落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第16曲「ドイツの科学力は世界一なんだぜ」

 

 ――世界が凍っていく。

 

 相対したカツェ・グラッセも彼女に追跡の名を降したイヴィリタ・イステルも遠山キンジを見くびっていたわけではない。侮っていたわけでも、過小評価もせずそれぞれが己の持てる全てを以て気魔女たちは勇者を打倒せんとしていた。

 しかし、彼女たちは見誤っていたのだ。

 絆の勇者遠山キンジのその真骨頂を。

 他者との心を繋げる――魔女たちもそれは知っていた。

 実際カツェは一度美術館においてランスロット・ロイヤリティとの絆の力によって危機に陥った。だからその時点で一人でも侮れないと悟ったし、脱獄に当たって全霊を以て戦うことに迷いはなかった。

 けれど、それだけでは足りなかった。

 自らに秘めた絆すらも力とできるのに心だけでなく――誰かの全てと繋ぐことができたのなら。

 手を繋いで、心も繋いで――何もかもが溶け合って。

 今ここに新たな力は権限する。

 『緋想詩編(Écarlate)聖譚歌(Oratorio)――銀星氷上の聖乙女 (la Pucelle au constellation)』。

 それこそが遠山キンジとジャンヌ・ダルクだけの絆に他ならない。

 何の先ぶれもなく起きた力だが、それでも二人は今の自分たちがなんであるかを直観的にそう理解していた。不思議な感覚だった。体はキンジだけしかないのいジャンヌに意識は確かにあり、キンジもまたジャンヌの存在をはっきりと感じることができていた。

 纏う鎧から、握る旗から、彼自身の胸の中に。彼女はいるのだ。

 

『――キンジ』

 

「あぁ」

 

 言葉は最早要らない。

 思考も記憶も互いに秘める全てが溶け合い共有しているのだから。

 

「……っ、冗談じゃねぇぜっ」

 

 カツェもまた直観でその現象を悟っていた。遠山キンジとジャンヌ・ダルクの融合。そんなことが予想できるはずもない。カツェ自身も、イヴィリタもキンジが何かをやらかす(・・・・)とは思っていたがそれでもここまでとんでもないことをやらかすとは思っていなかった。

 別にジャンヌを心から嘲っていたわけではない。

 それでもジャンヌが意気消沈していたのは一目瞭然だったし、だからそれに付け込むのにも躊躇いはなかった。ジャンヌを精神的に追い詰め、それに気を取られた所をありたっけの武器武装兵器でキンジを倒すつもりだった。

 結果が、これである。

 

「まったく私のこの悪癖どうにかなんねぇのかよ……」

 

 肝心な所で詰めを誤る、と嘆息して吐きだされる息は真っ白だ。周囲の全ての温度が下がってきている。無論場所が雪原であることには変わりないが、この地域をアジトにしていたカツェたちはデフォルトで気温調節の魔術を自分の周りに展開していたから寒さはそれほど感じていなかった。今もそれは起動している。

 それでも寒い。

 

「……っつ」

 

 まるで濡れた全裸で猛吹雪に放り出されてしまったかのよう。本能的に体温を上げる魔術を使わなければ意識を失っていたはずだ。歯の震えによる音は止まらず、しかし変化はそれだけではない。大地を覆っていた雪もまた、完全な氷へと変わっていく。雪原がまるでアイススケートリンクのような氷原だ。車体すら凍てつき始めている。

 冗談じゃ、ない。

 冗談じゃないが――震えてなどいられない。

 

『――起きろ馬鹿どもが!』

 

 無線機に乱暴に声を叩き付ける。

 届く先は気絶した他の魔女たちだが、

 

『――ヤヴォール!』

 

 即座に返答があり、それから意識を取り戻した。

 彼女らは魔女であるのと同時に軍人だ。意識を失おうと上官の命があればすぐに起きるように訓練されているし、そういう風の汎用術式も組んでいる。

 

