落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「あたしたちはくそったれなんだよ」
サラ・ウェルキンはサードに対し、ことある度にそんなことを言っていた。まるで自分に言い聞かせるように、己に戒めるように彼女は常に己を卑下していた。遺伝子工学の若き天才、異常や過負荷といった物理法則を超過無視する個性を研究する彼女の成果としてサードは生み出されたのだった。
「遺伝子工学っつても結局それは人間の命弄んで無理矢理いいとこどりしようとしてるだけの話だよなぁ。ほら、よく言うだろ? 子供は親の悪い所ばっか似るってさ。そりゃそうだ、いい所ばっかり似てたら人類はもっとましな生き物になっただろうよ。そういうことになってないっていうことは人間ていうのはそんないいとこばっかだったらいいっていう単純な話じゃあねぇってことだよな」
そして彼女は続けて言っていた。
「だから私たちはくそったれだ。人でなしのろくでなしだ。人類がチンパンジーと別れて六百万年だか二足歩行が可能になって四百五十万年だか未だによく解ってねぇ時代から積み上げてきた倫理っていう人類最高にして最低の発明を私たち科学者は何もかも無視してるんだぜ。酷い話だよなぁ」
自虐というには快活で謙遜というには壮大な話だった。彼女の恐ろしいところはそんなことを心の底から思っていたことだろう。戯言でも虚言でもなくその言葉は真言だったのだ。
「そいでよぉ、私たちはこの先長生きなんかできねぇし、ある日いきなりぽっくり死ぬだろうよ。なんというかもう業というか宿命というか運命というかさぁ。命弄んでるんだから当然だろ。いやマジ私でもそう思う。私みたいなやつは死んで地獄に落ちて、来世じゃあ泥啜って犬見てぇな生活送るべきだな」
それを聞いて、サードは呆れながらそれでいいのかよと突っ込んだはずだ。
いいんだよと彼女は笑って答えた。
「私はそれでいいんだ。私がくそったれなのはどうしても変えられない事実だからな。だからこそ、私は自分の信念を曲げちゃいけないんだ」
そして彼女はサードに言っていた。
「それでさ、まぁ私がなにを言いたいっていうかとだ。罪は私にあるんだ。お前やフォース、ドライにだって罪なんてないんだ。今更他人に優しくなんて私はできないけれど、だからこそお前は他人の為に命を懸けられるような人間になってくれ」
それは自分はくそったれだと同じくらいに彼女が繰り返すことだった。
人工天才の人間兵器の超戦闘力による抑止力。ロスアラモスの他の研究者たちは人工的に覇道の担い手を生み出そうとしていたが、彼女は純粋に平和を目指していたのだ。
そのために彼女はサードを生み出した。
夢見がちな女だなぁとサードは思った。
思ったことをそのまま言えば、彼女は頬を赤く染めてそっぽを向き、
「いいんだよ。普段机に齧りついて碌に眠らずに現実見てるんだ。少しくらい夢見させろ」
そう言っていた。
だからこそ、サードはサラの夢を叶えようと思った。
そしてサードの義手のカートリッジ実験によって命を落とした彼女は、サードの腕の中で冷たくなりながら、
「少し疲れたなぁ、眠るよサード。いい夢見れるかなぁ……」
そう言って彼女は命を落とした。
故にサードは誓った。その時己の在り方の全てを、生きる理由と戦う意味を見定めたのだ。
俺はアンタの夢を叶えてみせる。だからいい夢を見てくれよ。そしていつか、アンタに最高の夢を見せることができたのなら――
●
「くは、くはははーーッ!」
「――」
哄笑を上げながら鋼の両碗を放つサードとそれを紙一重で回避しながら捌き続けるキンジ。
足場が見えないなんて二人とも全く気にしない。サードはその義眼の性能故に、キンジは『璃性装悉
「……ふむ」
斥力フィールドをノータイムで出現させるサードに対しては銃弾は効果が薄いのかもしれないが、だからといって素直に止めるわけがない。寧ろ自信を持っているそれをいかにしてぶち壊すかをキンジは模索していた。
右腕を伸ばし、左腕は曲げ下側が長いコの字に構えた腕で発砲する。さらに瑠璃の気の純度を操作し、右弾のほうが遅く左弾のほうが速い。速度差で左弾が途中で右弾と接触。それまでの銃弾撃ちや銃弾逸らしのように別の方向に弾くのではなく、真後ろからの着弾によって弾丸を急加速させた。
「
それが同時に八発分だ。色金による装弾数無視であるからこそできる芸当だ。必要弾数が必然的に倍になるこの技は通常弾では行えないだろう。加速した弾丸は、しかしサードに反応されて斥力フィールドに防がれる。
防がれて、
「
止まった弾丸を再び着弾、加速させた。
「うお!?」
斥力フィールドを抜けた。全体を破壊したわけではないし、抜けた弾丸も全てではない。たった二発。しかしそれでも確かに斥力フィールドを抜いていた。それには驚くもサードの反応は速い。斥力フィールドを抜けられてから反応し、義手で弾丸を殴り飛ばす。
「――?」
高速化された思考の中で疑問を得る。
拳銃術に於いてはほぼ
けれどだからこそ思う。
自分にできて、どうしてレキにできなかったというのだ。例え色金の気を用いない銃弾だとしても今やった『
けれどそれをせずにレキは途中離脱。あまりにも不自然だった。
そして――答えはすぐに出た。
「なるほどそういうことか」
カナは
苦笑して、
「ならあとは俺がどうにかするだけだよなぁ」
「おいおいてめぇなに勝手に完結してんだよ」
