落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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エピローグ「これで二人か」

 

 

「んぐ、んぐ、もぐもぐ……ぷはぁーっ! 暖かいスープが五臓六腑に染み渡るぜ!」

 

 暖かい部屋で暖かい恰好をして暖かいスープを飲む。

 なんと素晴らしいことか。凍土を体力空っぽでバイク押しながら進軍してきた身としてはただそれだけのことで有り難さに涙が出てくる。

 

「おい、キンジ。こっちを向け、もうちょっと綺麗に食べんか全く」

 

「ん、おおすまんな」

 

 口周りについたスープをジャンヌに拭ってもらう。些か恥ずかしくはあるが、今はそれよりもこの温もりの方が重要だ。 数日振りのまともな飯を前にしては仕方のないことだろう。

 カツェとの決闘から既に二日が経っていた。

 あのあと厄水の魔女を氷漬けにして氷原に置き去りにしてきた俺たちだが、そこから先がまた中々の苦境だった。体中に穴が開いていた俺に失血大量のジャンヌに、足となる『緋影』にしても大破状態だった。そこからベルギーへの国境まで押して行ったので、かなり時間が掛かってしまった。こっちもまた大冒険だったわけだが、魔女連隊の追手がなかったのが幸いだった。カツェに全戦力をつぎ込んでいたぽいので余力がなかったのだろう。多分、また追手を来られたら危なかったはずだ。最も、途中でメーヤたちに拾ってもらったので流石にブリュッセルまで、というわけではなかったが。

 

「無事で何よりでしたわ、二人とも。一時はどうなることかと……」

 

 ブリュッセルの宿屋で体を休める俺とジャンヌの前でメーヤがその巨大な胸を撫でおろす。ベルギーに入ったとしても、彼女が助けに来てくれなかったら俺たちも凍え死んでいただろう。氷の魔女と一緒にいるのにまったく笑えない。

 

「いやー、あれだなサードの時も思ったがノリで変なとこ行くと終わってからが大変だな。あの時はよかったけど、今回は『緋影』も碌に動かねぇし流石にやべぇと思ったわ、ははは」

 

「笑いことじゃありませんよ、まったく」

 

 嘆息し、彼女が懐から何やら封筒を取り出す。蝋で封がされた、分厚い奴。昔ランスロットから送りつけられたものを思い出す。

 

「どうぞ、キンジさん。ベルギー政府からの書状です」

 

「政府?」

 

 スープの器を置き、代わりに彼女から封筒を受け取る。見た目通りのずっしりとした重みを感じながら中身を空けてみる。広げた書類には何やらオランダ語だかフランス語だかでびっしりと文字が書かれている。

 

「……読めんぞ、俺への手紙なら日本語で書け」

 

「暴言だな、ある意味正しいが」

 

「こほん、要約すると魔女連隊を倒してくれてありがとうございます、みたいなことが何ページにも渡って書かれています」

 

「ふぅん、なんで?」

 

「なんでって……ベルギーでは国境沿いに於ける魔女連隊に扱いに随分困っていたようですからね。そのあたり一気に連隊を倒したキンジさんには頭が上がらないのでしょう」

 

「へー」

 

 いまいち実感が湧かないが、それで他人の助けになったのならいいことだ。

 

「お? てことはこれあれじゃないか。俺の目的でもある欧州圏での戦果稼ぎにもなるんじゃないか?」

 

「……えぇ、そうです。そういうことなのでお伝えしたわけですが」

 

「おお」

 

「おお、ではないだろ」

 

 ジャンヌとメーヤから凄く呆れらた目で見られてしまう。そのあたりの趣味はないので、書類からスープの器に持ち替えて誤魔化しておいた。

 

「……ふぅー。ま、礼っていうなら受け取っておこう。減るもんでも無し。それで? これから俺たちはどーするんだ? せめて一日はここで休まないと傷が治りきらないんだけど」

 

「一日で体に開いた穴治るんですか……?」

 

 これが治ってしまうのが遠山家である。

 

「一端休息を取ってからパリに帰還しましょう。やはり私やロナルドだけでは守りが薄かったようです。今は彼がパリに残っていますが、あと二人ほどは援軍が必要でしょう」

 

「そうしてくれ。助かるよ」

 

 言い切ってから、スープを飲み干し、立ち上がる。

 

「よし、俺は寝るぞ。出発は明日の朝か?」

 

「えぇ」

 

「なら俺はそれまで惰眠を貪ることにする。夕飯と緊急事態には起こしてくれ。それ以外だったら寝てるから」

 

「飯はちゃんと食うのか」

 

「そりゃあな」

 

 食べるのもまた回復への近道だ。

 

「任せたぜ、メーヤ」

 

「えぇ、承りました。連絡はもう終わりですしね。……あぁ、それと」

 

「ん?」

 

「――おかえりなさい、トオヤマさん、ジャンヌさん」

 

「――ただいま」

 

 

 

 

 

 

「さてと、寝るか。ジャンヌも休んどけよお前だって疲れてるんだから――」

 

「キンジ」

 

「……ジャンヌ?」

 

 言葉の途中でいきなりジャンヌに背中から抱き付かれた。

 倒れ込むという感じではなくて、彼女の意思が伴ったものだということははっきりと解った。

 

「キンジ」

 

 背に顔をこすり付けながら彼女は名前を呼ぶ。

 

「……どうしたよ。愛の告白でもしてくれるの……」

 

「あぁ、好きだぞ」

 

