落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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我慢できなくて再開(


第十章 白銀の星座と魔女の遺産
プロローグ「――武運を祈っているよ」


 

 

「いやはや遠山君。君は本当に教師泣かせの生徒だねぇ」

 

 冬休み明けの放課後、校長室に呼び出された俺は部屋の主である緑松武尊からそう告げられた。

 校長室。普段ならばまず足を踏み入れることのない、学校の中でも特別な空間で、校長からそんなことを言われることへのプレッシャーは幾らなんでも想像を絶した。校長だけではない。背後には左右にそれぞれ高天原と蘭豹が、それぞれ控えている。別に敵意やらを飛ばされているわけではないが、居心地はかなり悪い。

 自分の顔の強張りは隠しきれないままに、校長に返答をする。

 

「あ、はは、そうですかね? いや、俺としては先生方には敬意を払って迷惑は掛けないようにしてるんですが……」

 

「ははは」

 

 笑い飛ばされた。

 

「いやいや君。この期に及んでそんなことが言えるなんて流石だよ? ねぇ――『絆の勇者』君?」

 

「……なんですかそれ」

 

「IADAが今回君に公式に授与した二つ名だ」

 

「……ッ! いつの間に――」

 

 二つ名。

 それは武偵としては非常に名誉ある称号だ。有体に言えば二つ名があるということはそのまま実力を示しているのだから。例えばアリアなんかはイギリスで成功率百パーセントという実績があったからこそ幼い身でありながら『双剣双銃(カドラ)』――今は千剣千銃(センドラ)なのだが――を持っているし、かつて那須遙歌や握拳裂はその化物としか形容できない力で多数の二つ名を保有していたのだ。

 通称や通り名ではなく、IADAから正式に送られる二つ名にはそれくらいの重い意味があった。

 そしてそれが今の俺に送られるというのは、

 

「今更過ぎるくらいだろう?」

 

「……」

 

 そう――そうなのだ。

 あまり自分の力を誇るというのは趣味ではないが、どうしようもない事実として。

 遠山キンジはそんなことが今更な領域にいるのだ。

 イ・ウー艦長シャーロック・ホームズ、最後の円卓の騎士ランスロット、Rランク武偵ジーサードそして覇王曹操孟徳。彼ら、彼女らはあまりにも強大で、そんな彼を打倒した俺には本当に遅いくらいなのだ。

 いや本当、自分で言うのも恥ずかしいが。

 でも、認めなくてはならない。

 今の俺はそういうものだから。

 

「いやでも絆の勇者って……」

 

 なんだその恥ずかしい名前は。

 確かに俺の力は自分が持っている他人との絆を力に変えるものだ。それは俺にとってなによりも誇りにできる。できるが――流石に恥ずかしい。

 

「ちなみにこれは曹孟徳とランスロット君、ジーサード君、諸葛静幻と各地有力者揃って上げたので他にも色々あったけれど選ぶ余地がなかった」

 

「あいつらァ!」

 

 四分の三が身内で一人は元宿敵だとしても現同盟相手じゃねぇか!

 絶対確信犯!

 

「とまぁハッキリ言って今更取り消しなんてできないからそのつもりで」

 

「安心してね遠山君――これからは点呼の時にもその二つ名呼んであげるから」

 

「止めてくださいよぉ!」

 

 絶対周りにからかわれる。

 いや、からかわれることは最早確定しているが、それにしたって点呼の度に呼ばれるなんて敵わない。

 

「さて……二つ名の話はあくまでついで。実は今日君を此処に呼んだのはもっと重要な話がある」

 

 そう言って校長は顔の前で手を組み直し、周囲の空気が変わる。

 思わず、息を飲み込んだ。

 東京武偵高校校長緑松武尊。

 仮にも俺たちが通う学び舎の長に対して、生徒やさらに教師たちが持っている情報とはあまりにも少ない。というよりも皆無だ。

 果たしてそれがどれだけ恐ろしいことなのか。

 静かな強さ。

 他者に己の強度を知らせることがないその強さは香港において静幻のそれを目にしているが、隠密性といえば彼をも上回るのがこの男だ。

 一見すればただの中年。それが二回、三回と続いてもその印象は変わらない。じゃあそれが五回目、或いは十回、五十回、百回を超え、さらにその先の数を重ねたとしたら? 

