落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第15曲『――絢爛華蠍青龍夾竹桃』

 夾竹桃の人間関係とは即ち関わりを避けるということだった。

 関わりとは即ち触れあいだ。人と人が係り関わるということは接触を避けることはできない。

 それは肉体的な意味でも、精神的なことでも同じだ。そしてどちらの意味にしたって夾竹桃からすればどちらも共に忌避すべきものでしかなかった。

 彼女の左手――『花さかりの壺蠍(アンブルーム)』の前は何もかもが触れてはならない。

 触れてしまえば、万象を残さずに毒し、爛れてしまうのだから。 

 左手から毒を生み出す、言ってしまえばたったそれだけの能力だがけれど、過負荷というものは単純な強度がどうこうの話だけではない。そういう意味では夾竹桃は過負荷の中でもかなりどうしようもない部類に入るだろう。

 過負荷というのは基本的に関わった人間を台無しにしていくのは共通項であるが、彼女はその性質が特に強い。能力の結果他者に影響を及ぼすというものではなく、能力そのものが他者への汚染を前提としているのだから。その上で過負荷の発現が左手の一か所に集中している分、瞬間的な影響力もまた高いのだ。薬毒系として同じエル・ワトソンの『薬毒奸浄(ポイズンケア)』よりも生み出される毒は夾竹桃の方が毒としては汚染力は高い。

 かつて間宮あかり、ひいては間宮家の『鷹捲』という秘伝の噂を聞き求めたこともあったが、結局それは体術の一種であり、毒物の類ではなかった。

 即ち、今日に至るまでに夾竹桃以上の毒使いは知らない。

 そのことを知る者は実際の所知らない。夾竹桃の毒について十全に知っている者は『ただ知っているだけの人外』シャーロック・ホームズや『業見取(アイキャッチコンタクト)』でその過負荷を見取った那須遙歌くらいだ。

 接触すれば確実に死に至らしめるほどの猛毒を使うことはまずないし、使いたいとも思わなかった。そういう意味ではシャーロックから伝えられた『毒舌遣い』は使い勝手がよかった。

 『毒舌遣い』――吐いた毒舌に応じて、相手を毒で犯す。

 加減ができる――それは大きい。

 実のところ、これを用いたからこそ間宮あかりたち『AA』と交戦し敗北したのだから。己の過負荷に対して忌避感が誰よりも強かったから、同時に誰よりも言葉の扱いを理解していた。最もカナとか例外もいるからあまり大きな声では言えないが。

 

『私は――誰にも触れてはならない』

 

 それが彼女の不文律。

 触れれば毒して犯して爛れさせるから。

 左手だけだから、なんて気楽に思えるものではない。爪を軽く食い込ませるだけでも致死だし、限界まで薄めたものでも間宮あかりの妹を数年間苦しめるほどの毒素を持っていた。

 仮に全力で自分の毒を放出してしまえばどうなるか解らない。

 だからずっと他人と距離を取ってきた。

 決して深入りせずに、常に数歩分距離を開けて、傍観者。

 騒いでる連中を遠巻き眺めて、偶に鼻を鳴らすか笑ってるだけ。

 物語の中核にいる勇者様たちの乱痴騒ぎを遠巻きに眺める脇役キャラ。

 それが夾竹桃の立ち位置だし、それが彼女の求めていた居場所だ。

 そこが、自分のいるべき場所だと――そう思っていた。

 過負荷とはそもそもそういうものだ。いるだけで他人を駄目にする、他人に悪影響を及ぼす。

 理子のようなキャラクターはそもそも例外。異常に生まれながら普通で、過負荷に堕ちてから特別の皮を被っていた彼女の雁字搦めの精神は文字通りにオンリーワン。

 或はジャンヌみたいに救われたいと思えない。あれはあれで可愛らしい。恋に恋する乙女、ずっと自分を見てくれる人が欲しいと求めていたのだ。本当のところを言えばどうせそんな相手はいないだろうと思っていた。それが――まさかの結果だ。求め続けるだけだった彼女が、自分から誰かの力になりたいなんて。

 そんな二人とは、夾竹桃は違う。

 救われたいとは思わない。

 救われてはいけない。

 荒野に一輪だけ咲き、触れれば毒し犯し爛れる孤独の仇華。

 誰も見てくれないし、誰も触れないし、誰も摘もうとしない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

「ひゃあっ!?」

 

 耳元に響いた咆哮に夾竹桃の意識は覚醒する。

 文字通りに殴りつけられるような声であり、思わず変な声が出た。

 

「おぉ、起きたか桃ちゃん!」

 

「……は、はぁ? え……ちょ……!?」

 

 理解が、追いつかない。 

 なんで互いのまつ毛が数えられそうな距離で遠山キンジがいるのか。視界は彼の緋色の髪と瞳で埋め尽くされていて、自分の状況と経緯を思い出すのに一瞬を有し、

 

「――!」

 

