落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「ようこそ、魔女のお茶会へ」
そこは摩訶不思議な空間だった。
入り口も出口もない多角形の小部屋。嵌め殺しの大きな窓だけが外界との境界だが窓の外を見ることはできない。部屋全体は鮮やかなシャンデリアに灯に照らされ、その部屋の中央に今俺は立っていた。
そして俺の周囲を囲むように、魔女たちはいた。
「元老院議長代理として貴方を歓迎しましょう」
奇跡の魔女フレデリカ・ベルンカステル。
「あはは、結構かっこいいねぇ」
拒絶の魔女リューンレーナ・クリュセラート。
「いいねぇ、直に会えてうれしいよアタシは」
対極の魔女ツヴェスタ・アイテルスバッハ。
「えぇそうですわね、一度は会わなければならないとは思っていましたから」
創造の魔女ノルドシュタード・ブラウネベルク。
「よろしくお願いします、遠山さん」
伝染の魔女ゾマシェーン・ヴェイルティンゲン。
それぞれ紺、茶、緑、黄、深緑とカラフルな髪色と衣装。理子のせいで育ったゴスロリへの鑑定眼が唸る。フレデリカはシンプルなゴスロリだが、リューンレーナとノルドシュタードはフリルの多い物だし、ツヴぇスタは任侠の世界の女みたいに大きな胸をさらしで多い片袖を引き抜き、ゾマシェーンは十二単のような純和装だ。
全員が全員目を見張るような美少女。フレデリカとノルドシュタードは十にも満たなさそうな幼女であり、他の魔女たちでさえも十二、三程度の少女でしかない。
にもかかわらず、
「……っ」
生唾を飲み込まざるを得ない。
お茶会と、フレデリカは言う。確かに光景だけ見ればそうだ。それぞれが洒落た椅子に腰かけているし、隣にはクッキーやポップコーンの皿と紅茶のティーカップが乗った机すらある。タキシード姿の俺は些か場違いではあるが誰かの隣にでも立てば執事もどきくらいにはなるかもしれない。
でも――身に宿す魔性が全てを物語っている。
にじみ出る魔力、それはカツェや他の魔女たちとは文字通り桁が違う。部屋そのもののが良くわからない空間だというのに、それ以上に魔女たちは
つまり――世の理から外れている。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ遠山キンジ。今のところ私たちに貴方へ危害を加えるつもりはないわ。ほら、ポップコーンでも食べなさい」
中央に紅茶を傾けるフレデリカ。
元老院議長、代理と彼女は言っていた。つまり彼女がこの場の長なのだろう。
「あぁそうね、うちの頭は大体仕事しないから実質私がまとめ役なのよ。まぁ上下関係なんてものはないから気にしないでくれていいわ」
「……心を読まないでくれ」
「くすくす」
紅茶を傾けフレデリカは俺の言葉を受け流す。なんとなくそんな気はしてたけど。
「さて、私たちから貴方に言いたいことは色々あるけれど、貴方もそうでしょう? 聞きたいこととか疑問があれば今のうちに聞いておきなさい。答えられることなら答えるし、一問一答とかもったいぶったりもしないしね」
「じゃあまず一つだ」
「どうぞ」
「――なんでこんなに至れり尽くせりなんだ」
そう、明らかにおかしい。
基地に辿り着いてからのカツェやイヴィリタの態度、それに眼前の大魔女たち。本来ならば俺たちは『師団』と『眷属』、敵同士であるはずだ。別に憎しみ合っているわけではないが、それでも敵味方という関係には変わりない。
それにも関わらず俺に対するこの扱いだ。
いくら何でも怪しすぎる。さらに相手は魔女、それも大魔女なんて称される相手だ。警戒するに越したことはないし、警戒しなければどんな罠に嵌るやもしれない。いや、或は既に罠に嵌っている可能性すらあるのだ。
「寧ろ此方が聞きたいわね、解らないのかしら?」
「……」
「ま、いいわ。それは私たちから話したいことに含まれるもの。次の質問に行ってちょうだい」
暖簾に腕押し、糠に釘。
俺の疑問は何も解消されていない。
他の大魔女たちに視線を向けても伺える反応は変わらない。
「……解ったよ」
両手を掲げながら、息を吐く。少なくとも舌戦で敵うとは思えないし、流れに身を任せるしかないだろう。何かあったら――その時はその時だ。
「じゃあ一つ目、そもそも大魔女ってなんだよ。普通の魔女との違いは」
「位階の差。この一言に尽きるわ」
簡潔にベルンカステルは言う。
