落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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久々推奨BGM※からジャンヌキャラソンかりそめセレナーデ


第15曲「私は、お前の力になりたいよ」

「ははははは……最高、だぜ」

 

 寒い。

 猛烈に寒い。

 銀色に包まれた雪原を制服姿に通常走行モードの『緋影』で移動しているのだから無理もないのだが。

 古城から脱出してまだ時間は経っていない。飛行形態の『緋影』である程度離れたが、それでも俺を追いかけてきた愛機の消耗は激しくエネルギー残量が少なくなっていたから今は普通に走っている。目的地までギリギリ足りるかどうか。それでも雪の中をある程度普通に走行可能なのだから先端科学兵装様様だ。

 向かう先はルクセンブルクとベルギーの国境線。

 着陸してすぐに連絡を取ったメーヤの指示だ。

 

『ベルギーに入ってください。ルクセンブルクの政治家に魔女連隊のシンパがいるので、そちらではやりたい放題ですが、ベルギーではお尋ね者です。国境を超えれば、彼女たちも追跡を止めるはずです』

 

「ま、素直に行かせてくれるわけないけどな」

 

 スルーできたらそれに越したことはないが、現実はそうはいかない。

 

「……トオヤマ」

 

「あぁ」

 

 機械の駆動音が雪原に響いている。

 『緋影』のそれは驚くほど静かだ。俺ではよく理解できない動力だが結果として『緋影』は無音走行すら可能だ。本来ならばアリアの『緋翔天滅』と同じく全身に装備するPADの試作型だったのだが、俺専用にチューンアップされ完全にバイク機能へと特化してる。アイアンマンに憧れなかったといえば嘘にはなるが、そういった改造のおかげで脱出できたのだ。

 いずれにせ、今聞こえている重厚な駆動音は『緋影』のものではない。

 だったら何かなんて、愚問だ。

 

「来たか」

 

 ジャンヌ越しに振り返った先に見えた光景は――戦車だ。ドイツ製のティーガー。あの博物館に収められていたもの。いつでも使えるように整備されていたのは確認したが、今確かに使われている。対応が早い、これもイヴィリタ・イステルの指示だろうか。

 いや、それもあるだろうが、

 

『来たぜぇ、遠山キンジィッ!』

 

 戦車のハッチから拡声器片手に身を乗り出しながら厄水の魔女は吠える。

 真紅の瞳は爛々と輝き、燃える激情がはっきりと見えている。

 迫るのはカツェ自身の乗り込んでいる戦車一つだけではなかった。カツェの戦車を先頭にさらにもう七台のティーガー戦車を引き連れている。

 

 

「ジャンヌ、迎え撃つぞ」

 

「なっ、正気か!?」

 

「勿論、どうせ今の『緋影』じゃ逃げきれない。だったら正面から迎え撃つさ」

 

「戦車八台が見えないのか!?」

 

「見えるさ」

 

 ギアチェンジとブレーキを行いながらハンドルを切って横向きに。愛機は一切スリップすることなく停止し、

 

「楽勝だな」

 

「……!」

 

 雪の上を音を鳴らして歩き始めたら、カツェの方もニヤリと口端を歪めて無線に停止を促した。戦車八台が見事な連携で>型――所謂鶴翼の陣という形で止まった。

 

「よぉ、さっきはやってくれたなぁおい」

 

「先にかましてくれたのはお前だろうが」

 

「そうだな。だから恨み言なんて言わねぇよ。脱獄を赦したのもあたしの落ち度だしな。あぁ、それに関しちゃ何もいわねぇさ――それはそれとしてぶっ殺す」

 

「恨み骨髄じゃねぇか」

 

「けけっ」

 

「ははっ」

 

 笑う。

 

「いや、実際やられたぜ勇者様。謝るわ、牢獄入れたから大丈夫なんて舐めたぜ。あぁ、だからこそ、今度は私の権限全部使ってお前を潰すぜ」

 

「やってみろ、俺だって前みたいには行かないぜ。結構な感じのお友達連れて来てくれたけど、ちょっと物足りねぇくらいだ」

 

「だろうな、なに安心しろよ。日本と違って時間にルーズなやつが多いけど、その分いい空気吸ってる奴らばかりだからな」

 

 そこで、笑みの質が――変わった。

 戦を前にして猛る戦士のそれではなく、他者を嘲る魔女のそれに。

 

「お前のお友達は、随分ダラしねぇな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私には何があるのだろう――。

 

