落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第16曲「――お二人と共に」

『……なにこれ気持ちわる』

 

「ひでぇこというなや」

 

 減速したミサイルに直立しながら復活した右手の感触を確かめる。腕が崩れかけたが、桃ちゃんとの融合により元に戻っている――どころか、それ以上だ。両手だけではなく、煙管や周囲に発生した黒紫の煙のような靄。減速したとはいえ風が強く吹き付けるこの足場に於いても吹き飛ぶことなく俺の周囲に停滞している。

 それが諧謔曲により生じた新たな真だった。

 

『不愉快よこれ、アンタの考え全部流れ込んでくるし私の考えも全部アンタに言ってるうわ止めて私の夏コミ用に取っていた新ネタが……!』

 

「やめろ貴様身内ネタでBLGLすんなキン蒼、アリレキ、遙あかとか止めてくれ最後がガチ過ぎるから……!」

 

 まさかの弊害である。

 やめろ、人カップリング百ページ以上はあるであろう濃厚な絡み物語を用意しておくな。

 著作権で訴えるぞ。

 

『あっ、そうだ。リサを引き込みましょう』

 

「絶対にやめろ……」

 

「■■■――」

 

 改めて向き直ったジェヴォーダンは低く唸りながらこちらを睨みつけてくる。

 このミサイル上は悪い足場には変わりないが、しかし今の俺やジェヴォーダンならば問題なく戦闘を行えるレベルだ。その上で動かないのは、

 

『警戒しているのね、正しいわ。綺麗な華には……綺麗? 華? ……とにかく棘があるもの。ついでにその棘には毒も塗られているのだしね』

 

「もう突っ込まねぇよ。……ま、でもそういうことだろうな」

 

 周囲に浮遊し待とう毒の煙は夾竹桃の過負荷の結晶――そんなレベルではない。

 俺の覇道に触れ、心も体も完全に繋ぎ融合された今単なる能力ではない。

 劇物、猛毒、毒薬、そういう概念そのものだ。

 現状、ジャンヌと夾竹桃――他にもできそうな奴は思い当たるが――だが、共通点は概念干渉という埒外の領域。ランスロットの宝具や全力全開状態の白雪でなければ至れないはずの極限域を当然のように体現している。

 その身も心も預けてくれたからこそ、顕現した故にそれは比類なき力だ。

 ジェヴォーダンもそれを理解しているのだろう。知性があるのかは解らない、恐らく明らかに暴走状態といった感じなので少なくとも理性はないだろう。けれどそれでも俺たちを警戒しているということは、即ち生命としての生存本能と直感故だ。

 生物の王、その名は偽りではない。

 今こうして余裕が出て、改めて向き合えば思い知らされる。 

 そこにいて、目に入れるだけで精神が押し潰されそうになるほどの絶対的存在感。或は曹操に匹敵しかねないほどに周囲を圧倒させている。

 

『どうする? ……って聞いたら既に考えが伝わっているってほんとに気持ち悪いわね』

 

「そういうもんなんだよ」

 

 どうするか、なんて答えは一つに決まっている。

 暴走状態のリサを押さえつけ、元の彼女に戻すことに他ならない。そしてその為の方法も明確だ。

 

「動けなくなるまで毒を叩き込む――それしかねぇ」

 

『……加減間違えたら殺しちゃうわよ?』

 

「間違えるかよ」

 

 その為に俺がいるのだ。夾竹桃の猛毒は確かに最低でも致死性であるが、その強度を希釈強化して支えるのが俺の役目だ。

 

「誰にも触れてはならないなんて、もう言わせない」

 

『――おせっかいな男ね』

 

 そんな、夾竹桃の苦笑が脳裏に届き、 

 

「■■■――」

 

 星狼が息を吸い、

 

「■■■■■…………ッッ!!!!」

 

 吠えた。

 それは単なる咆哮ではかった。

 一度吸い込んだ息を同時に吐きだしながら雄叫びは、そのまま空気の塊なって射出される。所謂空気砲、その上莫大な振動も付与されていたが故にただの空気でありながら尋常ではない破壊力を持つ。掠っただけでも人体は風船みたいに弾けるだろう。

 しかしこのミサイル上に逃げる場所はない。直立に問題なレベルであるが、横移動は儘ならないし、上に飛べば流石に吹き飛ばされる。毒の靄は靄というイメージを持ってしまった故に、足場には使えない。

 だから回避はできず、

 

