落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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番外編その1……というかそのなんか知らんけどそのいくつか。


「――我が従僕よ」

 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルとの馴れ初めをそれがあたかも物語の如く語りだそうとすれば、それは尋常ではない時間と労力を有することになるだろう。それくらいに俺、那須蒼一と彼女の付き合いは長く深い。

 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。

 『真祖の吸血鬼(ハイ・デイライトウォーカー)』、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』、『人形使い(ドール・マスター)』、『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)』、『悪しき音信』、『禍音の使徒』、『童姿の闇の魔王』。

 暗黒にして氷結にして鮮血の吸血鬼。

 怪異の王。

 金髪紫眼の童女。

 単純な生物としても人間など遥か下においた最上位種族であり、その上で彼女自身の最上位の最高位魔法使い。旧世界、魔法世界の於いてその最盛期の実力は世界最高クラス。

 そんな彼女との出会いは実に六百年前にまで遡る。

 あの戦い(・・・・)にて、那須蒼一の運命のターニングポイントにおいてあの人に敗北し、あの少女のことを安易も理解できずに、戦友も失った俺は瑠璃色の光に包まれていつの間に全く知らない場所にいた。後々に六百年前の欧州であることは勿論気づくはずもない。

 そしてそこで吸血鬼に出遭った――というわけではない。

 あの頃の彼女は掛け値なしにただの人間の少女だった。

 か弱く、小さく、か細く、吹けば倒れそうな、抱きしめれば壊れそうな、けれどこれから先に無限の未来が広がっているような、お金持ちのお嬢様でしかなかった。

 それでも結論から言って。

 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルは那須蒼一の為に吸血鬼となり。

 那須蒼一はエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルの為に吸血鬼の眷属となった。

 それから二人で生きて、二人で歩いて、二人で走って、二人で殺して、二人で殺されて。

 そうして六百年間欠かさず一緒にいて。

 そして今でも一緒にいる。

 長い年月の中で、変わった者は数えきれないくらいにあるけれど。

 変わっていない想いだっていくつもある。

 これはまぁそういうお話――だと思う。

 多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇぇええ……」

 

 吐いた。

 吐きだした。

 腹の中身を残らず全部アルコールと共にぶちまける。今日は朝昼夕と全て超包子での中華だったのでもったいないなぁと頭の片隅で思いながらもとりあえず吐けるものは全部吐く。元々碌な身体ではなく、アルコールで酔うというのも所詮はポーズだ。今更人間だった頃の体質なんて追憶の彼方だが、酒を飲んだら礼儀として吐いておくものだろう。

 自分みたいに酒に弱いのなら猶更だ。

 

「うあー……ぺッ」

 

 白痴みたいな声を上げてから、口残る酸っぱいものを吐きだす。できることなら水で口を漱ぎたいがそんなものはなくて、あるのは似合いもしないダークスーツの懐にしまった酒瓶だけだ。学園長の資質からかっぱらってきたものなので安酒というわけではないだろうが、しかし酒嫌いからすれば酒は結局酒だ。

 

「蒼一」

 

「んんー?」

 

 呼ばれて振り返れば背後に咥えタバコにスーツ姿のくたびれたおっさん、もとい高畑・T・タカミチがいた。浮遊術かなにかで近くまで来て、それから歩いてきたのだろう。

 深夜の月明りに照らされるおっさん――まぁ言うまでもなく絵になることはない。

 

「どうしたタカミチ。なんか用か」

 

「用はあったけど、そのうち一つに関してはもう遅かったみたいだねぇ。ホント君は相変わらずだ」

 

「そりゃよかったな。お前さんは年々変わってるよ。年食ってるってだけじゃなくて、十年だか百年だか昔に比べたら別人だ。いやぁ、あの可愛いかった少年探偵団の一員はどこいっちまったのかねぇ」

 

「それ褒めてるのかい?」

 

「勿論」

 

 人間の変化は愛おしい――今の俺は素直にそう思える。

 

「君は変わらないね」

 

 そう言ってタカミチは俺の周囲に視線を巡らせた。

 麻帆良の外れの森、それには綺麗な満月。先ほど吐いた吐しゃ物、それに――大量の死体。

 死体。

 文字通り、死んだ肉体だ。

 洋装和装入り混じって十七人。

 この麻帆良学園に襲撃してきた魔法使いとか陰陽師とか賞金稼ぎ。この学園は色々話題には事欠かないので定期的にこういう奴らが来るのだが、そういうのを対処するのが今の俺の役目だ。なので役目を果たしてこの十七人を絶命し尽くしたわけである。

 ただの死体ではないし――ただの死体だ。

 死んでいるのは一目瞭然ではあるもの――不自然な死体だった。

 外傷がどこにもないのである。殴られた痕も斬られた痕も撃たれた痕も首を絞められた痕も毒で殺された痕もない。死んでいるのではなくて、寝ているだけだと言われれば納得してしまいそうなほどに何一つ外傷の類もなかった。