 ジャンヌ・ダルクはその答えを見つけられない。

 自分という存在が一体なんであるのか、彼女には欠片も理解できない。それは例えば峰・理子・リュパンのように幾つもの要素が雁字搦めに絡みあいすぎて何が何だか解らない混沌の渦の如き心象ではない。

 極論すれば自分への自信というものがないのだ。

 渇望、祈り――存在理由。

  輝ける星のように命を燃やしたい。最低でも最高でありたい。愛する人と共に在る人間でありたい。忠義を貫く騎士でありたい。愚かさを笑える自分でありたい。誰かと響きあえる旋律を奏でたい。愛する女を蘇らせたい。己の全てを曝け出したい。愛する主と共に在れぬ道理を認めない。振りかかる不条理を払いたい――皆の居場所になりたい。

 彼らが焦がれるそういうものを、ジャンヌ・ダルクは持ち合わせていなかった。

 一騎当千の戦力はなければ神算鬼謀の知力もなく、他者を引き付ける魅力も己を貫き通す気概すらもない。

 では何があるのか――答えは、ない。

 

「ジャンヌ・ダルク、何してんだよ。その聖剣は飾りか? 何一般女子みてーに震えてるんだ。名が泣くぜ。イ・ウー最弱な上に策士としても微妙だもんなお前。アタシの方がマシじゃねぇか。お前の氷なんて火で炙っただけで簡単に融けちまうしょぼい氷なのか」

 

 揺れていた心にカツェの嘲りが染み渡る。

 ジャンヌ・ダルク。

 救国の乙女。

 かつて国の為に己を捧げた気高き聖女。

 それなのに、今代のジャンヌ・ダルクの様は一体なんだというのだ。

 秘密結社イ・ウーでは最弱だった。策が得意だったが、キンジたちに完全に出し抜かれた。それから先にしても彼女は何も為しておらず、挙句の果てには修学旅行さえまともにできなかった。出身国であるフランスに来て汚名を雪げるかと思ったが、ふたを開けてみればただの足手まといだ。挙句の果てには『聖銃』から向いていないなんて言われ、遠山キンジを助けたのは敵であるはずの吸血姫。

 自分なんて、ただのおまけだ。

 

「……ぁ、あぁ」

 

 直視できず、けれど心の中でこびり付いて離れることのなかった純然たる事実だ。

 言葉という刃は突き刺さる。

 ひび割れていた、薄氷の心に。

 気づけば周囲におどろおどろしい歌が響いていた。戦車のそれぞれのスピーカーから発せられる魔女たちの合唱は人の不安を掻きたてるような嫌な歌だ。

 『恐怖の歌』。

 文字通りその歌を聞いた相手に恐怖を植え付け、敵の士気を挫き、さらに内乱までも誘発させる戦争用の魔術だ。 頭の中にそんな知識が浮かんでくるが、それを冷静に対処することはできなかった。

 

「っ、……わ、私は」

 

 恐怖の旋律が精神を凌辱していく。

 鼻頭が熱くなり、涙が溢れ止まらない。混乱と絶望と恐怖が心中を占め、それ以外の感情全てが消え去っていく。

 

「私は、弱い……いや、弱くもないのだ、強くもなく弱くもない中途半端で、もう……」

 

 弱いことはいいのだ。

 強さをものともしない弱者たちをジャンヌ・ダルクは知っている。弱い奴が弱いままで頑張って、強い奴を見返して、大好きな人たちと共に胸を張っている人たちを。

 イ・ウー残党の仲間の中で自分が一番中途半端なのだ。

 最低でありながら最高を謳う峰理子。

 友達を得て強さも弱さも兼ね備えた人間になった那須遙歌。

 存在を封じられ力を失っていながらも気高さを失わないヒルダ・ツェペシュ。

 周りがどうであろうとも自分の在り方を変えない夾竹桃。 

 

「でも、私は」

 

 何もない、何もしていない、何も為していない、何もなれていない。

 本当は、自分が一番解っていたのだ。

 けれどどうしていいのか解らなかった。だから一歩も進めなくて、足踏みしたままで、キンジに甘えたまま今こうしている。

 目を逸らしていたから――ツケを払う時が来たのだ。

 

「――私には」

 

「ジャンヌぅ、お前もう代表戦士とか辞めちまえよ。パンピーに戻って、全部終わるまで震えながら女子高生やってろ。邪魔なんだよお前は。ちょっと炙られるだけで燃えちまいそうなお前のどこに価値があるんだ」

 

「私に――価値なんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふっざけんなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!」

 

