落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第26拳「お前は私の唯一になれる」

 

「……!」

 

 キンジと曹操が動き出すよりも速く蒼一と候は跳躍し、そのまま天を駆け上っていた。連続する空間跳躍による擬似空中戦。元より二対二などという展開になるとは思っていない。雌雄を決するべき相手を今更間違えるわけがない。

 

「――オオオオ!!」

 

「ハハハハ!」

 

 雄叫びを上げるキンジと哄笑する曹操。その形は初めて戦った時から変わらない。キンジは激昂し、曹操は歓喜する。けれどそれまでと違うのは互いの力が拮抗しているということ。京都に於いてキンジは彼女に一切力を出させることはできなかった。撫でる程度の力しか曹操は出さず、キンジの全力は頭突き一発分による僅かな傷を与えるのみだった。

 けれど今は違う。

 

「強く、なったなぁキンジ!」

 

 曹操が振るう全力の一撃にキンジは相手ができている。上空で行われる蒼一と候の戦いが技術という技術、武術という武術、武威における最終系を実現する中、二人の激突はあまりにも陳腐だ。

 無造作に振るわれる乱斬撃。そこに技量などは必要ない。元より武術は人間という脆弱な存在が生存するために生み出したものだ。場合によってはそれを神域にまで昇華されることもあるだろうが、曹操には必要のないもの。小手先の小細工など必要ない。全力で振るえば何もかも微塵に砕けるのだから。一閃一閃が先ほど放ったものよりも強力だ。

 

「やかま、しぃ!」

 

 しかしそれをキンジは真っ向から打ち返す。黄金の斬撃に対し緋の双剣にて受け流し、捌き、時に打ち砕く。

 

「勘違いするなよ曹操、俺は別に、特別強くなったわけじゃねぇ!」

 

 迎撃するだけではない。寧ろ彼もまた己から刃を繰り出していた。曹操ほどの問答無用な破壊力はない。それでも鋭さはある。純度が高い故にまともに入れば彼女の身体を切り裂くことも可能だ。

 

「力を貸してくれる仲間がいた! こんな俺を信じてくれる友達がいた! 俺が戦えている理由は、それだけだッ!」

 

「あぁ、それがお前の力の源だろうな! 私は知っているよ、愛しき勇者よ。友と手を取り合い、愛する姫を守護し、戦友に背中を預け戦場を駆け抜ける。素晴らしい、何度でも喝采しよう!」

 

「要らねぇよお前の拍手なんてなァ!」

 

 激突が連続し、剣戟音が響いていく。二色の二刀がぶつかり合う度に衝撃波が周囲にまき散らされ、足場に亀裂が入っていく。それでも二人は止まらない。

 

「そういうな、受け取るがいい」

 

 不敵な笑みと共に生まれた呟き。一際大きい衝撃を生みながら二人は弾かれ合い、距離を空け、

 

『――我は最速の一番槍』

  

 朗々と詩が木霊した。

 

「な――ッ」

 

 キンジが驚く間にもそれは続いていく。

 

『この身は忠義に捧げる神速の具現。

 我が槍は誰より早く、我が王の怨敵へと届かせよう。

 至らぬ身なればこそ、相対の誉れに歓喜しながら。

 我こそが一の槍故に――疾く馳せ参じ者』

 

 刹那、一切の反応を赦さずにキンジに斬撃が叩き込まれた。

 

「ガッ……!?」

 

 曹操が何をしたのかは解った。しかし何が起きたのか理解できなかった。刻まれた刃は長剣のものではない。それよりも重厚さを秘めた斬撃はもっと重く、長い武器によるものだ。

 例えば――偃月刀。

 

「張遼か!?」

 

 それがキンジを吹き飛ばしたものだ。けれど疑問がある。確かにキンジは詠唱に驚いたが、しかし何もしなかったわけではない。寧ろ腰から銃を抜き、引き金を引こうとした。引いたつもりだった。曹操の詠唱の間にそのプロセスは行われ、確実に彼女よりも速かったはずなのに。

 勿論キンジも彼の異能は知っている。相手に己の攻撃を届かせる転移染みた超加速。蒼一を苦戦させた武人の力は自ら相対したことはなくても対処方くらいは心得ていた。

 なのに今のは違う。そんなレベルじゃなかった。

 まるで、時間とか因果とかを歪められたように。

 

