落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第5曲「――落ちこぼれ、ってなんだと思う?」

 

「この糞寒い時期に筋トレしまくって風邪引くとか……やっぱ馬鹿ね」

 

「う、うるせぇ……ごほっ、ごほっ……」

 

「大丈夫ですかキンジ様……?」

 

「ぐぬぅ……」

 

 桃ちゃんの言う通り、昨日の筋トレのせいでまさかの風邪を引いてしまった俺であった。

 いやまぁ、消耗した体で久しぶりに動いて、それもこの冬の中で半裸の汗だくになっていれば無理もないわけだが。こうして熱で倒れたといえば魔剣事件以来だった。あの時は……なんで風引いたんだっけ。頭がぼうっとしてうまく働かない。

 

「まぁ、ちょうど良い機会じゃない? どうせなら一度完全に休んでから鍛え直すなりしなさいよ。中途半端でやるからいけないのよ」

 

「……あぁ、そうだな。そうするよ」

 

「……まぁ、休んでなさい。私としては、貴方が普通に風邪を引くっていうのが驚きね」

 

「人間止めたわけじゃねぇ……そりゃ風邪だって引くさ」

 

「お腹の調子はどうですか? 少しはお腹に入れたほうがいいと思いますが」

 

「昨日のスープ、頼めるか? あれなら大丈夫だと思う」

 

「解りました、温めてくるので少し待っていてください!」

 

 小走りでリサが去っていくが、それも普段なら足音とか気配で動きが良くわかるが、今はいまいち曖昧だ。

 

「ごほっ……つら……なぁ桃ちゃん。お前毒薬使いならちょちょいって薬作ってくれよ」

 

「嫌よ」

 

 一刀両断だった。

 酷い。

 

「言ったでしょクロメーテルちゃん。ちゃんと休みなさいって。それに前にも……薬を作るのは苦手だって話はしたわよね。貴方がどれだけ頼み込んでも作らないから」

 

「そりゃどうも」

 

 有難くて涙が出るぜ。

 

「……はぁ。解ったよ。解った、降参だ。真面目に、今度こそ体が完治するまで休むさ」

 

「えぇ、えぇ。そうしなさい」

 

「リサのスープ飲んだら寝るわ」

 

「そう」

 

「おう」

 

「それじゃあ、またね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、温もりが体を包んでいた。

 それは、風邪の熱にうなされる不快なものではなくて、もっと暖かくて心までも癒されていくような温もりだった。腕の中にその熱はあり、引き寄せた。

 

「ひゃんっ」

 

 同時変な声が出た。

 思考が鈍っている頭で考える。

 ほうほう、俺はこんな声も出せたのか。

 これは本格的に女装の才能があるというか、流石兄さんの弟だぜ。

 

「ん、ん……ぁん」

 

「ってそんなわけあるか! そんな声出るか!」

 

 遠山キンジ珍しくもノリツッコミである。

 いや問題はそうではなくて。

 飛び起き、隣に見たのは、

 

「り、リサ!?」 

 

「はい、キンジ様。そんなに叫んで大丈夫ですか?」

 

「……ぐっ」

 

 我に返ったら、頭がぐわんぐわん揺れて滅茶苦茶痛かった。

 そのせいでベッドに倒れ込んだら、

 

「あん」

 

「うおおおおお!?」

 

「き、キンジ様。叫ばないでください、お体に障りますよ?」

 

 俺の顔面がお前のおぱーいに触っているよ。

 恐ろしいことに崩れ落ちた先にリサがいて、そのまま胸の谷間に納まっていた。息が辛いが、しかし顔面から伝わってくる感触が素敵すぎる。一応下着――やたらエロースなやつ。おまけに下はガーターだったらしい――はあるが、それでも筆舌し難い感触だ。

 

「な、何故こんな状況に……?」

 

「オランダでは熱を出した夫を妻はこうして温めて看病するのです。スープを温めて戻ってきたらキンジ様が眠っていたので、せめてできることと思い……迷惑でしたか?」

 

「イエゼンゼン」

 

 まぁあれだ。

 看病なのでノーカン!

