落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
死ぬには良い日だ、なんて台詞をどこかで聞いたことがある気がする。
何の映画だったような気がするし、或は理子から又聞きのような気もしてしまうがとりあえずこの台詞は有名だろう。果たして何を持って死んでいいと思えるのだろうか。天気がよかったのか、朝食べたご飯が美味しかったのか、隣に信じれる人がいるのか、腕の中に愛する人がいるのか、自分の後を信じられる人がいるのか。
残念ながら、俺は未だにそんな風に悟れるほどに人間は出来ていない。
死ぬのは嫌だ。俺は俺の陽だまりを手放すなんてことができるわけがないのだから。
「――月が綺麗だ」
だから、どれだけ月が綺麗でも死んでいいとは思えない。
てかこれは告白の台詞だ。ついでに言えば俺はこういう歪曲的な台詞は得意じゃない。
猛獣用の檻の中で椅子に雁字搦めに縛られ拘束されながらそんなことを思う。檻は波打ち際に置かれ、その上に鉄骨で組まれたロケットの発射台がある。完全に真下というか俺専用のオーブンって感じだ。
竜の港の湾内に処刑台は組まれていた。ロケットの噴射炎が届かない辺りの少し離れた所には潜水艦が浮上しており、そこにはセーラや妖刕、魔剱、聖銃、鬼の女たちのような眷属の代表戦士が並んでいた。
「……ご主人様」
「……ケッ」
リサもカツェもまた。
数日振りに彼女の姿を見たが見た感じ外傷とかはなさそうだ。寧ろ、控え目とはいえ綺麗なドレスを着込んでいるあたり丁重に扱われているようだ。
「気分はどうかしら? 勇者殿」
「……良いと思うか? 体中痛いんだが」
昨日も昨日でカツェから殴られまくって、血も抜かれてフラフラなのである。座ってるだけでも力が入らなくてまともに動けない。
縛られた俺の前にいたのは金髪の美女イヴィリタ・イステル。
「声に張りがないですね、お水でも差し上げたらどうですか?」
そして、杖を付いた盲目の修道女――シスター・ローレッタ。
当然のように彼女はそこにいた。
「……アンタか」
「あまり驚かれないのですね」
「別に驚いていないわけじゃねぇよ。ただカイザーが狙われてるってことはそうだろうなぁって思ったよ」
夾竹桃が裏切っていないとして、誰が裏切っているのは事実なのだ。最初の時点でこちらの行動が待ち伏せされ、おまけに師団離反時にも代表戦士が集まっていた際に襲撃された。
裏切り者は確かにいる。しかし疑われた夾竹桃は違う。ジャンヌや中空知なわけもないだろう。つまりはバチカンかリバディー・メイソンのどちらかだ。そしてこのミサイルで狙われているのがカイザーだとしたら、
「裏切り者はアンタだ――なんてまぁ別に今さら恰好つけるわけでもないし、そんな余裕もないけどな。……メーヤやロンもそうだったのか?」
「いいえ、メーヤは何も気づいてない、というよりも気づいていない振りをしているのでしょう。あの子の術式は他者を信じることで発動する。つまり、他者を疑えば彼女は代表戦士足り得ない。故に見てみぬふりをしているわけです。それにノックスはあれで子供ですので。いくらでも利用できますわ。今回もカイザーをアムステルダムに引きつけていますしね」
「くそったれ。有体に言うと最低だなアンタ」
「何とでも。バチカンは最も争いの少ない道を往くだけです」
言い棄てて彼女はもう用はないと言わんばかりに背を向けて歩き出す。
残ったのは俺とイヴィリタだけで、
「末期の一服はどうかしら?」
「……優しいじゃねぇか」
「大戦中からのしきたりなのよ」
別に煙草は好きじゃないが、とりあえず高級そうな葉巻だったので貰っておく。口の中までで煙を留め、喉まで送らないで蒸かしておく。
煙草の匂いが周囲に漂い、
「V-2か」
ロケットを見上げる。
ドイツ製の弾道ロケット。強襲科の授業で何度も見たやつだ。第二次世界大戦時代の武器やら兵器は授業によく出たのを思い出す。
「正確にはV-2改。V-2は命中率が低かったけれど有人化することで命中度を上げたわ。ま、最近は先端科学兵装のおかげでオートパイロットも完備してあるけれど」
「こいつで俺やカイザーたちを殺そうってか」
「お前の場合は手段の一つだけれど、まぁそうね。内蔵された化学物質で着弾点半径五十メートルの人間を絶命させる。着弾時の衝撃もあるし、カイザーならば殺せるでしょう」
「さよけ」
あのいけ好かない奴も死なれれば目覚めが悪いが、しかし奴が死ぬ前に俺が死にそうなので気にしていられない。
「あー……お前あれだろ? 俺から剣とか銃とか奪っただろ? それ、俺が死んだらカナに渡してくんね? デザートイーグルなんかは親父の形見なんだよ」
「いいわ。刀剣類は聖遺物に成り得るので確約はできないけれど、銃の方はカナに渡すと我が名に誓って約束しましょう」
「言ってなんだけどオーケーだとは」
「血族の絆は大切にしないといけないわ」
「それは同意しよう」
「ではこの辺で。ごきげんよう、遠山キンジ。もう会わないことを願っているわ」
「……」
会話を引きのばしたかったのがバレたのだろうか。時間を稼いでどうにかしたいと思ったが、しかし必要なことだけ交わして打ち切られた。
いよいよピンチだ。
全身、数日間の度重なる拷問の上に、血もかなり抜かれたせいで消耗が激しい。折角リサのおかげで回復したというのに何もかも台無しだ。
まあ、そのリサが手荒な真似されていないのは幸いだ。
アイツも何やら色々抱えているようで、どうにかしたかったけれど。
ていうか桃ちゃんの姿が見えない。あいつもあいつで心配なんだが。
「あー……」
いやいやそんな暇じゃないだろうに。