『撃ちまくれ!』

 

『ヤヴォール!』

 

 砲撃直前に気絶された故に、今度こそ即座に射出した。全八門、一つ残らず同時に火を噴く。一発だけでも人間を塵一つ残さず木端微塵にするほどの威力がある。

 

「――」

 

 しかし星氷を纏う勇者は揺らがない。

 手にしていた旗を軽く持ち上げてから、再び凍り付いた大地に叩き付け――起立した氷の壁が砲撃の全てを防ぎ切った。

 

「ジャンヌ」

 

 続けて旗を指運で回す。氷の華が尾を引き、先端部を右端の戦車に向け、腰で固定する。

 

『――凍れ』

 

 凍った。

 ジャンヌの宣告と共に旗に刺された戦車が完全に凍結し、氷の棺に閉ざされる。そしてそれだけでは終わらない。再び指運にて石突を地面に落とし、さらに右の戦車が発生した氷の柱に突き上げられひっくり返る。

 僅か二手で戦車二台が無力化された。

 そのことに勇者は姿無き聖女へと笑みを浮かべる。

 

「どうだよジャンヌ、これがお前の力だぜ」

 

『違うだろうキンジ、私とお前の力だ』

 

「あぁ――そうだ。俺たちの力だ」

 

 二人は感じている。

 目に移るこの氷の世界、今それら全ての氷はキンジとジャンヌの物なのだ。自然の氷ではなく二人の魔力が通された氷は氷結という概念そのものだ。

 

『一気に仕留めるぞ』

 

「あぁ」

 

 旗を振り被り、棚引くそれの周囲に氷が螺旋上に集まっていく。

 発生する氷結の波動が収束それはまるで宇宙を巡る星屑のよう。

 

『動け! 止まらないと氷付けだぞ!』

 

 氷蕾を前にし顔を青くしたカツェは無線機に怒鳴りつける。何もしなければそれまでの二台のように氷付けとなるだけだ。言葉の途中で残った六台は動き出し、氷の大地スリップしながらも回避行動を取り、

 

『――オレルアンの流れ星(Etoile filante d'Orléans)

 

 ――氷星の激流が全てが凍りつかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ、これは……」

 

 原田静刃は己の目を疑っていた。

 魔女連隊に雇われ古城に滞在してた静刃たちだが、遠山キンジたちへの再確保を命じられていたわけではなかった。イヴィリタはカツェに追跡の命を出したのだから静刃たちは今回は無関係だったのだ。だからキンジとカツェたちとの戦いはただの野次馬気分程度のもの。

 まさかこんな光景を目にするとは思わずに。

 

「……モーレツ、意味不明です」

 

 アリスベルも目を見開き、

 

「……」

 

 慧もまた咥えていた煙草を落としたことにも気づかずに呆然としていた。

 それくらいに常識離れしていたのだ。

 静刃の右目は『ヴァ―ミリオンの瞳』という魔眼だ。視界に移る敵の能力を解析し、自分の状態や推奨される行動が選択肢として展開される補助機能を持つ異能である。そして魔眼は氷星の勇者もまたこれまで通りに解析し――解析不能(エラー)の文字を吐きだしていた。これまで静刃たちもそれなりの戦いを経験してきた。魔法少女や魔女、超能力に軍人、果てには化生の類もいたがしかしそれでも解析不能なんて結果を出したことはない。常に表示される推奨行動には撤退のみを示し、勝率もまたエラー。

 

「……」

 

 言葉が、でない。

 先ほどキンジとジャンヌが繋がった時に見た物もまたかつてないものだった。

 時たま魔眼はハートのようなものをイメージを映す。それが一体何を顕すのかはよく解らないが、先ほどのジャンヌから大きなハートがキンジへと吸い込まれ、さらに音符と氷の結晶のようなイメージが広がったと思えば氷鎧を纏ったキンジがいたのだ。