 

「ならよかったです。体はどうですか?」

 

「……まだちょっと、ぼーっとする。久々の風邪だしな、何日か掛けて治すから、色々頼むわ」

 

「そ、それは勿論ですけど……何かおかしくないですか?」

 

「気合い込めると一日で治るけど、今回はゆっくりすることにした」

 

「はぁ……」

 

 何やらすごく怪訝な気配がしたけど気にしない。

 だがまぁ実際辛いのは確かなのだ。先ほど桃ちゃんに約束したばかりなので、現状完全に気が抜けている。今襲撃されたら多分死ねるが、一度休むと決めた以上は治るまで気を抜いておこう。

 

「大丈夫ですか、キンジ様?」

 

「あぁ、ま……なんとかな。スープ悪かったな、もう冷めてる?」

 

「あ、眠っていらしたので戻してしまいました。もう一度持って来ましょうか?」

 

「いや、いいや。また後で頼む」

 

「はい」

 

「……」

 

「……」

 

「……いや、いつまでこうしてるんだ?」

 

「はい? ご迷惑ですか?」

 

「いや、そうじゃないけど……」

 

「なら、キンジ様が元気になり、次にスープが飲みたいというまでこうしています。風邪の時はひと肌が恋しくなるものですし」

 

「……」

 

 それはそうだけど。

 この天然エロメイドは自分が言っていることを解っているのか。

 解ってるんだろうなぁ。

 多分彼女は、そういうことも織り込み済みで俺の元にいるのだろう。いくら何でも今の俺はそれに気付かないほど鈍感じゃない。一人の勇者に全てを捧げるというのはそういうことだ。

 全く、熱じゃなかったら理性との戦いが大変なことになっていた。

 

「……はぁ。解ったよ。ちょっと、こうしていてくれ。確かに……風邪の時は寂しい」

 

「はい、勿論です。歌でも歌いましょうか」

 

「いや、それはいいけど。……そうだな、今うたた寝したせいで変に目が覚めちゃったし……何か話すか」

 

「はい、解りました。私が何かを語りましょうか? それともキンジ様の話を聞きましょうか?」

 

「そうだなぁ……」

 

 そして、口は動いた。

 後になって、どうしてそんな話を始めたのか、俺には解らない。

 熱にうなされていたせいか、話すつもりのないことが勝手に口から溢れた。

 

「――落ちこぼれ、ってなんだと思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……? 落ちこぼれですか? それはやっぱり……持っている能力が他人より劣っているということではないのですか?」

 

 突然の問いかけに戸惑いながら、リサは答えてくれた。

 そんな彼女の言葉が頭の中で滑りながら、むしろ俺は饒舌になって言葉を紡いでいた。

 

「違う。能力が劣っていることと落ちこぼれるってことは違うよ。弱くたって、その弱さを強さに変える奴は沢山いるだろ? 強さを弱さも大した違いはないんだ。強いってことは弱いってことで。弱いってことは強いってことなんだから。それは、リサだって知ってるよな」

 

「……えぇ、そうですね。どちらでもない、私にはよく解ります。……じゃあ、なんなんですか?」

 

「適応できないことだと――俺は思う」

 

「――適応」

 

 他人に、社会に、世界に。

 この世に存在する何もかもに。

 適し、応えられるかどうか。

 

「それができるかどうかが、落ちこぼれかどうかってことだと思う。人によってはさ、それぞれ長所とか短所とかあって、それが噛み合うかどうかで生き方変わってくるだろ?」

 

 例えば学者の人に、足の速さで陸上選手と競えというのも無理な話だろう。

 或はスポーツ選手に棋士が将棋で負けたからって、恥ずかしいことはないだろう。

 環境と状況。ケースバイケース。

 人の能力なんて、それで決まってしまう。

 

「そういう意味じゃ……俺は上手くいってたんだろうな。殴り合いが得意一族で、俺だって結局そればっかだ。武偵は、自分に一番合っているって思える。あぁ、うん、そうだ。俺はきっと恵まれてる。俺のこの手はいろんなものを掴むことをできた」