キンジの言葉にサードも足を止めて笑っていた。
「あの落ちこぼれが行ったからって言ってもな、あっちにゃドライがいる。だったらアイツが負けるかよ」
「あ? 何言ってんだ。確かにあの馬鹿はどうしようもない馬鹿でどうしようもねぇ馬鹿だけどな、あの馬鹿が俺以外に負けるわけないんだよ」
「おいおいオニイチャンお前こそ何言ってんだ。そりゃたしかにドライは俺には負けるけど、俺以外には負けないのがアイツなんだ。だからよぉ、いくら相手が拳士最強だろうと関係ねぇ」
「……」
「……」
「んじゃあ」
「まぁ」
キンジもサードも互いに笑みをその口端を吊り上げて、
「――勝った方が確認しに行けばいいってことだよなぁ!」
同時に足場を蹴りつけ、鉄拳と双拳銃を激突させた。
●
「しかし俺は嬉しいぜ、成長したなぁマイシスター。ホント、兄貴としては妹の成長に思わず涙を流しそうだ。男子三日会わざれば括目せよとかいうけれど、俺の妹ちゃんもちゃんと括目して見ねぇと」
「っ、あ……』
右腕。
私の右上から伸びている黒いコートの長袖に包まれている腕。服には見慣れないものだがその声や背に感じる体温はあまりにも覚えがあった。
恐る恐る、顔を上げる。
「――兄、さん」
「おうよ、お前にお兄ちゃん那須蒼一だぜ」
那須蒼一。私の兄。数週間振りに見るその顔は変わっているようで、どこか違っているようにも見える。少し精悍になったような、そうでないような。けれどもその笑みは私が知っている、私が大好きなものだった。
帰って、着たのだ。
「先輩!」
「殴り先輩!」
「落ちこぼれ先輩!」
「師匠のおまけ殿!」
「電波の被害者さん!」
「蒼い人!」
「はっはっは、そこライカちゃんを除く後輩たち? あとでちょっとお話だぜ?」
乾いた笑いを上げた兄さんは、けれど顔だけ振り返って、
「ありがとな。あかりちゃん、志乃ちゃん、陽菜ちゃん、麒麟ちゃん、桜ちゃん。俺の妹の、遙歌の親友でいてくれて。兄として誇りに思うよ」
ニッコリと笑って――それは兄さんには珍しい――あかりちゃんたちにそんなお礼の言葉を言った。夏に家族として再開しつつ、けれどかつての負い目から兄としてではなく家族として距離を置いてきた兄さん見せる初めての顔だった。
向き直った兄さんは、私に笑いかけ、
「――!」
ドライが突然飛び退いた。兄さんの指で挟まれていた戟を大きな動作で外し距離を取る。
「那須、蒼一……!」
「あぁそうだぜ。はじめましてこんにちわ那須蒼一だ。話には聞いてるし、さっきから色々見てたからお前には山ほど言いたいことがあるけどちょっと待ってろ」
そして兄さんは開いた右手で私の頭を乱暴に撫でまわし、
「ひゃっ」
横抱きに担ぎ上げる。
お姫様抱っこだ。
「あの、兄さん……その腕どうして」
かなめに斬られたはずの右腕。確かに斬られていた右腕のほうは目撃したにも関わらず、今の兄さんには腕が付いていて、ドライの一撃を受け止めていた。見るからに義手とかいうレベルではない。
「ん? ……あー腕か。まぁ切り落とされてアホみたいに血出てさ、歯ガタガタ言わせて震えて意識半分失って変な夢まで見てずっと死にかけてたら今朝ようやく治ってな。そしたら――なんか生えてた」
「は、はぁ!?」
生えてたって。
トカゲの尻尾じゃあるまいし。
「俺にもよく解ってないけど、問題ないから心配すんな。悪いもんじゃないのはなんか確信できるから……っと」
降ろされる。あかりちゃんの真横だ。そして私とあかりちゃんの頭をポンポンて撫でて、
「後はお兄ちゃんに任せろ」
振り返った背中は久しぶりで、今更その広さに驚いて、涙を抑えきれないのは正直ちょっとどうしもうもない話だった。
●
「さってと。なぁーんか人の妹に対して色々行ってくれたようだな」
私やあかりちゃんたちを背にし兄さんはドライと向き合っていた。彼我の距離は大体十五メートルほど。兄さんにしてもドライにしても一瞬で詰められる距離だ。
指を鳴らしながら兄さんはドライを睨みつける。
「……ふん、俺は事実を言ったまでだ。そして那須蒼一、今更お前が何をしに来た。どこかでくたばったと思っていたんだがな」
「はっ、悪いが嫁も妹も残して死ねるかよ。……まぁその妹は、てめぇみたいな陰険野郎の言葉喰らっても友情パワーで乗り越えてくれたからいいんだけどな」
「抜かせ!」
言葉と共にドライがダッシュ。一応会話をしようとしていた兄さんにもまったく構わずに、兄さんが言葉を発し終わった瞬間を狙ってドライは戟を振りかぶっていた。横薙ぎの一閃。それも直前で体を回転させながら伸びるように叩き込む薙ぎ払いだった。
それまで私やあかりちゃんへと放ったのそれとは比べ物にならない一撃。
「――おいおい、バトル前のお話はお約束だろ。せっかく丁寧にお前が殴られる理由を教えてやろうと思ったのにさ」
「っ……!」
二指白羽取り。
ドライも顔を顰め、私やあかりちゃんも開いた口が塞がらない。ドライの一撃はそんな簡単に捌けるものではなかったはずだ。ドライ自身発展途上のようなことを言っていたが、それでも一流クラスであるのは間違いない。いや、確かに兄さんは『拳士最強』であり、その武威に於いてはその名に恥じないもので、私自身兄さん以上の拳士は見たこともないし聞いたこともない。
けれどそれにしたって。
いくらなんでもドライの一撃をそんな簡単に受け止められるほどに兄さんは強かったのか――?