「――」

 

 愛の告白だった。

 マジかよ。

 

「……マジで?」

 

「大マジだ。ジャンヌ・ダルク三十世は遠山キンジを愛しているよ」

 

「……ありがとう、気持ちは嬉しい。――でも」

 

「解っているさ、お前にはアリアがいるのだから」

 

 神崎・H・アリア。

 俺の心は誰よりも彼女に奪われ、捧げ、狂い、愛しているのだから。

 たとえこの先誰に想われようとも、遠山キンジにとっての最も重い一が彼女であることには変わりないのだ。

 『絆の勇者』と『緋色の交響』。

 色金の守護者と巫女。恋人にして主従。

 愛と恋の絆で結ばれた|永遠の二人(エンケージリンク)。惚れた少年と惚れられた少女。惚れた少女と惚れられた少女。生きる理由と闘う意味を見出した二人。

 少年の死ぬ日は少女の死ぬ日で、少女の死ぬ日は少年の死ぬ日。

 それは変わらない真実だから。

 俺は、聖女の愛には応えられない。

 

「あぁ、いいんだそれで。そんなこと、ずっと前から知っている。お前の腕の中にはアリアがいる。それはきっと何よりも大事なことだ。でも、隣にいるのはいいだろう? せめて、お前の隣でお前と共に、私も在らせてくれ」

 

「……いいのかよそれで」

 

「いいのさ。私が望む、私の願いだ。言っただろう? 私はお前の力になりたい。愛しき我が君、我らが勇者よ。聖女に祈りを捧げさせてくれ。貴方の旋律に私も加えてください」

 

「――解ったよ」

 

 振り返る。

 当然ジャンヌと向き合うこととなり――そのまま抱きしめた。

 

「俺の魂にお前の響きを預けてくれ。一人じゃなにもでいない俺にお前の力を貸してくれ。ジャンヌ、ジャンヌ・ダルク。氷星の聖女――俺と一緒にいてくれ」

 

「――はい」

 

 勇者の絆は――聖女に祈りを。

 響き奏でられる交響にまた一つ、新たな音色が。

 儚くて、砕けそうで、それでも確かに輝く氷の祈り歌(オラトリオ)

 

「……くすくす、帰ったらアリアになんて言われるかな?」

 

「あー……まぁ少なくと何か言われるのは俺だしな」

 

「くすくす」

 

 離れながら、ジャンヌは笑う。

 無邪気な子供みたいな笑みだった。彼女のこういう笑みを見るのは、多分初めてのことだ。

 

「っと、もう寝るんだったか――一緒に寝ていいか?」

 

「えっ」

 

「冗談だよ。……まぁお前が望むならいいけど」

 

「……勘弁してくれ」

 

「くすくす」

 

 くそう、露骨にキャラ変わりやがって。

 可愛いじゃねぇか。

 

「お休み、キンジ」

 

「あぁお休み。ゆっくり休めよ」

 

「うむ。――おっと、忘れものだ」

 

「ん?」

 

「ちゅっ」

 

「――」

 

 キス。

 それも日本に出る前に理子にされた頬へではなく。

 唇と唇。マウストゥーマウス。

 氷の魔女なんて呼ばれているけれど、その唇は確かに暖かった。

 

「――んなっ」

 

「くすくす、これくらいいいだろう?」

 

 無邪気どころか小悪魔ちっくに笑い、手を振りながら去って行った。

 

「……はぁ、敵わねぇなおい」

 

 赤くなった頬を掻きながら、自分の部屋に入る。

 

「カァー!」

 

「うおおおおお!?」

 

 何故かカラスが部屋で暴れていた。

 唐突過ぎて意味不明だが、しかし現実として宿屋の一室に馬鹿でかいカラスが羽ばたきまくって羽根がめっちゃ待っているのである。

 いや、描写しても意味わからん。

 

「カァーカァー! バカァー!」

 

「あぁ!? てめぇ馬鹿っつたか!? 流石にカラスに言われる筋合いは――ないよな?」

 

 よく考えればカラスってすげー賢い動物だった。

 大丈夫だよな?

 

「カッ」

 

「嘲笑われただと……!?」

 

 と、よく見れば賢い大カラスのこれまた大きな足に手紙らしきものが括り付けられていた。先ほどのベルギーからもらったのとは違って、紙一枚だけの薄い奴。

 

「手紙……? あっ、おい、いてっ、手紙なら普通によこせっつぅの!」

 

 カラスと真面目に格闘する俺である。

 何かが空しい。

 

「くそ、羽根誰が掃除すると思ってんだ……どれどれ」

 

 丸められていたそこにはメッセージと名乗りだけ。

 ちゃんと日本語だった。

 

『――首洗って待ってろ

 愛する汝の戦友より』

 

「……おいかしこカラス、ちょっと待て」

 

 カラスが暴れていたせいで散らばったものの中から、ペンを拾い上げてその下に返事を書きこんでおいた。

 

「首と言わずに全身洗って待ってるよ、愛する貴方の戦友へっと。……うーむ、我ながらセンスないな。まいいや。おら、もってけ」

 

 それを再び大カラスに括り付け――五分ほど暴れた――送り出す。

 何時間か後には愛する戦友へと届くことだろう。

 

「……あー」

 

 散乱した部屋を眺めながら、頭を掻き、

 

「これで二人か」

 

 

 

 

 




十章完!

次章、導きの王狼と高嶺の毒花!

ついにきたぜ白雪スレイヤー!


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