 勿論死んでいるのだが。

 というか他でもない俺が殴り殺した。

 

「かはは、対人奥義『外傷も与えずに眠らせるように相手を絶対殺しちゃう拳』だぜ」

 

「名前また変わってるね。一昨年くらいは『絶殺・崩壊拳』だったのに』

 

「そりゃあお前さんが付けたのだぜ? 正直ダサい」

 

「ラカンさんの付けた『吸血鬼眷属パンチ』よりマシだと思うけどなぁ」

 

「知るかよ」

 

 昔の、それこそ人間だった頃の俺ならば何かしらの気が利いた名前を付けたんだろうけど、今はもうだめだった。そういうことに頭を働かせる気がおきない。少なくとも拳士として相手を打倒するための技ではなく、単純に殺すためだけに機能を追求した拳なのだから名前なんて必要ないのだ。

 魂を砕くのでも、その生に幕を引くのでも、即死の呪いでも、消滅や崩壊の概念でもなく――そのどれでもなくただ殺す為の業だ。

 生きとし生けるものを殺し殺し尽くすだけの拳だ。

 いや、或はそのどれでもあって、そのどれかであるかもしれない。

 どっちにしろ殺す為の、殺める為だけの業なのだ。

 

「かはは、戯言だぜ。あるいは傑作か。どっちにしろどうでもいいぜ、くそったれ」

 

 くそったれくそったれ。

 ニヤニヤ笑いながら、そうやって毒づきながらまた酒を口に含む。

 

「まっじぃなぁおい」

 

「じゃあ飲まなければいいのに……っていうのは今更か」

 

「あぁ、今更だ。あと五百年くらい前に言ってくれれば変わったんだろうけどなぁ。あの頃の俺もエヴァも大概スレててさぁ。もう毎日のように殺し合って殺され合ってたんだよなぁ。三十年くらいそうやってたら俺もアイツも大分キャラ変わっちまってよぉ。少し前までそぉーいちぃそぉーいちぃとか言ってたのにいきなりあんな頭悪くて痛々しい尊大な口調になって――」

 

「やかましいぞこの糞眷属」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズバァン(・・・・)という間抜けな音が響いた。

 何の音かというとそれはいきなり真上から降って来た氷の槍が俺の心臓と頭左半分を吹っ飛ばしてくれた音だった。

 

「……」

 

 ポロリ、とタカミチが咥えていたタバコを落とす。ともあれ半分になった視界で穴が開いた胸を見下ろしつつも、

 

「何すんだ」

 

「貴様が要らんこと言うからだろうこの戯け」

 

 エヴァンジェリンが現れた。シンプルなデザインの黒いワンピースに同じ色のマント。足にはピンヒール。肉体年齢が十歳ではあるもアンバランス差が出てて似合っている。 

 月明りと共に現れる金髪童女――これは絵になるな。

 

「事実じゃん」

 

「やかましい。五百年も前の話を持ち出しおって。大体それを言うならお前なぞ、その三十年後にはいきなり性質の悪いチンピラになったではないか。それまでは馬鹿だが馬鹿なりに好青年だったというのにな。いつでもヘラヘラ悪態付きながら碌に飲めもしない酒に溺れおって」

 

「んなこと言ったらお前なんかそれまで金髪無垢童女だったのに今じゃあ合法ロリババアだぜ? 時の流れは斯くも儚いねぇ。まぁ俺たち人間じゃないから儚いなんて言葉は当てはまらないだろうけどさぁ」

 

「言いたいことはそれだけか……!」

 

「痛い痛い痛い。止めてください合法ロリさん」

 

「ロリを外さんかぁー!」

 

 歯ぎしりと共に飛びかかってきて卍固めを決めてきた。まぁ俺たちみたいな不死人には案外有効な技ではある。

 普通に痛いしね。

 普通に痛いので抜け出しておく。

 エヴァンジェリンも確かに高レベルの合気柔術を収めてはいるが、俺と比べるにはいささか物足りない。というか俺と技術でタメ張るなんて詠春くらいのものだろう。

 

「逃げるな!」

 

「かはは、逃げ出される方が悪い」

 

 とか言いつつ、左の頭(・・・)の髪をくしゃくしゃと掻く。

 それからタカミチへと向き直って、

 

「それでタカミチ、俺への用の遅くなかった方話してくれよ」

 

「いやぁまぁ慣れているからいいけどね、 流石に目の前で頭とか心臓吹き飛ばされると吃驚するんだけど」

 

「知るかよ、俺たちからすれば日常茶飯事というか寧ろ愛情表現だぜ」

 

「お前は腕ないほうがちょうどいいだろうがな」

 

「ははは、ホント相変わらずだよ君たちは。僕の話は簡単だよ、まだ他の先生方にも知らされてないことだけ君たち二人には知っておいて欲しいと思ってね。――来年の三月からネギ君(・・・)がこの学校に来るそうだよ」

 

「――」

 

「じゃあ、僕が言いたかったことはそれだけ。また明日ね」

 