 

 宇宙の真理を解く科学者になれる資質を秘めた人がいるかもしれない。

 世界中の人々に涙を流させる文章を書けるような人がいるかもしれない。

 歴史に残る記録を出す運動選手になれるような人がいるかもしれない。

 そういう才能や能力を持った人たちは然るべき環境であれば、凄い人間になれるのだろう。

 自分がそこまでだなんて言わないけど、遠山キンジは落ちこぼれることはなかった。

 

「でも――アイツは違ったんだ。アイツは……那須蒼一は、違ったんだ」

 

「那須、蒼一さん」

 

「アイツは落ちこぼれなんだよ。落ちて、零れて、他人にも、世界にも、社会にも――受け入れられない」

 

 那須遙歌が、ある日零していた。

 それは俺と彼女だけという実に珍しい組み合わせで、だからこそ、彼女は口にしたのかもしれない。

 

『なにもできないって、どうすれば生きていけるんでしょうね。

『ドライさんの策に嵌って、異常も過負荷も生来の人外としての力も何もかも。一つ残らず封じられた私は、そんな世界を体験しました。

『まるで――地獄みたい。 

『少なくとも、私はそう思いました。

『だって、なにもできないんですから。怖いですよ、世界が、自分を拒絶している。まるで、生きていることを否定しているかのように感じた。指先一つ動かすのにも、息を吸うのにも、自分にそんな資格がないんじゃないかって。

『そう――思いました。

『なんなんでしょうかね、あれ。

『私はこれまで化物なんて呼ばれました。

『私は私を人間だと思うし、そうでありたいと思いますけど、でも私自身の性能としては並外れてることは間違ってないんです。自慢じゃないですけど、寧ろ今が最盛期ですし。

『でも。それでも。

『あの世界で、生き続けられる自信はないんです。

『えぇ、そうです、ないんですよ。うふふ、笑っちゃいますよね。

『……あそこは、そんな場所なんですよ。ねぇ、キンジさん。想像できますか? 自分がなにもできなくて、世界から拒絶されてるようで、何かをすることすら許されない。

『目を開けてられない。

『耳を澄ませてられない。

『鼻を利かせることはできない。

『口を動かすことはできない。

『肌を感じさせることはない。

『――そんな、世界。

『そんな世界で――』

 

 そんな世界で。

 

「那須蒼一は――生きてきたんだ」

 

 あの男は。

 そんな風に生きてきた。

 あらゆるものから拒絶されて、何もできないままに、何も為せないままに。

 世界から零れ落ちて、その手は何も掴めず落としていく。

 

「だから――落ちこぼれ」

 

 だから那須蒼一はそう呼ばれているのだ。

 

「でも……彼は、拳士最強なのですよね? 戦闘資料は見ました。彼は、強い。多分、対個人における分野に於いては他の追随を許さないのではないですか?」

 

「おお、詳しいな」

 

「己の勇者を見極めるのは重要なことですので」

 

「なるほど。……ま、そうだな。アイツは強いよ。多分俺が俺だけでアイツと戦ったら絶対に勝てない。いや、一人で那須蒼一と戦って勝てる人間なんて、存在しないはずだ」

 

 だってアイツは個として完結しているから。

 曹操や静幻が語った求道という性質。アレはその極地に至っている。純粋な質として蒼一に届くものは存在しないだろう。

 

「でもさ、アイツの武術って実は後付らしいぜ? いや、こういうと変だけど……上手く言えないな。基本的に蒼一の武威は蒼一が身に着けたものじゃないらしい。握拳裂に、ただ戦うだけの人外に貰ったんだってさ」

 

「……? どういう意味でしょう」

 

「俺も解らん。ただ解るのは――あいつには武術の才能だってほんとはなかったんだ。才能ないから努力したとかじゃなくて、そもそもアイツは武術なんてものはできないはずだった。それを握拳裂がどうにかしたって話らしいけど」

 

 そのあたりは解らない。

 恐らくは何かを蒼一に伝授することによって拳士最強に匹敵するだけの武威をもたせたわけだが、握拳裂が何をしたのかは不明だ。何分死んでいる以上、蒼一が語ってくれなければ解らないし、アイツもはっきりとは口にしない。