「だったら!」
ドライの判断は速かった。受け止められた戟はそのままにしながら、左手で懐から何かを取り出す。手の平サイズの四角い長方形の短棒だ。刀剣類の柄のようなそれをドライは兄さんに向けて、
「うおっ!?」
「兄さん!」
その短棒の先からガスが噴出した。白っぽい水蒸気のような気体。
「ペッ、っぺ! なんだこりゃあ!」
「っ、まさかそれは……!」
「察しがいいな」
再び距離を取ったドライが歪んだ笑みを浮かべる。彼が放ったガスがなんであるかは簡単に想像が付いた。ついさっき、私が喰らったそれに違いない。液体と気体という差異はあるものの、
「精神動揺剤……!」
「ぬっ……」
「正解だ」
私が避けんだと同時に兄さんが膝から崩れ落ちる。
「これは……」
「化物女の言う通りだよ。精神を乱し、異常や過負荷を封印する先端科学兵装だ。液体と違って些か持続時間は短いが、効果は変わらない。……瑠璃の気は精神の静けさがなければ使えないものだろう」
「……!」
つまりそれは兄さんの異能無効や肉体の超強化を塞がれたということ。武術そのものは消えたわけではないだろうが、それでもまだドライはスキルを隠し持っているし、さらに言えば喰らった身としては恐るべきなのは文字通りに精神や思考が極めて不安定になること。今でこそある程度は落ち着ているが、それでも直後は前後不覚と言ってもいい。
事実、兄さんは膝を付き、らしくもなく脂汗を流していた。
「瑠璃の気を封じれば瑠璃神の守護神も恐れるに足らんな。勿論、油断するつもりもないし、隙も見せないがな」
「……か、はは。いやぁ、お前よく調べてるなぁ。確かにかなり頭いてぇし体怠いし……色金の気は遣えそうにない」
「そんな……」
「けどなぁ、お前ちょっと勘違いしてるぜ?」
「……なに?」
そして苦笑しながら――
蒼かった髪や瞳は緋色に染まり、着流しの下の全身に桜の花弁のような刺青が生じる。
兄さんの周囲には視覚化されるほどの巨大な緋色のオーラ。
それは普段の姿とはかけ離れた――派手さと不条理を極めたような姿だった。
「――緋々神之不条理」
低く呟かれたのはその姿の名前か。その場にいた誰もが絶句し、戦慄せざるを得ない圧倒的威圧感。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
咆哮。大気が震え、空間が歪む。まるで地震が起きたのかと思うほどの声量。直接向けられたわけではないのに本能的な恐怖が湧き上がる。
そして兄さんは炎のように燃え上がる緋色の瞳をドライに向ける。
「精神動揺だぁ? ふざけんなよてめぇ人の妹と友達ボコられて冷静でいられるわけがねぇだろうがァッ!」
サラのイメージは名瀬師匠。科学者だしね。
精神乱されたなら、そのまま乱れきってしまえばいいという発想。なにやら失踪している間にいろいろあった様子ですね。
感想評価お願いします。
なんか深夜に投稿すると読んだ後にそのまま寝て感想書く気なくなるという指摘を受けたので予約投稿を試してみる
あと番外編を待ち望んでいる人たちはお待たせしました。
私のマイページ行って土下座聖杯戦争を見てみましょう。番外編です。水代さんのオリ主スレからのキャラを拝借(拉致にあらず)して蒼一とかレキで聖杯戦争。オリ主聖杯戦争なのにレキでてるのは誰も原作キャラって認めてくれなかったから……。ん?金髪巨乳の人もいる?まぁあの人はいうまでもない(暴言)