落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第20拳「だらけるのもいい加減飽きた」

 

 前後左右四方八方ありとあらゆる空間を埋め尽くすように弾丸は放たれていた。

 銃を構えるのも、引き金を引くのも、数百を超える故の装弾もなかった。名乗りの直後、それらは時間を無視したかのようだった。それが夏侯淵のスキルによるものなのは明白だが、明らかに京都に比べて強度が上がっている。驚くことはない。あの相対に於いて敗北し、そのままでおいたわけがないのだ。

 あの時のレキと同じだ。

 負けたからこそ――這い上がる。

 次の勝利の為に。

 

「――もう、私たちは負けない」

 

「そう、俺たちは負けられない」

 

 レキと白雪を数百の弾丸が取り囲んだのと同時に夏候惇は前に出ていた。長剣を下段に握り、身体を沈めながらの前進。目の前に鉛玉の壁があるのにも関わらず彼は愚直なまでに疾走する。場合によっては跳弾や彼女たちの背後から飛ぶ弾丸が当たる可能性は有り余っているのに。傷つくことこそが己の正しい在り方だと言わんばかりの己から望んで進んでいく。

 彼もまた京都に於いて勝利を得ることができなかった。

 負けなかったかもしれないがそれだけで、到底納得できるものではない。

 元より二人は血のつながった兄妹というわけでもなかった。たまたま同じ時期に、たまたま彼の兄弟と同じ魂と見初められ――必然と共に王に膝をついた。黄金の寵愛を受け、英雄として、彼女の将として力を授かった。掛け値なしに彼女は王だ。曹孟徳こそが新世界を担う王であると二人は、彼ら将は疑うことなく信じている。

 だからこそ、

 

「――私は一発の銃弾」

 

 臆することなく動いた相対者に笑みを浮かべた。

 極限状態にて加速された脳に届くのはレキが口ずさむ詩だった。

 

「全てを撃ち抜く一発の魔弾。瞳は照準、指は引き金、意志を撃鉄に」

 

 弾丸の包囲網が届くコンマ零秒以下の刹那。普通ならばそんな時間の中で言葉なんて聞こえるはずもないし、発することができるはずもない。しかし彼女は普通ではない。通常と異なる異常だ。

 異常。

 異常(アブノーマル)

 その上で銃口に集う瑠璃の光は彼女の魂の証。

 

「心を魔弾に――『魔弾姫君(スナイプリンセス)』」

 

 瑠璃が――鉛を貫いた。

 

「――!」

 

 一つ残らず、数百にも及んでいたはずの弾丸が全てレキが放った瑠璃の光弾に撃ち抜かれていた。夏侯淵が事象を省略し、その上で行ったことをレキはさも当然の如く素面で行う。妙技や絶技と呼ぶにはあまりにも生易しい。そんなことを果たしたレキに達成感などなくそれが当たり前のように無表情であり、

 

「星伽候天流――!」

 

 白雪もまたそれを信じていた。

 周囲を弾丸が覆ったのは確かに驚いたが、それが銃撃である以上レキが打倒すると確信していた。故に灼熱する一刀を滾らせ、巫女もまた前に出た。

 

「火炫毘!」

 

 炎刃が瑠璃の残光を切り裂き伸びる。炎が刀身を創造しているが故に、その刃はある程度長短を自在にできる。張遼には届かないまでも間合いを無視した一閃は空気を焦がしながら夏候惇へと振り下ろされ、

 

「温い……!」

 

 金を纏う彼の斬撃に断ち切られる。切断された刃の先が空間にほどけるように消え去った。距離を無視する炎刀は確かに脅威だが、以前の相対の際に同じことを行っている。刀身の延長形成か刀身そのものの創造するかの差はあれど、対処の方法に大きな差異はない。

 存在するのならば斬る。

 それだけ。

 

「胡蝶……!」

 

 当然白雪だってそれは解っていた。途中で長さを失った刃だが刀剣としての機能は損なわれていない。緋色の一刀は白雪の意思が消えぬ限り燃え続けるのだから。

 振り下ろした刃を即座に切り上げる。V字型の斬撃は元からそう言う技だ。

 足を浅く斬り焦がし、

 

「ハッ……!」

 

 笑い飛ばしながら夏候惇はそれもまた断ち切った。

 その上で次なる一刀は速度を増していた。夏候惇はそういう存在だ。傷つけば傷つくほど彼の強さは増していく。横薙ぎに放たれる斬閃。空間そのものを断ち切るように、白雪の身体を両断せんと振るわれる。

 

「ッ――」

 

 炎が揺らめいた。

 イロカネアヤメが柄を残して完全に消失する。代わりに生じたのは炎の障壁だった。白雪の眼前に生まれる防御壁は夏候惇の斬撃にあっさりと消滅したが、

 

