落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「何故……何故だ……っ、どうして……!」
悲痛な声は夜の空に儚く消えていく。それはまるで恋に破れ、自暴自棄になってしまった少女のよう。悲しみに明け暮れ、現実を直視できない憐憫すら感じさせるものだった。実質猴はそんな存在なのだろう。曹操が赤子ならば彼女は恋に恋するだけの生娘だ。
けれどそんなことにもう構っていられない。
俺とこいつは相容れることができないのだから。
身体強化はかつてない領域で行われる。全身の修復はまるで呪いか祝福か何かのように行われ、肉体強化も同時だ。色金によって強度を上げるだけではない。それよりも遥かに強い。まず単純な、普段使う色金の気とは違う、鮮やかな蒼の光が全身に宿り揺らめき、身体能力を底上げした。その上で心臓が尋常ではない勢いで鼓動を刻む、いや、心臓だけではない。全身が強烈に振動を行い血流を加速、人間大の巨大な心臓となって身体能力を数倍、数十倍にまで高めていった。
超強化された肉体で海を蹴りつけ跳躍する。
天上にて震える猴へと。
「っ……お前は!」
揺れている。震えている。俺のそれとはまったく別だ。不理解と恐怖。先ほどまで恍惚の笑みで哄笑を上げていたはずの女は精神的に大きなダメージを受けていた。
「お前は……私と同じだったはずだろう!」
「一緒にすんなっているだろ!」
連続する空間跳躍。音速や雷速などというものではなく完全な光速移動。全身を心臓とすることで超強化された今の肉体ならばあらゆる動作が光と同等の速度で動くことを可能にしていた。
「違う! そんなはずが……ッ!」
漏れた悲鳴や震える身体とは別に左目が血色に輝き、閃光を放った。先ほど俺の心臓を、数日前にランスロットの胸を貫いた光輝。勿論ただのレーザーではない。レキも同じようなことができるが今のこれはそれよりもさらに強力。まず間違いなく絶対貫通や絶対命中、絶対破壊のような概念が付与されている。
「だからどうした……!」
「なっ……ッ!」
驚き目を見開くが、すぐさま次弾が放たれる。それも一発や二発ではない。目から放たれるだけでなく、周囲の空間に血色の光球が大量に生じていく。すぐに百を超えて、二百や三百など一瞬で超過しさらに留まることなく増え続けた。夜天が血色で覆われ、
「……!」
同時に射出される。
明らかなオーバーキルは即ち拒絶の意思の表れだ。千を超える閃撃は残らず俺へと照準が合され狙っている。普通に考えれば生き残れる道理はどこにもなく、例え瑠璃神之道理であろうとその同種の力を無効化するのは不可能だ。
「お」
それでも。
「おお」
拳を握る。
「おお……」
一口に拳士と言っても当然の事だがある程度に方向性が分化している。自身の才能や肉体、適正や性質、性格や趣味嗜好。要素を上げていけばキリがないがこれは当たり前のことだ。そういうのを大きく分ければ大体四つ。パワー、バイタリティ、スピード、テクニック。破壊力、耐久力、速度、技術だ。往々にして己と相性のいいどれかを選択し、研ぎ澄ませていく。そういうものはある程度、強度に従い得意でない分野でも上がっていくものだが、どうしたって偏りは生じてしまう。
そしてそれらには終着点がある。
森羅万象を破壊する一撃必殺。
何物にも砕かせない不撓不屈。
絶対に追いつけない神速機動。
全て行動を昇華する超絶技巧。
「おお……っ」
握った拳を振りぬいた。
俺の知る限りこれ以上の膂力は存在しない。その身体で全身を連動させる。中空を蹴りぬいた勢いを一切余すことなく伝達させ最高効率にて最大威力の一撃を完成させ、閃光に宿る絶体を必殺する。同時にどうしたって避けきれない光線というのは存在していた。けれど最早避ける必要などない。受けても、当たっても、耐えるだけ。寧ろその時に生じる衝撃すらも次に繋げていく。尋常ではない激痛だが構うことはなく、それで落ちるわけがない。放った拳は確かに光線の砕く。だが一度に潰せるのは所詮十程度。逆の拳を使っても二十。だから次へ繋げた。肉体が生み出す最高威力を放ったが故に生じてしまう技後硬直。刹那にも満たない一瞬の隙だろうと今の領域では致命的。だからそれを身に宿した技量で完全に零にする。そしてそれらを光速という速度の最高位で行っていく。閃撃を砕き、受け、動きを繋いだとしても速度を落とせば永遠に猴には届かないのだから。あらゆる行動を最高速度で実行し、天へと駆けのぼる。
