面と向かって話すことができないはずの彼女にも関わらず、今確かに中空知は動揺することなく、通信機越しでなければ聞けなかったはずの声を晒していた。

 

「えぇ、そうです。もう、止めました。ジャンヌさんも夾竹桃さんも遠山さんに絆されて――私も、もういいやって思いましたから」

 

 そうして言葉と共に中空知美咲の姿が変わった。

 武偵高の制服から――濃紺のゴシックロリータ。豊満な胸が強調されるように腰にコルセットがあり、長く艶やかな黒髪にはフリルのついたリボンで全体を緩やかに括っていた。

 けれど服装の変貌なんて大した問題じゃなかった。

 問題なのはその気配――魂だ。

 見た目は少女なのににじみ出る気配は紛れもなく魔性のもの。纏う魔力は尋常のものではなく、これまで見た魔女たちとはケタが違う。猴や曹操――そして大魔女連中に近しい気配。

 世の理から外れた存在。

 そして、纏わりつく様な、粘ついた、リサの時とは比べ物にならない程に濃い水銀の因子。

 故に彼女はもはや中空知美咲ではなく――

 

「抱擁の魔女――ヒメルクライジェン・ラインヘッセン」

 

 口元を歪に曲げて――くすくす――げらげら!

 それまでの彼女としては考えられない下品で、化物染みた哄笑を上げながら彼女は己の豊満な身を両腕で掻き抱く。両腕が胸を這い上がり、喉を通り、唇に触れて、

 

魔女の宴(Walpurgisnacht)――賎陋抗拒七面黒鳥(Den grimm eaelling)

 

 大魔女という化物になってしまった少女は己の夢を高らかに顕象させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ――新たな恐怖劇(グランギニョル)を始めよう」

 

 





次章欧州編最終章『永遠の淑女と魔女の饗宴』

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