落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第19拳「そうしたいと――私自身がそう思っただけだ!」

 鋼鉄の激突音が連続していく。

 

「ゼァ……!」

 

「シッ……!」

 

 『最後の円卓の騎士(ナイトオブゼロ)』ランスロット・ロイヤリティと曹魏一番槍張遼文遠。技術においては間違いなく武の最高峰に身を置く二人の武人の戦いは言うまでもなく熾烈を極めていた。剣戟の虚実はあれど、戦術という概念は存在しない。ただひたすらに己の武威を正面からぶつけ合っていく。

 驚くほどに――互角だった。

 重さも速さも巧さも。双剣と偃月刀という武器の差があるにも関わらず二人の武威は拮抗している。武器だけで見るのならば速度においては双剣が勝り、偃月刀の方が威力を有するはずだ。だがそれらの差を帳消しにするのが、

 

「『気高くは湖光の聖剣(アロンダイト)』……!」

 

「『疾馳参者(トクハセサンジモノ)』……!」

 

 二人が誇る忠義の証だ。

 偃月刀を振りかぶった張遼の姿が消えた。そう感じた瞬間にはランスロットは白光を纏う双剣を目前の空間に振りおろしていた。

 割砕音。

 

「ヌ……ッ」

 

「ク……」

 

 うめき声は二つだ。消えたはずの張遼は肩に浅い傷を受け、床を削りながら後退していて、ランスロットもまた脇から血を流していた。停滞は一瞬もない。即座に張遼が瞬発。能力を持ちいない、純粋な疾走だ。勿論それでも間合いを詰めるのは一瞬だった。

 

「――!」

 

 交叉の瞬間に散った火花は数えきれない。駆け抜け様に張遼は斬撃を叩き込み、ランスロットもまたそれを防ぎカウンターを叩き込む。お互い浅い傷は受けるがその程度。既に何度も同じような交叉は繰り返されていた。

 決定打に届かない。

 

「オォ……!」

 

 張遼が瞬発する。それも防がれ、カウンターを叩き込まれるのも構わない疾走だ。異能を用いない体捌きと偃月刀という長大な武器による体重操作。それによる高速機動。

 行った。

 ランスロットを中心として円を描くように何度も駆け抜ける。

 まるで台風だ。

 

「っーー!」

 

 全方位から襲う刃だが、当然ランスロットも怯むことはない。可能な限り二刀を以て捌いていく。反射に近い動きだった。込められた覇気や殺気に積み上げた経験が勝手に反応していく。前後左右から迫る斬撃を片っ端から叩き落としていく。

 少なくとも三秒はそうだった。

 四秒目で、

 

「徹す……!」

 

「徹さん……!」

 

 間合いを潰した張遼の一刀を白刃で受け止める。偃月刀と双剣が鍔迫り合いとなって火花を散らしいく。

 

「流石、『最後の円卓の騎士(ナイトオブゼロ)』……!」

 

「貴様こそ、流石の腕前だ」

 

 互いに歯を剥き出しにしつつ笑みを浮かべ、弾かれ合う――と見せかけて互いに前に出る。握る手を滑らし、柄を短く握ったまま刃を突き出した。それをランスロットは右の剣の腹で凌ぎ、弾きながら斬り込んだ。偃月刀と腕だけを残して張遼が体を沈めた。回避行動では足りない。縦に振り下ろす一刀に下にしゃがんだだけでは意味がない。それは勿論彼にも解っている。だから斬撃に対し次の動きを行った。握った柄を指運で回すことによってランスロットの刃にぶつける。

 右剣は凌いだ。

 だからすぐに左剣が来た。

 掲げられた偃月刀を避けるように、下から救い上げの刃が張遼へと迫る。再び指で偃月刀を回す。今度は地面と並行ではなく、垂直に。左剣を柄で叩き落す。双剣による壁を開け、懐に潜り込む。即座に突き進む。斬撃や打撃ではなく、押し込むような体当たりだ。

 

「ハッ……!」

 

 笑い飛ばしながらランスロットは肘を落とし、右膝をかち上げた。鈍い音が張遼の身体から発せられるが、気にしなかった。押し込みながら上がったズボンの裾を掴み、残った足に払い飛ばす。

 ランスロットの身体が浮いた。

 

「フッ!」

 

 震脚、そして掌底。足元の床が爆散。

 一気に壁へと吹き飛んだ。綺麗に朱塗りされた壁に亀裂が入り、瓦礫が零れるが、

 

