落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第3拳「お前は本当に何の才能もないなぁ」

「お前は本当に何の才能もないなぁ」

 

 そんなことをしみじみと握拳裂が言ったのは、彼に弟子入りして、つまりは一族が滅んで僅か三日後のことだった。あの燃える屋敷を前にし、拳裂に拾われた俺は意識を失って気づけばどこかの森の中だった。それがどこだったかというのは今はもう思い出せない。ただ、場所は問題ではなくて、そこで三日間なにをしていたかということだった。

 ひたすらに――武器を振り続けた。

 刀剣、曲刀、ククリ刀、居合い、小太刀、ナイフ、メス、細剣、手裏剣、鉈、斧、二刀、ツーハンドソード、堰月刀、フランベンジェ、忍者刀、槍、三叉槍、ハルバート、投げ槍、薙刀、戟、蛇矛、布槍、十字槍、棍棒、根、トンファー、ブラックジャック、ハンマー、小槌、錫杖、杖、狼牙棒、モーニングスター、鉄球、処刑鎌、針、鎌、鞭、紐、薬物、鉄扇、鋏、鋼糸、かぎ爪、ヌンチャク、十手、投石、戦輪、ブーメラン、弓、銃、銃剣、突撃銃、狙撃銃、機関銃 、散弾銃、爆弾、パイルバンカー、吹き矢、大砲、盾、鎧、兜、籠手、脚甲、防護服……エトセトラ。

 武器だったり、武器じゃなかったり、戦闘用のものですらないものを三日三晩ひたすら手にし、数回づつ使っていた。勿論遠距離武器の類が使えないのは解っていたが、それでもとりあえず用意されたものは全て。見たことあるものもないものも、使い方を知っているものも知らないものも様々。

 それを三日もかけて使いつづければ、当然肉体的にも精神的に疲労する。

 実際その拳裂の言葉を聞いたのは汗まみれで地面に突っ伏して息を荒げていた時のことだった。どういう恰好をしていたのかは覚えていない。ただ拳裂は例によって黒いコートとダークスーツだったはず。

 馬鹿でかい岩の上に腰かけ胡坐をかき、頬杖を付きながら見下ろされていた。

 

「俺も生きてきて……戦い続けて長いが、お前ほど武の才がないのは初めて見たぞ。その中には強い奴も弱い奴も微妙な奴もいた。道が開けている奴も閉ざされている奴もいたし、開けている奴の誰もが進み完成したというわけではないし閉ざされていた奴の誰もが道半ばに挫折し進むことを諦めなかったというわけでもない。結局は元から持っているものなんて大した話じゃない。どの道を進むのではなく、どういう風に道を進むかということだ。強かろうが弱かろうが凄かろうが駄目だろうが、所詮はただの個性であって、それを極めれば武としては完成する。強さも弱さを所詮は相対的な概念だからな。えてしてそういう一撃特化は完成しやすいが――お前には前提として道そのものがないのだな」

 

 道が開かれるとか道が閉ざされるとか。

 そういうことじゃなくて道自体がない。

 その時の俺はそのことをただ貶されるだけに感じて、悪態をつくか無視したはずだ。特になにも考えなかった。大体この時期と言えば何もかも失った直後で思考なんかしたくなかったのだ。言われたこともだいたいこんな感じだったというレベルでしかない。

 それでも俺は考えるべきだった。

 『ただ戦うだけの人外』握拳裂。何千年、何万年、何十万年、何百万年、あるいはそれ以上をただ戦う為だけに生存してきた人外のその言葉を。

 

「そんな人類が存在するとはな……。だからこそお前の妹はああだったというわけか? いや、檍と泉歌の娘ならば寧ろそれも納得できる。ならばなぜこうなった。在りえるのか、こんなことが。強いわけでも弱いわけでも凄いわけでも駄目なわけでもなく、なにもない。虚無、虚空、虚数――ゼロ」

 

 後々、『ただ知っているだけの人外』シャーロック・ホームズが俺に送った言葉とよく似ていることだった。

 詰まる所、那須蒼一を表すのはその言葉に尽きるのだから。

 

「――ならばそれこそが完了へと至る道標か」

 

 その時の彼がどんな顔をしていたのか。

 俺には解らない。

 