「桃ちゃん!」

 

 右手を掲げ、左手で煙管を握る。火皿から生じた煙はそのまま風に負けずに右手へ巻き付いてから広がり、毒靄が全面を覆う膜となる。

 激突――汚染。

 振動空気砲が毒の膜に直撃し、その振動と空気までを犯すことで消滅させる。

 

「――ふむ」

 

 思うことは二つだ。

 一つはこの能力について。

 靄という形を取っている故に能力の範囲は聖譚曲よりも狭いが、しかし流動的だからこそ局地的な応用力は高い。そして毒という概念である以上接触すればその力が適用されるから攻防一体だ。その上で極めて強い毒性だから周囲に纏うだけでも鎧として高い効果を発揮するはずだ。

 そしてもう一つ。

 ジェヴォーダンのスペック。

 息を吸って吐いただけで今の空気砲。仮に夾竹桃がいなければ対処が難しかっただろう。

 しかし、

 

「――この程度、か?」

 

 変貌時、そしてこうして向き合って受けるあの黄金の赤子と同等と感じてしまったのだ。

 それなのに、これだけ?

 

『感覚おかしいんじゃない? ……って突っ込みたいけどね。イメージも流れてくるから納得だわ』

 

 そう、確かに振動空気砲は脅威だ。吠えるだけでそれまでの威力を発揮するということは呼吸にすら注意が必要だということ。だが言ってしまえばその程度だ。その力を振るい、星すら砕きかねないだけの力を発揮する彼女に比べれば見劣りしてしまう。

 そんなことを思った瞬間だった。

 

「■■■!」

 

 星狼が吠え、

 

「■■■ーーッッ!」

 

 足場のミサイルへと咆哮を放った。

 

「――あー、なるほど。フラグって奴だな」

 

 そして足場が完全に崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、おおおおおおおおおおおおおお!?!?」

 

 高度実に数千メートルは至っていた箇所からの墜落。即座に周囲に毒の靄を膜として展開することで勢いを落とし姿勢を整え、

 

「■■■!」

 

「ヅッーー!?」

 

 星狼の牙が肩の肉を食いちぎる。

 展開していた毒の膜を突破していた――驚くべきことはそれだけじゃない。

 パンッ(・・・)と連続して響く破裂音。それは星狼が空中を駆ける音だ。蒼一が得意とする空中歩法。生身で行えば一度だけでも足の筋線維が滅茶苦茶になるものであり、俺にもできない超高等体術技能だ。

 それを星狼は当然の如く使用し、空を疾駆する。

 

「■■■■ーーー!」

 

 そしてこれまた当たり前のようにそれは連続する。大気の破裂音と空中を疾走する星狼の移動音は一回や二回ではない。足だけではなく全身残さず音速の数倍、数十倍を超えている。

 

「ぐっ、がっ……!」

 

 展開した毒の膜は当たり前のように超えてくる。完全に無視しながら全身に牙を剥き、肉を喰らう。無論毒はジェヴォーダンを犯しているが、

 

「――超速再生!」

 

 毒が体を傷つけるよりも、自前の治癒力で癒される方が速い。猛毒の浸食も決して遅くはない。先ほど俺の腕を犯した時よりもさらに勢いがある。つまり生身の腕ならば一瞬で消滅させるほどの毒素なのだ。

 思えばブラドやヒルダも同じだった。体内に魔臓を宿し、そこを複数同時に破壊しない限り致命傷を与えられない吸血鬼たち。特にヒルダは第三態とかいう状態になることで物理攻撃を完全に無効化していた。

 しかしジェヴォーダンのこれは違う。単純に損傷するよりも回復する速度の方がはるかに速いのだ。

 そこまでの治癒能力。

 

「ははは、すっげなぁおい!」

 

『笑ってる場合じゃないわよこの阿呆……凄いのは同感だけどね。それに――』

 

 そう、凄いが、それ以上に、

 

「綺麗だ」

 

 空には満月が浮かび、星狼の金毛が照らされ輝いている。音速超過の超高速機動故に俺たちの周囲に光の尾を引き、軌跡を描く。この場でなかったら見とれて呆けてしまいそうになるほどの美しい。

 だからこそ、

 

「――くそったれ」

 

 星狼を蝕む水銀が許せない。

 それがどういうからくりかは解らない。

 しかし背後で糸を引いている影奉仕の魔の手が星狼を弄んでいる。

 なればこそ、

 

「この(キズナ)をお前に届けよう――」

 

