落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「ふんっ、ふんっ」
なんかなんとかなってしまったなぁ、と詠はお茶を啜りながら空を見上げて思う。
反董卓連合との戦から一か月。
一連の騒動の後始末はようやく収束を向かえ、ほとんど休みなしだった詠にもこうしてお日様の下でのんびりできる時間が生まれていた。勿論乱世そのものが終わったわけではない。未だに各勢力は水面下で争いを続け、近いうちに再び大陸全土において大戦が始まるだろう。しかしそれでも、今ようやく得たこの一時の平和を噛みしめない理由にはならない。寧ろ、そうであるからこそ、今のうちに味わっておくべきだろう。
この先詠はあの日々の事を絶対に忘れないだろう。
たった二人で虎牢関、シ水関で反董卓連合を食い止めた蒼一と恋。予定よりも半月近く時間を取れたので董卓軍の編成もなんとか間に合った。その上で洛陽眼前平野での大戦。
そして行われた――文字通り総力戦。
第一試合『天下我在』那須対『天の御使い』北郷一刀――引き分け。
第二試合『神速』張遼対『七星飢狼』夏候惇――勝者張遼。
第三試合『猪突』華雄対『錦馬超』馬超――勝者華雄。
第四試合『天下無双』呂布対『覇王』曹操、『江東の虎』孫策、『美髪公』関羽、『燕人』張飛、『昇り竜』趙雲、『飢狼爪』夏侯淵、、『錦帆賊』甘寧、『宿将』黄蓋――勝者呂布。
最終試合『天下我在』那須、『天下無双』呂布対『天の御使い』本郷一刀、『南海覇王』孫権――勝者那須、呂布。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」
戦場にて行われた最上位級の武将たちによる戦いはまさしく今後数百、数千年後に名を遺すだろう。特に今でも話の種になるのは第四試合。各勢力最低限の指揮系統のみを残した最大戦力にて当たったにも関わらず恋は見事に退けた。
そして戦局を決定づけた最終試合。
神よりも神懸った速さを体現する恐るべき抜刀術の担い手北郷一刀、実力で言えば武将の中で誰よりも劣るはずがしかし力を合わせることに関しては誰よりも優れた孫権。彼らを真っ向から迎え撃ち、打倒しきった蒼一と恋。それまでの戦いや周囲で行われている一般兵の争いが取るに足らないものと思ってしまうほどの文字通りの決戦だった。洛陽の前の平野を穴だらけにさせて地形を変えたほど。
忘れろと言った方が無理だ。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ!」
そんな風に武将たちが華やかに争っている間にも詠たちは監禁されていた皇帝を救出、その上で董卓が逆賊ではないことを証明させることによって今回の騒動は終わりを迎えたのだ。後始末には本当に苦労したけれど今となっては過ぎたこと。
日の光を浴びながらお茶を啜ることのなんと素晴らしきことかな。
「ふん! はぁ! せい!」
平和だ。素晴らしい平和だ。これ以上なく平和だ――
「ふんふんふんふんふん――」
「ってうるさいわぼけぇっ!」
●
詠は全力で目の前にいた蒼一へと湯呑を投げつけた。中にはまだ熱めのお茶が入っていたので、ぶつけたらそこそこに危ないだろうが、しかし相手が悪い。
「おっと」
案の定、投げつけられた蒼一は危なげなく湯呑を受け止める。当然ながら中身は零さない。それどころか、
「差し入れか。悪いね」
などとにこやかに笑って飲み干した。
「何人のお茶飲んでるのよ! つかアンタさっきから煩いのよ! 人が和んでる目の前でふんふんふんふんって鬱陶しいのよ!」
「わははは」
「笑うなぁー!」
