落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第7拳「鳳凰天翔翼――!」

 

 音も影もなく曹仁は無機質なホテルの廊下を駆け抜ける。

 一面が大理石を模した特殊な硬質プラスチックだ。極めて固く、また足音が鳴りやすいといういわばうぐいす張りのようなものが再現されている。足裏がゴム製であろうと毛糸であろうと何かしらの音が発生し、無駄な装飾のない壁や天井にて反響させるという仕組みだ。元より要人向けのVIPフロアである故にこういった対侵入者用設備は整っている。高性能監視カメラは当然として、足音のことだけではなく空間には赤外線センサー、床には質量・動体センサーが仕込まれている。廊下に存在するものはシルエットから質量で武装や体質を把握することができるのだ。香港最新鋭というのは伊達ではない。加えて、それぞれの部屋の扉は壁とほぼ一体化していて初見では案内なしで発見するのは困難だろう。

 しかし曹仁はそれら全てを当たり前のように通過していた。

 監視カメラのあってないような死角を付き、赤外線センサーの隙間を抜け、質量・動体センサーが反応するよりも速く駆け抜ける。衣ずれの音も気配すらも欠片もなく、常人では目の前を通り過ぎようとも気づくことはないほどの気配遮断だ。

 隠密、隠形、隠遁ということに関しては他の追随を許さないであろう。武偵高の風魔陽菜よりも数段、或は数十段上の強度。『静かな強さ』ということに関しては一つの完成系とも言える。

 さらに言えば彼女。

 この廊下のセンサー類だけを潜り抜けただけではない。

 百三階から始まるVIPフロア、その全てに仕込まれた数々のトラップをも突破してきた後である。ワンフロア毎に常人が十回死んでも有り余るほどで一種の迷宮と呼べるほど。一国の特殊部隊でも放り込もうものならワンフロアを半分ほど進んだだけで全滅せることは想像に難くない。

 それにも関わらず曹仁はその全てを無傷で抜け、息も乱すことはないというのだからその恐ろしく、しかしそれでもその技量が将としての固有技能ではなく武人として――暗殺者としての純粋な体術の賜物だというのだから言葉もない。

 

「――」

 

 そんな彼女が唐突に足を止めた。

 未だ彼女が目的としていた場所にはたどり着いていない。しかしそれでもその途中で足を止めた。それにも関わらずあらゆるセンサーに引っかからない。足を止め、言葉もなく懐から短刀を投げつけた。数は八。五指にそれぞれ挟み、虚空へと投げつける。行動に迷いはない。何もかもが一瞬芸だ。

 勿論曲芸を披露する為に行ったわけではない。 

 

「――Good」

 

 何かを脱ぎ去りながらエル・ワトソンが姿を現した。投擲された短刀は身に纏っていた外套でからめとっていた。勿論ただの外套ではない。ジリジリと所々が光るソレは光屈折迷彩(メタマテリアルギリー)。体育祭の時に間宮あかりたちが回収し、それからアリアたちが回収したものだ。六つの内持ってきたのは一つだけだがそれを彼女は活用していた。

 

「驚くね……先端科学兵装の迷彩をそんな簡単に見破るとは。気配は言うまでもなく体臭や呼吸、鼓動、拍動音までも完全に抑えていたのだが。参考までにどうやって見破ったのか教えてくれないかな」

 

「みえなくても――」

 

 小さな声が廊下に響いた。やたら無機質というか平坦なイントネーションだった。

 

「みえなくてもきこえなくても、いることにはかわりないでしょう。わたくしからすればそこにいるというだけでいちもくりょうぜんなのです」

 

 答えになっていない。

 

「ふむ……まぁ勘という奴かな。ま、こういうこともあるか」

 

「あなただって、わたくしのことをまちかまえていたではないですか。さきほどまでのわたくしのすがたはただみてきづけるようなものではないはずですが」

 

「ん。それを言われるとそういば僕もなんとなくで君を待ちかまえていたわけだね。……彼らに似てきたということだろうか。正直微妙だが、気にしないでおくほうが精神と胃に優しいしね」

 

 それで、

 

「一体何の用だい? ここが今バスカービルの拠点して使われていると知っての狼藉だろう」

 

「わたくしのやくめはとおやまきんじさまたちへのかんげいかいです」

 

「ほう、それは嬉しいね。しかし遠山もアリアも今は一階の喫茶店にいるだろう。だから帰ってもらえるかな? 正直君が突破した罠を全て修復したいのだが」

 

