落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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友達から熱望あったので久々にHYAKUSYO。
続きそう。



「…………………………は?」

 

 

「というわけで俺は空から流星に乗って振って来たわけさ」

 

「ほほう」

 

 お茶を飲みながら呆けた顔で呆けた顔のままに北郷一刀は言った。

 そしてそれを聞いたまま、那須蒼一も呆けた顔で頷きながら竹筒を傾けた。

 呉はかなり気候が温暖で、初夏ともなれば随分な気温なので冷たいお茶だ。長時間動いた後だから摂取した水分が体にしみこんでいく。

 

「普通に聞いたら脳みそ疑う所だが、まぁお前の言うことだ。俺なんか師匠に殺されたら子供になってこの時代に来てたからな」

 

「それも大概頭疑いたくなるねぇ」

 

 北郷一刀――天の御使い。

 ないろんだかあいろんだかの化学繊維で作られた、この時代ではまず見ることのない――いや、衣服に関しては謎の発展を見せているから何とも言えないが――学生服のような白い衣装。ような、というより本当に学生服らしい。

 現在呉の王孫権仲謀の夫、おまけに直属の武将たちとの間に子も設けているスーパーハーレム野郎である。

 まぁ、そこまで羨ましくはない。

 俺には恋がいるし。

 

「かはは、まぁ俺の場合俺らの時代の記憶なんて忘却の彼方さ。こっち来てからもう十年以上経ってるしな。三国志の時代いるなんて完全抜けてたし、自分が時代の違う人間だってことも忘れてるくらいだった」

 

「剛毅だなおい」

 

「嫁と娘と愛犬との生活が幸せ過ぎてなぁ」

 

 曹魏、劉蜀、孫呉、そして漢帝国による四つ巴の戦争に於いて、目の前の男とは幾度となく戦った。

 神より神懸った抜刀術師、天の御使い北郷一刀。

 その恐るべき速度の抜刀斬撃には俺も驚かされた。俺をしてまともに斬撃が見えないのだから実に困った。結局のところ何回手合せしても完全に見切れたことはない。いやはやかつての拳士最強の弟子であり、天下無双すら超えると誓った者としては恥ずかしい限りである。

 基本的に手合せでは俺が勝ち越してるが。

 

「んでその嫁さんと娘さんと愛犬は?」

 

「今頃飯でも作ってくれてると思うぜ。お前んとこの嫁さんズは?」

 

「さて、皆色々やってると思うけど。政務か警備か料理か或は子供の世話かな」

 

「何をやってるか、ではなく誰が何をやってるかという疑問なのが地味に恐ろし男だぜ」

 

「あはは」

 

「かはは」

 

「嫁さんといえば……」

 

「ん?」

 

「君と君の嫁さんの出会いは随分と酷いものという話を聞いたんだけれど」

 

「どこからだよ」

 

「霞と一緒に風呂に入った凪が聞いてそこから三羽烏で話に出て真桜が桔梗に、桔梗から焔耶に行って蒲公英から翠、そこから愛紗、春蘭、秋蘭、華琳に伝わったら魏の皆は全員聞いてそこから蜀や呉にも……」

 

「仲いいな武将ども!」

 

 つまり全員聞いた訳ね!

 戦争中の雑談だぞ!

 

「やれやれ……んで?」

 

「いやぁ、そこから今の君たちみたいなラブラブカップルになるには何が起きたのかなぁと。今後の参考にしようと思って」

 

「しなくていいわ」

 

 こいつらも大概ラブラブカップルとやらだし。

 それにしても、

 

「あの話の続きねぇ……どこまで聞いてるんだ?」

 

「君が将来の嫁さん放置して、放置した嫁さんに命救われるって話かな」

 

「改めて聞くと俺糞すぎね」

 

「多い同意しよう」

 

「かはは――笑えない」

 

 はてさて。

 あの日何も繋がっていない手に惹かれながら、どうにか当分の食料をかき集めてから村に帰った後。

 それからどうなったかと言えば、

 