「見事だ」

 

 何事もなかったようにランスロットは立ち上がる。

 

「……それはこっちの台詞だよ」

 

 苦笑しながら張遼は偃月刀を握り直す。

 叩き込んだ掌底はもろに入れば内臓を破壊するのには十分な威力のはずだった。

 

「足払いの時点で先の飛び退くとは。判断が速い」

 

「フッ。何、香港に行く話を聞いてキンジ様たちがカンフー映画を大量に見せてくれたのでな。貴様もそのような体術を覚えているだろうと思っただけだ」

 

「まぁカンフー映画みたいなことをしてるのは確かだけどね。体術は齧る程度さ。貴方だって歩い程度の嗜みはあるだろう」

 

「それは否定せんがな……ふむ」

 

 千日手だとランスロットは思う。それは張遼も同じだが。

 張遼の『疾馳参者(トクハセサンジモノ)』の最も恐るべき点は間合いという概念の完全無視だ。どれだけ彼我の距離が存在しようとも彼の異能ならば一瞬で無視できる。瞬間移動にも久しい超高速機動。本来ならばランスロットでも反応は難しい。

 それに対抗するは『気高くは湖光の聖剣(アロンダイト)』。その白光にて森羅万象を斬滅する剣閃。それは張遼の異能であっても例外ではない。少なくとも発動自体はキャンセルできる。最も慣れ親しみ、ノータイムで使用可能な聖剣だからこそでもある。

 ランスロットは思う――張遼の神速を砕いた上で、もう一撃叩き込まねばならないと。

 張遼は思う――ランスロットの聖剣を潜り抜けた上で、斬り伏せなければならないと。

 行いことは極めて単純だ。それまで動きの延長先でしかない。もっと言えば二人がこれまでこなしてきた戦闘と同じだ。たがそれでも、それだからこそ難しい。

 

「……さて、どうするべきか」

 

 笑みと共に行動を模索し――笑みを浮かべていたという事実に苦笑する。

 戦いに於いて笑うというのは、実は彼にとってはあまり慣れていないことだった。今更語る必要もないだろうが『最後の円卓の騎士(ナイトオブゼロ)』とは滅びを約束された名だった。潰えた騎士王と僅かに残された騎士の一族。武威そのものは劣化しなくとも、終焉は目に見え故に笑うことなど一度もなかった。

 それが変わったのはやはりあの時だ。

 その上で思う。

 自分はどうしたいと思っているか。

 答えは言うまでも、思うまでもない。

 

「……勝利、か。口で言うのは簡単だな」

 

 だからこそ楽しいと思うのだろう。身体は軽く、振るう剣は研ぎ澄まされている。

 

「……ランスロット卿。一つ聞いてもいいかな?」

 

「なんだね?」

 

「貴方は何故、遠山キンジに付き従う?」

 

「……ほう」

 

「貴方は円卓の騎士だろう? なのに、なぜ彼の様な極東の少年の下に付くのかな。あぁ、別に彼を貶すわけではないけどね。純粋な疑問だ」

 

「……」

 

 それは――何度も聞かれた問いだった。

 キンジへ敗北を認め、武偵高の教師として帰還するまでの間、英国にて何度も同じことを聞かれた。

 そして答えもまた。

 

「愚問。騎士が王の剣となることに疑問の余地もない。……ただ敢えて言うのならば」

 

「言うのならば?」

 

 ランスロットは。

 遠山キンジの騎士は――まるで悪童のような笑みを浮かべていた。

 

「そうしたいと――私自身がそう思っただけだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで幽霊か何かを相手取っているようだとワトソンは思った。

 物置部屋は極めて狭い。物置の文字通り、荷物や掃除道具が置かれているだけの部屋で、一階から三階に掛けてまでいくつもあるようなものだ。人が二人いれば作業するには十分だし、三人以上いれば些か手狭かもしれないほど。少なくとも三人以上で足を踏み入れるようなことはなかった。

 それにも関わらず――ワトソンの目にも捉えきれない。

 

「クッ……!」

 

 目の前にいると思っていたらうなじが浅く切られていた。後ろかと思って振り返ろうとしたらそれよりも前に心臓に刺突が放たれた。横に跳べばその先に刃が待っている。避ければその先に。反応し補足した場所には存在せず、思いもしない所にいる。

