落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第八章 造られし血族と帰る場所
プロローグ『今日は一緒に回って楽しもうねー!』


 

 

「……遙歌? 大丈夫か」

 

 前を歩く兄さんが心配そうな顔で振り向いた。それにつられてレキさんもまた無表情でこちらを見る。夜の街、東京の武偵高から兄さんたちの寮への道。夏服姿の兄とその恋人は私の様子を覗っていた。

 

「い、いえ。なんでもありません」

 

 そういう私も武偵高の水色の夏服。六月終わりの夜とはいえ蒸し暑く、流れる汗は少なくない。スキルを用いれば苦にならないが日常面で乱用はしないと先ほど校長に約束したばかりだ。だから暑さも甘んじて受け入れる。自分で言うのもなんだが元々単純な肉体面でのスペックは馬鹿げているので他人に比べれば問題ない。

 その割には前を歩く二人――特に兄の恋人の方――は汗をかいている様子はない。数字が高いだけの自分とは違って、鍛え方とか精神が違うのかなぁとか思う。

 イ・ウー壊滅から数日後。

 崩壊した原潜から救出されて事情聴取、それに司法取引の武偵高への転入。既に理子さん、ジャンヌさん、夾竹桃さんという全霊がいて驚くほどにスムーズに事は終わった。一か月くらいは拘束されるかなとか思っていたのだけれど。元々武偵というのはマスメディアに叩かれやすいから、私のように壊す専門だけだとしてもあまり無茶なことはできないということだろうか。いや、壊す専門でイ・ウーの内情などまったく興味がない私だったからこそかもしれないが。一応、物騒な二つ名とか色々あって壊滅させた都市など両の手で足りないほどだし、失わせた命だって少なくないのに。一般常識の欠如という理由で武偵高一年に編入させられるというのは実に緩い結果だったと思う。

 文句はないけれど。

 

「……」

 

 再び歩き始めた兄さんやレキさんの後ろを歩きながらぼんやりと考える。

 けれどあれよあれよと武偵高に編入して制服も着せられると戸惑いが大きい。少なくともイ・ウーにいた六年近くで学校に通うというのは想像もしたことがなかった。あそこは確かに学校といえば学校だけれど私からすれば一目見ただけであらゆるスキルを覚えることができるのだ。学ぶことはあっても学び続けることはない。

 だからずっと退屈で、いつか兄さんに殺されることだを考え続けて――兄さんと一緒に生きようと決めた。

 止まった時間の明日はないと思っていたけれど、今この瞬間には明日がある。

 それは楽しみもあるけど――不安のほうが大きい。

 自分が普通の高校に通って楽しめるのかどうかとかうまくやっていけるかどうかとか。イ・ウーの時も基本一歩後ろに引いた、壁を作った立ち位置だった。コミュニケーションという点に関しては不安しかない。

 

「兄さん」

 

「ん?」

 

「入学した時って兄さんどうやって友達作ったんですか?」

 

「入学してから一年くらいできなかったな」

 

「ちなみに私も同じですね」

 

「……」

 

 聞く相手が間違っていた。

 そういえば理子さんがそんなことを言っていた気がする。レキさんを拉致った時に二人の馴れ初めは聞いたが、それは二人だけの話であとは握拳裂とキンジさんくらいしか登場人物はいなかったのでそれ以外はあまり聞いていない。

 七年ぶりの再会した兄がぼっちでその恋人もぼっちだった。

 過去形とはいえショックです。

 

「かはは。まぁそんな俺でも今じゃ友達も戦友も仲間もいるんだ。お前にだってすぐできるよ。あそこの連中はノリがいいし……それに、お人よしばっかだからなぁ」

 

 苦笑交じりに言う兄さんの横顔は実感が籠っていた。思うところがあるのだろうし、実際に色々あったはずだ。

 変わったなと思うし、変わってないなぁとも思う。 

 七年前まで一緒にいた兄はいつも苦笑しながら私の隣にいた。親戚の心無い言葉と暴力に当てられながらも、けれど力なく私へと微笑んでくれていた。それを幼い頃の自分の異常性を理解できていなかった私にはよくわからないもので、けれど救いだった。逆らわず、ただ笑み共に受け流す姿はとても尊い物に見えたから。 

 だからこそ、初めてその兄さんが刃向って、私も全てを台無しにしてしまったのだけれど。 

 そして今の兄さんはどうなのだろう。再開してまだゆっくりと話す時間は作れていない。あの喧嘩で芯の部分では、幼いころから大好きだった兄さんであるというのは解っている。拳を通して兄の魂は伝わって来た。けれどもなにもかもが変わったはずはないはずだ。

 少なくとも、かつての兄ならば惚れた女の為に命を懸ける人種ではなかった。

 過去があって変わって、変えられて今がある。

 当たり前のことだ。兄さんもレキさんもキンジさんとかアリアさんとか理子さんやジャンヌさんも。

 そして多分私も。

 