「……恋が俺の家にちょこちょこ来るようになって」

 

「ほうほう」

 

「…………可能な限り無視しようとしてたんだよな」

 

「おい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 鉄の刃を地面に突き立てる。鍬を握る手には血豆が潰れたせいで硬い皮膚が出来上がり、気を抜けば手の中から飛んで行ってしまいそうになる。それを握力と身体の動きで押さえながら何度も同じ動きを繰り返し畑を耕していく。

 

「……」

 

 俺の技術では人一倍の時間と労力をかけて畑を作っても、そこから取れる野菜類は通常の十分の一くらいだ。ほんとは麦とか作れればいいのだろうが、麦を作っても粉にして食べ物にすることができないのであまり意味がない。葉物と根菜を少し食べられる分だけ。その二つも調理がほとんどいらないから――ホントは茹でるだけをできるようになるにも三か月くらいかかったが――作っているわけだ。

 基本的に俺の主食は森でとって来た動物や魚、それに森で取れる果物とかだ。

 栄養がどうなのかは知らん。

 食えるだけましだ。このご時世食えずに死んでいく人間なんていくらでもいる。

 俺だって一週間前はそうなる一歩手前だったのだから。

 そして、そうさせなかった原因が、

 

「……」

 

「……」

 

 畑の外から何も言わずにずっと俺を見つめていた。

 真紅の瞳と髪に、どこかの民族の伝統らしい刺青と褐色の肌。俺と同じくらいの年ごろだろうが、その表情にはどうにも感情が見えない。少なくとも俺には彼女が完全無表情でこっちをひたすら見つめていることしか解らない。

 

「……」

 

「……」

 

 相手にする気はなかった。

 確かに先日の一件は感謝している。あそこで彼女がいなかったら、俺はあそこで餓死していただろうし、今となっては死ぬ気にもなれない。無い頭で一応余裕というものを考え始めた。飢饉は相変わらず酷いが先週がピークだったようで少しマシになっている気する。

 いや、多分俺の心持ちの問題だろう。

 生きようという意思があるだけで、少しはマシに感じるものだ。

 

「……」

 

 だが、しかし、それとその後に彼女の相手をするかどうかは別の話だ。

 死ぬ気はないが、それでも人と積極的に関わりたいとは思わない。思うことだって基本ないだろう。俺はこうして人の何十倍もの手間を懸けながら野菜を育てるだけの生活でいい。

 

「……」

 

 だから、無視だ。

 最初に来た日は口でどっかい行けとか帰れとか言ったが欠片も聞かなかったのでもう完全に意識の外に外している。

 それでも、視線は強く感じるのだが。

 

「……」

 

「……」

 

 それから、数時間。

 体力だけが取り柄なので、休みも碌に取らずに動き続け――それでも彼女は動いていなかった。

 

「……はぁ」

 

 下たる汗を手拭いで吹き、鍬を持ち直す。畑自体は随分整ったし、後は種やらを撒けばいい。問題は育つための水やら肥料だ。大昔に中途半端な知識で糞とかが肥料なるという話を思い出して張り切って混ぜたが普通に失敗した。

 いやそんなことはどうでもよくて。

 

「……」

 

 何も言わずに少女から背を向けて家に帰ろうとする。

 

「……待って」

 

「……」

 

 待たなかった。

 待たずにそのまま家に入ろうとして、

 

「……待って」

 

「うごっ」

 

 服の首根っこを掴まれた。

 鍬が手の中から落ちて、バランスが思い切り崩れて転びかけた。

 

「なっ、なにすんだお前っ」

 

 というか結構な距離があったのにいつの間に人の背後に。

 全く気付かなかった。

 

「……」

 

「ここで無言!?」

 

「…………ごはん」

 

「は?」

 

 小さな唇から零れたのはそんな言葉だった。

 

「……ごはん、どうしてる?」

 

「……」

 

「……」

 

「……別に、もうちゃんと食べてるさ。もう死ぬ気はないからな。それだけか? だったらとっとその手を離して……」

 

