落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
静幻を斬り伏せたままに背後の扉を蹴り飛ばしながら突き進んだキンジはそのまま空中庭園への階段を疾走して駆け抜けていた。
「……ランスロット、ワトソン、白雪、レキ、理子」
自身の変革は言うまでもなく自覚している。彼は何もかもを受け入れた。たったそれだけのことで全ては変わっていく。一歩進むごとに遠山キンジという存在はその純度を加速度的に高めていく。
「蒼一」
呟く名は共に戦ってきた戦友たち。自分に付き従ってくれる掛け替えのない閃光。
「――アリア」
そして愛する少女の名を。
全ては彼女との出会いから始まった。遠山キンジの何もかもはそこがスタート地点だ。空から降って来るなんてベタな展開で、彼女を愛し、愛され、恋をし、想いあい、その全ての最先端が今この場所だった。
「来たぞ、曹操孟徳!」
「――私はどれほどこの時を待ち焦がれていたのだろうな」
天上にて待ち構えるのは黄金を纏う少女。外套と金色の長髪を風になびかせ、腰の二刀に手を置きながらもキンジを見据えている。たった一人、己と競い合える彼を。
かつて、鏡に映った虚像から飢えていると指摘された。それは真実だ。生まれた時から一度だって曹操が満たされたことはない。なんだったできた。この世総てはあまりにも容易く、そして脆かった。
「この世は総じて脆すぎる。何かを成し遂げるにはあまりにも簡単で、艱難辛苦など私は味わったことがなかった。だから飢えていた。飽いていた。何もかもがすぐ既知になる。こんなにつまらないことはない」
だから己の全てを満たす為に。
「私は今、生まれて初めて全霊を振り絞ろう」
ほぼ同時に打倒された臣下たち、彼らに与えた自身の力の切れ端は帰って来た。それにより欠けていた総てが十全となる。負けてしまった彼らを責めるつもりはない。寧ろ礼と詫びをいいたい。これまで全身全霊で従って来てくれたのに、彼らが敗北しなければこうなれなかったのだから。
「
曹操孟徳か、遠山キンジか。その全てを今宵決定しよう――。
「うるせぇんだよ、知るかくそったれ……!」
恍惚の笑みすら浮かべる曹操に対し、キンジに浮かぶのは身を焦がすような激情だ。可能ならば何もかもを投げ捨てて、曹操との関わりを全て投げ捨てたかった。本当はこんな展開望んでいないのだから。本気を出したい? 飢えていた? 知るかそんなもん中二病拗らせて他人巻き込んでじゃねぇよ。一体どれだけよそ様の人に迷惑をかけるんだ。そんなふざけた不条理ぶっ壊す――。
それまでのキンジならば総叫んでいただろう。
けれど――自分に任せてくれる馬鹿がいたから。
『オールハイル・キンジ……!』
お前はそれしか言えないのかランスロット。
『どこかの誰かのせいで馬鹿が移ったよ。責任取ってくれるね?』
そりゃお前に素質があったからだよワトソン。
『キンちゃんならきっと大丈夫だよ!』
その根拠のない自信はどこから出てくるんだ白雪。
『まぁ精々頑張ってください。ダーリンのついでに貴方のことも応援してあげますよ』
本当に誰よりもぶれないなぁレキ。
『勝てるさキンジ。私だけじゃ負けるけど、お前と私たちが皆いれば。きっと勝てるぜ』
そうだ、だから力を貸してくれよ理子。
『キンジ』
――アリア。
『愛してるわ。私はアンタを信じている。だから頑張ろう? アンタはもうBGMなんかじゃないんだから』
俺も愛している。それにお前だってもう一人ぼっちの独唱なんかじゃないよ。
『私たちの胸の響を――全部託すわ』
「お前らがいるんだから、俺だって応えないわけにはいかない」
だっていつまでも逃げてるなんて男らしくないから。やりたくないことをやるつもりはないが、大好きな仲間たちが信じてくれている。ならばそれを受け入れるのも男というものだろう。
「柄じゃねぇしキャラでもねぇ――」
それは今でも心から思う。
でも、それでも、
「――ダチの想いに応えられない男であってたまるかよォーー!」
「きひっ」
キンジの叫びに、曹操は笑みを濃くする。これまで生きていた中でこれ以上に楽しいことはあるだろうか。自身を目指し駆けあがってくるキンジを待ち望むその姿はまるで恋する乙女のように。自分にそんな感情があるとは思ってもいなかった。対等である存在はそれまで孫悟空しかいなかったのだから。男も女も子供も老人も。誰だって同じようなものだった。けれど今、どうしたって目を逸らすことのできない存在がいる。