「おおォォ――!」
全ての動きが合致した。
一撃必殺、不撓不屈、神速機動、超絶技巧。どれか一つへと辿り着く為に多くの拳士たちはその生を捧げ、それでも届くのほんの僅かな者たちのみ。どれか一つでも拳士として歴史に名を残し、『拳聖』と呼ばれることになる。
それら全てを今の俺は体現していた。
進む邪魔になるものは一撃必殺で潰し、避ける必要がないのは不撓不屈の肉体で受けきり、超絶技巧にて動きを繋ぎ、神速にてそれらの動きを実現する。
結果として――濁流のように降り注ぐ閃光は意味をなさない。
「解らない……! 何故だ、蒼一! お前は――」
「いい加減しつこいんだよ、お前は!」
光の滝を駆けあがりながら俺は叫んだ。
「生粋のボッチ体質とか誰にも影響しないしされないとかそんなこと今更お前に言われるまでもないんだ。解ってたって言ってるだろう、けどな、例えそうだとしても、俺があいつらと一緒にいたいと思うのは別だろう!」
「――それ、は」
「こうしなきゃいけないとか、こうするべきだとか俺は知ったことか! 俺がそうしたいと思ったことを俺はするだけだ! お前にごちゃごちゃ言われる筋合いはねぇ!」
「解らない!」
猴が如意棒を振るった。血色の奔流をぶち抜くように血色の塊が墜落してくる。重量を操作され、激情する状態で使われる色金の気を宿したそれは天より飛来してくる流星と遜色ない。そこまでくれば最早単純な物理現象ではない。一種の概念とかした蹂躙。実際血色の閃光や今の俺の拳と同じで絶体破壊とか絶体不砕くらいは宿っている。
「どうして……お前は、そんな様で! そんな在り方でそんな風に思える! 解っているのか!? お前は自分自身のことを、覇道求道とかそんなことではなく、もっとお前個人の性質として! 那須蒼一という存在には――どこにも先がないのだぞ!」
天墜の破壊は眼前に達する直前、回帰するのはかつての記憶。そんなことをあの人も言っていた。お前は本当に何の才能もないなぁ、と。強い弱いプラスマイナスで語れる次元ではない。ふり幅がないのだ。どこにも方向性が伸びないのだ。遠距離がどうこうだけではなく、ありとあらゆる分野に対する才能を那須蒼一は持ち合わせてはいなかったのだ。
ここまでくれば才能ではない。可能性だ。この世に存在する全てに於いて俺が何かを成し遂げる可能性は存在しなかった。
虚無、虚空、虚数――
『ただ戦うだけの人外』握拳裂と『ただ知っているだけの人外』シャーロック・ホームズのお墨付き。
明確な理由なんかなかった。
出生に秘密があったわけではない。裏で糸を引いていた存在がいたわけではない。隠された謎があったわけでもない。誰かが真実を覆い隠していたわけでない。
――ただそういう風に生まれてしまっただけだ。
果実が落ちる。水が流れる。日が沈む。生まれれば――死ぬ。
それくらいの当たり前で俺は何もなかった。俺の両手は何も持つことはできなかった。
それでも、
「俺の生には関係ねぇよ……!」
落下した大質量、まずはそれに宿された
「だからなんだ。何もない? 何も持てない? 上等だよ。俺はそれでいいんだよ。だからこそ、意味がある、意味を生み出せると、今の俺は信じられるから!」
そうじゃなかったら。俺が落ちこぼれじゃなかったら。
今ここにいる俺は存在しない。
だったら俺は――俺自身の在り方を誇りに思う。
「解、らん! ふざけるな! そんな様で、そんな在り方で! そんなことを何故言える! 絶望するはずだ! 悲嘆に暮れるはずだ! 行き場所を失うはずだ! そうじゃなきゃおかしい! だって、だって、だって……!」
赤銅の頬に伝ったのは血色の涙だった。留めなく溢れる水滴は空に弾け、猴の口から絶叫が響いた。
「――私はそうだったから!」
猴の身体に刻まれた文様が光った。赤黒い血の色。おどろおどろしいそれは見た者の心を砕き発狂させてしまう。けれどそれでさえただの予兆でしかなかった。なにより発狂ということならばもう彼女は手遅れだ。
「認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認められるわけがない! もういい、ここで壊すここで砕くここで終わらせるもう知らない関係ないここで全部なかったことになればいい――だから消えてなくなれ、人間!」