「何を驚くことがある。私は王だ。アレは我が臣だ。ならば彼らにできることが私にできるのは然るべきだろう。加えて言えば我が従僕たちの力は、私が与えた私の力の断片からそれぞれ創り出された力だ。それらが今私に戻って来た以上、私が振るえぬ道理はあるまい」

 

 そして本来の器に戻った以上、

 

「強度に関しては比べ物にならんがね」

 

「っぎ、ぃ……!」

 

 速いとか遅いとかそんな次元へはなかった。キンジが動き始めようとした瞬間には、それよりも早く攻撃が届いてくる。斬られてから気づくという在りえない状況。ほんの数秒で全身滅多切りになる。生き残ったのは周囲に舞う花弁のおかげだ。無数に散る桜吹雪が緩衝材となって威力を減衰させている。

 けれどそんなものは、

 

「小賢しい」

 

 一蹴される。

 

『――私は震え恐れる臆病者。

 戦も血も死も何もかもが怖い。けれどだからこそ私は戦おう。

 恐怖の中で進むことこそが英雄の証。震えを力に。怯えを勇気に。

 あぁ、そうすれば私は踏み出せる――臆するも進み往こう』

 

 気づいた時には金色の閃光が桜花弁を撃ち抜いていた。

 周囲に舞う緋色が全て砕け散っている。閃光が放たれたのは見えなかった。閃光が撃ち抜いたのにも気づけなかった。過程を省略するという夏侯淵の異能。彼女だったら射出は省略できるだろう。省ける工程は一つだけ。引き金を引くということを省略すれば超高速連射は可能だ。それでもその連射が相手を撃ち抜いたという結果だけを導くことはできない。あくまでも省略するだけで、結果は対象と状況によって左右されていた。

 しかしその縛りはもうない。

 過程を省略した上で――決定された結果のみを弾きだしたのだ。

 

「素晴らしいだろう?」

 

 曹操は誇らしげに語っていた。

 

「今更言うまでもないが私は生来本気という物がだせなかった。それ故に私に力はこういうなっていたのだがな、しかしでは全身全霊を発揮する時、何を対象にするべきなのか。答えは此処に会ったが故、かつては見つからず、それを臣下たちに委ねたのだ」

 

 それが――これだった。

 あらゆることに対する万能感。その為の飢餓。払拭したいと願ったがその時は遠く、目標も遥か彼方だった。だからこそ力を分け与え、己の力に従僕たちの願いという色を載せたのだ。

 

「誰もが人としての尊厳を奪われ、しかしそれに抗っていた! 所詮私は手を差し伸べただけで、その手を取ったのはあくまで我が従僕たちだ! 彼らの渇望は斯くも鮮烈で美しい!」

 

 紛れもない讃辞は、己の臣下たちへ。そして王に信奉する者たち故にその言葉を受けて滾らぬはずがない。

 

「――っ」

 

 防護は全てはぎ取られた。即座に迫る忠義の最速。絶対先制の理を体現するそれより早く動くのは絶対的に不可能だ。故にキンジ自身には対応できない。飢え飽く覇王のように森羅万象に対する万能性をキンジは持ち合わせていない。部下たちから能力を徴収することもできはしない。例えその存在強度を高めたとしても遠山キンジという人間自体は比べるのも馬鹿らしいほどに未熟なのだ。

 

「――だからなんだ」

 

 そんなのは何時だって同じだ。

 これまで遠山キンジは自分より弱い相手と戦ったことなんかない。理子もジャンヌもブラドもパトラもシャーロックもランスロットもヒルダもかなめもサードも静幻も。誰もかもがキンジなんかよりずっと強くて凄い奴らだった。

 何時だってどんな時だって。

 キンジは誰よりも弱かった。

 そんな彼がここまで来たのは言うまでもなく

 

 ――手を取り合い、繋げた魂の絆に他ならない。

 

「!!」

 

 歪められた(・・・・・)因果そのもの(・・・・・・)が斬滅された(・・・・・・)

 それを意味することを問うほど曹操は愚鈍ではない。寧ろそれが当然なのだ。友や仲間の力を己の物とすることが遠山キンジの真骨頂。それまで駆け抜けてきた戦場に於いて、常に緋色の少年は他人との絆を力として切り抜けていたのだから。

