落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
狙撃の対象方法は色々あるだろうし、俺たちのような特殊な異能の持ち主の場合だと千差万別だ。たった九人のバスカービルでも全員が全員固有の対象方法を持っている。それは直感だったり、異能による自動防御だったりと色々あるが蒼一のなんかだと完全に反応して、弾いたりできるわけなのだが、それはまぁ頭のおかしい話なので例外にしておく。俺の場合――最低でも
そのうち一回はワトソンの『Over Clock Gear』による緊急回避。ただしそこから回避するにはルーブルの時にやった蒼一流の肉体強化が必要になるせいで体が滅茶苦茶痛むことになる。
折角リサのおかげで回復した身体だ、無理はしたくない。
故に助かった、もう一回。
「――静幻」
『是、我が君よ』
聞こえるはずのない声が聞こえ、世界が変わる。
それは『Over Clock Gear』に似て非なるものだ。視界がコマ送りになるのではなく――視界が広がるのだ。それも、デジタル加工でもして液晶越しに見るかのように俯瞰して。どこに何があるのかが、手に取るように解る。
『――水魚之交』
それは一定範囲内の完全把握能力。
全盛期の諸葛静幻の再現であり、それは即ちシャーロック・ホームズにすら匹敵する未来予知にも等しい領域の力だ。故に解る。俺の把握圏内は部屋とその周囲くらいだがそれで十分であり、圏内ギリギリの所に普通ではない風の動きがある。それが狙撃の弾だ。いや、弾ではなく矢か。馬鹿げたことに風の流れの余波だけでそれが解ってしまう。
問題は、その矢がご丁寧に俺の眉間にぶっ刺さる軌道で迫っているということ。
そして最悪の場合どういう回避を行っても避けきれないかもしれないということだ。
レキレベルの狙撃主だった場合、回避に意味がない。というよりも回避しても当たるまで追尾軌道を描かれても驚けない。
聖銃の言う通り、寧ろそれ以上だと想定して考える。
だからこそ、
「――斬る」
ナイフを取り出すのには間に合わない。袖に潜ませているが、それを取り出していては間に合わない。
だから取り出すのではなく作り出す。
アリアの刀身形成やバタフライナイフの刀身延長と同じ。手の中にナイフと同じ大きさの刃を生み出し、振り上げる。
それでも足りない。こんなその場しのぎの動きでは飛来する矢を切り落とすことは不可能だ。
故に続ける。
「……ッ!」
右腕を振り上げながら、左足を踏み込み――周囲のベクトルの全てを昇華させて腕へと伝達する。
「ジィッ!」
刹那、腕が跳ねる。
形成された緋刃の切先が水蒸気の尾を引き、
「――
矢を断ち切った。
●
「っ――だあああああああああああッ!」
「……え? 何、今の?」
「き、キンジ様……?」
「…………うっそだろおい」
「ぜっーぜっー……!」
桃ちゃんに、リサに、そして船坂までもが亜然に取られるがそれらにドヤ顔する暇は欠片もなかった。これも『Over Clock Gear』と同じに頭への負担が大きいのだ。周囲のベクトルを利用できるから肉体への負担が少ないのがマシなのだが、脳への負荷だけならば此方の方が酷い。
最もそれは気合いで我慢。
狙撃は対処したが、しかしそれで終わるわけがない。第二、第三射が来るに決まっているし、目前の聖銃は言うまでもなく他の連中が既に襲い掛かる準備をしているかもしれない。
「ええい、リサ。ここ貸してくれた大家さんにはあとでお歳暮送ろう――じっとしてろよ!」
「ちょ!?」
「ひゃ!?」
言いながら桃ちゃんとリサを引き寄せながら、緋刀を腰だめに構え、
「白雪ッ!」
『いつでもどこでもキンちゃん様のお傍に!』
周囲に走る炎が揺らめき――
「ちょっとアンタ何を――」
「煌めき星花火・紅――!」
抜刀、乱斬撃――そして炎上。
単なる抜刀斬撃ではない。元々は刀身に超高熱を宿した斬閃だったが、それはいま刀身の延長線上に炎の刃が伸びることで斬撃を拡大。部屋の壁やドア、室外の廊下やキッチン、さらには外壁の先まで伸ばし焼き切り、
「――爆ぜろ」
「うぉ……!?」
斬撃痕が爆発する。