「■■■!」

 

 瞬間、星狼の突撃が枯れ枝のように吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■――!?」

 

 牙と爪と音速超過疾走による怒涛連撃。それは肉を食いちぎり、爪で引き裂く一連の動きは僅か数十秒もないかったが、それだけで全身は血塗れで、傷だらけにしていた。事実として今この場でそれらの連撃は回避できなかった。

 吹き飛んだと同時に衝撃や空気抵抗を毒により浸食することで緩和しながら姿勢を制御。直後に再び星狼の牙が迫り、

 

「橘花――!」

  

 命中した瞬間に全身を動かした。超音速の攻撃を猛毒で減衰させた上で、こちらも音速超過の肉体駆動で真逆のベクトルへ力を放出。

 結果超減速防御が成立し――星狼の牙を受け流す。

 

「とっ――」

 

 攻撃分の衝撃は受け流したが、星狼の巨体の音速移動によって生じたソニックブームはあるが、毒靄で減衰してダメージは生じず結果として体だけが弾かれ距離が生まれる。足先や指先、頭部当たりを肉体駆動による音速突破で姿勢をアジャストさせ、

 

「■■■!!」

 

 再び迫った星狼の爪牙を即座に受け流す。

 そして動きはそれだけで終わることなく連続し、

 

「橘花――絶牢――鷹捲――高嶺散!」

 

 音速超過の減衰防御の超反応カウンターと全身連動による螺旋掌打――そこに猛毒を重ねる。

 交差は一秒も見たないほんの微かな刹那であり、星狼の強靭な肉体と金毛に阻まれ威力は届かず、触れただけ。

 それで――十分だ。

 

『綺麗な花には棘もあれば毒もあるのよ――言ってなかったかしら?』

 

「■■■……!?」

 

 触れた右足が猛毒に犯され、融けていく。そこまでは毒靄に触れた時と同じだ。違いはその先。それまでは星狼の修復力により治癒が行われていた。

 けれど、もうそれはない。

 右足に纏わりついた毒の靄が治癒も修復も許さなずにその毒性を振るう。

 違いは単純だ。半自動的に周囲へ纏うだけの靄ではなく、毒手として概念を収束させて放ったということは攻撃の質が違う。

 故に星狼の機動力は衰え――毒手が文字通り魔の手で触れる。

 

「■■■……!」

 

 ジェヴォーダンが雄叫びを上げながら空間跳躍を行うが、しかし交差の度に速度は落ちていく。金色の毛並には黒紫が混じり、肉や骨が露出しながら赤の色も増えていく。星狼の超速再生も脅威だがそれを超える質と量で攻めることで、最早傷が癒えることはない。

 狙いは、簡単だ。

 まずは星狼の消耗。

 夾竹桃から流れ込んでくる星狼の知識の中に変化の条件もあった。

 リサの生命が危機に陥ることと満月の光を大量に浴びること。満月の光は確かに大量にある。夜の闇を照らし、明かりには困らない程なのだからなるほどクリアしているのは納得だ。

 しかし問題は後者。

 星狼が出現した際にリサにそんな命の危機なんてなかったはず。寧ろ眷属からは丁重に扱われていた。つまり、変生は仕組まれたもので、それが誰によるものかは水銀の気配が答えを出している。

 だからまずは星狼を可能な限り弱らせる。

 肉体の主導権を握るくらいに余裕がないくらいに追い込めばいいのだ。そうすればリサも出やすくなるはずであり、そのための毒手による断続的な浸食。一瞬で星狼が朽ちないのは回復が機能しているからで、当然その分莫大な体力を用いるはずだ。

 だから毒手にて星狼の輝きを爛れさせる。

 

『――罪深いと思わない?』

 

 夾竹桃は静かに苦笑する。

 

『触れれば毒して犯して爛れさせる、それが私の存在。物好きに受け入れた馬鹿がいたとしても、それは変わらない。結局どれだけ取り繕っても事実は不変なのよ。私はリサを救うことなんてできないし、たがその美しさを穢すだけ』

 

 くすくす――くすくす。

 姿なき彼女は己を嘲るように小さく声を上げて笑っていた。

 

『変わらない事実だから、変わってはいけないと思っていたのよ。私という人間の芯の部分が人を毒する(マイナス)で、それを変えてしまえばつまり自分を殺してしまうことだから――』

 