 ――雪原に莫大な音量の絶叫が響いた。

 発生地の隣のジャンヌは思わず耳を塞ぎながらのけ反り、離れているカツェたちすらも首をすくめるほどの雄叫び。

 声の主が誰かなんて言うまでもない。

 今ここに絶叫できるのは遠山キンジ於いて他にいなかった。

 黙って聞いてれば好き勝手なことを言って何も言わない。激情によりキンジは瞳とか髪を緋色に燃やす。

 

「カツェてめぇ! 人が楽しくバトれると思ったら下らねぇ中傷始めやがってふざけんな! つまんねぇことしてんじゃねぇよ!」

 

 返事を聞かずにキンジはジャンヌに向き合い、

 

「きゃっ!?」

 

 胸ぐらをつかみ、引き寄せた。

 

「っ」

 

 目と目が合う。

 緋と氷青。

 アイスブルーの瞳は恐怖と絶望に濡れている。

 距離は縮まり、

 

「この大馬鹿野郎がッ!!」

 

 互いの額が激突した。

 

「!?」

 

 視界に火花が散り、痛みが走る。二人とも額が切れて流血する程の勢いだった。けれどキンジはそんなことには構わず吠えた。

 

「あんなこと言われてなんで何も言い返さずに黙ってるんだ、ふざけんな! 言い返せよ馬鹿野郎!」

 

「な、いや、でもっ」

 

「何がでもだよ、お前がそんな雑魚キャラなわけないだろ。思いだせよ、お前は俺とアリア、蒼一、レキ、白雪と渡り合った女だぞ。そんなお前が情けない奴のわけがないだろ!」

 

「っ……でも、それは!」

 

 思わず声を上げてしまう。途中までは上手く言っていたかもしれない、ダメだったのだ。

 

「お前に、他でもないお前が全部打ち破ったじゃないか!」

 

「あ? ばっかお前、あれは中空知が盗聴教えてくれたからだからな? それなかったら普通に俺ら嵌められてたからな!? というか俺がない頭どんだけ頭捻って対策考えたと思ってるんだ!? 知恵熱でぶっ倒れる所だったわ!」

 

「何が言いたいんだ貴様!」

 

「お前は!」

 

 遠山キンジは、かつてジャンヌ・ダルクを打倒した男は言う。

 

「お前は――すげぇ奴だ」

 

「……そんなっ」

 

 そんな言葉、キンジに言われて受け入れられるわけがない。

 

「お前が……お前がそれを言うのか? 私なんて、お前に比べれば、取るに足りない女じゃないか」 

 

 絆の勇者と呼ばれ、友達や味方だけではなく敵までも引き付ける主人公。そんな皆の輪に、自分は入ることができなかった。あそこに集まっている彼らは誰もが自分らしく胸を張れるような人たちだけで、ジャンヌには眩しすぎたのだ。

 眩しすぎて――暖かすぎた。

 ジャンヌ・ダルクという氷が解けてしまいそうで。

 

「優しくするな、認めるな……私は、私は……」

 

 言葉が支離滅裂で繋がっていない。

 けれどそんなことしか言えなかった。

 情けなくて仕方なくて、いたたまれない。

 

「止めろ、止めてくれ。私に、お前の仲間になる資格なんてないんだ……」

 

 最早涙は止まらなかった。しゃくりあげ、赤子のように泣きじゃくってしまう。

 そして言うまでもなく、こんな話をしていて魔女たちが放置しているはずもなかった。キンジの咆哮に圧されたとはいえ流石に復帰していた。

 戦車の砲身が動く。八台が八台とも微調整を行う為にそれぞれの運転手が操作をし、

 

「――邪魔をするなッ!!」

 

 キンジの覇気が――彼女たちを昏倒させた。

 

「……ん、んじゃ、こりゃ……!?」

 

 睨み付けただけだった。何かスキルを使ったわけではなく、視線に激情を乗せ睨み付けたというだけでしかない。しかしそれは確かに魔女たちを気絶させ、カツェすらも一瞬気を失いかけていた。

 

「と、トオヤマ……?」

 

「いいかジャンヌ」

 

 呆気にとられるジャンヌには構わず、肩を掴みキンジは語り掛ける。

 

「ふざ、けんなっ、いきなりラブコメ始めやがって……!」

 

 気絶を免れたカツェがふらつきながらも、無線機を操作してから怒鳴る。

 

「V―1撃て!」

 

 一瞬後に古城にてV―1ミサイルが発射された。電子誘導が供えられた改良型。それがサイレン音のようなものを轟かせながらキンジとジャンヌへと飛ぶ。着弾まで、ほんの僅かな時間だけ。