貸家のサイコロステーキの出来上がりだ。ついでに舩坂にも叩き込むことを忘れずに家を拭き飛ばし、
「――はっはー! 派手好きだなぁ
「……!」
炎と爆発を消滅させ、俺たちを纏めて濡れ鼠させる。
誰の仕業かなんて――一瞬で解った。
だって、あそこまでに派手に喧嘩したのだ。あれだけやって、繋がりが生まれないわけがない。
それも俺の行動を先読みしたかのようなドンピシャタイミング。
「カツェッ!」
「おうよッ!」
厄水の魔女にして我が愛する戦友カツェ・グラッセが再度俺たちの前に立ち塞がっていた。ご丁寧にも吹き飛んだ貸家の残骸を水流でかき集め山を作りその頂点に腰かけて俺たちを睥睨しながら。
「全身洗って待ってるとは言ったけど、これは頼んでないぜ!」
「あたしからのちょっとしたサービスだからありがとく受け取れよ!」
叫び合い、即座に動いた。
カツェは指運にて水流を操作し、俺たちを取り囲み、
「理子ォ!」
『任せてキー君!』
叫び、
『
「――念動力か!」
そう、超能力としては最も単純だ。だが理子自身のそれは精々がナイフや銃を扱う程度の物であり、異常と併用しなければ効果が薄い。
だから――そこに俺たちの絆を注ぎ込む。
「そうすれば、ほら最高だ」
「ははははは、全くだな!」
笑いながらカツェは水流でガードするが、狙いはそれだけじゃなかった。
「ちっ!」
「モーレツ、派手ですね!」
「やっべやっべやっべぇ!」
周囲から妖刕、魔剱、聖銃が飛び出す。
やはり聖 だけじゃなかった。この四人とそして姿を見せない狙撃手が俺たちを捕まえる気だったのだろう。実際最初の狙撃だけでも危なかったし、それからこいつらに襲われれば劣勢なのは変わりない。
そう、状況は詰みかけている。愛すべき戦友一人相手だって絶対に気を抜けないのに、よく解らん異能持ちが三人、おまけにこちらはリサと桃ちゃんを守られなければならないのだから。
俺一人だったのなら逃げおおせることは不可能じゃない。それでも現状は拙い。
四人のうち誰か一人を突破したとしても、その隙に他の三人や狙撃手に襲い掛かられる。
「……これは困った」
まぁしょうがない。
「バスカービルの心得その幾つか、できないことはできる奴に任せよう――助けて誰か!」
『助けるよ――私は何時だってお前の力になる』
●
【誓いを此処に、聖女は勇者と共に在る】
弓を引き絞ったセーラ・フットは視界に氷の華を見た。
同時に指先が凍結、それだけではなく弓や矢、服、装備すらも凍り付いていく。その氷結と直前に聞こえてきた宣誓文。それが誰なのか、彼女は知っていた。
「――ジャンヌ・ダルク!」
「久しいな、セーラ」
咄嗟に跳び退いた箇所から氷の槍が生じ、緑を基調とした装束を掠めていく。そして聞こえてきた声へと向けば聖剣を携えた氷星の聖女――ジャンヌ・ダルク。
「一番高い所にいるから分かりやすかったな」
氷の軽鎧を纏う彼女は街で一番高い場所の時計塔の頂点という場所に苦笑しつつ、
「人の想い人殺しかけおって――はっ倒すぞ」
「貴女……そんなキャラだったかしら」
「色々あったのさ」
聖剣を突き付けるジャンヌにセーラは眉を顰めながら矢を握り直す。手に纏わりついた霜を振り払いながら、口を開き
「――私の矢ああああああああああああああ!?」
殺意まるだしの氷の礫が滅茶苦茶に吹き飛んできて回避を余儀なくされた。
「ちょ、アンタ! いきなり過ぎじゃない!?」
「貴様の話は聞かんぞ流言遣い」
「――あぁ、知ってるわよねそりゃ。」
「無論」
周囲に氷の華が開いていく。セーラが言葉でキンジを狙ったように、ジャンヌもまた言葉で己を強化していくのだ。
「……それでも、イ・ウー最弱のアンタが私に勝てるわけ?」
「困ったことに私だけだと勝てないんだなぁ、ははは」
笑って――氷が微かな緋色に輝く。
「だが、私はもう一人じゃない」
●
「――緋刀・錵」
狙撃手の相手がいるであろう時計塔が突如として凍結した。かなりの距離があるにも拘らずはっきりと解るほどであり、カツェや妖刕たちの意識が一瞬の意識が逸れ、
「緋桜狂咲!」
抜刀螺旋斬撃が周囲への壁を作る。
「チィ――!」
外からカツェの盛大な舌打ちが聞こえるが構わない。緋色の斬撃の壁は持って数秒間は持つが、
「――