 そう、アイツは何も言わない。

 

「――アイツはどんな気持ちで生きてるんだろうなぁ」

 

 俺には、解らない。

 那須遙歌をしてそんな風に称す世界で、アイツは何を想いながら生きてるのだろうか。

 

「なぁ、リサ。想像できるか? 世界から拒絶されて生きていくなんて」

 

「……それは、そんなの」

 

「無理だよなぁ」

 

 道がないと、先に続けて遙歌は言った。

 ありとあらゆることができる妹はありとあらゆることができない兄に対して、進む道がないのだと。

そもそも進むための足場がないのだから、進みようがないのだ。

 そんな世界で、アイツは生きている。

 

「生きて、られるだよなぁ」

 

「……キンジ様は、それでどう思うんですか?」

 

「……?」

 

「その生き様に、貴方はどう思うのですか? キンジ様は落ちこぼれという生き様に対し、どういう思いを抱くのでしょうか」

 

「――そんなの、決まってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――恰好いいよなぁ」

 

 心から、そう思う。

 アイツは、ここまで言われるような身でありながら――それでも生きている、戦っている。

 目を開けて。

 耳を澄まして。

 鼻を利かせて。

 口を動かして。。

 肌で感じて。 

 生きる理由を。

 戦う意味を。

 確かに胸に抱いて、魂を震わせ、己が愛を叫びながら生きている。

 それが、眩しくてたまらない。

 宇宙の真理を解く科学者になれる資質を秘めた人が運動選手になることを望むかもしれない。

 世界中の人々に涙を流させる文章を書けるような人が画家になることを望むかもしれない。

 歴史に残る記録を出す運動選手になれるような人が音楽かになることを望むかもしれない。

 自分の才能とは違った道に進んで、間違った道だとしても。

 その先に未来がないとしても。

 胸を張って駆け抜けているのなら――きっと価値はある。

 

「アイツは俺のことを、主人公とか勇者様とか、そんな風に持ち上げてくるけど……アイツのほうがすげぇんだ。きっと、そう思ってるやつは俺以外にも沢山いるのに、アイツは見ないふりして自分が取るに足らない奴だって貶している。笑わせるぜ、お前よりすげー奴なんて、俺は知らないのに」

 

 言葉が堰を切ったように切ったように溢れていた。

 こんなこと誰にも言えなかったから。仲間たちには言えない。俺を信じて付いてきてくれる皆に、そういう弱音を聞かせたくなかった。俺の意地の問題でしかないけど。

 でも、

 

「いいのですよ、キンジ様」

 

 俺を胸に抱きしめながら、彼女は囁く。

 

「リサは共に戦う者でも、率いられる者でもありません。リサは貴方を慈しむ為にあります、リサの勇者様、貴方の心は貴女の姫君と共にあり、その魂は戦友とあるのでしょう。でも、だから傷ついた身体はリサが癒します」

 

 熱を帯びた体に、それとはまた違う熱が全身に広がってくる。

 リサの体温、人の温もり。

 それを感じつつ、急速に意識は薄れていった。

 最後に、何故か、軋むような、引き絞るような、声を聞いた。

 

「今はお休みください。来る戦に向け、ご自愛ください。その時が来るまで、私の全てを捧げ貴方を慈しみ、癒し、抱きしめます」

 

 どうか、リサを護る為に。

 

「――貴方に星狼の加護があらんことを」

 

 




ちょっと強引だけどやらねばいけない回。
多分リサの立場だから話せたことだと思う。
蒼一からキンジへの評価はよくあったけど、多分キンジから蒼一への感じ方を書いたのは初めてだと思う。

しかしまぁもう何年もやっててようやく落ちこぼれの定義が決まった。
カレンの時の時代を間違えたってのが大きかったと思う。
何がどう転ぶか解らないものだ。


やる夫スレの方でこっちの更新遅れてますが、向こうで電波レキがハッスル中(
あと狂スト組も(

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