「そうね、まず……ってなんで私ばっかり話してるのかしら? アンタらも会話に参加しなさいよ」
「いやリカが自信満々に自分がリーダーって名乗るから全部任せればいいのかと思いましてよ」
「いいわけないでしょう。そうね、五人づつ順番に応えていきましょう。キンジ、貴方も五つ以上質問するように」
「えー」
「ぶーぶー」
「横暴ですわー」
「ひどいよー」
「うるさいわね激辛キムチ食わせるわよ」
「ノリゆるっ」
何故この世界のボスキャラぽい連中はシリアス維持ができないのか。嬉々として自爆ボタン押す名探偵とか光もの趣味の弟とか料理上手の王様とかそんなんばっかだ。後はまぁメンヘラヤンデレストーカーとか万能系キモウトとか。
そして目の前の大魔女たちはベルンカステルの席に集まってじゃんけんし始めやがった。
仲良し女子か。
いい空気吸い過ぎだろ。
半目向ける中、大魔女たちのじゃんけん大会は進み、
「こほん、というわけでまずは私、『拒絶の魔女』リューンレーナ・クリュセラートがキンジ君の疑問に答えたいと思います」
正面の席にリューンレーナが座った。
五人いる中でも見た感じ一番女の子っぽい。そも笑顔もまた純粋とか無垢とかいう言葉を連想させる。
「まずキンジ君が思うって魔女はなにかな、かな」
「
微妙に口調が移った。
魔女、或は魔法少女。アニメとかでよく見る存在だが、実際いる所にはいるものだ。区分的には白雪やジャンヌ、パトラ、カツェだって含まれる。異常や過負荷みたいな性質ではなく、超能力という性能。何時だったか蒼一がそんなことを言っていた。
「間違ってはいないね。けどそれは、リカちゎんの言葉を借りれば位階の低い魔女たち。貴方達は超能力の力をグレードで表わすでしょう? そのあたりだったら結局のところただの魔女だね。三十くらいがボーダーかな、かな」
「三十……」
「それ以上になるとより概念的に昇華された能力を使える魔女、別に呼び方に区別はないけどね。星伽白雪ちゃんとかヒルダちゃんなんかがそうかな、かな。大体グレードにすると三十から五十。このあたりだとまぁあんまいないね」
俺の知る限り一番高いのは白雪の三十五だ。もっともこれは修学旅行の時の話で、それ以降計測してないし、本人も興味がないらしいので現時点のグレードはもっと高いだろう。極短時間ながら肉体を完全に炎化することができるのだから超能力としては破格なはずだ。実際白雪以上のグレードは聞いたことはない。
最も俺が知らないというだけという話なのだろうが。
「そして、君の質問の大魔女とはなにか」
リューンレーナは一息溜め、机のティーカップを口に含み、
「まっず! なにこれ梅干し入ってる!?」
「私のよ、返して」
「はい、はい。お前ら頼むからシリアスを維持してくれ」
勘弁してくれこいつら。曹魏連中だってもっと真面目にやってたというのに。呆れているうちに紅茶が交換され、リューンレーナがこほんと咳払いをして仕切り直し。
「口の中があれだから簡単に言うと――大魔女は概念を司るんだよ、だよ」
「概念を――司る」
「そう。君が絆を司るように、私たちもまたそれぞれがそれぞれの概念を支配する」
奇跡。
拒絶。
対極。
創造。
伝染。
五人の大魔女が司る五つの概念。
「ま、白雪ちゃんたちとの違いは言わずとも解るよね」
頷くの癪だったので手元にあったポップコーンを摘んだ。やたら美味いのが腹立たしい
「ま、そのあたり自ずと理解できると思うよ、よ? 大魔女の定義は大体そんな感じかな、かな。はい、私の番終わり! 次ヴェーちゃんね!」
「あいよー」
リューンレーナからツヴェスタに席が変わる。緑のポニーテールを棚引かせる彼女は外見年齢でいえば一番上だしスタイルもいい。しかしフレデリカ並に偉そうである。
「んじゃ勇者様。おじさんに何でも聞いてよ。なんならスリーサイズでもいいよ?」
「元老院っていうのは?」
「おっとスルー。まーいいけどね。元老院? 別に態々語ることでもないけどなー」
肩を竦め、
「ぶっちゃければ欧州の魔女たちの元締めだね。キンジを拉致った魔女連隊あるじゃん? あれはさ、そもそも第二次大戦中にドイツ軍が作ったオカルト専門の
「あぁ」
「まぁその遺産管理局はナチのちょび髭が術式とか当時まだ解明されてなかった超能力とかを戦争に利用できねーかって考えて魔女を招いたわけだけどね、髭がそのために接触したのがあたしたちだったりするわけさ」
「上下関係みたいなものがあるってことか?」