 雲か霞か、やっぱり幽霊か。

 忍者というには忍びすぎているし、暗殺者というには暗すぎる。

 

「ーー!」

 

 戦い始めてから――これを戦いと呼べるのならだが――まともに刃を合わせることができていない。

 致命傷に成りかけも幾度となく受けた。即座にスキルで回復させることによって深手になることはないが、それでも精神的にはよろしくない。

 

「ぬ……ぬぬぬ」

 

 両手に握ったナイフは毒が塗られている。滴り落ち雫は極彩色だったり無色透明だったり規則性はない。適当に精製してナイフに垂らしているが気にしている余裕はなかった。とにかく即効性があり、筋肉の動きを阻害する類のものだ。

 最もそれが意味あるのかは怪しいが。 

 明らかに動かない体を無理矢理動かす類の異能だ。少なくとも全身が昏睡する程の薬物を投与されても動ける程らしい。恐らく意思の有無――それが鍵になっていたはずだ。感じるのは、というよりもこの部屋に充満するのは彼女のその意思、相手を殺そうとする殺意だけ。名乗りから一切の無駄口も叩いてない。恐らく意識そのものはないのだ。動きは全て反射行動で、身に染みた殺意だけが彼女を動かしている。

 幽霊というかゾンビかもしれない。

 どうするべきか。

 そもそもワトソンはこんなふうに直接刃を交える気はなかった。

 曹仁を自分が相手にしようとしたのは、彼女が殺す為の存在だったからだ。今回の決戦では相手の生死や殺害は完全に自由で、個人の意思で決定される。その上で曹仁は戦うのではなく殺しに来ると解っていた。そして『バスカービル』は武偵によるチームで原則殺害はないし、キンジたちも殺しをすることはない。それは暗殺者に対しては致命傷になる。

 戦う前に殺される恐れがある。

 故に率先して曹仁の相手を狙いに行って――まぁ見事失敗したわけだ。

 

「……」

 

 おかしいなぁと思う。

 何か間違っていただろうか。

 ワトソン的には完璧な策だったのだが。いや、少なくとも途中までは、というよりか策そのものは完璧に嵌っていた。その上で上回られていたというだけだ。

 少し前にもそんなことがあった。

v入念に練った策が完璧に嵌ったと思ったのに、気づけば何もかもがぶち壊されるということが。初めてのことだった。策が潰されるとか、邪魔されるとかではなく、筋書き通りに進んだ上で負けるということは。あれは正直結構なショックだったのだ。そういうことを学べた、と考えられれば楽なのだが、そう簡単にはいけば人生難しくない。

 自分のように頭がいいのが、彼らのような馬鹿を相手にするのは面倒でしかない。半ば強制的に『バスカービル』に入れられたわけだが、そこでも馬鹿ばっかりで頭を痛めてばかりだ。

 

「はは……」

 

 思い返して思わず笑いが零れた。当然笑みや思考の間にも姿を見せない殺し屋の刃はワトソンの全身を切り刻んでくる。どうしたって治癒には限界が訪れる。回復が追い付かなくなり、流れる血が増えてきた。その為に増血にリソースを裂けば、その分治癒が遅れる。時間を掛ければ掛けるほどにワトソンの方が不利になっていく。恐らく数分で彼女は倒れる。

 

「ははは――」

 

 それなのに彼女が零すのは笑みだった。

 

「馬鹿みたいだよ。なぁ曹仁。君もそうだよ? 倒され、殺されることが前提だなんて……策とも作戦とも戦術とも言えないよ」

 

「――」

 

 答えはない。

 けれど理解できる。

 問うまでもない、その在り方が全ての答えなのだから。

 なればこそ、

 

「あぁ――」

 

 どうしようかなぁと思う。 

 どうするのが自分らしいか。

 どうするのが自分の望むことか。

 呆れるほどに自分だけの答えは出た。

 

「Good……とは言い難いか。誰かさんの馬鹿が移ったかな……」

 

 でもそれは。それならば。

 胸を張って言える。

 

「――Good」

 

 首筋と心臓に振るわれる刃は迅速であり、無駄がない。

 そして血に塗れながら浮かべた笑みは誰かに似ていた。

 

 

 

 

 




緋弾の最新刊凄いことになってました。
えぇ、もうなんかもう唖然。
しかし欧州編終ってなかったのでやっぱ九章終わったら当分停止かなぁと。年内に終わるといい。


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