「あっぶないなぁ!」

 

 白雪は逃れ切った。

 

「アンタも下がりなさい! あ、やっぱ残って良い感じに死に掛けろ!」

 

「可愛くない妹だなぁ!」

 

「私の義妹は可愛いですよ? それはもう、誇るべき妹です」

 

 二人の剣士が距離を空けた。だからその空白を埋めるのは二人の狙撃主の役目だった。そもそも白雪と夏候惇の攻防の間でもまたレキと夏侯淵の戦いは続いていたのだ。装填や照準、射出という手順を完全省略する夏侯淵やそういった概念を意思の力でねじ伏せるレキ。

 それが意味することは永続する弾幕戦だ。目の前で斬り合いだろうとなにがあろうとも彼女らは止まらない。白雪と夏候惇という輪郭以外は常時鉛玉と光弾が埋め尽くされている。

 

「来い電波女……!」

 

「こんな綺麗なヒロインになんてことを」

 

「それはない!」

 

 敵味方合わせて三方向からの突っ込みだった。解せないと思いながら引き金を引く。レキが手にする対万物狙撃銃『ハルコンネン・Ⅲ』には決まった形は存在しない。拳銃、回転銃、狙撃銃、突撃銃、機関銃、対物狙撃銃、バズーカ。ありとあらゆる形状にレキの思うが儘に変形できる。射撃狙撃銃撃概念全般に作用するレキの異常であり、瑠璃の色金の力で弾丸数や威力をある程度まで操作できるようになった今の彼女には、ある意味で過剰すぎる性能かもしれない。

 けれどその本質は、魔弾の姫君が科学の申し子に求めたのは、

 

「ただの銃では――私の本気(・・・・)に耐えられないですから」

 

 圧倒的な火力でもなく、変幻自在の構造でもなく――異能に対する容量(キャパシティ)だ。

 そのために京菱キリコが作った。その為だけにそれは生まれたのだ。 

 

「パーフェクトです、キリコ」

 

 瑠璃色が空間を埋め尽くす。廊下を、白雪を除いて蹂躙しに行った。

 

 結論から言えば――夏侯淵ではレキには及ばない。

 

 少なくとも狙撃主という立場に於いては永久に追いつかないし、届くことはない。覆ることは未来永劫ない。夏侯淵が将として、英雄として、魔弾の姫君と同じステージで相対する限りそれは絶対だ。

 

「だから――力貸しなさい糞兄貴!」

 

「そこはもうちょっと殊勝にお兄ちゃんでも言ってみろ!」

 

「キモイ!」

 

 貶されながら、後ろに下がりながら、夏候惇は動いていた。妹の前に。妹を庇うように。レキの弾丸をその身で受けた。

 

「っづ、が、……アァ!」

 

「!!」

 

 彼の身体を瑠璃色が撃ち抜く。数えるのも馬鹿らしいほどで、夏侯淵の援護もなかった。レキが殺意を込めていなければその時点で体が吹き飛んでいたはずだ。けれど、致命傷に限りなく近いのは変わらない。

 当たり前だが二対二で、先に片方でも落ちれば不利になるのは残された方だ。残った方をまとめて攻撃すれば単純に、当たり前の有利だ。

 瑠璃の魔弾に晒され、全身を蹂躙されれ膝から崩れ落ちる兄。

 

「っ、あぁ……」

 

 それを見て、夏侯淵はあろうことか震える。

 

「――怖い」

 

 体や歯が、怯えた小動物のように。恐怖に怯え、戦いを恐れる。臆病者のように。それが夏侯淵という少女だ。

 

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――!」

 

 心の底から怖い。

 体を炎に帰る巫女。物理法則を無視して魔弾を放つ電波姫。

 怖わくないわけがない。

 それでも。

 

「勝つって誓った」

 

 誰に? 

 決まっている。

 どうして?

 言うまでもない。

 できるのか?

 やるのだ。

 

「怖いけど――進むのよ」

 

 圧倒的な恐怖、怯え臆するも止まらぬ意思。それこそが、健気な少女の力となる。

 

「あぁそうだ」

 

 そして膝をついていたはずの少年が立ち上がる。全身に穴が開いていた。銃創は数え切れず流血は止まらない。片目を失い、その上でも満身創痍という言葉も生易しいほどの損傷。死んではいないが、逆を言えば死んでいないだけで負傷は夥しい。

 それでも立つ。

 体中の筋肉は音を立てて再構成を始める。細かい理性は消え去っても、不屈と勝利への渇望はなくならない。剣を振るうという機能のみを収斂させ、在り方を変えていく。

 