 思い出す。

 自分がどういう窮地に陥っているのか。

 夾竹桃はキンジの処刑に使われたV-2ロケット、その有人席に押し込まれていたのだ。

 下手人はイヴィリタ・イステル。恐らく彼女自身夾竹桃自体には興味はない。彼女の能力は扱いが面倒ゆえに手駒にしたいとは思えないが、放置するわけにもいかない。

 だから手っ取り早く処分しようとしたのだ。

 科学弾頭を突っ込んだミサイルに毒爪を持つ夾竹桃を乗せる。

 皮肉が効きまくってるが、しかし合理的だ。自分で考えるには些か複雑な気分だが、この毒の身が弾けて死ねば、周囲一体くらい毒で汚染しきって生物死滅させるだろうなぁくらいには思っていたから。

 つまり今の自分はミサイルに閉じ込まれた絶体絶命で――

 

「■■■――!」

 

「ひぃやぁ!?」

 

 キンジの絶叫を遥かに超えた咆哮が鼓膜をぶち抜いた。

 首を竦めながら、視線をズラす。キンジの背中越しにいたのは、

 

「ジェヴォーダン……!?」

 

 ミサイルの壁面に爪を食いこませた星狼だった。

 

「――へ?」

 

 ミサイルの壁面(・・・・・・・)

 いやなんだそれどういうことだ。やはり頭が付いてこなかったが、しかしやっと周囲に状況に気付いた。

 絶叫や咆哮だけではなく、周囲から常時爆音が轟いている。

 叩き付ける風もめっちゃ痛い。

 強烈なGも感じる。

 なんだこれ。

 

「――はあああああああああああああああああああああああああ!?!?」

 

「落ち着け桃ちゃん! 気持ちは! っと、解るが! 落ち着くんだっ! っ、うぉおお危ねぇ! 食いちぎられかけた!」

 

「落ち着けるわけが――いや、どうなってるのよこの状況もアンタも!」

 

 ミサイルの中腹に夾竹桃の雑に壊された操縦席とキンジがおり、下部ぶジェヴォーダンがしがみついている。夾竹桃がビビったのはこの馬鹿、露出した操縦席に顔突っ込みながら、ジェヴォーダンを足で牽制している。

 

「な、何がどうなってるのよ!」

 

「リサがよくわからんくそったれのせいで狼にメタモルフォーゼしちまった!」

 

「説明する気ないでしょう! てかなんでそんなに楽しそうなのよ!」

 

「別に楽しくはねぇよ!?」

 

 しかしどう見ても調子は良さそうだ。ここ数日拷問に掛けられてフルボッコされていたはずなのに、血色もいいし、目立った傷跡もない。服自体はボロボロの武偵高制服で、武器も持ってないがそれだけ。

 

「リサがちょっと俺にスーパーリザレクション、つまりはリサレクションを掛けてくれたけどな!」

 

「三点」

 

「厳しい!」

 

 気に入ってるんだけどなぁとぼやきながらそれもこの男は笑っていた。

 

「――なん、なのよこれ」

 

 咄嗟のことでコントみたいなことをしてしまったが、しかし状況の拙さには変わらない。弾道ミサイルにへばり付いてる星狼とキンジ、露出というか壊れた席にいる夾竹桃。弾道ミサイルの速度は遠くないうちに音速も超える。そうなればまともに動くこともできなくなるだろうし、現状でジェヴォーダンとキンジが今のような攻防をしているのも常人離れしている。

 いやそもそも何故ジェヴォーダンが顕現しているのか。

 リサが身に宿す星狼のことは知っていた。だから彼女が眷属を追われた時は驚いたし、星狼由来の回復力で特攻要員にされていたのなら納得もした。彼女が自分の中の化物を疎んでいたのは知っていたから。

 よくわからんくそったれのせいで、なんてキンジは言ったがしかし意味が解らない。 

 理解不能過ぎて、思考が止まり、

 

「リサを助けるぞ桃ちゃん。手伝えっ、と!」

 

「――」

 

 掛けられた言葉に再び思考が止まる。

 

「なにを、言ってるのよお前は」

 

「あぁ? 決まってる! だろっ!? こんなッ、状況で! リサもこんな! 状態だッ! 助けねーわけねー! だろうっ、よ!」

 

「……できるの」

 

「解んね、ぇっ!」

 

「おい」

 

 からからと笑うキンジに思わず殺意が湧いた。

 笑える状況じゃない。未だに加速していくロケットの上では姿勢を整えるだけでも困難だ。叩き付ける風やG、それに気温もどんどん下がって行っている。会話すらも少しすれば困難になるだろう。

 

「だから、手伝ってくれよ桃ちゃん」

 

「――」

 

「俺だけじゃ辛っ、い! いやマジで! ってあぶねぇ牙こえぇ! ちょ、まず、そろそろきついわ!」

 

「――無理よ」

 

「無理じゃねぇ」

 

「――私じゃ、駄目って言ったし、そうだったでしょう」

 

「前の時はな」

 

「今まではずっとそうだったっ」

 

「じゃあこれが初めてだな」

 

「ふざけない――」

 

「それはお前だッ!」

 

「っ!」

 