「それはできません」

 

 即答だった。

 

「わたくしのやくめはあなたにもてきおうされます。とおやまきんじさまがいないというのならばわたくしはあなたをかんげいします。いっかいにいるというのならばちょうりょうたちがかんげいしているでしょうから」

 

「ふむ。どうしてもかい」

 

「はい」

 

「そうかい」

 

 ワトソンは頷いて――ニヤリと口端を歪めた。

 

「ならば僕は君の歓迎を歓迎しようじゃないか。最近どうにもストレスが溜まっているんだよ。どこぞの馬鹿たちのせいでね。僕の本分は諜報であって参謀ではないというのにさぁ。僕のストレス発散の場とさせてもらう。ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」

 

「べつに……わたくしはいたいのはきらいではありませんが」

 

「へ?」

 

「なんでもありませんそもそもおうさまにかぎったはなしですし」

 

 曹仁子考。趣味というか生きがいは曹操の無茶振りを頑張ることである。

 それはともかくとして。

 曹仁は袖の中から短刀を滑り落とさせ逆手で両手に握る。ワトソンは既に全身装備を固め、全身を『薬毒奸淨(ポイズンケア)』にて強化する。

 曹魏によるバスカービルの歓迎会にてもっと静かに、それこそ名乗りを除けば音もなくそれは始まった。

 

「では――曹魏軍将が一曹仁子考、いざ推参」

 

「バスカービルが一エル・ワトソン、さぁ迎撃」

 

 

 

 

 

 

 

 

「オォ!」

 

「ひゃはは!」

 

 徐晃の力量は決して高くはなかった。

 俺は言うに及ばず、白雪よりも低く、さらに言えばバスカービルの誰よりも劣るだろう。真っ向勝負ならば誰もが負けることはないと確信できるレベル。特別な威圧感や攻撃方法や武器もない。徒手空拳でそこら辺にある鉄パイプやら看板などを投げつけてくるという喧嘩殺法を使うのだから技術もなにもない。服装も合わせて完全にありあわせ装備だ。

 だから少し交戦しただけで押し切れると確信し、

 

「どうなってやがる……!」

 

 押し切れなかった。

 

「どうしたそんなもんかぁ!」

 

 拳撃や斬撃を放てば芯がズレる。鬼道術を撃てば軌道がブレる。完全に捕えたと思ったにも関わらず、気づいたら少しだけ違う場所にいて逃れられる。

 明らかにおかしい。

 正面から戦う相手を捕捉できないわけがないし、鬼道術にて相手の情報を随時更新する白雪もまたそうだ。そもそも相手が自分たちの感覚を超えるのならばともかく、こちらが間違えるというのがそもそも在りえない。

 つまり、

 

「それがお前のスキルってことか!」

 

「それを教えるほど俺は甘くねぇぜ!」

 

 そりゃそうだ。

 だが、間違いないだろう。

 どうにも普通に戦うのとは違う違和感がある。こちらの感覚が狂わされているのが、向こうが何かしらの加護を得ているのかとか、大体そんな感じの能力ではないかと思う。

 

「白雪どうだ?」

 

「多分私たちの方に悪影響が出る奴じゃないと思う。蒼一君にはそもそもそういうの利かないし、私だって常時対状態異常の術は使ってるけど反応はないから。鬼道術の発動はスムーズだし体の調子も悪くない。そっちは?」

 

「問題な。ということは」

 

「何かブーストかな。幸運とか、メーヤさんとかそんな感じのスキルだったね」

 

「ま、そんなところか……?」 

 

 幸運というのはそれっぽい。明らかに当たると思ったはずの攻撃が当たらなかったり軽くなってダメージが通らないというのは幸運操作というのならば納得でもある。ただ腑に落ちないのはだったら向こうの攻撃はなぜヒット率が低いのかということだ。こっちの攻撃も不発だが、向こうの攻撃だってちゃんと命中するわけではない。

 

「戦闘中にお喋りしてんじゃねぇぞぉ!」

 

「こっちの勝手だろうが!」

 

 拳が迫る。素人というわけほど拙くはないが、拳士といえるほどでもない。敢えて言うならば、喧嘩慣れしたチンピラというレベルだ。受け流し、反撃するのはあまりにも容易い。

 だが、

 

「っ!」

 

「ひゃはは!」

 