「きひ、きひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひ――」
此処に至るまでの全てに祝福を。歓喜の哄笑ともにその身の覇道を溢れ出すことに最早何の憂いはない。曹操の抱く渇望はあまりにも単純だ。ただひたすらに己の全霊を発揮したいというそれだけのもの。総てを愛し壊したいとか、そんな慕情を抱えているわけでもない。ただ生まれ持った何もかもを曝け出したいというだけだ。
そこに意味はない。あるのはただただ純粋無垢な本能だけ。生まれ落ちたばかりの赤子が産声を上げるのと同じように、彼女はその存在を叫んでいるだけなのだ。そう、曹操とは文字通りの赤子だった。母の胎内で出産の時をずっと待ち望んでいた新生児。それが今子宮より落ち、産道を抜け生まれ落ちた。
「私は今――生きている!」
何もかもに飢え、飽いていた少女は今初めて高らかに己の生を叫んだ。これが生だ。これが命だ。これが魂だと。胸から溢れる感情は一心にキンジへと注がれていく。それはあるいは愛と呼ぶかもしれない。あるいは憎しみかそれ以外の何かか。
確かなのはその身が持てる総ての感情と意思を曹操は表わしていた。
なぁ、キンジ。私の総てをお前に見せよう。私の世界はお前がいたからこそ始まり、お前がいては進まない。打ち倒すべき存在がいるからこそ曹孟徳の覇道が世界を埋め尽くす――。その存在を忘れはしない。結果がどうなろうとも私はお前をこの身に刻もう。覇王に挑んだ主人公として、魔王の如き身に挑んだ勇気ある者を永劫讃え続けよう。
「故に滅びろ! 勝つのは私だ、旧世界の勇者として我が生の贄となれ!」
そして抜き放ったのは腰の二刀。装飾は最低限、形状としてはごく普通の中華刀でしかない。それが二本、曹操の体格からすれば不釣り合いであろう。けれど、実際に目で見ればそんな常識は消し飛ばされる。金色を纏う白銀の双剣は紛れもなく最上級の聖遺物だ。
青紅・倚天の剣。
かつて乱世の奸雄と呼ばれた初代が握ったそれらは数々の武人の下に渡り、二千年近い時を経て真の持ち主に握られていた。長い年月と信仰を重ね、曹操に握られた今ただの剣では当然ない。鉄を泥の如く断ち切る所か、泥のように断ち切れない物などこの世に存在しないだろう。
その双閃。
勝利宣言と共に抜き打ちし、黄金の軌跡が十字を描いてキンジへと放たれた。戯れでも遊びでもない。言葉にした通り黄金の王の全力の一撃。剣に覇気を纏わせ、思い切り振りぬいただけというにも関わらず内包した威力は街一つ半壊させるのも容易いだろう。純粋に破壊に特化し、人間など受ければ容易く蒸発する大斬撃を前にし、
「俺を――」
一切臆することはない。
「俺たちを――」
握りしめた緋刀とサバイバルナイフを延長させ創造する緋刃が輝きを増す。
疾走は緩めず、寧ろ加速し、二刀を叩き付け、
「――誰だと思っていやがる!」
莫大な割砕音と
「――ハハハ」
その光景に最早曹操は自分が声を上げて笑っていることすら気づいていない。生まれて初めて放った全力の一撃。それがああも容易く打ち砕かれて尚、彼女の心を占めるの歓喜のみ。寧ろそうでなければつまらない。
「友の想いをこの身に刻み、先人の遺志をこの背に担う――」
「ハハハハハハハッ――」
髪が、瞳が、緋色に染まり爛々と輝いていく。その鮮やかさ、色の深さはそれまでの比ではない。
「孤独の闇に囚われようと、繋いだ心が明日を創る!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハッッッーー!」
総ての階段を駆け上がりきり、ついにキンジと曹操が向かい合った。
キンジは二刀を地面に突き刺し、仁王の如くに腕を組み曹操を睨み付け。
曹操は腕を広げ、抱きしめるようにキンジを迎え入れた。
「この
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーーーーッッッッ!!」
絶叫と哄笑の果てに並び立つ二人の王はその理の名を発した。
「――『
「『
その瞬間爆裂する緋と金の波動。世界を染め上げるように流れ出すそれは発生した直後に激突し鬩ぎ合いを開始する。その流出に、少しでも世界の裏側に関わりを持つ者なら世界中の誰もが気づいていた。人間も怪異もそれ以外のなんであろうと関係なく、流れ出す法則に気付かぬ者はいない。
誰もが悟る。
何をしなければこの世界は勝った方の色に染め上げられると。
王とはそういうものだ。例え曹操が己自ら、例えキンジにその意思がなくても。片割れを飲み込み、征服した覇道は世界を生みこんでしまう。例外等存在しない。