体力は尽きて、力は入らない。骨は変わらずバキバキに全身折れていて、色金の気すらもこの消耗度合だと上手く運用できないし、物理的雁字搦めに縛られているから異能破壊も効果が薄い。
何度考えても詰んでいる。
けど。
「――諦めるな」
呟く。
「諦めるな――決して諦めるな」
例え総ての手が尽きたとしても。
膝下までに増えてきた海水に浸かりながら、それでも諦めることはできない。
●
月が世界を照らしている。
その光を浴びながらリサは沈みゆく勇者をたた見ているだけだった。
キンジの予想通り、リサの今の待遇は悪い物じゃない。寧ろ質のいい服も着せてもらったり、食事も上等なものだ。侍女であるリサからすれば居心地がいいとはいえないけれど。
連隊、そして元老院は彼女の存在を理解しているのだ。
リサ・アヴェ・デュ・アンクは傷つきたくない。
その願い自体は今この場では叶えられている。眷属という軍の中では使い棄てのような扱いを受けたが、しかし現状のリサの身は元老院の預かりであり、この好待遇もそこからの指示らしい。つまり元老院は解っているのだ。
リサの身に宿す星狼を。
そしてそれを大魔女たちは利用するつもりなのだろう。連中のことだ、考えうる最も悪辣な方法とタイミングで。それは恐ろしい。しかしリサに選択肢はない。少なくともその時まではリサの安全は保障されているのだから、それでいいのだ。
それでいい。
そこに――リサの勇者はいないけれど。
「――」
水位がどんどん上がっていく。
瞬く間にキンジを飲み込んで――呆気なく呑み込んだ。
「ぁ――」
上がるのは微かな気泡。それだけだ。檻が水の中に消える、即ちそれは遠山キンジの絶命を示している。
「どう、あれ? 死んだかしら」
「……さぁ、どうでしょうね。アイツなら自分を無理矢理仮死状態にしてから後で復活なんてこともあるでしょう」
「ふむ。やはりしばらくは誰も近づけないように。V-2発射後に生死の確認します。準備は?」
「滞りなく」
「では発射。あ、セーラ。発射後確認までに近づいたり、おかしな素振りを見せた者がいれば撃ち抜きなさい」
「了解」
イヴィリタが指を鳴らす。同時にそれに従ってオペレーターが操作、ミサイルが起動し始める。
「――――ぁ、ぁ……」
気づけば声が漏れていた。
胸が締め付けられるように痛み、全身の震えが止まらない。
どうして、とリサは自問する。
これまで勇者だと思った相手は何人かいた。けれど、その度に違った。今度こそ自分を守ってくれる勇者だと思った人は誰もが違ったし、その度にもう会えないと思った。だから諦めかけていて、シャーロック・ホームズから助言を受けたが、今度も違った。
そう、これはそれだけの話。
思っていたのと違うだけで、終わるだけのこと。
もう何度も繰り返して来たのに、
「――ごしゅ、じん……さま……っ」
これまでにないくらいに胸の痛みが大きい。
どうして、と思う。
何が、これまでと違ったというのか。
あの短い日々を思い出す。リサとキンジと夾竹桃の三人で過ごした安らかな陽だまりの時を。
夾竹桃が好き勝手にやって。
キンジがそれに突っ込んで。
リサが二人を困りながら眺めている。
そして偶にリサがたしなめたりするのだ。
楽しかった。楽しかったのだ。これまでの生でも最も暖かった日々に他ならない。思えば、こんなの初めてだったから。友達みたいな人も、仕える人もいて。これ以上なく満ち足りた時間だった。
ならば、それが理由なのか。
あれだけの日々が宝石のように輝いているから、それを構成するキンジを失うのが怖いのだろうか。あぁ、それも間違っていないだろう。大きな要因だ。
だけど本質は違う。
最初から解っていた。
解っていたけれど、信じられなくて目を逸らしていた。
――遠山キンジはリサ・アヴェ・デュ・アンクに手を伸ばしてくれた。
リサが盲目的に傅いただけではなく、彼自身リサを守ってくれると誓ってくれたのだ。事実、カツェに襲撃された時、キンジは常にリサと夾竹桃に気を配って戦っていた。
信じられなかったのだ。
これまでずっと手に入らなかったからこそ、手に入ると信じられなかった。
彼と出会ってその優しさに惹かれて、今度はその優しさが怖くなってしまったのだ。
遠山キンジに絆を求めた、そして彼は答えてくれた。
なのに、リサは求め続けるだけで、その絆に応えようとしなかったのだ。
だから二人の間には絆が生まれなかった。手に入ることが怖かったということもあるし、自分の中に潜む化物への恐怖もあった。
その結果が――海に消える勇者だ。
「――いやです」
言葉が漏れた。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――嫌だ。
失いたくない。
リサは遠山キンジの喪失は認められない。
彼は彼女にとっての勇者じゃないかもしれない。そんなこと誰にもわからない。けれど、リサは彼が自分の勇者であってほしいと思ったのだ。彼と共に在りたいと、そう願ったのだ。
共に戦う者ではない。
率いられる者でもない。
彼女は慈しむ為にある。彼の心は姫君と共にあり、その魂は戦友とある。
でも、だからこそ、傷ついた身体は癒したい。
かつてリサはそう言った。
来るべき戦を前にして彼を抱きしめながら。
あの時は、自分が傷つきたくなかったから。
ならば――今は?
「傷ついても――痛くても――私は――それでも――」
●
刹那、詐欺師めいた誰かの笑みと共にノイズが脳裏に走り――
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痛みを厭わぬ少女の
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