「友達、か」

 

「少なくとも現時点では兄以外にも超絶美少女の笑顔が似合う義姉がいるから安心してください。ニコッ」

 

「全然表情の違いが判りません……」

 

 口で言っているだけにしか見えなかった。謎の人と言えば私的には教授(プロフェシオン)が筆頭だったがこの人も大概である。

 などと雑談していたら寮へとたどり着いていた。

 一応兄さんとレキさんが私の監察官的な役割もあるようなので修学旅行等の行事以外はなるべく行動を共にするようにとのお達しだ。戦妹契約も兄さんと既に結んでいるし、兄さんの部屋で生活することになるらしい。レキさんやアリアさんだけではなく星伽白雪さんや理子さんも転がり込んでいるあたり仲がいいなぁと素直に感心する。

 

「んじゃ遙歌。これ、部屋の鍵な。無くしたら早めに言えよ」

 

「失くしませんよ」

 

 扉の前に来て鍵を渡される。何の変哲もない極々普通の鍵だった。

 それでも家の鍵を持ったのは始めてだ。何故か、重く感じる。

 

「なにかしらキーホルダーでもつけられればよかったんですが、予備用の合鍵でしたから今度一緒に何か見に行きましょう」

 

「あ、はい」

 

「んじゃ、ほら」

 

 言って兄さんが扉の脇に立つ。レキさんもそれの横に。一瞬、意味が解らなかったがすぐに気づく。扉の前まで来て鍵を渡されたのだ。やることは一つしかない。

 

「お前の帰る場所だぜ」

 

「――」

 

 兄さんが教えてくれたこと。生きることを願った理由。それが今目の前にあった。知らず知らずのうちに鍵を持つ手が震えていた。こんなのは多分初めてだ。これまで一番緊張している気がする。なんでもできると思っていた私が鍵一つ開けるくらいで緊張するとは笑える話だ。

 けれど、これが私が始まる第一歩ならばやらねばならないし――やりたいと思う。

 鍵を鍵穴に指した。

 手首を回して、ガチャリ(・・・・)という音が鳴って扉を開けて――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 懐かしい夢を見ていた。

 あくびをかみ殺しながら寝ぼけた頭で上体を起こす。気温は大分低いが起きたばかりの身にはちょうどいい。時計を見れば六時少し過ぎ。少し早く起き過ぎてしまった。少し視線をずらせば私の分も含めて三人分並んだ布団に私、兄さん、レキさんで並んでいて二人ともまだ眠ったままだ。夏休みの間は早朝訓練と称して朝五時とから起きて修行を始めていたがここ最近はない。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「う、ぐぐ……ぅ」

 

「……くすっ」

 

 寝ているレキさん、それにしがみつかれて微妙に苦しそうな兄さんに思わず笑ってしまう。少し大きめのワイシャツにパンツだけという所謂裸ワイシャツ――ここ最近普通のパジャマとか襦袢とか色々気分で寝間着を変えている――で兄さんの首にしがみついているが、どういう風に抱き付いているのか微妙に極まっている。落ちているのか寝ているのか微妙なところだ。

 軽く指を振る。

 

「ん……」

 

 レキさんの腕がずれて、腕を兄さんの胸板に乗った。兄さんも楽そうになったようだ。目に見えて顔色が良くなった。これで普通に抱き付いているように見えた。

 こういうのを見ると和む。

 

「……よっと」

 

 起き上がる。

 なんとく目が覚めてしまった。少し乱れていた寝間着の着流しを整え、耳をすませば兄さんたちの寝息だけではなく部屋の外から炊事の音が聞こえてきた。多分白雪さんが朝食の準備を始めているのだろう。キンジさんが絡むと関わりたくない人ではあるが、それ以外に関しては大和撫子に相応しい人だ。家事に関しては文句ない。私自身も教えてもらっているし。

 

「手伝いに行きますかね」

 

 と、その前に携帯を見る。武偵高に編入して夏休み終わる直前あたりに買ったスマートフォンだ。思った通りにメールが一件受信されている。思わず笑みを零しながら表示させたメールの名前は『あかりちゃん』だった。

 

『今日は一緒に回って楽しもうねー!』

 

 それだけの、けれど絵文字が多く使われていて彼女のテンションの高さが伺える。徹夜かもしれない。

 日付を見れば十月三十日。

 

 ――今日は文化祭だ。

 

 




つーわけで遙歌ちゃんメインというか妹ちゃん視点。
AA終わるの待ってたらいつになるか解んねぇからもう始めることにした。
当分ギャグ&ほのぼので文化祭かぁ。二話三話くらい。少なくとも文化祭は妹ちゃんメイン。
視点をどうするかは謎だけど。
まぁ多分妹ちゃん。

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