「よかろう、小僧。お前には武器など使えないし、必要ない。生きる術も戦う力も俺が与えてやろう。全身五体全てを武器防具とそん色なく駆動できるから徒手空拳でここ数百年戦い続けていたらいつの間にか『拳士最強』などとと呼ばれていた俺だ。その弟子ならばそれが最もふさわしいだろう。ほら、立て。そして拳を握れ。ん? 何をするかだと? 小僧、お前の身体は何のためにあるんだ? ちゃんと五体満足ならば、手があるのならば、握りしめて拳を作れ」

 

 そしてその時は。

 多分彼は笑っていたのだろう。

 

「俺が教えるのは、(コレ)に魂を込める方法だ」

 

 だから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 目を開いて感じてきたのは低く響くエンジン音と微かな揺れの残滓だった。どうやら機体が大きく揺れたらしい。 

 体にかかっていた毛布を退かし、身体を伸ばす。ファーストクラスの広さなので思い切り体を伸ばせる。それまで飛行機といえば貨物室で密入国とか正規の手段でもエコノミーしか乗ったことがなかったので新鮮だし、驚くほどに快適だ。若干寝ぼけた頭を軽く振って、周囲を見回す。広い空間をゆったりと使った八席。使われているのは俺を含めて四つ。一番前にキンジとアリア、二列目にワトソンと俺。元々はエコノミークラスに乗っていた俺とキンジだったが、この飛行機をかつて四月においてハイジャック事件に巻き込まれた機長と副機長がかつての礼ということでグレードを上げてくれたのだ。その犯人の理子は今頃ビジネスクラスで爆死してるのだろうが。

 修学旅行(キャラバン)・Ⅱ、そして曹魏との決戦の舞台である香港。

 かの地へと向かう空路の最中だ。大体四時間半。時計を見ればあと三十分くらいで着く。

 隣を向いたらワトソンと目が合った。

 

「起きたのかい」

 

「ん……あぁ。お前は寝てなかったのか」

 

「先ほど少し仮眠をとったけどね。君がこちらに来てすぐ寝たのには驚いたよ」

 

「そりゃこちとらこんな上等な移動手段なんて使ったことないしな。そもそも飛行機自体少なかった。海渡るなら船が多かったよ」

 

「あぁ、そういえば君は昔は世界放浪していたんだったね。じゃあ香港にも?」

 

「行ったことあるさ。ただまぁ観光とかじゃなくて修行だからな。殴り合いしに行っただけでどんなところだったかの記憶はあんまない」

 

「もったいないことを」

 

「解ってるさ」

 

 最近になって良く思うことだ。もうちょっといろいろ感じて、それを胸に留めておくべきだったろう。普通だったら絶対にできない経験だったろうに。かつての俺は、どこにいても同じだったのだから情けない話だ。

 

「くあ……」

 

「まだ寝たりないのかい?」

 

「うーん、まぁどうだろうな。こういう時は寝られるだけ寝てとくのが俺流だけど、まぁあと三十分か。微妙だな。前の二人はっと」

 

「君が寝た少し後に寝たね」

 

「んじゃお前少し仮眠以外になにしてたんだ?」

 

「ハハハ、何をしてたかって? これから先香港で君たちが起こすであろう騒動の後始末の手配と僕個人の為の胃薬と頭痛薬の精製だよ……!」

 

「そっかーお疲れー頑張ってー」

 

「君のことだよ!」

 

「どうどう」

 

 叫ぶワトソンを宥めること数分、向こうから諦めたようにため息を吐いていた。

 実際こいつの苦労は色々大変だろう。東京には遙歌やチーム負け犬を置いてきたので防衛は大丈夫だが、何故か、いや理由は明白だがどうやればついてこれたのが謎なランスロットまでいる。頭痛薬も胃薬も手放せないだろう。

 

「……まぁ仕方ないことだ。これも僕の役割だしね。あと、向こうで渡すが携帯しやすい小型の無針注射器に鎮痛剤や解毒剤、細胞活性剤なんかを用意してあるからね。うまく使ってくれ」

 

「俺はそういう薬品関係効きにくいんだけどなぁ」

 

「だから上手く使ってくれと」

 

 ごもっともだ。

 正直うまく使う自信はない。そういうのはキンジとかのほうがよっぽどうまく使うだろう。

 

「それで、那須」

 

「なんだよ」

 

「レキとはどうなったんだい?」

 

「……」

 

 黙らざるをえなかった。

 聞きにくいことを聞いてくる奴だ。

 

「どうもこうも……なんというかどうにもなぁ」

 

「ふむ。意外にも長続きしてるね。僕はてっきりすぐに仲直りすると思ったのだが。二人とも互いを嫌いになったわけではないのだし」

 