 それを脆弱と蔑むつもりはない。

 キンジのそれはあくまでも強制的なものではない。曹操の場合は確かに将の意思や渇望という性質を帯びているが、使用や発動は最終的に彼女の意思だ。究極的に言えば例え部下たちに翻意されようとも強制的に異能を発動することが可能なのだ。

 しかしそれはキンジにはできない。

 例えどれだけキンジが求めようとも応えられなかったらできることなどないのだ。

 だが現実として、彼らはキンジに力を預けている。異能だけではない。己の心を、魂、一切合財余すことなく彼らの王に預けている。そうさせるのは他でもないキンジなのから。

 最速の槍を叩き伏せた純白の聖剣。紛れもない湖の騎士の剣だ。聖剣というジャンルにおいては最高クラス。本来ならば英国の騎士王の系譜に捧げられるはずのそれはしかし極東の少年の剣になっていた。

 

「オオオオオオオォォッッーー!」

 

 雄叫びと共に弾かれるようにキンジが前に飛び出した。

 振りかぶる二刀に迸ったのは灼熱の焔。煌めく星々の炎を纏う二刀が金色の覇道を焼いていく。温度にすれば何千度にもなるであろう超高熱。僅かでも掠れば一瞬で炭化してもおかしくない。

 

「なればこそ――負けるわけにはいかんよな?」

 

 双剣が胎動する。

 なるほどその絆、褒め称えよう。されどだからといってただ見ているだけで終わるつもりはない。

 

『――敗北を拒絶し、勝利を排斥する。我はただ物言わぬ盾であればいい。

 何もかも要らない。全ての栄光は友の手に。

 守護の結果こそがこの身の唯一の願い。

 嘲笑うがいい――己が敗北を赦さぬ』

 

「ッ……!」

 

天上すら焦がし尽くすはずの炎が拒絶された。曹操の目前に不可視の壁が展開され、一切刃が進まない。引き戻し、連続して叩き込むが意味を為さない。

 

「笑わせなどせん! その渇望を叩き付けてやるがいい。案ずるな、貴様が勝利を拒絶する限り私は負けん!」

 

 叫びともに再び破壊の斬撃が放たれる。爆裂する光輝。彼女の感情の昂りと共に威力は高まる一方だ。不思議なことはない。それまで何の指向性もなかった曹操の世界に、今キンジを打ち倒したいという明確な意思が発生したのだ。その思いが強くなればなるほど加速度的にその一閃は力を増していく。

 

「――っぉ」

 

 視界が一杯に黄金が染まっていく。難しい概念は何一つない。単純極まりない破壊光。なんとか対処できたと思ったら次の斬撃は笑えないくらいに威力が上がっている。まるで自分が何ができるのか試す赤子のように。曹操自身が振るう力は一貫してそういうものだ。

 

「ぉぉ……!」

 

 だからって――、

 

「負けられないのは同じなんだよーーォォッッ!!」

 

 真っ向から切り返す。連続する破砕音。時間にすれば一瞬のはずだったのに、振り上げた刃を振りぬくまでが永遠のように感じられた。色金の異能破壊は消えていない。同じ次元にいる以上、それは大きなアドバンテージになるはずだった。

 しかしそれでも、互角。いや、僅かに押し負ける。

 

「確かに色金は人の魂の輝きだ」

 

 その応えは曹操自ら語りだした。

 

「だからこそその光はあらゆる異能を、異常を、過負荷を、超能力を超越する。この多種多様な異能が渦巻く世界に於いて人間の力こそが最も気高く力強いというのは皮肉な話である。だがな、キンジ、私の力もまた意思を力に変えるという、たったそれだけのものだ」

 

 故に、

 

「そんなもの頼りきりでは――永遠に勝てんぞ!」

 

「ッ……おおおおおおおおおおお!!」

 

 絶叫と共に二刀を振りぬいた。しかしそれは潜り抜けたというわけではない。所詮砕いたのは四割が良い所。残りの六割は全身を蹂躙していた。最初に受けた張遼のものに加えれば満身創痍なのは一目瞭然だ。

 

「ハァーッ……ハァーッ……!」

 