「別に厳密な階級あるわけじゃないけどね。んでもバチカンに異端扱いされた魔女ならアタシたち元老院の助けがないとすぐの処されるっていう現実もある」
「なるほどな……」
ジャンヌの反応から予想は出来ていたが、やはり随分と大きな組織なのだろう。藍幇の質特化バージョンみたいな感じのようだ。
「まー元老院の説明とかこんなもんだね。つーか話すことがないわ。というわけで次ね次。ノルドー」
「はいはい、解りましてよ」
ツヴェスタの次に正面に座ったのは黄色の短髪の童女。フレデリカと同じくらいの背丈だが、随分と勝気な雰囲気がある。
「それで遠山キンジさん? 私に対する質問は何でしょうか。対してネタも挟まず無難に空気読まずに終わったツヴェスタさんとは一味違った説明をさせていただきますわ」
「ねぇナチュラルにおじさんディスるのやめない?」
「さぁこの想像の魔女ノルドシュタード・ブラウネベルクになんでもお聴きください!」
「あるぇ? 無視? 私無視されてる?」
今更だがしかしこいつら。
仲良し女子グループだ。
間宮たちのチームに紛れ込んだ時のいたたまれなさを感じる。間宮の鷹捲の技術を非殺傷に改良するためにちょこちょこ混じるのだがあの女の子軍団のノリは男子には辛い。蒼一なんかも火野と格闘スキルについてコーチングしてるらしいが女子たちに交じるのは辛いとか言っていた。
『いやーあれ辛いよな。喋るタイミング解んねぇし、妹ちゃんも俺のこと放っておいてあかりちゃんといちゃいちゃしてるしさ。ってあれ? 俺の出番これだけ? お前の回想で終わり?』
うるせぇ回想が突っ込みするな。
妹離れできない兄は思考から消去だ。
「っつっても質問とかもうないんだけど」
「えっ」
「できることなら先送りになった話をしてほしいんだが……」
「…………うわーん!」
「泣かれた!?」
「うわ泣いちゃったよ、男の子としてどうなのかな、かな」
「大丈夫あれ? ノルド結構メンタル弱いんだから……」
「ツヴェスタさんがそれを言うんだ……というか私とか抜かされてる……」
「ま、オチも付いたしこんなものね」
「リカァー! 人のことをオチ扱いとはどういうことですかー!」
「おぉこの紅茶もクッキーも美味いなぁー」
俺もう帰って脱獄してもいいだろうか。
だがそんな思いとは裏腹にまたもや席替えは行われ最初の配置に戻る。そうして正面に置かれたのはフレデリカの嗤いだった。
「さて、そろそろ本題にしましょう」
「そうしてくれ、頼むから」
「何故私たちが貴方を招いたのか、貴方の疑問はそれだったわね? 答えは、まぁそれなりに想像できるでしょ」
含んだようにフレデリカは笑う。
童女の姿とは不釣り合いな、魔女らしい嫌な笑み。
ぞくりと、背筋に嫌な汗が流れる。
「
「だろうな」
どうせそんなことだろうと思った。
「元老院は基本的に世の盛衰には関わらない。私たちが集まってから何度も興亡期を繰り返していたけれど介入しても限定的なお助けキャラだったしね。でも、じゃあ全くの無関係でいられるといえばそうでもないのよ。星を染め上げる覇道を無視できるのはそれこそ神様くらいなものよ」
自嘲気味にフレデリカは笑い続けている。
他の大魔女たちもそうだし、それぞれ思い思いにティーカップやお菓子に手を伸ばしている。誰もが当たり前の動きをしているだけなのに、何故か――背筋が凍りそうになる。
まるで少女の皮を被った化物みたい。
「くすくすくす。幾ら大魔女って言っても
「都合が悪いならその長物ぶっ殺そうってわけか」
「ご想像にお任せするわ」
くすくすくすくす――げらげらげらげら。
人の姿で化物たちは嗤い続ける。
唇が孤を描き、瞳を妖しく輝かせて。
「なるほどな」
これは性質が悪い。
シャーロックは俺を試していた。サードや曹操は俺を正面から打倒しようとしていた。
でもこいつらは違う。
そもそも戦おうとしていないし、俺を敵とさえ認識していない。戦う理由すら作ろうとしない。罪を犯していない奴戦うのは、俺にはできない。
「いいさ、好きにしてくれ」
嗤われている。
だから、笑い返す。
今更魔女だろうと化物だろうと恐れるわけがない。
「俺も好きにさせてもらうぜ」
「えぇそうして頂戴。それが私たちの望みよ」
魔女勢の元ネタはひぐらし。
ひぐらしめっちゃ好き。
あれがホラー扱いなのが納得いかない私だ。
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