「そりゃそうだろ。俺がアイツを嫌いになるなんて在りえないし、逆もまた然りだ。けどまぁ……そもそもだな、ワトソン君。俺たちはこういう風に喧嘩したことなんてなかったんだよ」

 

「さらりと惚気てくれたが……つまりどういうことだい?」

 

「だからさぁ。これまで喧嘩なんかしたことなかったし、今みたいにな冷戦? とにかく微妙な感じになったことがないんだよ。つまり、えっと……」

 

「あぁなるほど。だからどうすればいいのか解らないわけか」

 

「……そういうことだ」

 

 レキと恋仲になってからもう一年近い。その中で喧嘩という喧嘩なんてしたことがなかった。去年の始まりの二か月はそもそも抜いても覚えている限りはない。強いて言えばイ・ウーで戦闘になったがあれは単純に意見がぶつかり合ったから物理で決めたというだけだし、求めているものも同じだった。

 でも、今は。

 彼女がどうしたいのか――判断に困る。

 

「不器用だね、君たちは」

 

「うっせ、解ってるよ」

 

 そもそも器用だったらあの二か月なんてそもそもあんな風にならなかったし、自分が器用だなんて思ったことは一度もない。というより、俺よりも不器用な奴なんて存在しないだろう。

 

「僕としてはそういうことはどうにも不得手だけれど……お互いに腹を割って話し合うというのじゃダメなのかい?」

 

「どうにも避けられてるからなぁ。話逸らされるし、俺としてもそうされると躊躇するし……あぁ、マジどうしようなぁ」

 

 頭を抱えるしかない。この飛行機だって俺は最初からエコノミーで、彼女はビジネスだった。別行動が多かったからそこら辺考えていなかったのだ。香港についたらどうにかしないといけない。

 

「くくく」

 

「……なにがおかしいんだよ」

 

「あぁ、悪いね。ただまぁあの『拳士最強』の君が、それもこれから香港であの曹魏軍との決戦が待っているというのにも関わらず懸念事項がそれだとはね。彼女たちに対する心境はどうなんだい?」

 

「別にどうもこうもねぇよ。戦って、殴って、それで終わりだ。勝つか負けるかは戦ってみなきゃ解らないしな」

 

「負けると思ってるのか」

 

「そりゃまぁな。戦う前から絶対に勝てるなんて思ったことはないし、俺だって負けるときはそりゃ負ける」

 

 実際連中には一度負けてる。負けることもだって、別に恥ずかしいことだとは思わない。負けてからどうするかこそが大事なのだから。

 

「いずれにせよ、彼らとの決戦の前には仲直りしてほしいね。君たちの力はそういう絆こそが源なんだから。痴話喧嘩のせいで勝てるものも勝てなかったなんて情けない話は御免だよ」

 

「……それ、お前にも跳ね返ってこねぇか?」

 

「違いない」

 

 苦笑しながらワトソンも思い出しているのだろう。こいつはそういう絆に負けたのだから。最もその負かした二人組は俺たちの前で眠りこけているわけだが。

 

「ともあれ遠山やアリアでは言えないことだから僕が言おう。どうにかしろ、君がバスカービルの最大戦力であることを自覚したまえ。君が猴を斃さなければならないんだ」

 

「……解ってる。解ってるさ」

 

 少なくとも、俺たちのメンツで猴の相手ができるのは俺だけだろうから。

 感情と意思がそのまま強度に直結する色金の保有者に対してワトソンの指摘は至極真っ当なものだ。反論なんてできるはずもない。

 

「それに」

 

「ん?」

 

「……僕としても、君たち二人は馬鹿みたいにいちゃいちゃしているのがお似合いだと思うよ」

 

「……そりゃどうも」

 

 そんなこと言われると、どうにも嬉しくなる。

 言われるまでもないけど、それでもやっぱりそう言われて悪い気はしない。

 だから、頑張ろうと思うのだ。

 

「ま、なんとかする。ありがとな」

 

「Good。気にしないでいい」

 

 そうして二人で少しだけ笑って、

 

「でも俺らが頑張るとそれだけお前に負担が掛かるなぁ。まぁ激励されたから躊躇わないけど」

 

「頭痛薬……! 胃薬……!」

 

 

 




少しだけ大事な話でした。

蒼一とレキを喧嘩させるというのがどうにも想像しづらくて大変。つかこれは喧嘩……?

ふと気づいたけどシノンさんと殺し愛させても普通にイチャイチャさせてねぇ。
近いうちにそれもかきます。


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