腹が立つくらいに朗らかに笑っている蒼一は上半身裸で袴のみの姿だけだ。少し前までならば男慣れしていない詠だったら思わず赤面してしまうような肉体だ。凡そ無駄という無駄を極限までそぎ落とされ、引き締まるという言葉では形容できないほどで、ある種の美しさすら感じさせる。数度触ったことがあるが、鋼か何かかと思うほどに固く、同時に竹のようなしなやかさもあった。
しかしそれでも今となってはむさくるしいだけしかない。
「ていうかアンタ何やってのよ!」
「何って。俺は元々百姓だぜ? 農作業に決まってるだろ」
「アンタのような百姓がいるか! いや、そうじゃないそもそも最近アンタのせいで百姓という概念が変わってきて頭おかしいみたいな感じになりつつあるし……いやそうでもなくて! なんでアンタは――王宮の中庭で畑作って耕してんのよ!」
「だからおれは百姓だから……」
「もういいわよこのおたんこなす!」
「おたんこなすってえらい久々に聞くなぁ」
呆れたように、しかしそれでも笑う蒼一の手には鍬がある。もっといえば広い中庭の一角、大体三十メートル四方が芝生が剥かれて掘り返された土が広がっている。半分くらいまでは既に畝が完成していて、どう見ても畑だ。
「ありえない……そもそも王宮で畑っていうのもありえないのになによりありえないのは私の記憶が確かならここは昨日まで普通に普通の中庭だったはずなのに……なんでたった一日でこんな畑ができてるのよ……」
「そりゃお前頑張ったんだよ。こちとらこれが専門だからな。これくらいちょろいちょろい。言っておくが、鍬の振り方には自信があるんだぜ? なんせ一年かけて使い方体に覚えたからなぁ」
「……え? いや待ちなさいよ。なんで鍬一つ振るのに一年もかかんのよ」
「そこはちょいと複雑な事情があってな。ほら、俺が武器使えないのは知ってるだろ? それは鍬も同じでな。ガキの頃は全く触れなかったんだけど親父に一年間掛けてなんとか教えてもらったんだ。今じゃコイツに関しては人並み以上に触れるぜ」
「鍬振るのに人並みもなにもないんじゃないかしら……」
相も変わらず謎な男だ。鍬を振るだけなら詠にだってできることなのに。だからこそのあの武威なのかと言われれば武芸には疎い詠には納得するしかない。
首を傾げていたら蒼一が自分の後方へと視線を向けていた。それに従って振り返れば、
「や」
「おとぉーさん、えいちゃんー」
「くぅーん」
右手を掲げ、左手に籠を持つ恋と赤兎の背に乗る愛だ。
「おっす。どした?」
「お昼ご飯」
「おお、もうそんな時間か。どれ、ちょっと休憩するかな」
鍬を手放して蒼一が中庭菜園から出てきた。
中庭菜園。
あるいは宮廷菜園。
言葉にすれば凄い。というか劉協や月に怒られるんじゃないだろうか。
「皇帝殿や姫様にはちゃんと許可取ってるぜ? というか是非作って食べさせてくれってさ」
「敵は身内にあり……!」
今回の一件で宮廷内の塵を一掃できたがしかし残ったのはどうにも脳みそお花畑ばかりだ。そういう人たちだからいいのだけど、頭脳労働担当がいないので頭が痛くなるのは自分だけである。
「まぁまぁ、飯でも食って落ちつけよ」
「……はい」
「あ、ありがと」
恋から差し出されたのは少し大きめのお結びだ。詠の小さな掌では収まりきらない。笹の葉にくるまれていてほのかに温かいので作られてからそれほど時間は経っていないのだろう。
「恋、俺にもくれよ」
「ん、蒼一はその前に汗を拭く、あと手も。愛が真似をする。」
「へいへい」
手ぬぐいを渡され身体や手を拭く蒼一や小さな布切れの上に籠の中ら大量のお結びや何本かのお茶が入った竹筒を並べている恋。そんな二人を見ながら詠は貰ったお結びに口を付ける。
「……おいしいわね」