 そこまでしたいとは彼女は思わなかった。

 他人を積極的に穢すことはしたいとは思わないが、だからといって自分という存在を根底から作り替えようと思う程に夾竹桃は人間が出来ていない。そもそもがイ・ウーの無法者なのだからそのあたりの感性を持ち得てるわけがない。

 大体そんな殊勝な心持ちなんて最初から期待してない。

 

『口で言われるとまぁ腹立つわね』

 

 まぁだけど。

 

『だけど?』

 

 変わる必要なんてないさ。

 

『――』

 

 俺は皆の居場所になりたいから。

 俺がいる所を、皆が自分でここにいようと思えって欲しいのだから。その為に自分を作り替える必要なんてない。もう言っただろ? 舐めんなって。ていうかホラ、お前の毒は俺を守ってるんだぜ? これなきゃ俺はとっくの昔に死んでるじゃねぇか。おお、毒で人傷つけるだけじゃないって正銘しちまったな。

 

『――くすくす』

 

 夾竹桃は笑みを零し、

 

『ほんと、馬鹿ね』

 

 知ってる。

 

『だからお前の周りには馬鹿が沢山集まってばかりで。――えぇだから、馬鹿じゃないのは少しくらい必要でしょう』

 

 くすくす――くすくす。

 同じに笑って、しかし今度は嘲りなんかじゃなかった。 

 

『でも私一人で馬鹿どもの相手はきついわ。だから――あの子もね』

 

 あぁ、そいつは最高だ――。

 

「■■■!」

 

「ぎぃ……!」

 

 牙が肩に食い込む。

 巨大な顎は右肩から胸、腹にかけてまでを完全に多い全身を大きく軋ませる。回避は行わなかった。減衰防御も超速反撃も何も行わずにその噛み砕きを抱きしめるように受け入れる。

 肉をぶち抜き、骨を砕き、一瞬後には俺の身体が口の形に抉れるであろう。

 無論、何もしないわけがない。

 

「――だっ、らあああああああああああああああああああああああーーッッ!!」

 

 雄叫びと共に――全身から毒靄を載せた覇道を叩き付ける。

 

「■■■――!?」

 

 覇道とは即ち鬩ぎ合いだ。

 覇道というものは他者を染め上げ、狂気を伝染させるものである。そして二つ以上の覇道がぶつかれば強い方が勝つわけだが、ミサイルから飛び出した時一時的にそれは行っている。自分の覇道を瞬間的に高め、他の覇道の領域を奪い取る。 

 そういう風な概念なのだ。

 細かい理屈は解らないが、曹操戦の後からは本能的に理解できていた。

 だから本能のままに従い――星狼を犯す覇道を正面から押し潰す。

 

「■■■……!」

 

「が、ああ……ッ!」

 

 激痛が走るが、構うことはない。

 必要なのは我慢と根性と気合いでつまり、

 

「いつも通りだ……!」

 

『私のやり方じゃないけどね……!』

 

 慣れちまえばすぐだ。

 

「ぐ、ぉ、ぉ……!」

 

「■■■……!」

 

 ノイズが走る。

 全身に纏わりつく様な水銀のような覇道。

 そこに込められた祈りがなんなのかは解らない。

 粘度の高すぎる渇望故にそこに込められたものを読み取れない。

 しかしだからこそ思うのは、

 

「――何時かぶん殴る」

 

 誓いと共に諧謔の交響が水銀の汚染を奪いつくした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を落ちながらリサは目を覚ました。

 

「――」

 

「よう」

 

「メイドが寝坊っていうのは笑えないわね」

 

 目の前には自分を助けてくれた勇者と高嶺の華。キンジが自分と夾竹桃を抱きしめていて数十秒も後には眼下に広がる大海に叩き付けられるというにも関わらずに二人は笑っていた。

 

 

「いやぁ俺超疲れてた……けどアレリサのおかげだろ? すげぇななにあれ」

 

「え、えっと……その……リサにもよく……」

 

「この阿呆、説明させるとか変態ね」

 

「えぇ……?」

 

「……くすっ」

 

 こんな状態なのにも関わらずあまりにもいつも通り――そういつも通り。

 リサがもう一度過ごしたい日々のまま。

 言いたいことは沢山あった。話したいことも、聞いてほしいこともある。 

 それでも。

 今は、ようやく手に入れたこの温もりを感じていたかったから一言だけ。

 傷ついても、痛くても私はそれでも――

 

「――お二人と共に」

 

 




わりかしさっくり終了。
次回エピローグ。

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