 

「なんだよ資格って、俺たちはそんなものを気にしたことない。俺たちはただ、喧嘩したり馬鹿やったり笑ったり泣いたり、自分らしくやってただけだ」

 

 大体なぁ、

 

「誰かにならなくていいだろ、お前はお前なんだから」

 

「――」

 

「ジャンヌ、ジャンヌ・ダルク。お前はお前だろ。他の誰でもない、お前が自分のことをどう思っているかは俺には解らない。お前自身にだっていろんな悩みがあるんだろう。けど、それは皆一緒なんだよ」

 

 抱きしめられる。

 今この瞬間にもV―1ミサイルは近づいている。着弾までもう僅か数瞬。

 けれどそんなことは気にならなかった。見た目以上にたくましく、男らしい身体だった。こんな状況なのに、胸が高鳴ってしまう。

 そんな場合じゃないのに。

 そんな資格はないのに。

 

「俺だって足りないことばかりだ。足りないことが多すぎるから、皆の力を借りてるんだ。ほら、俺って一人だと何もできねぇんだよ。だから価値がないとか、そんな悲しいこと言わないでくれ。俺は友達の悪口は聞きたくないんだ」

 

「……トオ、ヤマ」

 

「お前だってただの女の子だし、ちゃんとした策士だし、聖剣の担い手でもあるだろ。全部が全部お前じゃねぇか。というかお前武偵高女子でめっちゃ人気だからな? 俺お前に話しかけるとお前のファンにめっちゃ文句言われるんだよ。だからなぁ、おい。お前のいい所皆知ってるんだよ」

 

「――」

 

 全身を支配していた恐怖がいつの間にか消えていた。

 恐怖の歌が消えていたこと以上にキンジの体温と言葉が、ジャンヌの恐怖を拭い去っていたのだ。

 

「いい、のか。私は」

 

「いいんだよ。お前はお前のしたいことをしろ。お前がお前らしく在る為に」

 

「――お前の方が、策士だ。卑怯じゃないか」

 

「思ったことを言っているだけだぜ」

 

 そういうところが、卑怯なのだ。

 そういう奴だということは聞いていたけれど、自分のことになってみればよく解る。これはどうしようもない。一番欲しくて、けれど自分には勿体ないと思っていた言葉をくれるのだから。

 

「私は、お前の力になりたいよ。皆みたいに、私は皆といたい。私で、いいか?」

 

「勿論、力を貸してくれ。お前が必要だ、お前を於いて一体誰がいるんだ」

 

「――あぁ」

 

 心という氷が温もりに溶けて、目から零れ落ちる。

 その雫が絆の旋律を奏でるのだ。

 

 そして――破壊が二人へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ?」

 

 間抜けな声が漏れた。

 確かにV―1ミサイルがキンジとジャンヌに直撃したのをその隻眼は確かに見ていた。恥ずかしいラブコメをしている二人に落ちた。

 問題はそこから。

 ミサイルが炸裂して生じる爆風と爆炎が柱となり――片っ端から(・・・・・)凍ったのだ(・・・・・)。そしてその凍った柱が着弾の衝撃波で粉砕されダイヤモンドダストとなって飛散する。

 その中心に――遠山キンジはいた。

 ジャンヌの姿はなくキンジ一人だけだったが、それでも彼は一人きりではない。姿は無くとも聖女は共にある。

 彼女の詩が吹雪の中に響き渡った。

 

『――私の旗を見つけてください(Allez me chercher ma bannière)。|私は死しても希望の旗を見つめ続けていたいから《Sur ce symbole d’espérance》』

 

 勇者が纏うのは氷で作られた美しい軽鎧だった。手足を包みこむ手甲や脚光も、身体の動きの阻害にならない程度の胸当ても全て青氷によって形成されているのだ。背には雪風に棚引く緋色のマント。緋色の髪の一房と右目がアイスブルーの色に変わっていた。

 そして握るのは緋刀ではなく旗だった。

 ダイヤモンドダストの中、掲げられたのは祈りを捧げる聖なる乙女と夜天に広がる星々。

 

緋想詩編(Écarlate)聖譚歌(Oratorio)

 

 少女の祈りが――聖なる絆を顕現させる。

 

『――銀星氷上の聖乙女 (la Pucelle au constellation)

 

 




というわけでキンちゃん様の新技(
キャラソン的にはセレナーデだけど元ネタ的にオラトリオ。

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