 それだけ言ってタカミチは去って行った。中年の背中を見送りつつ、

 

「ネギ君、ね」

 

「フン……」

 

 ネギ――ネギ・スプリングフィールド。

 大戦の英雄ナギ・スプリングフィールドの一人息子。あるいは彼の置き土産というべきか。

 かつての戦友の息子というくらいには、或はそれだけ知っている。

 

「ナギの息子……というかまぁナギとアリカの息子ねぇ。ふぅん、へぇ……そいや会ったことなかったなぁ。何歳だっけ、流石に二十歳ってことはねぇだろうし、こっちに来るってことは留学生だろ? だったら中学生くらい……あーまぁ十五くらいってことになるのか?」

 

 勿論言うまでもなくネギ少年は十歳で、留学生ではなく教師として訪れることになるわけなのでこの考えは思いっきり外れていた。

 まぁ些細な問題だ。

 

「どうするよ、エヴァ」

 

「どうもこうも……別に会って茶飲み話でもするか? アレらの息子ならばまぁ、それくらいは構わんがな。だからといって特にすることもないぞ」

 

「だよなぁ」

 

 こちとら隠居中なのだから。

 この麻帆良学園に居を構える代わりに、魔法生徒たちの修行に丁度いいレベルの部外者を通して、危ない連中は俺やエヴァが殺し切る。

 大戦が終わってから俺たちが爺と交わした契約だ。

 

「ま、どうでもいいか」

 

 そうどうでもいい。

 なるようになる。

 相手が誰であろうとも――

 

「エヴァンジェリンと一緒なら悪くない」

 

「はっ」

 

 言葉と共に彼女を抱きしめる。抱きしめながら、身長差胸よりもさらに下に来る彼女に袖をまくった腕を差し出して、

 

「あむっ」

 

 喰らいついた。彼女の鋭い犬歯が、吸血鬼が吸血鬼たる証を腕に突き立てて、

 

「ん……」

 

 血を口に含み、嚥下していく。

 コクン、コクンと。ゆっくり、けれど牙の痕へと水音を立てながら。

 すぐに互いの頬は上気し、エヴァンジェリンの瞳は蠱惑的に濡れていく。十歳の少女では出せない、長い年月を重ねた女の目。

 傷口を舐めつつ、舐めた血を舌で味わい、それを少しづつ体に納めていく。

 通常の性行為や魔法使いや陰陽師の主従契約よりもさらに本能と肉体にダイレクトに迫る快感。気づかないうちにも息は荒くなって、身体は甘い疼きと共に温度が上がっていく。 

 

「っ……」

 

「――あはぁ」

 

 彼女が笑う。

 その笑みに口づけをした。

 優しくというには本能的で。激しくというには理性的だった。

 その小さな唇に触れて――そのまま俺自身の牙で噛み千切る。

 

「ん、くぅ……」

 

 溢れるのはエヴァンジェリンの命の滴だ。重ねた唇と絡み合う舌の中で、二つの血が溶け合っていく。

 赤い、紅い、朱い――血色の命。

 吸血鬼にとって何よりも思い命の代価。

 本来ならば吸血鬼同士で血を吸い合うことには意味はない、というよりも下手をしたら毒になりかねない。

 それでもこの行為はもう六百年間続けてきた行為だ。

 俺もエヴァンジェリンも――この六百年間、お互いの血しか飲んだことはない。

 かつてはただの願掛け、けれど六百年経った今では立派な呪いだ。最低でも一日一回はお互いの血を飲まなければならないし、他人の血を飲めば拒絶反応が起きるだろうと推測できる。さらにお互いに離れれば離れるほどに精神が不安的にもなっていく。

 肉体も精神も。雁字搦めに滅茶苦茶にやたらめったらに――絡み合って、もう解くことはできないくらいに癒着している。

 もう誰にも、それこそ神だってこれはほどけない呪い(祝福)だ。

 

「かはは」

 

「ククク」

 

 それが俺とエヴァンジェリンだ。

 血と流血と吸血と愛と魔と欲で結ばれた血の主従。

 共に永遠を生きる幻想となった人外。

 生きて、生き抜いて、生き飽きて、生き着いた先に共に滅びることを約束した吸血鬼とその眷属。  

 それは多分まだ先の事だろうけど。

 

「というわけで、明日もまた面白おかしくこのくそったれの世界で生きて行こうじゃないか――我が主様?」

 

「あぁ、勿論だとも。明日もまた下らなくつまらないこの素晴らしい世界で生きていこう――我が従僕よ」

 

 




ほんとはこう、なんか蒼一を周囲からロリコンとか言わせたかったのになぜかこうなった。
いやまぁどう見てもロリコンだけどさ。
十歳の女の子に知を飲ませてキスしながら唇噛み切ってその血の飲むとかどんな変態だ。

身内の希望にてHYAKUSYOネタを再び書くけれどネタ考え中なので、次は安心院さんにパシられる話なのかなー? あるいはTS、まぁこれは続く。


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