 キンジの手が伸び――それは夾竹桃の左手を乱雑に鷲掴みにした。

 手袋もなにも付けてない、その毒手を。

 

「ぐぁ……!」

 

「なに、を! は、離しなさい!」

 

 今みたいな場所で無理矢理に掴まれれば、爪がキンジに食い込むのは避けられない。そして咄嗟のことで避けられず、結果として夾竹桃の毒がキンジを犯す。

 効果は劇的だった。

 半ば思考停止状態だったからこそ元々碌にできなかった制御は一切なく、秘められた毒性が一瞬で浸食し――握った右手に肉が半分以上が融けた。

 

「な、ぁ……!?」

 

 驚いたのは、キンジが色金の気を用いなかったことだ。緋々色金の気があれば、例え夾竹桃の過負荷にしても問答無用で粉砕できたはずなのに。

 どうして――、

 

「だって――これがお前なんだろ? 壊せるか」

 

「――」

 

 そう言って、キンジはまた笑った。右手が爛れて、尋常ではない激痛が走っているはずのなのにそれでも朗らかな笑みを浮かべて、周囲の環境なんて関係ないと笑う。

 

「触れられない――触れちゃいけないなんて、そんな寂しいこと言うなよ。俺は、そういうのが一番嫌いなんだ。触れちゃいけない、触れちゃいけない、だから距離を置いて傍から見てる。んでも、一緒だったじゃねぇか。自分で勝手に戒めてないで、お前も来てよかったんだ」

 

「そんなことを、したら……っ」

 

「舐めんな、馬鹿。これは、お前が距離を取る理由にはならねぇ」

 

 痛みも苦しみも。

 人と関わることで必ず生まれてしまう。それを避けて関係を避けてしまうこともあるかもしれない。

 けれど、その痛みや苦しみが絆の証なのだから。

 

「――今更、そんなことを言わないでよ」

  

 今までずっと駄目だと思っていた。

 救われないと、救われちゃいけないと思っていた。

 自分は他人と関わっちゃいけない人種だから。

 だからずっと他人と距離を取ってきた。

 決して深入りせずに、常に数歩分距離を開けて、傍観者。

 騒いでる連中を遠巻き眺めて、偶に鼻を鳴らすか笑ってるだけ。

 物語の中核にいる勇者様たちの乱痴騒ぎを遠巻きに眺める脇役キャラ。

 それでいいと、そうでなければいけないとずっと思っていたのに。

 手に入らないって――諦めていた。

 繋がりや絆が嫌いなわけじゃないのだ。

 それは貴いものだから、遠目で見てるのは楽しい。

 けど、皆の輪には入っちゃいけない。

 それが夾竹桃の生き方。

 

「あぁ、そりゃいきなり生き方帰ろなんて無理だよなぁ」

 

 毒の浸食は手から腕へと延びていく。折角十全になったにも関わらず、右手は見るも無残な姿に。

 けれど、遠山キンジは変わらずに笑っていた。

 

「でも、さ」

 

 なぁ、桃ちゃん。

 

「俺とリサと、お前――楽しかっただろ?」

 

「――」

 

 夾竹桃が好き勝手にやって。

 キンジがそれに突っ込んで。

 リサが二人を困りながら眺めている。

 偶にリサがたしなめたり。

 リサが俺に過保護だったり。

 そして夾竹桃が笑っている。

 

「そんなの――」

 

 あぁ、そんなの、

 

「――楽しかったに、決まってるじゃない」

 

「なら――取り戻すぜ」

 

 言われた言葉に、彼女は自然と頷いていた。

 別のこれは、キンジに絆されたとか、実は好きになっていたとかそんなものじゃない。

 でも、ただ夾竹桃にとってもあの日々は宝物のように輝いているから。あんな呑気な日々をまた送りたいと思うから。

 だから、それだけ。別に深い意味はない。自分は欲望に忠実な性質だし、そのためにこの馬鹿を利用するのだ。

 そんな、何故か言い訳めいたことを思いながら握られた手を握り返して。

 荒野に咲く華に――絆の旋律が届けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『進賢・心宿三星・――王君叛いて天下乱起こせ』

 

 朗々と響いた祝詞と共に変化が起きた。

 

「■■■――!?」

 

 ミサイル上という悪環境、横殴りの風は重度のG、身動きを封じる条件が残らず緩和された。

 無論、快適というわけでもないし、常人ならば一瞬で吹き飛ばされるには変わりないだろうが、ジェヴォーダンには一切問題がないレベルにまで落ちた。

 まるで――そういったものが全て毒され犯され爛れたかのように。

 その現象の中心部に彼は、彼らはいた。

 大正時代風の漆黒の詰襟とインバネスに軍帽。

 口には黒紫の豪奢な煙管がくわえられ、左目と髪が一房同じように優雅に染まっていた。

 先ほど毒に犯された腕は修復され、寧ろ己の物として纏っている。

 

『緋想詩編・諧謔曲――』

  

 仇花の祈りが――勇者に新たな力を顕現させる。

 

『――絢爛華蠍青龍夾竹桃』

 

 




『――絢爛華蠍青龍夾竹桃』
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