 息は荒く、のしかかる疲労は重い。全身に走る激痛は気合いでねじ伏せた。それでも大威力を受けたせいでほんの僅かだけ動きが損なわれる。

 

『果てなき道を進んでいく』

 

 そして曹操はその隙を逃さない。

 

『その先になにがあるのか、そこに私は興味ない。

 切り拓くことこそが我が享楽。

 一歩踏み出せば、さらにもう一歩。

 旅路の果てに笑みを――唯前へ進み歩む』

 

「――があああああああああああああーーッッ!?」

 

 ねじ伏せたはずの痛みが爆発した。痛みだけではない。受けていた傷が残らずその度合いを増し、噴水のように血が飛散する。衝撃を破裂させる楽進の異能。その上位互換。衝撃だけでなく損傷や痛覚すらも弾けさせたのだ。

 それだけで放っておけば死んでいた。

 

「それでもお前は立ち上がる。知っているよ、勇者とはそういうものだ。だから私は手加減などしない。手心など加えない。加減などしてたまるか。ここで落ちるのならば――それもまた構わん。そうでないことを祈るがな」

 

 今宵一番の必殺が放たれる

 。文字通り一切の加減無し。猛る感情に威力の増加を留まることを知らない黄金の破壊光。それだけでも壊せないものはないというにも関わらず、曹操はさらに臣下の特性を追加させた。

 あらゆる行動よりも速く、着弾という結果のみを導き出し、周囲を吹き荒れる桜吹雪を拒絶し、発生する威力を何倍何十倍にも増幅させ、

 

「――――」

 

 キンジを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分という存在が研ぎ澄まされていくのを自覚する。

 刀に焼きを入れ、打ち直し、水につけて冷やすことで強度を取り戻す。今行われているのはそういうものだ。弛んでいたものが緊迫し、緩んでいたものが引き絞られ、鈍っていたものが鋭くなっていく。拳を振るう度に、脚を放つ度に、宿っていたはずの熱が霧散する。身に覚えがある感覚だった。俺はそれを知っている。なぜそうなったのか、これが何を意味するのか。かつて経験したことあるのだから。

 

「――あぁ」 

 

 空間を何度も蹴りつける。

 宙弾きと呼んでいた空間跳躍。かつては一度行うだけで足の筋繊維が滅茶苦茶になっていたものを普通の歩行と変わらない頻度で使用する。そうしなければまともに戦っていられない。眼下、香港の街並みは遥か遠く、しかしぶつかり合う二色の覇道はあまりにも鮮烈だ。気づいている者も気付いていない者も、少なからず影響が出る。

 あれらはそういうものだ。

 ああなった以上二人の意思など最早関係ない。自分の正反対だからこそよく解る。解って――しまう。あの流出は始まりに過ぎない。結果がなんであろうとも、ある意味これはただの始まりだ。勝者にはこれから世界を担う役目が待っている。曹操ならば当然のこととして、キンジならば苦笑しながら。

 そうやって彼らは続いていく。

 だけど、だったら。

 俺は――どうなのだろう。

 

「そう。私たちに行き場所はない」

 

 血色の髪と瞳と長い尾。赤銅の肌と呪術めいた文様。その姿を変えた猴は短距離転移を繰り返し、棍を自由自在に振るいながらも語り掛けてくる。

 

「所詮私たちは世界の癌細胞だよ。他者の繋がりを疎ましく思ったことはないか? 自分に絆など必要ないと捨てたことはないか? 例えそういうものを受け入れたとしても、距離を感じたことは。価値観が合わないと思ったことは?」

 

「……」

 

 静かに発せられる言葉とは裏腹に交わされる武威は人の形が体現できる最終地点だ。単純な技術に関していえばキンジや曹操ですらも及ばないし、及ばせない。本来ならば人間は二本の足で、地に足を付けて戦う。何もない空間を無理矢理蹴って足場とする武術など存在しない。

 しかし俺は魂にまで染みついた武威と圧倒的な経験、それらを積み重ねた故に得た直観。候は人知を超えた存在の理不尽故に、地上と何一つ遜色ない駆動を可能とする。

 

「自分は必要ない――そう思ったことはないのか」

 