 そして、僅か数瞬で戦車八台を無力化した。

 

『――友のために行ってくれ』

 

 かつて共に戦車一台無力化するのに死力を尽くし、友を十台の戦車の前に取り残した。

 彼らでは肉体を過剰強化し、武装を犠牲にしてようやく一台が限界だったのだ。それにも関わらず十台に囲まれてしまえばもう逃げるしかなく、友を犠牲にして彼らは逃げ延びたのだ。

 あの時、もしも自分にこれだけの力があったのなら――彼女は一人残されることはなかった。

 

「……!」

 

 握強く握りすぎた拳から血が滲んでいることに静刃は気づかない。

 気づかないまま、視界の中に動きがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――」

 

 中心にいた一台の氷が溶け出した。ハッチが開き、荒い息と共に這い上がってきたのはやはりというべきかカツェだった。カツェの属性は『水』だ。氷に近いものだからこそ、干渉が可能となり氷の棺から脱出できた。

 

「カハッ、カハッ……っ」

 

 せき込み、身体の至る所の凍傷を可能な限り治癒させながら悟った。

 

 ――絶対に勝てない。

 

 厄水の魔女では氷星の勇者には決して届かない。

 それこそ天地がひっくり返っても不可能だ。水と氷と性質が似通っているからこそ、ある程度の誤魔化しは効くが真っ向勝負をしてしまえばどうしようもない。

 災厄の妖水は星天の聖氷により凍てつくしかないのだ。

 

「――け、けけ。こんなのばっかだなぁ」

 

 カツェ・グラッセの人生は大体が似たようなものだった。

 虐げられるということが基本だった。生まれがかつてドイツだったフランス領だったから、それが理由で様々な虐めを受けた。物を隠されるなんて当たり前のことだったし、棄てられたり、落書きされたり、食事に虫とか混ぜられたり、時たま直接的な暴力を振るわれることもあった。子供というのは恐ろしく純粋で、純粋だからこそ恐ろしい。他者を虐げることに躊躇いがない。善悪の基準が甘いからこそ思うがままに他人を傷つけるのだ。

 カツェもまた虐げられ、傷つけられた来た。

 別にそれ自体は構わなかった。かつての敵国の人間が入れば虐待されるのは当たり前だ。

 許せなかったのは――自分自身。

 かつて二度の世界大戦、或はそれ以上ずっと前の歴史から彼女の先祖たる戦魔女たちは戦い続けてきた。カツェにもその血が流れていうのにも関わらず、ただ虐げられたままでいる己がどうしても許せなかったのだ。代々伝われてきた魔術を使えばいいというものではない。それは魔女の誇りを穢す行為だったから。

 だからこそ、ずっと我慢してきたのだ。

 我慢して、追い込まれて、崩れ落ちて。

 壊れてしまう寸前まで追い込まれた。

 片目を失い、絶望の深淵に落ちてしまうことを受け入れようとした時、救いは現れた。

 それを紛れもなく救いだったと、カツェは信じている。

 例えそれが魔女からの手だとしても。

 引き上げられた先が血と戦に染まった屍人の道でしかなくても。

 

『付いてきなさい、カツェ・グラッセ。私がお前に居場所を与えましょう――』

 

「あぁ……そう、だから」

 

 彼女の命をカツェ・グラッセは身命を賭してやり遂げる。

 例え相手が己の何倍、何十倍の強度を持っていても。大魔女たちに新世界の覇者だと讃えられても。自分の力の上位互換的を相手にしなければならなくても。

 魔女は誓いを違えない。

 

「アタシは、負けるわけには行かねぇんだよ」

 

 誰でもない、己自身へと向けられた言葉。

 極々有りふれた、けれど誰もにも穢せない貴い祈り。

 その夢を胸に彼女は立ち上がった。

 

『キンジ』

 