特に具が入っているわけではない塩だけのお結びだ。戦のせいで王宮からも最低限の食糧は消えていたが最近はだいぶ潤ってきたようにも思うし、城下町でも流通が安定してきた。だからといっても塩だけのお結びだってやっぱり美味しい。いや、それ以上に恋の腕前もあるだろう。宮廷にいる普通の料理人よりもずっと上手だし、一度に百人規模の炊き出しもこなしていたとの話だ。
「愛も」
「はーい」
愛が赤兎から降りて恋に手を拭って貰っていた。本当にほほえましいなぁと思う。こんなご時世だ、当り前のような一家団欒はなによりも尊いと思う。こういうのを見るために詠は、そして月は王であるのだろう。
「やっぱええよなぁ、こういう構図は」
「えぇ、そうね……ってきゃあ!?」
「おっと……そんな驚かんでもええやん」
いつの間にか背後に霞がいた。いつも通りのさらしに羽織という珍妙な格好で、やっぱり手には酒だ。
「いきなり現れないでよ……まったくアンタとか蒼一は当り前のように気配消すから性質が悪いわ」
「そりゃまぁ必須技能やしの。恋や華雄みたく派手すぎるのもあれやと思うしなぁっと、恋ー、ウチにもお結びくれやー」
「ん」
「おおきにー」
恋からお結びを貰った霞はそのまま地面に腰かけて食べ始める。当然のように酒の肴としてだけれど。そんな霞に呆れつつも詠も彼女の横に。蒼一も既に一通り後始末を終えて座って食べ始めていた。
「月とか華雄とかはどうしたっけ」
「月なら今頃皇帝陛下と昼食じゃないかしらね。華雄は……まぁアレの事だから適当にやってるでしょ。あ、霞。貴女いい加減少しくらいは事務仕事覚えなさいよ。せめて自分の隊の訓練報告書くらい書けるようになりなさい。何時も副隊長の人が持ってきてるじゃない」
「えぇーええやんめんどくさい。ウチは戦うのが専門やで? そういうことには頭回らんわ」
「ほんとにウチの武将は脳筋ばっかよねぇ……どっかに使える文官落ちてないかしら」
「いないだろ。いたとしても今頃曹操か劉備の所に入ってるだろうよ。あそこの求心力すげぇからな」
「そうなのよね……」
「ま、がんばりぃ」
人員不足は深刻だ。戦力的見れば申し分ないが、奈何せん脳みそ筋肉が多すぎる。本当にどうしたものやら。
「まぁ昼飯なんだからそこらへんの話止めようぜ。あんま愛に聞かせたくないしな」
「ん、それもそうね」
「……?」
「愛は気にしなくていい」
首を傾げた愛を恋が撫でる。やっぱり意味がわかっていなかったようですぐに笑いだす。
「ま、こんな乱世すぐ終わらせてやるさ」
蒼一が愛を抱えて自分の膝に乗せる。口端の付いている米粒なんか取ってあげたりしながら、
「そうだなぁ、平和になったら妹とか弟とかできるかもなぁ」
霞と詠が同時に酒とお茶を拭きだした。
「おとうと、いもうと……?」
「そうそう。おねーちゃんとか呼ばれるんだぜ。欲しくない?」
「ほしい!」
「なに言ってるのよー!」
全力で詠が突っ込んだ。
だが、蒼一は素知らぬ顔で、
「なんだよどうかしたか?」
「いやちょっと子供に何言ってるのよ?」
「はぁ? 俺なんか変な事言ったか?」
「いやだって、子供がどうとかってそんな……」
けれど詠の考えは蒼一には全く伝わらなくて、彼は不思議そうに首を傾げていた。
「だって好きな人と一緒いれば自然とそうなるだろ? 愛が生まれた時はそうだったし、これから先もそうだよ。なぁ」
そんなことをごく当たり前のように言う。
「ん、恋も家族が増えるのは嬉しい」
「愛もー!」
「ぬぐぁ……」
「詠……」
ぽん、と肩に手を置かれた。霞だ。やたら悟ったような、生温かい目で、
「コイツラに関してはもう諦めた方がえぇで……」
「その目止めなさいよ……」
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