 それでもこの男への印象というものは変わらない。

 ふざけているとしか言えない。

 今の俺は人間を魂の色(・・・)のようなもので判別できるから誤魔化されることはないが――恐らく、先ほど名前が挙がった連中にも負けず劣らずの強度を持っている。

 そして、彼は言う。

 

「遠山キンジ君――君にRランク武偵昇格の話が来ている」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ?」

 

 間抜けな、声が出た。

 それくらい校長が口にしたのは突拍子もないことだった。

 Rランク――ロイヤル。

 ランスロットの忠義(ロイヤリティ)ではなく王族(ロイヤル)

 世界に七人だけしかいない武偵の最高峰(ハイエンド)。先ほど名前がジーサードがまさにそれ。存在が希少すぎてそもそも一般に知られないほどだ。

 

「……俺が? いや、いくら何でもおかしくないですか。戦闘力に不足はあると思っていません。でも、それ以外の、もっと武偵として必要なものが俺には欠けているはずです」

 

 例えば単純な知識や知恵。作戦立案や緊急時の対処方法、それ以外にも覚えておくことがいくらでもある。そして所詮俺が持っているのはあくまでも高校生レベルでしかない。腕っぷしや度胸というのなら劣らない自信はあるがそれにしたって。

 Rランク武偵というには早すぎる。

 

「そうだね。本来ならば君はRにするには少し足りない。求められるのは能力は極めて多く、強ければいいという話でもない。君に対してだけならば、Sランクへの返り咲きということだったが――『師団(ディーン)』の総長がEランク(落ちこぼれ)じゃあ対面が悪いだろう?」

 

 突如変貌した口調と共に空気が一変する。どこにでもいそうなただの中年がその本性を露わにする。その落差だけでも常人ならば卒倒してもおかしくないし、事実背後の高天原や蘭豹すらも微かにたじろぎ息を呑む。

 この男の本性。どれだけあるのかもわからない壁の中に押し込まれた無貌の暴力。

 『師団』や『眷属』のことを知っていることは驚けない。あれだけ派手に喧嘩してきたのだ、知っていて当然だろう。

 そしてその気配を直に受け――、

 

「あぁ、なるほど。納得しました」

 

「……全く、怖い生徒だねぇ」

 

「校長先生ほどでは」

 

「ははは。よく言うねぇ。きっと僕や他の先生たちが君と正面から戦っても君が勝つのだろう。いや、個人的な戦闘力そのものは僕らも低いわけではない」

 

 そういいながら、彼はその平凡極まりない顔に笑みを浮かべ、

 

「でも――君は一人じゃない。そうだね?」

 

「――はい」

 

 例え一人一人の力が弱くても。繋がる心と絆の力でどこまでも行ける。それが俺の、俺たちの在り方だ。勿論先生たちを敵に回すことなんてないだろうけれど。まぁこれは相手がなんだろうと不変だ。

 

「よろしい」

 

 ニコリと笑みを浮かべ、

 

「武偵とは歪な存在だ」

 

 感情を感じさせない、けれどその下に万感の想いを載せた言葉を呟く。

 

「増加する犯罪故に生み出された武装する探偵……といいながらもその実態は結局のところ何でも屋でしかない。いや元々探偵というは職業は推理小説に出てくるような超人ではなく、その程度でしかなかったのだがね。けれど、今は小説通りに超人になれる。時にその力を犯罪に向けることもできる力を持っているのが武偵だ」

 

 校長が紡ぐ言葉はいい話ではないが、確かな事実。武偵としての訓練をある程度の期間を受ければ、ごく普通の日常生活を送るのは非常に難しい。単なる物音、友人同士の会話、周囲の雰囲気。取るに足らない下らないはずのものが決定的な違和感になってしまう。それは、香港直前の潜入捜査で理解したことだ。

 

「実際、武偵の社会的地位は決して高くはない。一部の高位実力者には特権は存在するものの、大体数の武偵は警察や裏組織との抗争にて命を落とし、アウトローに所属するものがほとんど。私や高天原君、蘭豹君のような武偵高で教師をするというのは極めて幸運な話なんだよ。例えば高校時における強襲科の生存率は九十七パーセントだが――卒業後は五十パーセントを切る」

 

「……去年の卒業生ももう十人以上死んでるしのぉ」

 

 押し殺した蘭豹の言葉は、当然知っていたことだった。実際葬儀に足は運んだし、ずっと前から卒業後、特に武偵大学ではなく社会に出た場合の死亡率の高さは有名だった。

 

「それを解っているのにも銃を握る我々はろくでなしなのだろう。それは否定できない。硝煙と血風の世界に生きる人間など所詮は社会不適合者だ」

 

 しかし、そう。

 だからこそ、

 

「我々は人でなしあってはならない」

 

 人としての道は外れてはいけないのだと、緑松武尊は俺へと告げる。

 ろくでなしでしかない身であるからこそ、人の道を往く。

 その誓いこそ、

 

「武偵憲章第一条!」

 

「仲間を信じ、仲間を助けよ!」

 

「第二条!」

 

「依頼人との契約は絶対守れ!」

 

「第三条!」

 

「強くあれ。但し、その前に正しくあれ!」

 

「第四条!」

 

「武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事!」

 

「第五条!」

 

「行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし!」

 

「第六条!」

 

「自ら考え、自ら行動せよ!」

 

「第七条!」

 

「悲観論で備え、楽観論で行動せよ!」

 

「第八条!」

 

「任務は、その裏の裏まで完遂すべし!」

 

「第九条!」

 

「世界に雄飛せよ! 人種、国籍の別なく共闘すべし!