 その在り方はキンジもジャンヌも理解していた。名を呼ばれたキンジは答えず、しかし旗の振り上げを返答とした。

 キンジも解っている。

 油断すれば今の自分たちだって負けるということを。

 圧倒的劣勢でありながらも、勝利を諦められないから戦う。

 それはまさしく絆の勇者がこれまで歩いてきた道に他ならない。

 先ほど戦車を氷結させた流星。今度はそれを指向性を以て、カツェ一人へと向ける。これならもう、彼女では抵抗することはできない。氷棺自体は何日か溶けないだろうが、命に別状はないから躊躇うことはない。

 

「けけけ――全くおっかねぇ奴だなぁ」

 

 手を緩めないキンジたちに、しかしカツェは笑う。ちょっとは油断すればいいものを。 いやになるけれど、何故か笑いが止まらなかった。

 そして、

 

「勝負だぜ、遠山キンジ」

 

 ――その場から消失した。

 

「――!?」

 

 今にも氷星の流星を放とうとしていたキンジたちは驚愕し、動きが止まる。逃げたわけではない。カツェの様子は撤退しようとする人間のソレではなかったのだから。故にこれは逃走では決してない。彼女の勝利の為に布石であるはずなのだ。

 答えは、直後に来た。

 

「――ッオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 その襲来と共にキンジは即座に氷旗を振りぬいた。放たれる氷星の激流。絶対零度と言っても過言ではない波動は飛来してきたそれと激突し、しかし一瞬で蹴散らされる。

 

『……ッッ!!』

  

 声にならない絶叫を上げるジャンヌが自分たちの目前に氷の壁を何十重にも展開するが、しかしそれらも呆気なく崩壊。とっさに二人が取ったのは自分を横合いから氷を激突させることで大きく突き飛ばすことだけだった。

 それでも尚――崩壊からは逃れられない。

 莫大な衝撃と破壊が雪原を蹂躙し、既に自律走行にて離れてた『緋影』にも及び半壊させる。キンジでさえも自身を氷の繭のようなもので覆っても氷鎧に大きく亀裂が入り、全身に尋常ではないダメージが入ることは避けられなかった。

 

「……ごほっ……ごほっ……今、のは……」

 

『キン……ジ』

 

 口から血の塊を吐き出し、雪が吹き飛び地面が剥き出しになっている破壊の軌跡を見る。数瞬後、はるか後方にて着弾し轟音が聞こえ鼓膜に激痛が走る。

 思い出したのは曹操の全力の一閃。

 万人の覇王の最大威力は街一つを呆気なく滅ぼすほどだった。そして今のはそれにも匹敵しかねないほどの威力を有していた。

 

「……カ、ツェ……テメェ!」

 

 それはあまりにも大きすぎる砲身だった。

 砲身約三十メートル、砲口径八十センチという埒外の兵器。それを運用するだけで凡そ五千人近い人員を必要とし、運用に莫大な資源と費用を消費した超兵器。その砲弾一発ですら都市一つを破壊する紛れもなく世界最大級の砲火。

 人の手によって生み出された破壊の魔物。

 

「列車砲か……!」

 

 それが中空に浮かんだ鏡のような水面から発生していた。

 物理法則から反したそれは紛れもなく魔術によるもの。そうでなくとも列車砲なんて超兵器は通常運用など不可能に近い。

 

「ふ、ふざけたとんでも兵器持ち出しやがって、お前どんだけやる気なんだよ……!」

 

「けけけ……本気も本気、超本気だよ。私は絶対にお前を叩き潰してイヴィリタ長官に付きだしてやる」

 

 中空に浮かぶ砲身に力なくもたれながら、けれどその瞳に光は失くさずに厄水の魔女は哂う。

 

「知ってるか――ドイツの科学力は世界一なんだぜ」

 

 

 




ドイツの科学力は世界一ィィィ!

カツェがやたらかっこよくなる不思議。
多分カメラード枠。

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