 言葉と共に攻撃が放たれる、なんて次元ではない。激突していない瞬間など刹那すら存在していない。拳の振り、蹴りの勢い、棍の移動。単なる攻撃の余波でさえも移動や瞬発の糧となり、次に繋げていく。

 

「……」

 

 技術や身体能力が拮抗している。

 馬鹿みたいな話だ。

 体に熱は籠り、吐く息は白くはっきりとし、流れる汗は体温と摩擦の熱ですぐに蒸発していく。次第に空気は薄くなっていき本来ならば呼吸も困難になるだろうが、身体は勝手に呼吸を最善のものに変えていく。身体が、精神が、魂が、那須蒼一という存在の全てが拳撃という概念に収斂される。

 寒いなぁ。

 冷たいなぁ。

 此処はやっぱり寂しい。

 

「あぁ、あるよ」

 

 あるに決まっている。無いわけがない。

 遠山キンジの自滅因子、鏡に映った虚像、平行線を刻むもう一人の自分。誰よりも近くて、誰よりも遠い。

 絆という言葉を誰よりも体現したアイツだからこそ、その正反対だ。

 

「思わないわけがない。最初から薄々わかっていたさ。はっきりしたのはワトソンやヒルダの時。俺の役目なんかなくて、唯一心残りだった遙歌も立派に兄離れしてくれた。あそこには、俺は必要ないんだ」

 

 言葉にすればやっぱどうにも切ない。自覚していても、はっきりと口に出すというには重みが違うのだから。

 でも間違いなく真実だ。

 

「お前に言われるまでもねぇんだよ、くそったれ」

  

 吐き捨てながら、身体は止まらない。それでも自分がなにをしているのかよく解らない。俺が振るう武術は体に染みついているのから、勝手に動いてくれる。

 

 何もかもが――懐かしい。

 

 もう一年前のこと。武偵高であの人と、『ただ戦うだけの人外』握拳裂と戦い、そしてまた同じ場所にたどり着いていたのだ。

 煮えたぎる冷血の地獄。

 なるようにならない最終(イフ・ナッシング・イズ・エンド)

 どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。

 再び来ると思っていなかった。二度と来たくなかった。できることなら忘れたく、しかし忘れられるわけがなかった。

 どれかで戦いが加速しようとも、交わされる力が熱を持とうとも。

 ここは冷たすぎるし、寒すぎる。

 

「お前は……楽しいのか?」

 

「あぁ、楽しいよ。 私はそういうものだからな。愛と戦と恋だけが私を満たしてくれるのだから。それだけが私の胸の虚空を埋めてくれる。此処こそが私の楽園だ」

 

「……ばっかじゃねぇの。お前もかよ」

 

 そんな悪態しか出てこない。

 下らねぇ。

 思わず昔の口癖すらも出てきてしまった。もう使わないと決めていたのに。

 嫌になる。

 言葉にならない。

 

「私も。そしてお前も。一緒だよ、私たちは」

 

「違う」

 

「違わない」

 

「違う」

 

「違わない。一番深い所では一緒だ。そうでないならば私がこんなふうになることはなかった。アイツが消える(・・・・・・・)ことはなかった」

 

「……違う」

 

 あぁ。

 本当に。

 心の底から――泣きたい気分だ。

 

「――ぁ」

 

 気付かぬ内に嗚咽が漏れ、涙が零れていた。

 ほんの僅かな雫。そんな場合ではないのに止めることはできなかった。

 そのせいで視界がほんの微かに歪んでいた。本来ならば気にも留めないはずの誤差。けれどこの場に於いては致命的だ。

 胸を貫く血色を俺を他人事のように見ていた。

 

「私は失望なんかしない」

 

 あの人は失望していた。

 

「私は絶対にお前を忘れない」

 

 あの人はきっと忘れていたはずだ。

 

「お前は私の唯一になれる」

 

 俺の唯一は――

 

 

 

 

 




まぁ窮地に陥らないとね(

こっそり最初の方を加筆し始めました。まだ一章一話だけですが。時間がある時に内容を追加していこうと思っています。基本的に内容は変わらないけど、適当にネタとかギャグとか追加しようかなと。暇だったら読み直しどうぞ。

感想評価お願いします。
全開大分増えたので嬉しかったです。
300が近い……!

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