 空振りした。顔面目がけて放ったはずの拳はどういう訳か、頬を掠めるだけで終わる。お返しと言わんばかりに徐晃からサンダルの蹴りが撃ち込まれたが腕で受け止めるのは苦でもなかった。そのまま掴んで関節を壊しながら投げ飛ばそうとしたが――すり抜ける。というか普通に手が滑る。 

 これはちょっとじゃなく冗談じゃない。

 

「蒼一君!」

 

「っ」

 

 名前を呼ばれ後方に飛び退く。

 直後に叩き込まれたのは人間大の火球だ。

 

「うぉ!?」

 

 驚いた声と共に徐晃が爆炎に包まれた。だが、これで終わるとも思えない。というか先ほどから何度か今の様な炎をぶつけているが――

 

「危ねぇなぁおい!」

 

 体に少しだけ煤を被っただけで済んでいる。G35を誇る白雪の超能力。まともに喰らえば俺だって完全無効というのは難しい。それにも関わらずその軽傷。そのことに歯噛みしつつも叫ぶ。

 

「白雪!」

 

「諒解っと!」

 

 アロハシャツの煤を払っている間に下がって白雪と少し距離を空けて並ぶ。

 白雪が剣先に炎を集める。刀身を中心に火柱が生まれた。近くにいるだけで汗が噴き出る膨大な熱量の緋色の炎。それを大きく右肩に抱えるように構えた。

 俺もまた構えを作る。両足は前後に広げ、左足は前、右足は後ろにしつま先はどちらも前に。腰を大きく捻って、左肩を大きく開き、左腕を後ろへ振りかぶる。右腕は前へ突きだし手はどちらも軽く広げる。左手を大きく振りかぶる動の構え。

 蒼の一撃第六番『天蒼行空』。

 平手にて風を叩き付ける我流奥義。

 

「んじゃ行くぜぇ――」

 

「合点承知の助ぇ!」

 

 同時に火柱と左掌を振り下ろし、炎の斬撃と風の塊が×の字のように重なるように放たれて互いに飲み込み、溶け合い――巨大化する。道を完全に覆って、周囲に燃え移るほどの巨大な炎熱斬撃。

 それはまるで翼を広げた不死鳥の如く。

 炎の双翼――! 

 

「鳳凰天翔翼――!」

 

「なんだその名前はぁー!?」

 

 うるせぇ命名したのは理子だから俺も白雪も知らない!

 技名を叫ぶとテンションが上がる性質とはいえこれは流石にちょっと恥ずかしい!

 

「だから燃え尽きて記憶失えッー!」

 

「記憶の消しかぁうおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 炎熱斬撃の中に周囲の建物毎徐晃が呑み込まれる。後になって知るだがこれがこの香港歓迎パーティーの最初の破壊となるわけだがもう少し後の戦闘だともっと酷いことになって有耶無耶になる破壊の類でもあった。

 

「さぁ、これでどうだぁ」

 

「これでダメだったらどうしよう」

 

「うーむ……どうしようなぁ」

 

「――んだよ、俺はまだやれるぜ」

 

「――」

 

 周囲の建物が燃え、木材が弾ける音の中から聞こえてきたのは擦るような足音とそんなセリフだ。火の海になってしまった街並みから徐晃は変わらずに歩いてくる。アロハシャツの右袖はなくなっている。くすんだ金髪も微妙に焼け焦げいた。身体の所々にも火傷がある。

 だが――いくら何でも軽傷だ。

 

「お前……マジどうなってんだ? 俺だって今の喰らえば結構効くんだが」

 

「だから、こっちの手札晒すわけねぇーだろ。お前とは違うんだ」

 

「……手厳しいね、どうも」

 

 そしてどうやら相性もかなり悪いようだ。というか本気で解せない。ちょっとやそっとの幸運じゃどうにもならないような大技だったのだ。それがあれだけ軽減されている。意味が解らない。

 

「もう一度は……意味なさそうだね。別のコンビネーション一応試す?」

 

「……他のだと結局今の奴の威力下位互換だろ、意味なさそうだ。困ったなこりゃぁ……誰かに代わってもらうしかねーか? 俺と白雪じゃ突破できなさそうだ――」

 

 なんて半分くらい本気で弱音を吐きつつ、また同時にどういう風に攻略するか使えない頭を回していたら。

 

 ぴろろ(・・・)――と。

 ポケットの中のスマートフォンが着信音を高らかに鳴った。

 

 




曹仁がちゃんと喋らるのは御意と名乗り、かな。
単純に無機質だと面白くないと思ったらなんかかわいくなった。

合体技の名前は適当です(

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