「……!」
異能分解の砲撃が激突し、風穴を開ける。だがそれは穴を開けるだけのに留まった。
「――なんで、壊れない!?」
異能分解も恐ろしいが色金の気を載せた斬撃なのだから異能破壊だって付与されている。おまけにこれは俺とアリアの愛の絆の発露だ。これくらいのこと当然である。
しかしそれでも、現状を突破できたわけではない。稼いだ時間は精々が数秒。狙撃主がジャンヌを封じてくれたとしてもまだこの四人が残っている。
だが、しかしだ。
「こんだけ騒いでるのに気づかなかったら、ダサすぎぜ」
「――ふん」
「きゃ……!?」
「AMEN……!」
「うおぉ!?」
魔剱に大量の符と銃弾が。
聖銃に淡い光を纏った大剣が。
それぞれ降り注ぐ。
つまり、
「言っておくが、俺はお前を助けるつもりはない。お前は逃亡犯なのだからな」
「カイザー! 今はそんなことを言っている暇ではありません!」
「あぁくそ集まってきやがったなぁ!」
そりゃこんだけ騒げばそうだ。元よりカイザーたちがここに来ているのは解っていたし、それならジャンヌだっていると解った。その上で眷属連中が俺らを囲んでいたのだ。騒動を起こせばこうして駆けつけて来る。
「逃げるぞッ」
状況が混雑してきた。
眷属と師団、そしてどちらからも追われている俺たちの三つ巴だ。そして自分で言うのもなんだが俺はどっちの勢力からしても確保したい人間であろう。どっちも積極的に確保したいだろうが、しかしそうすればどちらかに無防備になってしまう。
即ち今が逃亡のチャンスだ。
「遠山、妖刕よ!」
「あいよォッ!」
抱えていた桃ちゃんが叫び、それに応えた。かつてない真剣味を帯びたそれを疑う余裕はない。
「ちっ、舐めるなよ……!」
飛び出した俺に妖刕は歯噛みしながらも迎え撃とうと双刀を構え、
【ダサいのよその恰好痛々しいにもほどがあるしオッドアイに双刀とか中二病真っ盛りすぎて香ばしすぎるんだからちょっと大人しくしていなさい!】
「――ごはぁ!?」
桃ちゃんの声に妖刕があまりの毒舌に精神的ダメージ――ではなく。
物理的に血を吐き、露出した顔が紫に染まり、動きが止まる。
「静刃君!?」
「ナイス桃ちゃん! ただの傍若無人ニート女だと思ったぜ!」
「やかましい逃げるわよ、さっさと運びなさい!」
「貴様ァ!」
「ひ、ひぃ……!」
やはりニートな桃ちゃんとビビりまくってるリサを抱えながら動きの止まった妖刕を通りすぎる。
最も妖刕を超えたとしても、
「逃がすかよぉ!」
「お前が一番きついぜ……!」
やはりと言うべきかカツェが立ち塞がる。
【邪魔よ眼帯ロリ! そのみすぼらしい体に恥じて引っ込んでいなさい!】
桃ちゃんが言葉による毒を放ち、カツェの顔に毒々し色の斑点が浮かぶが、
【取り出したるは聖なる雫! その清浄たる加護を以て我を犯す病毒を打ち祓い給え!】
カツェが叫び――それが消える。
「はぁ!? なんだそりゃ!」
「ははは! どうだぁ! 前の時は火器管制のせいで使えなかったけど、これがアタシの言葉! その名もずばり――『詠唱遣い』」
その力とは、
「アタシが口にした詠唱に込められた意味と長さと痛々しさと香ばしさと浪漫によってその詠唱が実現するという言葉だぜ!」
「なんだその素敵な能力はーー!」
いや、別に羨ましくなんかねぇし!
欲しいとか思ってないし!
理子と一緒に考えた俺たちのカッコいい詠唱とか試してみたいとか思ってないし!
「ぜ、ぜぜぜ全然凄いとか思ってなんかないんだからね!」
「わははははは! ある意味人前で使うとめっちゃ恥ずかしいぜ!」
三つ巴の戦場で滅茶苦茶狼狽する男と頬を軽く染めながらやけくそになったように笑う少女がそこにはいた。
ていうか、俺たちだった。
全く楽しいなぁ!
「アタシがノートにまとめたアタシの考えた最強詠唱集を喰らえッ!」
「いろんな意味で大ダメージ過ぎるわ!」
「あほかこいつら、リサ私たちだけで逃げるわよ」
「ひ、ひぃぇ……」
融合スキルバンバン出しまくるあたりキンちゃん様の余裕のなさ。
カツェ楽しすぎんだろこいつ。
多分一番欲しい言葉(
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