「これまで受けた傷も、苦しみも、辛さも――今なら言えるさ。全部が今の俺の糧になっている。だらけるのもいい加減飽きた。勝つことを諦めてた、負けるのもどうでもいいと思ってた。それが俺の人生だったけど、今なら言える。勝つんだ、もう何も奪われはしない」

 

 浮かぶ金の波動がその誓いの証だ。

 肉体的に見れば間違いなく彼は修羅だ。戦鬼だ。

 血の中で生まれ、血を浴びて戦い、血の底に沈める隻眼の魑魅魍魎。

 

「笑止、と棄てるは簡単です」

 

 それに対し、レキは言葉を発した。

 

「そんなこときっとこの場の誰もが想っているんでしょう。負けない。勝ちたい。勝つんだ。必勝を願い、敗北を拒絶する。私も貴方たちも。私の愛する人も。貴方の王も。私たちの長も」

 

 でも、

 

「それこそが貴いものでしょう。当たり前のことを当たり前のように願う。きっとそれは素晴らしいことだから。えぇ、私も言いますよ――負けない、勝つんだ、と」

 

 言い切ってからレキは首を傾げて、

 

「どうでしょうこの相手の思想も受け入れるという懐の大きなヒロイン力」

 

「台無しだよ!? ここは私が続けていいこという所だよね!?」

 

「だって白雪さんのセリフって要約すればキンジさんNTRしたいですよね」

 

「否定できない……!?」

 

 自分の思考が完全に読まれていたことに絶句しながらもイロカネアヤメの刀身を生み出し、

 

「ま、こういうのが私たちらしいか。締まらないなぁほんとに――ね!」

 

 振り下ろされた夏候惇の一刀を受け止めた。

 

「台詞途中に攻撃するのはマナー違反じゃない!?」

 

「京都で好き勝手やってくれた、お礼だよ!」

 

 超強化された膂力にて放たれる斬撃はそれまでの非ではない。白雪が刃を合わせ、受け流すがそれが精一杯。秒間に散った火花は十や二十では効かない。炎刀が一太刀毎に断ち切られ周囲に炎の華が咲いていく。

 

「っづ……ぐっぁ……!」

 

 例えそれが世界トップクラスの超能力(ステルス)だとしても、剣術に於いて白雪が劣るのは変わらない。夏侯淵とレキと同じように隔絶した力量差がある。

 それと同じだ。

 同じだからこそ――その差を覆す力を持っている。

 

「燃えろ……」

 

 炎熱の髪が、灼熱の一刀がその熱を増していく。立ち上る陽炎は空間を揺らめかせ、しかし触れていないが故に周囲への被害はない。壁は既に銃弾で穴だらけだが、焼き焦げた跡は驚くほど少なかった。

 そもそもG35の超能力(ステルス)だとしても。何もかもを焦がし尽くす炎を生み出すことを可能としていてもだ。

 超能力(ステルス)である以上、それだけの出力(肉体炎化)を行えば例えG35だとしても一分も戦闘を行えないだろうというのが大概の超能力保有者(ステルスホルダー)の意見だ。白雪自身もそう思っている。

 

「炎よ――」

 

 なればこそ。

 それは星伽白雪の情熱に他ならない。

 

「燃え上れ、星天の灼熱よ……!」

 

 心の想いを、力を、情熱を炎に変える。

 猛る意思はその体を少しづつ炎に変えていく。髪と刃だけではない。二の腕や足の一部、それらが徐々に物理的な肉体な炎熱という自然現象へと。

 緋々色金の巫女としての権能が完全に開花したからこその肉体変生。

 

「おおおおおおッッォォーー!」

 

「は、ハハハハハハハハーー!」

 

 鋼と炎が旋風を巻き起こし、互いを刻み、焦がしていく。

 その上で、

 

「レキ……!」

 

「妙才……!」

 

 一対一ではなく二対二だからこそ背中を預ける戦友の名を叫ぶ。

 一刀の激突の直後、弾かれ合った刹那に二人は身体を右に飛ばす。穴だらけになっていた壁はそれだけで容易く瓦解し、白雪と夏候惇が壁の向こうの部屋に飛び込んで、空いた廊下に、

 

「今度こそ脳天吹き飛ばす!」

 

「できるものならどうぞお好きに」

 

 睨み合う狙撃主二人。

 

「させませんがね」

 

 それはかつての相対と同じように。

 しかし遥かに高みへと至った上で。

 引き金を同時に引いた。

 

「――『臆進往(オクスルモススミユコウ)』」

 

「愛を魔弾に――『比翼連璃(スナイプ・バイ・ミー)』」

 

 

 




なんか誰が主人公かよく解らない感じなってきたなぁ。


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