 

「――第十条!」

 

「――諦めるな! 武偵は決して諦めるな!」

 

 武偵憲章。

 国際武偵連盟が発足して一番最初に作られ、多くの武偵たちが銃やナイフを握るよりも先に覚えさせる十の誓い。今のように唐突に聞かれたとしても即座に応えられるくらいに脳裏に刻み付けている。

 

「遠山キンジ君、君はこれらの誓いを守れるかね?」

 

「守ります」

 

 即答は当然だ。

 即答できない武偵などもはや武偵ではなくただのチンピラでしかない。

 俺の答えに校長は大きく頷き、

 

「なればこそ、我々東京武偵高校は君のRランク承認を全面的に支持しよう」

 

 凛と宣言する。

 

「例え君自身に力は足りなくとも、君には友がいる。そして武偵として最も必要な矜持と魂を持っている。止める理由などどこにもない。君こそ、我が学び舎の誇りだ。胸を張れ遠山キンジ君」 

 

「……ありがとう、ございます」

 

 心から嬉しかったのが正直な所。

 今の自分というのは、自分が夢見ていた武偵とは随分違ったものになっていると思っていたから。だからこそ武偵としての矜持を貫いてたのだが、それをこんな風に褒められるというのは不覚にも涙が出そうだ。

 

「だが、それでもRランクになるというのは極めて重い。各国武偵連盟と政府の承認が必要になるのだが、君の場合、日本と中国、英国は支持し、米国や中東、南米、アフリカは消極的ながらも一応賛成、此処までは順調だったが……」

 

「……欧州ですか」

 

「うむ」

 

 名前が挙がった以外で大きな地域はそこしかない。

 それに現在欧州はあまり俺たちと相性が良くないのだ。

 

「今更知っていることを隠すつもりはないが、欧州では『師団』と『眷属』のバランスは『眷属』に大きく傾いている。それ故に師団総長である君にRランクという武偵の最高称号を与えるのには渋っているのだろう。だからまぁ――ちょっと行って来て色々ひっくり返して評価を上げてきたまえ」

 

「……えっ」

 

 凄く真面目でいい話をしていたのに最後になにやら爆弾発言が飛び出した。

 

「評価が低いのならば上げればいいだけの話だろう? ついでで勢力も巻き返せばいい。丁度いいタイミングでおあつらえむきの任務があってね。高天原君」

 

「はい。遠山君、コンステラシオンってチーム知ってる?」

 

「ジャンヌのチームですよね。軍略とかの授業とかで一緒だから知ってますけど。えっと、チームメイトは」

 

「リーダーのジャンヌ・ダルクに、夾竹桃、中空知美咲、あと通信科のがもう二人おるけど今回は無関係だからえぇとして。まぁ通信科系のチームや。能力は高いがあんまやる気がないし、構成員の人格にも難あり……まぁその辺はバスカービルに比べたらよっぽどましやけどなぁ」

 

 全力で目を逸らしながらも話の続きを聞く。

 

「けどまぁ、この連中が年末にやらかしたんや」

 

「やらかした?」

 

「簡単に言えば、『修学旅行《キャラバン》・Ⅱ』に行かなかったのよ」

 

「? でもジャンヌはシンガポールに行くって」

 

「確かにジャンヌさんは空港まではちゃんと行ったわ。でも他の子たちがそれぞれの理由で来なくてなし崩し的に中止、そのせいで今の彼女たちの単位って結構危ないのよ」

 

「それは……」

 

 なんというか、何とも言えない。

 あのなんちゃって策士、というには今回は彼女には非がないが、しかし悲しい話だ。

 

「というわけで今回ジャンヌさんはリーダーとして、それから理由が酷かった中空知さんと夾竹桃さんにはフランスへ『修学旅行・Ⅱ』をやり直してもらうのよ。だから」

 

「それに付いて行けと?」

 

「えぇ」

 

 なるほど話は分かりやすい。

 確かにいい機会なのだろう。いやしかし、ここで疑問になるのは、

 

「その二人はなんで来なかったんですか?」

 

 問いかけに高天原も蘭豹も目を逸らして、

 

「夾竹桃さんのコミケのアシスタントやっていたそうよ……」

 

「あぁ……」

 

 俺たちも香港から帰ってきた後に行った冬の祭典。確かに夾竹桃が薄い本を売り出していて、しかもその内容が間宮と遙歌ものだったという衝撃は記憶に新しい。確かに酷い理由だ。

 そしてジャンヌが省かれた理由もよく解った。

 

「と、まぁそういうわけだ遠山キンジ君。詳しくはジャンヌ・ダルク君本人や君の仲間たちと相談したまえ――武運を祈っているよ」

 

 こうして、黄金の覇王との決戦に引き続き

 

 

 ――水銀の魔女との歌劇が始まったのだ。

 




まぁこんな感じでしばらくキンジ視点

はやくリサだしたい(

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