零れる言葉は支離滅裂で、正気など一切なかった。同時に全身から放たれるのは純粋な殺意。ただの意思ではない。濃すぎるが故に物理現象にまで昇華されている。そもそも猴は存在するステージが違うのだ。彼女は人間ではなく、人外とも似て非なる。化物は一応当てはまるが正確ではない。
神格なのだ。
絶対的に位階が違う。キンジと曹操がそれに最も近く、化物という類ならば近似の怪異もいるだろう。しかしだからこそ、その波動は触れたものを問答無用で微塵に砕く。神に近くとも、神の使いだろうと、神の眷属だろうと、神そのものには届かない。
向けられれば死ぬしかない。
「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォッッッーー!!」
「――!?」
咆哮と共に必滅の審判を正面からはじき返す。打撃したわけでもない。別の自分の力を引き出したわけでもない。魂からの絶叫にて乗り越えただけの話だった。
「馬鹿、な……神ならぬ身で神格の選定を乗り越えるなど――」
「――人間を舐めるなァーー!」
そしてついに猴へと辿り着き、
――同時に初撃は完了していた。
蒼の一撃第零番天上天下・蒼。それは猴に接近しきった瞬間には既に彼女を殴り飛ばしていた。完全に徹った。当然ながら内包する威力はこれまでの比ではない。それでも、止まるわけにはいかなかった。例え精神が狂いきり、揺れていても、神格としての破格の耐久度は損なわない。
零拍子後の硬直は技術で消し、
「確かに、辛かったし、悲しかったし、苦しかった!」
叫びと共に手刀を十字に打ち込んだ。猴の身体が真上に吹き飛んで、それを追い越すように彼女より上に。跳ね上がった猴の身体へ蹴りを叩き込んだ。海へと落下したが再び宙を蹴りつけてすぐに追いつき――蒼の一撃を残らず叩き込んだ。
「それは間違いねぇよ、そんなの当たり前だろ! だけどな、そんなの皆同じだろうが! どいつもこいつもままならない人生で足掻いて足掻いてそれでも頑張って生きてるんだ、それが人間ってもんだろ!」
全方位から光速にて全く同時に放つ奥義十三種。それでも彼女を打ち倒すには足りず、猴は涙を流しながら言葉を漏らした。どころか反撃してくる。技術もないが尋常ではない膂力。でも怖くない。だってそれは子供の駄々と変わらないから。打ち込んだ技の分だけカウンターが来たけれど、それは反射行動に近いものだった。
解らないと、彼女は言う。
かつての俺のように。解らないじゃないのだ。解ろうとしていない。そしてその上でそうとは気づかない。だから子供のように、泣き叫ぶだけだ。強いのは間違いない。けれど強いというのは同じ分だけ弱いということ。彼女はそれを認めることができなかった。
「どうしてお前は――そんなことを言える」
「決まってるだろ――」
俺は確かに何も持つことはできなかった。何もかもは両手から零れ落ちた
だから他人と手を繋いだんだ。心を繋げたんだ。離れたくないから手を取り合って、握りしめて、握り返して、抱きしめて、抱きしめ返され、心で繋がり合った。辛いことも悲しいことも苦しいことも消えてなくならない。だからそれに負けないくらいに大好きな人達と楽しくて愛しくて暖かいことを重ねたんだ。離れたくないから。心の絆はなくならないと信じて。
あぁ、だから結局簡単なことなんだ。
「――俺は可哀想なんかじゃなかった。胸を張って言える、俺は幸せだって。俺とお前の違いは……そんな程度ことなんだ」
そして放った最後の一撃。
那須蒼一という人間の生きた証。
蒼刀・錻最終奥義。
俺の言葉に目を見開く猴へと瑠璃の拳は振るわれ、
「――『瑠天万翔』」
猴に宿る全ての権能を欠片も残らず粉砕し尽くした。
それは、世界の興亡を決める戦いの対極としてはあまりにも呆気なく、或はだからこそ静かに。
自らの業を受け入れた少年と受け入れられなかった少女の決着は付いた。
猴はなんというか昔の蒼一というか番外編でやった百代とかが近かったかも。
少なくとも肉体的には最強クラスでも精神的には色々足りなかった。これから先どうなるのやら。
ちなみに猴に叩き込んだ天上天下・蒼→蒼の逆鱗→蒼の流星(飛び蹴りだよ!未出!)→天下無双・改→瑠天万翔は現状最強コンボ。
これにて対曹魏戦終了。長かった。
さて次話。
原作通りにいけば。
ドイツである。ドイツといえばアーネンエルベである。
ドイツでアーネンエルベで曹操は黄金だった。
あとは解るな(ゲス顔
感想評価お願いします。