「……どうやって?」

 

「は?」

 

 こいつはあれか、まともに会話ができないのか。

 言葉ブツブツに区切れてるので意思疎通がしにくい。コミュ障め。

 

「どうやってて……そりゃ……茹でるか、生だろ」

 

 ちなみに茹でるのはできるようになったが焼くのは無理であった。

 

「……それじゃ、ダメ」

 

「は? 何が」

 

「……それだけより、もっと美味しい食べ方がある」

 

「……そうだな」

 

 それはそうだ。前に生きていた時代じゃあもっと多くの美味があった。あまり興味はなかったから問題ないといえばないのだが。

 

「……恋が作る」

 

「………………は?」

 

 言っている意味が理解できなかった。

 というか今日は何回は? と言えばいいのか。

 俺が驚き、呆けている間も、彼女は何も言わずに人の家に上がり込んで炊事場を物色し始めていた。

 

「…………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、つまりそれで美味しいご飯を食べさせてもらった君は少しづつほだされたというわけか」

 

「いやそれがちょっと違うんだよなぁ」

 

「おや?」

 

「その後俺の静止も聞かずに碌に調理をし始めた恋だが――派手に失敗してなぁ」

 

「おおっと」

 

 懐かしい話だ。

 そもそも蒼一がしていた調理なんてのは茹でて塩掛けるくらいだ。香草やら香辛料なんて全くないし、それで料理しろというのも無理な話だっただろう。だが、まぁそれを差し引いても当時の恋の料理の腕前は酷かった。

 

「内にあった肉の一週間分全部焼き焦がしやがったからなぁ」

 始め失敗して懲りるかと思ったが、全く動じずにひたすら肉を焼き続けて炭にしていたのである。

 

「あはは……なるほど、それを君が頑張って食べて絆が生まれたと」

 

「食わなかったんだよなぁそれが」

 

「……男として女の子が作ってくれたものは全て食べなければならないと思わないかい?」

 

「その時の俺は、男なんて名乗る価値のない糞野郎だったって話さ」

 

 結局机の上に並べられた炭は恋が持ち帰ってそのまま肥料にでもなったらしい。

 二日後には失敗した分の肉の分だけ得物を持ってきたたりしたわけだが。

 

「……かはは」

 

 懐かしい、懐かしい話だ。

 今となっては、忘れたい、けれど忘れちゃいけない話だ。

 

「ふむ。けれどそこからラブラブカップルに至るまでには何があったんだい?」

 

「えーっとしばらくしてから偶に村の祭りとかに連れ出され初めて、村の人とか関わりだして、あれ俺何やってるんだよとか思ってちょいぼっち思い出したら村に盗賊来て死にかけたら恋に助けられて恋が守るとか言われちゃったから余計なお世話だとかプッツン切れちゃってぶっ殺しに行って……」

 

「聞き流すけど君欠片もいい所ないね」

 

「欠片もないから話難いんだよ」

 

「……じゃ、また今度聞こう。そろそろ動かないかい?」

 

「ん、おう」

 

 促され、崖の淵(・・・)から立ち上がる。

 二人並んで雑談していたのは断崖絶壁であり、ちょっと前に華佗の話によると仙人とか修行する秘境らしい。残念ながら仙人なんて見てないが。高さ何百メートルあるのだろう。てか、メートルって何の単位だったのか蒼一は覚えていなかった。

 まぁ関係ない話だ。

 

「どうする?」

 

「地面に駆け下りるまで喰らった数多かった方の負けでいいんじゃね」

 

「じゃあ俺が勝ったら……君たちの馴れ初めを本にして纏めよう」

 

「貴様ァ!?」

 

「れっつごー!」

 

「おい俺の勝ちの時はどうすんだコラぁ!」

 

 

 

 

 

 

 尚、斬撃飛ばすというキチガイスキル持ちの北郷一刀に対してこの条件は非常に不利であり、それに気付くことなかったので思いっきり敗北したのであった。

 

 

 

 

 

 

 


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