にも関わらず――、
「かはは――」
「キキッ――」
姿を顕した二人はどうしようもなく異質な存在だった。
那須蒼一と候。城の外壁から飛び上がるように出現し、それぞれキンジと曹操に並び立った彼らすぐ隣にそれだけの存在を置きながら、その在り方に一切の影響を与えていない。緋色の中で瑠璃は輝き、金色の中で緋色は煌めている。
互いに少しづつ血を流しているがあまりにも軽傷だ。キンジは知らないが、この二人は場内でランスロットと張遼が戦闘を開始し、静幻がキンジに打倒された直後まで戦いを続けていた。けれどそれは予定調和のように欠片も本気を出していなかった相対。
言うまでもなく待っていた。
互いが互いの自滅因子。鏡に映ったもう一人の自分。
那須蒼一にとっての遠山キンジ。
孫悟空にとっての曹操孟徳。
彼が、彼女がその存在を溢れ出すのを。奇しくも蒼一も候も先に完成していたから。けれどもう待つことはない。自らのさかしまが真の姿を顕したように、覇道という大海の中で永遠に存在を変えない求道者たちは、彼らもまた相応しい形になっていく。
「悪いなぁ馬鹿の一つ覚えで。でもよぅ、実はあるんだぜ俺にも新モードって奴がさぁ――」
蒼一の髪が、瞳が、胸の十字傷が、全身に走る刺青が。空より高く、海より深い瑠璃色に染まっていく。人間一人から生じるには莫大という言葉すらも生ぬるい気を一切の漏れなく体内に循環させ、人間大の異界を生み出していく。
『瑠璃神之道理』。
言わずと知れた那須蒼一の代名詞。愛しき姫君との絆の具現は、彼が彼であった時から何も変わらず繋がる愛だけを強めている。
そこまではいつもと同じ。
違うのは、
「聞いてみろよ、俺の胸の鼓動。退屈はさせねぇからさぁ!」
舌に生じた『魂』という刻印だった。
「キキッ――あぁ、退屈などしない」
そして候もまた。緋色の瞳が色を変えていく。キンジにように鮮やかになるのではない。より暗く、より強く。鮮血のそれに。血色となったのは瞳だけではなく流れる長髪やその手に握っていた棍。さらに臀部から生じた尾も。さらにそれだけではなく全身の肌が赤銅色となり、呪術めいた文様が刻まれていた。
「私の全てでお前を愛するから――我が慕情、要らぬとは言わせない。愛し、壊し、その果てにお前の存在は私の中で永遠になる」
四人の中で純粋に人の枠組みから外れているのは彼女だ。元より人間ではない。数千年を生きる魑魅魍魎。どころかそれを超えた神仏の類、人間という器に落とされているとはいえその魂は正真正銘の神格だ。
「翻意しようとも所詮この身も緋々神の眷属。恋に生まれ、戦いに生き、愛に死ぬのは必定なり。受け入れよう我が運命。胸を焼き焦がす甘さも、胸を掻き毟る切なさも何もかもが愛おしい。あぁ、蒼一。やはりお前しか、私を受け入れてくれる存在はいないんだ――」
候から零れるのはあまりにも直接的な愛の告白。それ以外彼女には存在しない。愛と恋と戦こそが孫悟空の世界なのだから。
そしてその相手の蒼一もまたそれは同じこと。
「愛するが故に我は在り。あぁ、その点に関しては俺もお前も変わらない」
だけど、
「俺の愛は、何もかもレキのものだ。お前にくれてやる愛なんて一欠片もありはしない。いい加減鬱陶しいんだよメンヘラストーカー。俺とレキの生きる道に、お前の存在は邪魔なんだ」
受け入れられない、寧ろ拒絶するしかない。
蒼一のその在り方もまた永久不変だから。此処に立つ那須蒼一はレキだけを愛しているのだから。
「キキッ。解っているさ。だから言っただろう。私はお前を
猴に浮かぶ凄惨な笑みは拒絶されたことも理解できてない。当然だ彼女は狂しているのだから。正気などどこにも存在しない。彼女にとっては愛するのも壊すのも一緒なのだから。蒼一が受け入れようと拒絶しようと結末は変わらない。
そうして全ての準備は整った。
「往こう、往こうぜ兄弟。俺はお前の絆を信じ、納得してるんだから」
「解ってるよ。だから勝とう。勝って一緒に馬鹿やろうぜ兄弟」
「あぁ、孫。初めましてこんにちわだ。どうやらこれが私らしい」
「遅い誕生だ。待ちくたびれたよ」
二人と二人はこんな時でもすらも常と変わらず笑みを浮かべ言葉を交わし、
「行くぞォォォッッッーー!」
ここに双天の覇道と双極の求道の決着が始まった。
結局始まんなかったけど一話づつくらいで終わるかなと。
そろそろこう、テンション上がってクライマックスになればなるほど感想が減っていく現象に名前を付けたい()
ともあれ感想評価お願いします。